君を愛するつもりはないと言われた私は、鬼嫁になることにした

鬼嫁は休業中 1

　伯爵様が倒れたと聞いた私は、家令のトーマスに案内されて、すぐに伯爵様の部屋に向かった。


　部屋のベッドでは顔色の悪い伯爵様が寝ている。


「侍医は何て言っていたの…？」

「心労が重なったのではと言っていました。」

　え…、心労って言った？

　最近アブスの件で悩む伯爵様に、キツいことを言って突き放した鬼嫁としては、少しだけ気不味いような気がした。

　えー、私のせいなのー？

「最近の旦那様は、あまり眠れていないようですし、食欲もないようでした。」

　うっ……。家庭内別居中の妻には知らないことだらけだわね。

「お客様（アブス）に心を痛める日々を過ごしていましたし、執務の方も秘書官の人数が少ないので旦那様に負担がかかっていましたから…。」

　やめてー！

　鬼嫁の心の奥底にある、小さな良心が痛むじゃないのよ！

「…分かったわ。私に出来るか分からないけど、執務は手伝うわ。
　伯爵様が目覚めたらすぐに私を呼んでくれるかしら？」

「本当ですか？ありがとうございます。」

　トーマス…。分かりやすく喜ばないでよ！

「伯爵様にはしばらくはゆっくり休んでもらいましょうね。」


　鬼嫁は自分の執務室に行くと、さっきまで一緒にいたギルに急ぎで手紙を書いた。

〝うちの商会で1番よく効く疲労回復薬を急いで届けて欲しい〟

　護衛騎士はすぐに手紙を届けてくれて、実家の商会から沢山の薬が届いた。
　疲労回復薬も高級なんだからね！！元気になったら、感謝してよね。



　私の秘書官と従者を連れて、鬼嫁は伯爵様の執務室に向かう。

　私の秘書官と従者はとにかく優秀だから、手伝ってもらおうっと！
　私の仕事は今は落ち着いているから、私が直接動かなくて大丈夫そうだしね。



　伯爵様の執務室では、側近2人が忙しそうにしていた。
　私達が手伝うことを話したら、なぜか感動され、何をすれば良いか説明してもらう。

　伯爵家の執務をしていて分かったことは、領地の主要産業は農産物だということ。

　農産物が沢山採れるいい土地なのかもしれないけれど、農産物をただ出荷するだけでは儲けは少ないし、前世と違って流通ルートが整ってないのだから、物によっては遠くには出荷できないわよね。

　野菜や果物が沢山取れるなら、ジュースやジャムに加工して売った方が儲かったりして…。
　前世で見た、高級志向の濃厚なジュースでも作って貴族向けに売り出すのもいいわね。
　特注のオシャレで高級な瓶にでも入れれば、贈り物にも出来るし、パーティーで出すことも出来るわ。私の店やホテルで、お客様にお出しして宣伝すればいいよね。

　ふふ！金の匂いがするわ…。決めた！近々、領地に視察に行って来よう！
　ロジャース伯爵家の事業にして、私が投資すればいいわね。儲かれば、ロジャース伯爵家の収入源になるし、その収入から私の持参金を返してもらえるわ。

　そんなことを考えながら、書類を整理していると、家令のトーマスに呼ばれる。

「奥様、旦那様が目覚められました！」

　目覚めたか！
　しょうがない…。しばらくは鬼嫁業はお休み！


　伯爵様の部屋に向かう私。ノックすると、伯爵様の返事が聞こえた。

「伯爵様、失礼致します。」

　ベッドに横になる伯爵様は、顔色は相変わらず悪いままであった。

「…エレノア？すまないな。」

　弱々しい声だった…。

「伯爵様、私は大丈夫ですから、しばらくはゆっくり休んでくださいまし。
　お腹は空いていませんか？トーマスから聞きましたが、最近は食欲がなかったようですね？食べないと、もっと弱ってしまいますわよ。」

「あまり食べなくなかったのだ…。食欲がない…。」

「我慢して少しは食べて下さい。今、スープを作ってもらっていますから。その後にお薬を用意していますからね。」

「…分かった。」


　メイドが温かいスープを運んできてくれた。

　寝起きで手元がおぼつかない伯爵様のために、優しい妻である私が食べさせてあげることにした。
　布団にこぼしちゃったら嫌だからね。

「伯爵様、アーンして下さい。」

「…じ、自分でやれる。」

　そこまで恥ずかしがらないでよ。深い意味はないのだから。

「まだ、具合が悪そうに見えますから、私がやりますわ。
　お口を開けて下さいね。」

　恥ずかしそうに口を開ける伯爵様に、スープを飲んでもらう。



「伯爵様。実家から持ってきた、疲労回復薬ですわ。効くといいのですが、飲んで頂けますか？」

「…ありがとう。」

　不味そうだけど、表情を変えずに飲み込んでくれた。
　ふぅー。後は着替えか？この人、熱はあるのかしら？

「伯爵様、ちょっと失礼しますね。」

　額を触ると…、熱はなさそうだ。

「伯爵様、体を拭いてもいいですか？」

「そ、それは大丈夫だ。自分で湯浴みしてくる。」

「伯爵様。浴室で倒れたら大変ですから、今日は無理はしない方がいいと思いますわ。
　今日は私が体を拭きますから。今、湯とタオルと着替えを用意してもらいますから、少しそのままお待ち下さいね。」






「伯爵様、服を脱いでもらいますね。」

「…ああ。」




「伯爵様、タオルは熱くないですか？」

「…大丈夫だ。」




「首筋を拭きますね。
　……腕と胸も拭きますね…。腋の下も失礼します。」



　上半身だけでいいわよね？今日は全く暑くなかったし、明日には自分で湯浴み出来そうだしね。

「伯爵様、服を着て大丈夫ですわ。」

「…ああ。ありがとう。」

　そんなに恥ずかしがらないでよ。

　中身アラフォーおばちゃんの私なんて、老人介護の延長の気分でやっているんだから。

　
「伯爵様。執務の方は私が伯爵様の側近達に教えてもらいながら、代わりにやりますから、伯爵様はしばらくお休みして下さいね。」

「しかし…、それではエレノアに負担が来てしまう！」

「私は大丈夫です。早く元気になってくださいね。
　何かあれば呼んで下さい。では…、ゆっくりお休みして下さい。」

「……ありがとう。」

　
　早く寝ろよー！