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閑話 アブス子爵令嬢
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数日ぶりに見た両親は、少し痩けたような気がした。
「ララ。数日見なかったが、体調は落ち着いて来たようだな。」
「はい。薬が効いているようです。」
「離縁届を持ってきた。サインをして欲しい。
お前が離縁をいくら嫌がっても、不貞をしたり、正妻に危害を加えようとしたのだから、今後は伯爵家にも社交界にも戻れない。
分かってくれ。私達も辛いのだ…。」
「私はアラン様を愛しているのです!」
「ララは伯爵の気持ちは考えたことはあるのか?
伯爵を愛しているからと、お前がしたことは全て許されるのことなのか?
伯爵はそれを望んでいるのか?
お前は、私達家族のことを考えたことはあるのか?」
お父様の言葉は私の心に深く突き刺さってきた。
「………っ!…うっ。」
我慢していた涙が溢れてくる。
愛されたかった…
私を見て欲しかった…
でも私を見るアラン様の目は、嫌悪以外は何も感じられなかった。
もっと私を気にかけて欲しくて、色っぽい服装で迫ったり、地味顔を隠すために派手なメイクにしたり、ドレスを強請ったり、デートに誘ったりと、色々してみても全くダメだった。
むしろ、そんな事をすればするほどアラン様の心は離れていく…。
私の愛を受け止めてくれないことへの怒りの矛先は、すべてあの女に向かっていた。
悪いことをしているのは知っていた…。
家族にも、アラン様にも、あの女に対しても…。
「伯爵家への慰謝料で、うちは財政的にかなり厳しい状態だ。
お前のしたことで、うちは社交界で白い目で見られているし、茶会や夜会の招待もなくなった。取引先も減ってきているし、本当に大変なのだ。
私達の事も考えて欲しい。いい加減目を覚ましてくれ。」
もう…、認めないといけない。
「……分かりました。
その代わり、お願いがあります。」
「何だ?」
「マシューのことです。
マシューは悪くありません。私がマシューを利用しただけなのです。
私がここを出て行った後、マシューをクビにしたりしないで下さい。
お願いします。
今回のことは申し訳ありませんでした…。」
離縁届が受理された数日後、私は田舎の子爵領に旅立つことになった。
表向きは病気での療養となっているが、事実上は王都からの追放であり、家族との約束でこの先の人生は、領地からは出られないことになっている。
住む場所は領地にある子爵家の邸ではなく、そのすぐ近くにある、子爵家の使用人が使っていた小さな一軒家だ。
その家で、これからは平民として静かに暮らしていくようにと言われたのだ。
時間が経つにつれて、自分のしてきたことについて冷静に考えられるようになってきた。
あそこまでのことをしたのに、厳しいと評判の修道院に入れられたり、娼館に売られたり、身一つで家を追い出されたりすることがなかっただけ、私はかなり配慮されているのだと思える。
マシューが言っていたことを今頃になって理解した。
私は両親に大切にされていた。
こんな私を両親は最後まで見捨てようとはしなかった…。
平民として生きろと言われても、働いたことのない私が出来ることはたかが知れているのだが、子爵家の邸を管理している爺やと婆やが食べ物を持って来てくれたり、掃除や洗濯、料理を教えに来てくれたりして、2人にはとても助けられた。
慣れない生活の中で、ふと以前の華やかな生活を思い出し、寂しさを感じることもある。
それでも私のしたことのせいで、社交界で嘲笑われ、今でも大変な思いをしている家族を思うと、寂しいだなんて言ってられない。
それに私は、アラン様とあの女にこれ以上にないくらい酷いことをした。
ギクシャクしていた夫婦仲が良くなるように…、2人が幸せになれるようにと、王都から遠く離れたこの地から願いたいと思う。
今の私に出来るのはそれしかない……
ここでの生活に慣れて来た頃。
最近は庭の中にある小さな家庭菜園で、ジャガイモやトマトなどを育てている。
畑仕事なんて全く分からなかった私に、爺やが教えてくれたのだ。
いつものように、家庭菜園の除草をしている時だった。
「お嬢さん…」
え?聞こえないはずの声が聞こえたような気がする。
「お嬢さん…。クラーラお嬢様。」
この声は……。
無言で顔を上げる私。
そこには、日焼けした顔で眩しく微笑むマシューがいた。
「もうお嬢さんじゃないわよ。
どうしてマシューがここにいるの?」
除草する手を止めて、立ち上がる私。
「父さんと母さんを説得するのに時間が掛かってしまいました。
子爵様にも許可を頂きました。」
「え…?」
「お嬢さん…。私は貴女を愛しています。
貴女の側にこれからずっといることを許して頂けませんか?」
「え?マシュー、ここで働きたいの?」
マシューは困ったような表情をして私の所に来ると、突然跪く。
「お嬢さん、私は貴女に結婚を申し込みに来ました。
愛しています。お嬢さんが伯爵様を忘れられなくても構いません。
私とずっと一緒にいてくれませんか?」
「私は罪人よ…。幸せになんてなれないわ。」
「それでも構いません。私はただお嬢さんの側にいたいのです。
それに…、王都の家は出てきてしまいましたし…、他に行く場所もないのでお願いします!」
「……そんなことを言われたら、断れないわよ。」
マシューは、小さなサファイアの埋め込まれた指輪を用意してくれていた。
お母様に私の指輪のサイズを聞いてから用意してくれたようだけど…。
こっちの生活で私は痩せたらしく、指も細くなったようで、指輪は少し大きかった。
予想外のことに、マシューはとてもガッカリしていた。
でも…、私にとっては人生で1番嬉しいプレゼントだ。
王都にいる2人の幸せを願っていた私が、その後の2人のことを知るのは、それから数年経ってから……
「ララ。数日見なかったが、体調は落ち着いて来たようだな。」
「はい。薬が効いているようです。」
「離縁届を持ってきた。サインをして欲しい。
お前が離縁をいくら嫌がっても、不貞をしたり、正妻に危害を加えようとしたのだから、今後は伯爵家にも社交界にも戻れない。
分かってくれ。私達も辛いのだ…。」
「私はアラン様を愛しているのです!」
「ララは伯爵の気持ちは考えたことはあるのか?
