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長期の休み
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王太子殿下に会ってから一ヶ月ほど経った頃、孤児院に充てる予算を増額をすることが決まったと旦那様が教えてくれた。
まさかこんなに早く決まるとは思っていなかった。予算を確保するのは難しいし、孤児院のことは後回しにしてもいいと考える貴族は沢山いるはずなのに。
「王太子殿下は体の不自由な子供が捨てられて、孤児院でまともな治療をしてもらえないことに心を痛めていたようだ。
アリエルに背中を押されたと話されていたよ」
「私は偶然お会いした殿下にお話をさせて頂いただけです。
孤児院の予算が増えれば、少しは子供たちの生活が改善できると思うので、私は嬉しく思います。
王太子殿下には、私が感謝していたとお伝え頂けますか?」
「分かった。必ず伝える。
ところで、近々まとまった休みが取れそうなんだ。
せっかくだから、アリエルを領地に連れて行きたいと思っている。
今は暖かくていい時期だから、領地の中をアリエルに案内したいと思っているんだ。私と一緒に行ってくれないか?」
旦那様は領地には二人で行こうと言っていたけど、忘れずにいてくれたようだ。
領地には結婚してから一度も行ったことはなかったから、断る理由はない。
いずれは王都を離れて、領地にこもる生活になるかもしれないから、今のうちに領地のことを知っておいた方がいいだろう。
「ありがとうございます。楽しみにしておりますわ」
ふと旦那様を見ると、私の返事を聞いてホッとした表情をしているのが分かった。
「良かった! 断られたらどうしようかと不安だったんだ。
アリエルと二人で出掛けるのは初めてだから、今から楽しみにしているよ。仕事もきっちり片付けてくる」
「私に断る理由はありませんわ。
初めての領地ですから、私も楽しみにしております」
旦那様は長期の休みを取ってくれたようで、予定通りに領地に出発する日を迎える。
「アリエル、領地は王都から馬車で三時間くらいかかる。無理のないように途中で休憩を入れながら移動するつもりだが、気分が悪くなったらすぐに言ってくれ。
前にアリエルを診てくれた医者も同行するから、何の心配もないからな」
旦那様の視線の先には、初夜の後に私の診察をしてくれた女性医師の姿が見える。
「旦那様。私なんかのためにそこまでして下さるなんて恐縮してしまいますわ」
「アリエルは体が弱かったから心配なんだ。
分かってくれ」
「……分かりました。ご配慮ありがとうございます」
その後にすぐ出発することになるのだが、私はいつものようにアンナと一緒に馬車に乗るつもりでいた。
しかし……
「奥様。私たちは奥様のすぐ後ろの馬車に乗っていますので、何かあればお呼び下さいませ」
「え? 私は……」
「奥様、こんな時くらいは公爵様と過ごしませんと……
ほら、公爵様が馬車の前でお待ちです!」
コソコソっとアンナに耳打ちされてハッとする。
夫婦で出掛けるということは、旦那様と一緒に行動するということなのね……
初めてのことだから全く考えていなかった。
アンナは公爵家に来てから仲良くなったメイド二人と女性医師の四人で同じ馬車に乗るらしく、どう見ても私が一緒に乗るスペースはない。
仕方がないわ。我慢しましょう……
「アリエル、そろそろ出発しようか」
「ええ……。よろしくお願い致します」
馬車に乗り込んで気が付いたことがある。
それは私が旦那様と一緒に馬車に乗ることが初めてだということと、こんな狭い空間に旦那様と二人きりになることも初めてだということだった。
とても気まずいわね……
旦那様とはそこまで仲良くないから、何を喋ればいいのか分からないし、無理に話をしてもお互い疲れるだけだから、窓の外でも眺めて静かにしていた方が良さそうだわ。
黙って窓の外の風景を眺めていると旦那様が口を開く。
「アリエル。馬車酔いはしていないか?
気分が悪くなったらすぐ教えるんだ」
「旦那様、大丈夫ですわ」
「まだまだ時間はかかるから、眠ってもいいからな」
「はい。眠くなるような時はそうさせて頂きます」
気を遣ってくれているのね。
この馬車の雰囲気はあまりよろしくないから、寝た方がいいのかもしれない。
私は馬車の窓側に寄りかかって眠ることにした。
少しして、ウトウトしていると……
ガタン! 石でも踏んだのか、馬車が急に揺れる。窓側に寄りかかっていた私は、頭をゴンとぶつけてしまった。
「アリエル! 大丈夫か?」
「……っ! 旦那様、大丈夫です」
大丈夫と言いながらも実は痛かったけど、恥ずかしいからこのまま寝ていることにした。
しかし道が悪いのか、その後も馬車は揺れて、頭を何度かぶつけてしまう。
「アリエル、窓側に寄りかからないで私に寄りかかってくれ。その方が楽だと思う」
「……申し訳ありません。もう目が覚めてしまいましたので大丈夫ですわ」
「寝ている方が楽だから、私に寄りかかって眠ってくれ」
「それでは旦那様が疲れてしまいます。私は大丈夫ですから……」
「もっと頼って欲しいと思っているんだ。
私は君の夫なのだから」
「でも……」
「ほら、こっちに来て寄りかかってくれ」
「……ありがとうございます。失礼します」
私がこのまま断り続けても無理そうだから、旦那様に寄りかからせてもらうことにした。
しかし慣れないことをしたせいか、私は馬車酔いしてしまった。
まさかこんなに早く決まるとは思っていなかった。予算を確保するのは難しいし、孤児院のことは後回しにしてもいいと考える貴族は沢山いるはずなのに。
「王太子殿下は体の不自由な子供が捨てられて、孤児院でまともな治療をしてもらえないことに心を痛めていたようだ。
アリエルに背中を押されたと話されていたよ」
「私は偶然お会いした殿下にお話をさせて頂いただけです。
孤児院の予算が増えれば、少しは子供たちの生活が改善できると思うので、私は嬉しく思います。
王太子殿下には、私が感謝していたとお伝え頂けますか?」
「分かった。必ず伝える。
ところで、近々まとまった休みが取れそうなんだ。
せっかくだから、アリエルを領地に連れて行きたいと思っている。
今は暖かくていい時期だから、領地の中をアリエルに案内したいと思っているんだ。私と一緒に行ってくれないか?」
旦那様は領地には二人で行こうと言っていたけど、忘れずにいてくれたようだ。
領地には結婚してから一度も行ったことはなかったから、断る理由はない。
いずれは王都を離れて、領地にこもる生活になるかもしれないから、今のうちに領地のことを知っておいた方がいいだろう。
「ありがとうございます。楽しみにしておりますわ」
ふと旦那様を見ると、私の返事を聞いてホッとした表情をしているのが分かった。
「良かった! 断られたらどうしようかと不安だったんだ。
アリエルと二人で出掛けるのは初めてだから、今から楽しみにしているよ。仕事もきっちり片付けてくる」
「私に断る理由はありませんわ。
初めての領地ですから、私も楽しみにしております」
旦那様は長期の休みを取ってくれたようで、予定通りに領地に出発する日を迎える。
「アリエル、領地は王都から馬車で三時間くらいかかる。無理のないように途中で休憩を入れながら移動するつもりだが、気分が悪くなったらすぐに言ってくれ。
前にアリエルを診てくれた医者も同行するから、何の心配もないからな」
旦那様の視線の先には、初夜の後に私の診察をしてくれた女性医師の姿が見える。
「旦那様。私なんかのためにそこまでして下さるなんて恐縮してしまいますわ」
「アリエルは体が弱かったから心配なんだ。
分かってくれ」
「……分かりました。ご配慮ありがとうございます」
その後にすぐ出発することになるのだが、私はいつものようにアンナと一緒に馬車に乗るつもりでいた。
しかし……
「奥様。私たちは奥様のすぐ後ろの馬車に乗っていますので、何かあればお呼び下さいませ」
「え? 私は……」
「奥様、こんな時くらいは公爵様と過ごしませんと……
ほら、公爵様が馬車の前でお待ちです!」
コソコソっとアンナに耳打ちされてハッとする。
夫婦で出掛けるということは、旦那様と一緒に行動するということなのね……
初めてのことだから全く考えていなかった。
アンナは公爵家に来てから仲良くなったメイド二人と女性医師の四人で同じ馬車に乗るらしく、どう見ても私が一緒に乗るスペースはない。
仕方がないわ。我慢しましょう……
「アリエル、そろそろ出発しようか」
「ええ……。よろしくお願い致します」
馬車に乗り込んで気が付いたことがある。
それは私が旦那様と一緒に馬車に乗ることが初めてだということと、こんな狭い空間に旦那様と二人きりになることも初めてだということだった。
とても気まずいわね……
旦那様とはそこまで仲良くないから、何を喋ればいいのか分からないし、無理に話をしてもお互い疲れるだけだから、窓の外でも眺めて静かにしていた方が良さそうだわ。
黙って窓の外の風景を眺めていると旦那様が口を開く。
「アリエル。馬車酔いはしていないか?
気分が悪くなったらすぐ教えるんだ」
「旦那様、大丈夫ですわ」
「まだまだ時間はかかるから、眠ってもいいからな」
「はい。眠くなるような時はそうさせて頂きます」
気を遣ってくれているのね。
この馬車の雰囲気はあまりよろしくないから、寝た方がいいのかもしれない。
私は馬車の窓側に寄りかかって眠ることにした。
少しして、ウトウトしていると……
ガタン! 石でも踏んだのか、馬車が急に揺れる。窓側に寄りかかっていた私は、頭をゴンとぶつけてしまった。
「アリエル! 大丈夫か?」
「……っ! 旦那様、大丈夫です」
大丈夫と言いながらも実は痛かったけど、恥ずかしいからこのまま寝ていることにした。
しかし道が悪いのか、その後も馬車は揺れて、頭を何度かぶつけてしまう。
「アリエル、窓側に寄りかからないで私に寄りかかってくれ。その方が楽だと思う」
「……申し訳ありません。もう目が覚めてしまいましたので大丈夫ですわ」
「寝ている方が楽だから、私に寄りかかって眠ってくれ」
「それでは旦那様が疲れてしまいます。私は大丈夫ですから……」
「もっと頼って欲しいと思っているんだ。
私は君の夫なのだから」
「でも……」
「ほら、こっちに来て寄りかかってくれ」
「……ありがとうございます。失礼します」
私がこのまま断り続けても無理そうだから、旦那様に寄りかからせてもらうことにした。
しかし慣れないことをしたせいか、私は馬車酔いしてしまった。
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