結婚したら、愛する夫が前世の憎い婚約者だったことに気付いてしまいました

せいめ

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記憶が戻った後の話

42 閑話 公爵

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 公爵位を引き継いだ後、がむしゃらに執務だけをする日々を過ごしていた私の元に国王陛下から文が届く。

〝王妃が個人的に親しくしている令嬢を行儀見習いとしてしばらく預かって欲しい〟

 うちは筆頭公爵家ということもあり、貴族令嬢が行儀見習いに来ることはあったが、働く気のない者や私に色目を使ってくる者がいたりしたため、私が公爵になってからは受け入れを断っていた。
 しかし国王陛下からの依頼は断ることは出来ず、仕方なく引き受けることになる。
 令嬢の世話は家令やメイド長がすることにして、私は関わらずにいるつもりだったが……

「あの令嬢は誰なんだ?」

 挨拶に来てくれた令嬢がいなくなった後、私は家令を呼び出していた。

「ベント伯爵令嬢です。閣下もそれを知りながらご令嬢を受け入れたのでは?」

「ベント伯爵令嬢ということは聞いていたが、彼女は……」

「……ええ、私や閣下のよく知る人にそっくりでしたね。しかし、似ているようで似ていないかと。
 ご令嬢は下働きを希望していたようですし、閣下が怖いのかビクッとしていました。貴族生活に慣れていないようですので、温かく見守って差し上げて下さい」

「分かっている!」

 見た目だけでなく、声や美しい所作までアリスにそっくりな彼女を見ても、何の関心も持つつもりはなかった。彼女はアリスではない。私にはアリスだけ。彼女だけを永遠に思い続けると決めていたのだから。

 しかし……

「ベント伯爵令嬢は私生児として平民と同じ生活をしていたので、平民と同じ仕事で構わないと話されております。
 しかし、貴族令嬢としてのマナーは身につけておられますし、行儀見習いとしての身の振り方も分かっておられるご様子。
 国王陛下と王妃殿下の紹介でいらした方に下働きをさせるわけにはいきませんので、閣下のお茶やお食事をお出しする仕事を依頼してもよろしいでしょうか?
 お茶を淹れるのがとてもお上手でしたので何の問題もないかと思います」

「それくらいは構わない。だが、何かあれば私の目につかない仕事に配置換えをしてもらう」

「承知しました。ベント伯爵令嬢は真面目なお方ですからご安心下さい」

 家令やメイド長は彼女に何の問題もないと判断したようだが、私は令嬢を信用するつもりはなかった。


◇◇


「お茶を終えた頃に片付けに参ります。
 失礼いたします」

「……ああ」

 私の目を見ることもなく一定の距離を置き、お茶を淹れるとスッと退室する彼女は、私に色目を使ってきた今までの令嬢とは全く違う種類の人間だとすぐに分かった。
 彼女の淹れた紅茶は香りが豊かでとても美味しく、お茶を淹れるのが得意な母と同じ味がする。
 ただの行儀見習いの令嬢に興味を持つつもりはなかったのに、気付くと彼女のことが気になっていた。

「ベント伯爵令嬢は今までお茶の淹れ方を学ばれてこなかったとおっしゃっていたので、私が教えて差し上げようとしました。しかし、お茶の作法は完璧で自然に身についているかのようでしたわ。
 あの作法は先代の奥様と同じやり方でしたので、先代の奥様が教えたのかと思ってしまいました。
 控え目な方ですが、平民として育ってきたようには見えません。美しい所作や立ち振る舞いからは、高位貴族のご令嬢と変わらない教育を受けてきたように見えてしまいます」

 メイド長から彼女の話を聞き、ますます疑問に感じた私は、彼女を紹介してくれた国王陛下と王妃殿下にも話を聞くことにした。

「アンダーソン公爵から私達の所に来るなんて珍しいわね。
 アリシアは元気にしているかしら? 実家の伯爵家では私生児という理由だけで虐げられていた可哀想な子なのよ。
 アンダーソン公爵家ならベント伯爵家と関わりがないでしょう? アリシアを公爵家で守ってあげて欲しいわ。
 陛下もそう思いますでしょ?」

「ああ。真面目で控え目なご令嬢だが、あの伯爵家では酷い扱いだったと聞いている。義母の伯爵夫人や姉のご令嬢なんかは、デビュタントの夜会で彼女を睨みつけていたからな。
 あの難しいワルツをデビューしたばかりの彼女が完璧に踊っていたのが面白くなかったのだろう。義母や姉より、平民育ちだと馬鹿にしてきた私生児の彼女の方が挨拶やダンスが上手いだなんて、プライドをズタズタにされたに違いない」

 お茶を淹れるのが上手で、ダンスまで完璧な令嬢は自分の知る中ではアリスだけだった。

「ベント伯爵令嬢はダンスが上手……?」

「ええ、とても素晴らしかったわよ。カーテシーもダンスもあの子にそっくりね。
 でも性格は全く違うの。ずっと平民として育ってきたから貴族生活に馴染めないようだし、家族に虐げられてきたから自分に自信が持てなくて、弱々しいところがあるわ。
 でも根は良い子なの。あの子は公爵に興味を持ったり、色仕掛けで何かをするようなことはしないと思うわ。よろしく頼んだわよ」

「畏まりました……」

 王妃殿下から話を聞いた私は、彼女を守りたいと無意識に感じていた。
 
 

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