伯爵を愛しているからと、お前がしたことは全て許されるのことなのか?
伯爵はそれを望んでいるのか?
お前は、私達家族のことを考えたことはあるのか?」
お父様の言葉は私の心に深く突き刺さってきた。
「………っ!…うっ。」
我慢していた涙が溢れてくる。
愛されたかった…
私を見て欲しかった…
でも私を見るアラン様の目は、嫌悪以外は何も感じられなかった。
もっと私を気にかけて欲しくて、色っぽい服装で迫ったり、地味顔を隠すために派手なメイクにしたり、ドレスを強請ったり、デートに誘ったりと、色々してみても全くダメだった。
むしろ、そんな事をすればするほどアラン様の心は離れていく…。
私の愛を受け止めてくれないことへの怒りの矛先は、すべてあの女に向かっていた。
悪いことをしているのは知っていた…。
家族にも、アラン様にも、あの女に対しても…。
「伯爵家への慰謝料で、うちは財政的にかなり厳しい状態だ。
お前のしたことで、うちは社交界で白い目で見られているし、茶会や夜会の招待もなくなった。取引先も減ってきているし、本当に大変なのだ。
私達の事も考えて欲しい。いい加減目を覚ましてくれ。」
もう…、認めないといけない。
「……分かりました。
その代わり、お願いがあります。」
「何だ?」
「マシューのことです。
マシューは悪くありません。私がマシューを利用しただけなのです。
私がここを出て行った後、マシューをクビにしたりしないで下さい。
お願いします。
今回のことは申し訳ありませんでした…。」
離縁届が受理された数日後、私は田舎の子爵領に旅立つことになった。
表向きは病気での療養となっているが、事実上は王都からの追放であり、家族との約束でこの先の人生は、領地からは出られないことになっている。
住む場所は領地にある子爵家の邸ではなく、そのすぐ近くにある、子爵家の使用人が使っていた小さな一軒家だ。
その家で、これからは平民として静かに暮らしていくようにと言われたのだ。
時間が経つにつれて、自分のしてきたことについて冷静に考えられるようになってきた。
あそこまでのことをしたのに、厳しいと評判の修道院に入れられたり、娼館に売られたり、身一つで家を追い出されたりすることがなかっただけ、私はかなり配慮されているのだと思える。
マシューが言っていたことを今頃になって理解した。
私は両親に大切にされていた。
こんな私を両親は最後まで見捨てようとはしなかった…。
平民として生きろと言われても、働いたことのない私が出来ることはたかが知れているのだが、子爵家の邸を管理している爺やと婆やが食べ物を持って来てくれたり、掃除や洗濯、料理を教えに来てくれたりして、2人にはとても助けられた。
慣れない生活の中で、ふと以前の華やかな生活を思い出し、寂しさを感じることもある。
それでも私のしたことのせいで、社交界で嘲笑われ、今でも大変な思いをしている家族を思うと、寂しいだなんて言ってられない。
それに私は、アラン様とあの女にこれ以上にないくらい酷いことをした。
ギクシャクしていた夫婦仲が良くなるように…、2人が幸せになれるようにと、王都から遠く離れたこの地から願いたいと思う。
今の私に出来るのはそれしかない……
ここでの生活に慣れて来た頃。
最近は庭の中にある小さな家庭菜園で、ジャガイモやトマトなどを育てている。
畑仕事なんて全く分からなかった私に、爺やが教えてくれたのだ。
いつものように、家庭菜園の除草をしている時だった。
「お嬢さん…」
え?聞こえないはずの声が聞こえたような気がする。
「お嬢さん…。クラーラお嬢様。」
この声は……。
無言で顔を上げる私。
そこには、日焼けした顔で眩しく微笑むマシューがいた。
「もうお嬢さんじゃないわよ。
どうしてマシューがここにいるの?」
除草する手を止めて、立ち上がる私。
「父さんと母さんを説得するのに時間が掛かってしまいました。
子爵様にも許可を頂きました。」
「え…?」
「お嬢さん…。私は貴女を愛しています。
貴女の側にこれからずっといることを許して頂けませんか?」
「え?マシュー、ここで働きたいの?」
マシューは困ったような表情をして私の所に来ると、突然跪く。
「お嬢さん、私は貴女に結婚を申し込みに来ました。
愛しています。お嬢さんが伯爵様を忘れられなくても構いません。
私とずっと一緒にいてくれませんか?」
「私は罪人よ…。幸せになんてなれないわ。」
「それでも構いません。私はただお嬢さんの側にいたいのです。
それに…、王都の家は出てきてしまいましたし…、他に行く場所もないのでお願いします!」
「……そんなことを言われたら、断れないわよ。」
マシューは、小さなサファイアの埋め込まれた指輪を用意してくれていた。
お母様に私の指輪のサイズを聞いてから用意してくれたようだけど…。
こっちの生活で私は痩せたらしく、指も細くなったようで、指輪は少し大きかった。
予想外のことに、マシューはとてもガッカリしていた。
でも…、私にとっては人生で1番嬉しいプレゼントだ。
王都にいる2人の幸せを願っていた私が、その後の2人のことを知るのは、それから数年経ってから……
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