8 / 55
記憶が戻る前の話
08 私の仕事
しおりを挟む
公爵家の使用人の寮は一人部屋でとても快適だった。ベント伯爵家で生活していた時のように周りに怯えることもないし、寮の食事は美味しくて管理人は親切だ。初めて来た場所なのにぐっすり眠れてしまった。
そして翌日、行儀見習いの初日ということでメイド長が邸の中を案内してくれた後、公爵家の決まり事や仕事についての説明をしてくれる。
「ベント伯爵令嬢、仕事について何か希望はありますか?」
「大変お恥ずかしいのですが、私に得意なことは特にありませんので希望を言えるような立場ではないのです。
掃除に洗濯、草むしりなら出来ると思います」
ずっと平民として生活していた私に出来ることは、それくらいのことしかなかった。
しかし、メイド長は困ったような反応をする。
「王妃殿下の紹介でこちらにいらしたベント伯爵令嬢に、平民がするような下働きをさせられません」
「いえ、何も特技がない私は下働きくらいしか出来ませんし、平民の方と同じ仕事でも構いませんわ」
「しかし……」
その後、メイド長と話し合った結果、私は公爵様の食事の配膳とお茶の用意を担当することになる。下働きだけはさせられないと強く言われてしまったのだ。
食事の配膳のやり方やお茶の淹れ方はメイド長が教えてくれることになったが……
「まあ! とても美しい所作でお茶を淹れられるのですね。
お茶もとても美味しいですわ。どこかでお茶の淹れ方を学ばれてきたのかしら?」
「初めてですわ。メイド長が大変分かりやすく教えて下さったおかげです。」
説明通りにやっただけなのに、初めてダンスを踊ったの時のように褒められて不思議だった。
「こんなに素晴らしいお茶を淹れられるなら、すぐに閣下にお出ししても大丈夫でしょう。
早速、今日の休憩時間に閣下にお茶を淹れてもらいます」
お茶を味見してくれた家令まで褒めてくれるが、優しい人達だから気を遣ってくれたのではないかと思ってしまう。
「あの……、私がお茶を淹れて公爵様は怒りませんか?
貴族令嬢がお嫌いのようでしたし、私のような者が淹れたお茶が美味しいとは思えません。
私は気にしませんので、公爵様の目につかない下働きで構わないのですが……」
「ベント伯爵令嬢がそこまで心配なさるなら、令嬢がお茶を担当してもよいかを私から閣下に確認してきましょう」
家令は穏やかな口調でそんなことを言ってくれるが、そこまでしてくれなくてもと思ってしまった。
女嫌いの人に無理に関わるような仕事はしたくないのに……
でも、あの公爵様ならキッパリと断ってくれそうだ。そしたら掃除や洗濯、調理場の食器洗いでもさせてもらえないかもう一度頼んでみよう。
しかし、公爵様はなぜか私がお茶を担当することを許可してくれ、翌日から午前と午後のお茶を淹れることになってしまった。
◇◇
コポコポ……
静かな執務室にお茶を注ぐ音だけが響く。
「お茶を終えた頃に片付けに参ります。
失礼いたします」
「……ああ」
お茶を淹れ終えたら、最低限の会話だけをしてサッと部屋から退出する。
令嬢が嫌いな公爵様に刺激を与えたくないから、一定の距離を置き余計なことはしないようにする。これは私が決めたルールだ。
帰るところがない私は、ここを追い出されないように必死なのだ。
執務室は空気が張り詰めていて、正直なところ雰囲気はよろしくない。
公爵様は無愛想で何を考えているのか分からないけど、酷いことはされないから我慢しよう。でも、下働きでいいから、いつかは仕事内容を変えてもらいたいな。
その後、私がお茶の片付けに行くと公爵様は仕事の手を止めて、私を見つめている。
何だろう……?
こんな不味いお茶が飲めるか! ……なんて言われたりして。
内心ビクビクしながらティーカップを片付ける。
「お茶が美味かった……
ありがとう」
今……、お礼を言ってくれたの?
