結婚したら、愛する夫が前世の憎い婚約者だったことに気付いてしまいました

せいめ

文字の大きさ
上 下
50 / 55
記憶が戻った後の話

50 弟の変化

しおりを挟む
 前世の弟からそんな目で見られるとは思わなかった。
 ディーから見れば、今の私は亡くなった姉が嫌っていた元婚約者の妻。こんな態度を取られるのは仕方がないのかもしれない。
 公爵がアリスに冷たい態度をとっていたところを何度か見られているし、アリスだった私は仲の良かったディーに婚約解消した後の夢を語ったりしていた。
 ディーからすれば姉を苦しめる公爵は大嫌いだろうし、大嫌いな公爵の妻である私に良いイメージを持つはずがないのだ。

 分かってはいても、可愛がっていた弟から冷淡な目を向けられるのは辛い。

「……バレていたようですわね。
 ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はアリシア・アンダーソンと申します。
 偶然、こちらの屋敷の前をお忍びで散歩していましたら、何かを勘違いした使用人に中まで連れて来られました。
 そろそろ帰る時間なので、今日はこれで失礼させていただきます」

「私はディック・キャンベルと申します。噂のアンダーソン公爵夫人にお会いできて光栄です。
 夫人を溺愛する公爵閣下が心配すると大変ですから、公爵家には帰りが遅くなると私から連絡を入れましょうか」

 ディーのこの冷ややかな感じは、私に皮肉を言っているように見えた。
 社交界では、公爵が元婚約者そっくりの若い妻を溺愛している話は有名だ。元婚約者の家族としては、今の私の存在自体が不快なのかもしれない。

 公爵を憎むのは仕方ないけど、何の事情も知らない若妻にまで辛く当たらないで欲しい。
 可愛いディーはこんな性格になってしまったのね……
 弟の変化を見ているのは辛いから今日はもう帰ろう。こんなに辛い気持ちになるなら、ここに来なければよかった。

「結構ですわ。私は帰らせていただきます」

「……夫人?」

 話していてもキリがないので、そのまま強引に部屋を出てきてしまった。使用人達が私をジロジロと見ている中、邸から外に出た私は正門の方へ向かって足早に歩き出す。
 邸の中から出てきた私を警備の騎士達は不思議そうに見つめていたが、特に何も言われずに済んだ。

 侯爵家の外に出た私は、公爵家に戻るために急いでいた。
 しかし、あと少しという所まで来た時に街中の様子が違うことに気づく。街中に見たことのある騎士が沢山いたのだ。私はその中の一人と目が合ってしまう。

「奥様、ご無事で良かった!」

「おい! 奥様を保護したと急ぎで閣下に報告しろ」

「はい!」

「奥様、お怪我はありませんか? 閣下が間もなく到着するはずです。少しお待ちください」

「……」

 無断外出がバレて騎士達が探していたのね。終わったわ……

 公爵家の騎士に囲まれて顔色を悪くする私は、まるで指名手配犯のよう。道行く人達にジロジロ見られて最悪だ。
 すると、そこに公爵の乗っているであろう馬車が到着して勢いよくドアが開く。

 この感じは相当怒っているわ。今日はこの後に説教が待っているのね。

 しかし、公爵は怒るどころか泣きそうな顔で私を抱きしめてくる。沢山の騎士や街の人が見ている前で恥ずかしがることもなく堂々と。

 うっ、ギュッと強く抱きしめるから苦しい。

「アリー、見つかって良かった……
 怪我はしてないか? 君がいなくなったと聞いて、私は死ぬかと思った。誰かに攫われたのかと思ったが、ここにいるということは邸を飛び出したんだな? 私が嫌いになったのか? 捨てないでくれ!」

 苦しさと恥ずかしさで私の方が死にそうなんですが……

「……っ! く、苦しいですわ……」

「あ、すまない!」

 公爵は腕の力を緩めるが、私のことは抱きしめたままだ。

「あの……、みんなに見られて恥ずかしいので、そろそろ離してもらってもよろしいですか?」

「ダメだ! 君を離したらまたいなくなってしまうだろう? 私はもう君を離さないと決めたんだ!」

 公爵はこんな性格だった? アリスの婚約者だった頃はクールな男だと思っていたのに。

「いなくなりませんので離してくださいませ!」

 そんなやり取りをしていると、公爵の筆頭護衛騎士が身兼ねて声を掛けてくれる。

「閣下、とりあえず邸に戻りましょう。今のお二人は街中で注目を浴びて道が混み出しております。
 邸で夫婦二人きりでゆっくりと話し合いをして下さい」

「……そうだな」

 そのまま馬車に乗せられて公爵家に帰ることになった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

処理中です...