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記憶が戻る前の話

19 閑話 公爵

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 公爵家の嫡男として生まれた私は、幼い頃から王太子殿下の側近候補として定期的に殿下と面会をする機会があった。

 それは私が貴族学園の学生だった時のこと……

「マーズレイ男爵が、隣国の貴族と手を組んで不法薬物を売っているらしい。だが証拠が不十分だ。隣国の貴族が関わっている以上は、明確な証拠がないと拘束することが出来ない。
 そこでルーファスに頼みがある。お前と同じ学年にマーズレイ男爵の娘がいるが、調べたところによると、随分とお前にご執心なんだって?
 オーロラ・マーズレイに近づいて、上手く証拠を掴んで欲しい」

 マーズレイ男爵家は国境沿いにある小さな領地を持つ田舎貴族で、特にこれと言った特産もない地味な男爵家だった。

「マーズレイ男爵令嬢? 素行の悪い令息や下位貴族の令息を侍らす、あの尻軽女ですか?
 そんな女に近付いたら、アリスに何と思われるか……」

 アリスは私の婚約者だ。最近は会話すらなく、はっきり言ってあまり良い関係ではない。
 子供の頃はお転婆だった彼女と楽しく遊ぶくらい仲が良かった。しかし、成長するにつれて美しいレディに変貌を遂げたアリスに私が緊張してしまい、上手く会話すら出来ず、婚約者として一緒に過ごしても素気ない態度を取り続けてしまった結果、微妙な関係になってしまった。
 本当は彼女に愛を囁いたり、プレゼントを贈ったり、婚約者として彼女を沢山甘やかしたいのに、可愛いアリスを目の前にすると緊張して何も出来なくなってしまう。
 そんな私を両親や事情を知る友人達は、初心とかヘタレだとか言って面白がって見ている。しかし、結婚をする頃になればお互い大人になっているから何とかなるだろうと楽観的に考えていた。
 私は愛するアリスと結婚することを何よりも楽しみにしていたのだ。

「キャンベル侯爵令嬢には、時期がきたら私からきちんと事情を話すから大丈夫だ。
 だが、今は関係者以外に何も話さないでくれ。マーズレイ男爵や令嬢に計画がバレてはいけないんだ」

「……分かりました。全て終わったら、必ずアリスの誤解を解いてください!」

 計画を知るのは国王陛下と王太子殿下、私の父とアリスの父、騎士団長、学園で行動を共にしていた口の堅い友人の令息三人だけ。アリスやその友人達からは冷ややかな目を向けられると思うが、これは大切な任務だからしばらくは我慢だ。

 学園ではマーズレイ男爵令嬢がいつものように私に付き纏ってくる。今までは冷たくあしらって相手にしていなかったが、任務のために彼女の誘いに応じてランチやお茶の時間を一緒に過ごすことにした。
 アリスはそんな私を見て、初めは驚いたような表情をしていたと思う。しかし、それからしばらくすると、あの女と腕を組んで歩いていても無反応になってしまった。

 放課後は彼女と出掛けたり、一緒に勉強をしたりと、アリスとしたいと思っていたことをマーズレイ男爵令嬢と行った。非常にストレスだったが、任務だからとひたすら我慢した。

 そんな日々が続いたある日、鬱陶しかったマーズレイ男爵令嬢が可愛く見え、彼女の願いは何でも聞いてあげたくなっていた。

「ルーファス様ぁ……、最近、キャンベル侯爵令嬢やそのお友達が私を睨みつけてきて怖いんですぅ。
 私は、ルーファス様の側にいることも許されないのでしょうかぁ?」

「アリスがオーロラを虐める?
 分かった。私からあの女に注意しておく。君のことは私が守るから大丈夫だ」

「ルーファス様ぁ、愛してます……。私、キャンベル侯爵令嬢や他の誰にもこの気持ちは負けませんわぁ」

「私もオーロラを愛してるよ」

 自分は何をしているのか? 自分であって自分じゃないようなおかしな気持ち。でも、オーロラを愛してる、守りたいという思いがが溢れて止められない。

「ルーファス、本気か? キャンベル侯爵令嬢が虐めなんてするわけないだろう? あの女狐に騙されるなよ!」

「煩いぞ! 可愛いオーロラが泣いているんだ。嘘のはずがないだろう。悪いのはアリスだ!」

「ルーファス、一体どうしたんだよ?
 あんなに婚約者殿を愛していたのに……」

「あれは親同士が決めた政略結婚の相手でしかない。
 私は真実の愛を見つけてしまった。オーロラを愛している」

 事情を知る友人達はアリスの肩を持ち、オーロラに騙されるなと何度も警告をしてきた。
 しかし、私はそんな友人達の言葉を全て無視してアリスを呼び出す。オーロラを虐めるな、お前はただの婚約者で愛など存在しない、私の愛はオーロラのものだと、彼女に暴言を吐き続けた。
 その時のアリスはとても悲しそうな顔をしていたと思う。泣きそうになるのを必死に堪えて、私の話が終わるのをひたすら黙って耐えていた。
 私の方は、そんなアリスを見てイライラが止まらない。私の前でそんな弱々しい表情をして、裏でオーロラを虐める憎い悪女としか思えなかったからだ。
 そんなことを続けていると、アリスは何の関心もなくなったかのように表情を変えず、私を突き放すような冷たい目で見るようになっていた。

 そして、その日を迎える。
 その日が永遠に後悔をする日になることを、その時の私はまだ知らない。

 その日もオーロラが虐められて辛い、ノートが破られた、令嬢達がみんな無視をするなどと朝から泣いて訴えていて、アリスを呼び出していつものような話をするが、その時の彼女はいつもと違っていた。
 私を睨みつけて激しく反論した彼女は、私と婚約破棄したいと訴えてきたのだ。
 
「貴方と結婚するくらいなら死んだ方がマシよ!
 ……はっ! そろそろ時間だわ。
 今後はくだらない話をするためにいちいち話しかけてこないでね。気分が悪くなるから顔も見せないで。
 では、永遠にサヨナラ!」

 その時の私は、アリスの言葉があまりにも衝撃的でショックを受け、しばらくその場から動くことが出来なかった。

 そしてアリスの言う通り、それが彼女との永遠の別れになってしまった。

 
 
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