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記憶が戻る前の話
16 婚約
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男性から跪かれたのは生まれて初めてだった。そして相手は自分が恋をしている人……、心臓が壊れそうなほどドクドクしている。
「……こ、公爵様がですか?」
「ああ。私は君と結婚したい。
私は王妃殿下から君の縁談話を聞かされた日、気分が悪くて眠れなかった……
君に相応しい人を選ぼうとしても、イライラして冷静になれず、無意識に相手の粗探しのようなことをしていた。
どうしてこんな気持ちになるのかと自分なりに考えた……
私は君を他の男に渡したくないようだ。ずっと側にいて欲しい」
「……!」
顔が熱くて、恥ずかしくて、公爵様の顔を見ることが出来ない。
「君から見たら私は三十過ぎのおじさんかもしれないが、この気持ちだけは誰にも負けない。
君をずっと大切にする。どうか私の妻になってくれないか?」
「……はい。よろしくお願い致します」
「断られるかと思っていた……。私を受け入れてくれてありがとう」
その時の私は、初恋の人にプロポーズされたことが嬉しくて冷静に物事を考える余裕がなかった。
平民育ちの伯爵家の私生児が、年の差のある公爵様と婚約したら周りからどんな目で見られるのか、公爵夫人という身分の責務、かつて婚約者がいたはずの公爵様がずっと独身を貫いていた理由など……、貴族の世界がどれほど恐ろしいのかも分からず、世間知らずな私は深く考えないで自分の感情だけを優先してプロポーズを受けてしまった。
後で後悔することになるとも知らずに……
この国の貴族の婚約や結婚は国王陛下に許可を取らなければならない。公爵様はすぐに陛下から許可を取ってきてくれた。
更に陛下と王妃殿下は、結婚の保証人にもなってくれることになった。二人が保証人になる結婚を誰も反対出来ないからという配慮らしい。
公爵様は婚約の許可を取るために私の両親に会いに行った時、陛下と王妃殿下が祝福してくれて、結婚の保証人にまでなってくれるという話をし、何か言いたげな両親を黙らせて婚約の許しを得てくれた。
正式な婚約者になった私は、公爵家のことを学ぶという理由で正式に公爵家に引っ越すことに決まる。しかし、儀見習いで公爵家の使用人の寮に住んでいたので伯爵家に私の荷物はほとんどなく、両親と姉に挨拶だけして出て行くようなものだった。
私と一緒に来てくれた公爵様の顔色を伺っているのか、義母や姉は仲の良い家族のように振る舞っていて気味が悪いくらいだった。しかし、不意に姉と目が合うと憎悪のこもった目で私を睨みつけてくる。この人は相変わらずだと思った。
公爵様は婚約者になった私に毎日必ず愛を囁いてくれるようになる。口調も優しくなり、出会った頃の公爵様とは全くの別人のようだ。
彼の大きな変化に戸惑ってしまうが、私よりも公爵家で働く使用人達の方が驚いているらしい。
「アリー、おはよう。君は今日も可愛いな。こんな素敵な婚約者がいて私は世界一幸せな男だ。
愛してるよ、私のお姫様……」
その日も朝から公爵様は凄かった。
「お、おはようございます。
公爵様、お気持ちを伝えて下さるのは嬉しいですが過剰な気もしますわ。使用人達の目もありますし、少し控えて下さると……」
「自分の気持ちを伝えることの何が悪いんだ? きちんと伝えておかないと分からないだろう。
それよりも、私を呼ぶ時は何と呼ぶんだっけ?」
恥ずかしがる私を見るのが楽しいのか、公爵様はこうやって揶揄ってくる。
「……ルーファス様です」
「私の名前を呼んでいいのは、両親以外でアリーだけなんだ。
〝公爵様〟だなんて、他人のような呼び方はしないでくれ」
「はい……。気を付けます」
毎日こんな感じで接してくるから、公爵様の変貌に驚いた使用人達から噂が広まり、アンダーソン公爵が年下の婚約者を溺愛していると貴族の間で認知されるまでに時間はかからなかった。
「……こ、公爵様がですか?」
「ああ。私は君と結婚したい。
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どうしてこんな気持ちになるのかと自分なりに考えた……
私は君を他の男に渡したくないようだ。ずっと側にいて欲しい」
「……!」
顔が熱くて、恥ずかしくて、公爵様の顔を見ることが出来ない。
「君から見たら私は三十過ぎのおじさんかもしれないが、この気持ちだけは誰にも負けない。
君をずっと大切にする。どうか私の妻になってくれないか?」
「……はい。よろしくお願い致します」
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正式な婚約者になった私は、公爵家のことを学ぶという理由で正式に公爵家に引っ越すことに決まる。しかし、儀見習いで公爵家の使用人の寮に住んでいたので伯爵家に私の荷物はほとんどなく、両親と姉に挨拶だけして出て行くようなものだった。
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