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引っ越し

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 あのゴテゴテの令嬢に絡まれて数日後。

 店が営業を終えた後に、公爵様がやって来る。

「君に大切な話がある。アンナさん達も呼んでくれるか?」

「…はい。少しお待ちください。」

 何だろう?厨房にいる2人を呼ぶ私。そして、すぐ2人が来る。

「ダイアナはここで働くのは危険だ。この前みたいに、馬鹿な令嬢に絡まれたり、客の男達がしつこく迫って来たりするだろう。このままだと貴族の令息に、強引に婚姻させられたり、酷いと愛人になるように言われたりするかもしれない。しかも、君のことが騎士達の間でかなり噂になっている。まあ、いるだけで目立つと言うことだ。だから、ここを離れないか?私が職を紹介するし、君の後見人になる。平民と言っても、私が後見人として付いていれば、貴族でも君には手を出せないだろうから、今よりは安心出来ると思う。どうだ?」

 有難い話だが、私は今の生活は割と気に入っているんだよね。しかし、

「公爵さん、アナをよろしくお願いします。私達にとっては、娘同然に大切なんです!守ってやりたいけど、この前みたいに貴族が相手だと、私達にはなにも出来ない。」

「そうだね。アナがいてくれて、店は助かったし、毎日楽しかったけど、アナの為には、公爵様が後見人として付いてくれていた方が、絶対にいいに決まっている。」
「アナ、この方は昔から知っているけど、信用出来る人だから、大丈夫だよ。この人について行くんだよ。」

 えっ?そんなー!

「ダイアナ、2人も賛成してくれているから、近いうちに迎えに来る。日取りが決まったら、また知らせにくるからな。」

 私の返事もまともに聞かず、アンナさん達の了承を得た侯爵様は帰って行った。本当に強引な人だな!


 数日後。

 私は、明日の早朝にここを出て行くことになった。今日はお店での最後の仕事になる。お客さんには、出て行くことは内緒にした方がいいだろうと公爵様に言われているし、私もそうしようと思う。
 アンナさんは、お客さん達に私のことを聞かれたら、置き手紙があって、黙って出て行ってしまったとでも言っておくよと言っていた。確かに居場所を聞かれたら面倒だから、出て行ったと言うのが無難だろうね。

 お店の開店時間になり、いつも通りに裏方と接客をこなしている私。
 このお客さん達とも、今日が最後だなぁ。いつも通りに笑顔で接客をしていると、何だか視線を感じる。ん?あれは初めて見るお客さんだわね。派手にはしてないけど、綺麗な顔立ちで、雰囲気が高貴な感じがする。お忍びの貴族令息だろうね。

 料理が出来上がり、その貴族令息の所に運ぶ。

「お待たせ致しました。本日のランチでございます。」

「………あっ。ありがとう。」

 疲れているのかな。目の下にクマがあるし、何だか元気が無いようだ。
 しかし、私と目が合うと何となく、恥ずかしそうにしているような…。自惚れているけど、ソフィアさんの美少女パワーにやられたのかな?

 食事が済んだようなので、ランチに付いているコーヒーを持っていく。やはり、お疲れのような雰囲気だ。何となく気の毒になった私。

「お客様、失礼なことをお聞きしますが、もしかしてお疲れでいらっしゃいますか?」

 令息は、一瞬驚いたような表情をするが、

「…ああ、色々あって、疲れているかもしれないな。」

 今はお客さんが引いてきて、近くのテーブルには他の客はいない。

「お客様、少し失礼します。」

 令息の肩に軽く触れ治癒魔法をかけてみる。

「…これは、治癒魔法か?」

「元気がないように、見受けられましたので。少しは体がラクになって下さったら、嬉しいですわ。」

「……かなりラクになったようだ。ありがとう。君の名前を教えてもらえないか?」

「ダイアナと申します。」

「そうか、ダイアナか……。本当にありがとう。」

 名前を聞いておいて、ガッカリすんなよー!失礼だな!

「どうかお体に気をつけて下さいませ。失礼致します。」

 洗い物が沢山溜まってきたようだ。その後は調理場に入って洗い物と片付けをする私。店での仕事はそれで終了した。

 その日の夕食は、宿泊のお客さんが、少なかったこともあって、私の為にご馳走を用意してくれた。
 この美味しい食事もこれで最後なのね。何だか寂しいな…。

「アナ、辛い時はここに戻って来てもいいんだからね。裏方の仕事しかお願い出来ないけど。ここはアナの家でもあるんだからね。」

「そしたら、アナの好きな料理を作ってやるからな。でも、新しい所でも頑張れよ。アナなら大丈夫だ。手紙も書けよ。」

 2人は優しくて、本当の親みたいだ。

「ありがとうございました。私はここで働けて幸せでした。2人に会えて嬉しかったです。落ち着いたら、お客さん達に、バレないように会いに来ますね。」


 次の日の早朝。お忍び用と思われる、黒い馬車で迎えに来た公爵様に連れられて、私は新しい家に向かうのであった。

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