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閑話 アブス子爵令嬢

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 縄で後ろ手に拘束され、声を上げられないように猿轡をされた私は、疲れた顔をしたお父様と、無言で涙を流すお母様、強張った表情のエマと一緒に実家に帰って来た。

 
 お父様とお母様に体を支えられながら、馬車を降りると、使用人達がヒソヒソ言っているのが分かる。
 里帰りを終えて嫁ぎ先に戻ったはずの私が、縄で縛られた状態ですぐに実家に戻って来た姿は、異様にしか見えないからだろう。
 

「…こ、これはどういうことですか?
 お嬢さんがなぜ縛られているのです?」


 庭で仕事をしていたマシューに見られてしまった。
 何も事情を知らない優しいマシューは、純粋に私を心配して声を掛けてくれたのだろうけど……


 バシっ!


 気がつくとお母様がマシューの頬を殴っていた。


「この裏切り者。ロジャース伯爵様と夫人に不貞がバレたわよ!
 今すぐに出て行きなさい!この恩知らず!」


 やめて!マシューは悪くない。


「やめないか!この男のした事は許されないが、ララが悪い…。」

「アナタ!この男のせいでララは離縁になったのですよ!なぜ庇うのですか!」

「煩い!どちらにしても、夫人に危害を加えようとしたり、暴言を吐いたりするようなララは伯爵家にいるのは無理だ。夫人に何かあったら、うちの子爵家は無くなるところだったぞ。」

「…うっ、…っ。」

 お母様は使用人達が見ている前で泣き出してしまった。

「マシュー…、ララは離縁が決まった。
 お前との不貞がバレた上に、伯爵に愛される夫人を逆恨みして危害を加えようとし、更には暴言まで吐いたのだ。
 今からララの今後をどうすべきかを家族で決める。
 マシューも来なさい。」

「旦那様……、も、申し訳ありませんでした。」

「マシュー、謝罪はいいから早く来い。」




 両親に呼ばれてやって来た弟は、こんな私を虫ケラでも見るような目で見ていた。

 両親から事情を聞いた弟は、

「アンタはどれだけ子爵家に恥をかかせるんだ?
 あんな美男美女の夫婦を媚薬を使って陥れて、無理矢理第二夫人になったと思ったら、相手にされなかったから不貞だって?しかも、夫人を逆恨みして危害を加えようとした?ふざけるな!」

 弟が震えるほど怒っている。

「夫人はそんなララを怒らなかったよ。医者に診てもらえと言うだけだった。ロジャース伯爵からもララは異常だから、しっかり管理しろと言われた。」

「もう普通の貴族として生きていくのは無理ね。
 ララ…、貴女はこの先どうするつもり?」

 その時になって、やっと私は猿轡を取ってもらえた。

「…わ、私は離縁はしたくない。
 あの女がいなくなれば、アラン様は私を見てくれるわ。」


 私は真面目に話しているのに。


「…うっ、…っ。話が通じないほど、ここまで酷いなんて…。」

「すぐに侍医に診てもらった方がいいな。」


 諦めたような表情をする両親。

 どうして…?私は病気じゃないのに。


「マシュー、本来ならお前をすぐに追い出したいくらいだ。
 だが、こんなララをお前が大切に思ってくれていて、ララが毒を買うように言った時も必死にとめてくれたことには感謝している。
 これからも幼馴染みとしての立場で、ララを支えてやってくれないか?」

「……はい。本当に申し訳ありませんでした。」



 侍医からは疲れが溜まっているようだからと、疲れが取れる効果があるという薬を渡された。

 そんな薬なんてあるの?信用出来ないわ。
 私が邪魔だからと、家族が私を殺そうとしているのかもしれない。

「薬に見せかけて毒を飲ませようとしているでしょ?こんなもの飲まないわよ!」

「お嬢さん、これは毒ではないですよ。試しに私が毒味します。それなら安心してくれますよね?」

 マシューは私を心配してくれているのか、よく顔を見に来てくれる。
 薬だと言われた得体の知れない粉を、ひとつまみ自分の口に入れて見せてくれた。

「……すごい苦いですけど、何ともないですよ。毒ではありません。」

「…分かったわよ。」
 
 数日服用していたら、何となく心の靄がなくなったような気がした。


「お嬢さん、顔色が良くなって来ましたね。
 良かったです。」

 マシューは、私が元気になれるようにと、庭に咲く花を毎日届けてくれる。

 家族は私を見捨てたような態度だし、他の使用人達は私を避けたがるのに、マシューだけは変わらずに、優しい目で私を見てくれていることに気づいた。

「マシューだけよ。私に優しくしてくれるのは。」

「そんなことはありません。旦那様も奥様も坊ちゃんも、お嬢さんを大切に思っていますよ。
 家族だからこそ、弱ったお嬢さんを見るのが辛いのだと思います。
 旦那様達を裏切ることをした私は、すぐにクビになってもおかしくはないのに、そんなことをしたらお嬢さんが悲しむだろうからと、私は今ここにいる事を許してもらえているのだと思います。」

「……。」




 翌日、私のいる離れの部屋に両親がやって来た。





 
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