公爵様から話しかけてくれるとは思っていなかったので、私は驚いてしまった。
「……お褒めいただき恐縮です。
失礼いたします」
お礼を言われたからと調子に乗ったら、女嫌いの公爵様を怒らせてしまうかもしれない。どんな時でも一歩引いて関わろう。
公爵様はその日以降、お茶を淹れ終えた後と飲み終わった後に必ず一言お礼を言ってくれるようになった。女嫌いで無愛想に見えるけど、根は良い人なのかもしれない。
そして翌日、行儀見習いの初日ということでメイド長が邸の中を案内してくれた後、公爵家の決まり事や仕事についての説明をしてくれる。
「ベント伯爵令嬢、仕事について何か希望はありますか?」
「大変お恥ずかしいのですが、私に得意なことは特にありませんので希望を言えるような立場ではないのです。
掃除に洗濯、草むしりなら出来ると思います」
ずっと平民として生活していた私に出来ることは、それくらいのことしかなかった。
しかし、メイド長は困ったような反応をする。
「王妃殿下の紹介でこちらにいらしたベント伯爵令嬢に、平民がするような下働きをさせられません」
「いえ、何も特技がない私は下働きくらいしか出来ませんし、平民の方と同じ仕事でも構いませんわ」
「しかし……」
その後、メイド長と話し合った結果、私は公爵様の食事の配膳とお茶の用意を担当することになる。下働きだけはさせられないと強く言われてしまったのだ。
食事の配膳のやり方やお茶の淹れ方はメイド長が教えてくれることになったが……
「まあ! とても美しい所作でお茶を淹れられるのですね。
お茶もとても美味しいですわ。どこかでお茶の淹れ方を学ばれてきたのかしら?」
「初めてですわ。メイド長が大変分かりやすく教えて下さったおかげです。」
説明通りにやっただけなのに、初めてダンスを踊ったの時のように褒められて不思議だった。
「こんなに素晴らしいお茶を淹れられるなら、すぐに閣下にお出ししても大丈夫でしょう。
早速、今日の休憩時間に閣下にお茶を淹れてもらいます」
お茶を味見してくれた家令まで褒めてくれるが、優しい人達だから気を遣ってくれたのではないかと思ってしまう。
「あの……、私がお茶を淹れて公爵様は怒りませんか?
貴族令嬢がお嫌いのようでしたし、私のような者が淹れたお茶が美味しいとは思えません。
私は気にしませんので、公爵様の目につかない下働きで構わないのですが……」
「ベント伯爵令嬢がそこまで心配なさるなら、令嬢がお茶を担当してもよいかを私から閣下に確認してきましょう」
家令は穏やかな口調でそんなことを言ってくれるが、そこまでしてくれなくてもと思ってしまった。
女嫌いの人に無理に関わるような仕事はしたくないのに……
でも、あの公爵様ならキッパリと断ってくれそうだ。そしたら掃除や洗濯、調理場の食器洗いでもさせてもらえないかもう一度頼んでみよう。
しかし、公爵様はなぜか私がお茶を担当することを許可してくれ、翌日から午前と午後のお茶を淹れることになってしまった。
◇◇
コポコポ……
静かな執務室にお茶を注ぐ音だけが響く。
「お茶を終えた頃に片付けに参ります。
失礼いたします」
「……ああ」
お茶を淹れ終えたら、最低限の会話だけをしてサッと部屋から退出する。
令嬢が嫌いな公爵様に刺激を与えたくないから、一定の距離を置き余計なことはしないようにする。これは私が決めたルールだ。
帰るところがない私は、ここを追い出されないように必死なのだ。
執務室は空気が張り詰めていて、正直なところ雰囲気はよろしくない。
公爵様は無愛想で何を考えているのか分からないけど、酷いことはされないから我慢しよう。でも、下働きでいいから、いつかは仕事内容を変えてもらいたいな。
その後、私がお茶の片付けに行くと公爵様は仕事の手を止めて、私を見つめている。
何だろう……?
こんな不味いお茶が飲めるか! ……なんて言われたりして。
内心ビクビクしながらティーカップを片付ける。
「お茶が美味かった……
ありがとう」
今……、お礼を言ってくれたの?
公爵様から話しかけてくれるとは思っていなかったので、私は驚いてしまった。
「……お褒めいただき恐縮です。
失礼いたします」
お礼を言われたからと調子に乗ったら、女嫌いの公爵様を怒らせてしまうかもしれない。どんな時でも一歩引いて関わろう。
公爵様はその日以降、お茶を淹れ終えた後と飲み終わった後に必ず一言お礼を言ってくれるようになった。女嫌いで無愛想に見えるけど、根は良い人なのかもしれない。
58
お気に入りに追加
2,453
あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる