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記憶が戻った後の話
52 頭痛
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カーテンの陰から前世の弟であるキャンベル侯爵が出てくるとは思わなかった。キャンベル侯爵は罰の悪そうな顔をしているが、私の方もいるはずのない人物が急に現れたことによって、心の中はパニック状態だ。
「……どうしてここに?」
「キャンベル侯爵がね、私がアンダーソン公爵夫人を可愛がっているという噂を耳にしたらしいの。それで、色々探りを入れてきて面倒だったから、お茶会の前に呼び出したのよ。
私から説明するより、私達の会話を直接聞けば疑問が解けると伝えて、カーテンの陰に隠れていてもらったわ。
侯爵……、知りたかったことは知れたかしら?」
「……はい」
王妃殿下と私の会話は、知る人が聞けばアリスと王妃殿下の会話にしか聞こえない。侯爵は私がアリスだと気付いたようだ。
しかし、幼い頃とは大きく変わってしまった今の侯爵を「ディー」と愛称で呼ぶことは出来ないし、立派な青年に成長した侯爵を昔のように抱きしめることなんて出来ない。何と声を掛けていいのか分からず、言葉に詰まってしまう。
「……」
「……姉上、どうして私に教えてくれなかったのですか?」
先に口を開いたのは侯爵の方だった。あの頃とは全く違う声で姉上と呼ばれてビクッとしてしまう。
今の私より年上の美丈夫から姉上って言われるなんて、何だか不思議な気持ちだわ。
「せっかく再会できたのに、姉上は私に何か言ってくれないのですか?」
「ごめんなさい……。大人のディーに〝姉上〟って言われてびっくりしてしまったの。あの頃は小さくて可愛かったのに、今は男性らしく立派に成長したでしょう? 別人から〝姉上〟って呼ばれているみたいで」
「確かにあの頃は、姉上よりも小さくて頼りない子供でした。でも、私は姉上の弟のディックです。
……ずっと会いたかった」
「ええ、私も会いたかったわ」
すると侯爵はスッと私の前までやって来て、私を抱きしめてきた。
「ひっ! ディー、これはダメよ!」
「いつも姉上は私を抱きしめてくれたではありませんか。私だって姉上を抱きしめたかったんです」
あの時の私は、年の離れた幼い弟が可愛くて抱きしめていただけ。しかし、今のディーは立派な大人で侯爵という立場だ。こんなところを誰かに見られたりしたら……
「は、離して!」
「姉上……」
しかし、侯爵は力強く私を抱きしめて離してくれない。
そういえば、ディーは姉が大好きなシスコンだった。昔はそれが可愛かったけど、大人になってこれはヤバい。あの時の私はディーの育て方を間違えた?
その時、王妃殿下の低い声が聞こえてくる。
「侯爵、いい加減にしなさい。貴方の姉だったとしても、今はアンダーソン公爵夫人のアリシアなのよ」
王妃殿下からピシャリと言われて、侯爵はやっと私を離してくれる。
「ああ、そうでしたね。姉上は生まれ変わって伯爵家で酷い扱いを受けて育ち、その生活から逃げるためだけに、あの男と仕方なく結婚したのですよね? 公爵家との縁談を断れないでしょうし。
王妃殿下、どうして姉上をあの男の邸に行儀見習いに行かせたのです? 昔の姉上を散々冷遇しておきながら未練たらしく独身を貫き、姉上とそっくりだという若い伯爵令嬢を見初めたと聞いた時は、はらわたが煮えくり返るかと思いましたよ」
「あら……、貴方は行儀見習いの令嬢を縁談に勧められるのが嫌であまり受け入れてくれなかったでしょう? 最近は、貴方には絶対に近付かないと誓約書にサインを貰ってから受け入れるようにしているんですって?
