結婚したら、愛する夫が前世の憎い婚約者だったことに気付いてしまいました

せいめ

文字の大きさ
上 下
21 / 55
記憶が戻った後の話

21 奥様は離縁がしたい

しおりを挟む
「奥様は、頭を強く打たれたことで記憶障害を起こしていると考えられます」

「なんてことだ……
 アリーの記憶が戻る可能性はあるのか?」

「徐々に回復するかもしれませんし、戻らない可能性もあります。
 何かの拍子に戻ることもありますが……、断言は出来ません。幸いなことに過去の記憶はあるようですから、普通に生活するだけなら何とかなると思います。
 しかし、最近の記憶は曖昧ですから社交は難しいかと。しばらくは療養された方がいいでしょう」

 あの後、すぐに公爵家の侍医が呼ばれて私は診察を受けた。
 そして、ここ二、三年の記憶がないフリをして、私の目論見通りに記憶障害と診断された。今は侍医が夫の公爵に病状の説明をしている。

 ふふ……。しばらく落ち込んだ演技をして、時期が来たら『記憶喪失で頭がおかしくなっているから公爵夫人は務まりません、離縁して下さい』って言うんだから。
 死にそうな顔で侍医の説明を聞いている公爵の見て、ザマァと言ってやりたくなるが我慢。ニヤけそうになるけど今は我慢。
 前世の私を苦しめた天罰を受けるがいい!

「アリー、泣いているのか?
 すまない……。一番辛いのは君だから、夫の私はしっかりしないといけないな。
 記憶がなくても、君が私の最愛の妻であることに変わりはない。ずっと側にいて君を支える」

 ……何ですって?

 私に力なく笑いかけてくる公爵を見て鳥肌が立ちそうだ。前世の時とキャラが変わりすぎだから!

 それにしても、笑いを堪えたらつい肩が震えて涙目になってしまったけど、それが泣いているように見えたのね。
 でも、ちょっと待って! ずっと私の側で支えるって言った?
 もしかして朝も昼も晩も、夜の寝る時も側にいて私の世話を焼くつもり? そんなの嫌なんですけどー!
 私はいいから、真実の愛のオーロラの所に行ってよ。

 記憶が戻って前世の恨みを思い出した途端、私の心の中は修羅場を迎えていた。
 今世のアリシアの記憶はあるが、前世のアリスの記憶もはっきり思い出してしまった。
 弱っちいアリシアよりアリスの性格と個性の方が強烈だったため、どうしてもアリスとしての考えが強く出てしまう。そして、過去の楽しかった記憶よりも辛かった記憶の方が鮮明に覚えていたりする。
 前世のアリスを裏切った、若かりし頃の公爵の姿をしっかりと思い出してしまったので、今までと変わらずに一緒にいるのは無理だ。
 この男は信用出来ない。またあの時みたいに酷い裏切りをするかもしれないのだから。

 ところで今、私が寝かされているのは夫婦の寝室にあるベッドだ。

 うわー! このベッドで私達は……

 公爵は結婚した後に色々と積極的になり、とてもお盛んになっていた。
 30代とは思えない見た目と体力をお持ちで、愛を囁きながら毎晩のように妻を求める。
 アリシアはそんな夫に抱きしめられて眠るのが当たり前になっていて、女の子の日以外は服を着て眠ったことがない。家族の愛を知らずに育ったので、夫の重い愛にすら幸せを感じていたのだ。

 しかし、今の私からすれば……オエェー!
 何も知らなかったとはいえ、この男に私の初めてを捧げてしまうなんて……
 公爵が当たり前のように出入りする部屋で寝るなんて危険よ!
 今の私がすべきことは一つしかない。この男と物理的に距離を取れるようにしないと。

「あの……、貴方は私の夫ですか? 私は結婚したのですね?」

 侍医が帰り、部屋で公爵と二人きりになったタイミングで、私は弱々しく彼に話しかけていた。

「そうだ。私と君は愛し合う夫婦だった。君は私の名前も忘れてしまっているようだが……
 伯爵令嬢だった君が行儀見習いでこの公爵家にやってきて、私達は出会ったんだ」

 はあ? 誰と誰が愛し合う夫婦だって? 
 アナタ、前世の私に言いましたよね? 『私の愛は永遠にオーロラだけのものだ』って。早くオーロラをだせよ!
 はっ、いけない! キレるのは我慢よ。

「申し訳ありません。夫婦だった時のことを思い出せないのです……」

「アリーは実の姉に階段から突き落とされて頭を強く打ち、ずっと意識が戻らなかったんだ。永遠に目覚めないかもしれないと言われた時、私は絶望した……
 だから、君の命が助かって私は神に感謝している。
 記憶が消えてしまっても、命があればまた一からやり直せるじゃないか。
 私は目覚めた君とこうして一緒にいれるだけで幸せだ。君が私との夫婦生活を忘れてしまったとしても、私は夫として改めて君に認めてもらえるように頑張るよ」

 前世で私を睨みつけていた男は、別人のような優しい目で私を見つめている。第三者から見たら、愛する妻に尽くす理想的な夫にしか見えないだろう。
 しかし、私にとってその笑顔は恐怖しか感じなかった。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

処理中です...