そんな面倒な家に行儀見習いには行かせられなかったのよ。あの頃のアリシアは控えめでか弱くて、アリスの記憶がなかったみたいだし」
今の私が、か弱くないみたいに言わなくてもいいのに。
「婚約者がいない私に下心を持って近づいてくる令嬢が沢山いたんですよ。自分を守るために仕方なくやったのです。
事情を話してくれればキャンベル侯爵家でも行儀見習いは受け入れましたし、あの伯爵家を潰す力くらいはありました。姉上が苦しんでいると知っていたら、私は迷わず助けていましたよ。
王妃殿下は、私が姉上のことを大切に想っていることを知りながらずっと教えてくれなかったなんて……本当に酷いです」
「侯爵が煩く騒ぐのが分かっていたから面倒だったのよ」
冷ややかな声で話す侯爵を見て、あの頃と変わらずにアンダーソン公爵をよく思っていないのが伝わってきた。
しかしそれ以上に気になったのは、昔のディーとは違って今の侯爵が饒舌で理屈っぽい性格になっているということ。
再会できたことは嬉しいけど何だか寂しいわ。
あの頃の可愛かった弟はもういないのね。
シスコンで理屈っぽい性格の弟を見て、私は頭痛が起きそうになっていた。
「……どうしてここに?」
「キャンベル侯爵がね、私がアンダーソン公爵夫人を可愛がっているという噂を耳にしたらしいの。それで、色々探りを入れてきて面倒だったから、お茶会の前に呼び出したのよ。
私から説明するより、私達の会話を直接聞けば疑問が解けると伝えて、カーテンの陰に隠れていてもらったわ。
侯爵……、知りたかったことは知れたかしら?」
「……はい」
王妃殿下と私の会話は、知る人が聞けばアリスと王妃殿下の会話にしか聞こえない。侯爵は私がアリスだと気付いたようだ。
しかし、幼い頃とは大きく変わってしまった今の侯爵を「ディー」と愛称で呼ぶことは出来ないし、立派な青年に成長した侯爵を昔のように抱きしめることなんて出来ない。何と声を掛けていいのか分からず、言葉に詰まってしまう。
「……」
「……姉上、どうして私に教えてくれなかったのですか?」
先に口を開いたのは侯爵の方だった。あの頃とは全く違う声で姉上と呼ばれてビクッとしてしまう。
今の私より年上の美丈夫から姉上って言われるなんて、何だか不思議な気持ちだわ。
「せっかく再会できたのに、姉上は私に何か言ってくれないのですか?」
「ごめんなさい……。大人のディーに〝姉上〟って言われてびっくりしてしまったの。あの頃は小さくて可愛かったのに、今は男性らしく立派に成長したでしょう? 別人から〝姉上〟って呼ばれているみたいで」
「確かにあの頃は、姉上よりも小さくて頼りない子供でした。でも、私は姉上の弟のディックです。
……ずっと会いたかった」
「ええ、私も会いたかったわ」
すると侯爵はスッと私の前までやって来て、私を抱きしめてきた。
「ひっ! ディー、これはダメよ!」
「いつも姉上は私を抱きしめてくれたではありませんか。私だって姉上を抱きしめたかったんです」
あの時の私は、年の離れた幼い弟が可愛くて抱きしめていただけ。しかし、今のディーは立派な大人で侯爵という立場だ。こんなところを誰かに見られたりしたら……
「は、離して!」
「姉上……」
しかし、侯爵は力強く私を抱きしめて離してくれない。
そういえば、ディーは姉が大好きなシスコンだった。昔はそれが可愛かったけど、大人になってこれはヤバい。あの時の私はディーの育て方を間違えた?
その時、王妃殿下の低い声が聞こえてくる。
「侯爵、いい加減にしなさい。貴方の姉だったとしても、今はアンダーソン公爵夫人のアリシアなのよ」
王妃殿下からピシャリと言われて、侯爵はやっと私を離してくれる。
「ああ、そうでしたね。姉上は生まれ変わって伯爵家で酷い扱いを受けて育ち、その生活から逃げるためだけに、あの男と仕方なく結婚したのですよね? 公爵家との縁談を断れないでしょうし。
王妃殿下、どうして姉上をあの男の邸に行儀見習いに行かせたのです? 昔の姉上を散々冷遇しておきながら未練たらしく独身を貫き、姉上とそっくりだという若い伯爵令嬢を見初めたと聞いた時は、はらわたが煮えくり返るかと思いましたよ」
「あら……、貴方は行儀見習いの令嬢を縁談に勧められるのが嫌であまり受け入れてくれなかったでしょう? 最近は、貴方には絶対に近付かないと誓約書にサインを貰ってから受け入れるようにしているんですって?
そんな面倒な家に行儀見習いには行かせられなかったのよ。あの頃のアリシアは控えめでか弱くて、アリスの記憶がなかったみたいだし」
今の私が、か弱くないみたいに言わなくてもいいのに。
「婚約者がいない私に下心を持って近づいてくる令嬢が沢山いたんですよ。自分を守るために仕方なくやったのです。
事情を話してくれればキャンベル侯爵家でも行儀見習いは受け入れましたし、あの伯爵家を潰す力くらいはありました。姉上が苦しんでいると知っていたら、私は迷わず助けていましたよ。
王妃殿下は、私が姉上のことを大切に想っていることを知りながらずっと教えてくれなかったなんて……本当に酷いです」
「侯爵が煩く騒ぐのが分かっていたから面倒だったのよ」
冷ややかな声で話す侯爵を見て、あの頃と変わらずにアンダーソン公爵をよく思っていないのが伝わってきた。
しかしそれ以上に気になったのは、昔のディーとは違って今の侯爵が饒舌で理屈っぽい性格になっているということ。
再会できたことは嬉しいけど何だか寂しいわ。
あの頃の可愛かった弟はもういないのね。
シスコンで理屈っぽい性格の弟を見て、私は頭痛が起きそうになっていた。
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