結婚したら、愛する夫が前世の憎い婚約者だったことに気付いてしまいました

せいめ

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記憶が戻る前の話

08 私の仕事

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 公爵家の使用人の寮は一人部屋でとても快適だった。ベント伯爵家で生活していた時のように周りに怯えることもないし、寮の食事は美味しくて管理人は親切だ。初めて来た場所なのにぐっすり眠れてしまった。

 そして翌日、行儀見習いの初日ということでメイド長が邸の中を案内してくれた後、公爵家の決まり事や仕事についての説明をしてくれる。

「ベント伯爵令嬢、仕事について何か希望はありますか?」

「大変お恥ずかしいのですが、私に得意なことは特にありませんので希望を言えるような立場ではないのです。
 掃除に洗濯、草むしりなら出来ると思います」

 ずっと平民として生活していた私に出来ることは、それくらいのことしかなかった。
 しかし、メイド長は困ったような反応をする。

「王妃殿下の紹介でこちらにいらしたベント伯爵令嬢に、平民がするような下働きをさせられません」

「いえ、何も特技がない私は下働きくらいしか出来ませんし、平民の方と同じ仕事でも構いませんわ」

「しかし……」

 その後、メイド長と話し合った結果、私は公爵様の食事の配膳とお茶の用意を担当することになる。下働きだけはさせられないと強く言われてしまったのだ。
 食事の配膳のやり方やお茶の淹れ方はメイド長が教えてくれることになったが……

「まあ! とても美しい所作でお茶を淹れられるのですね。
 お茶もとても美味しいですわ。どこかでお茶の淹れ方を学ばれてきたのかしら?」

「初めてですわ。メイド長が大変分かりやすく教えて下さったおかげです。」

 説明通りにやっただけなのに、初めてダンスを踊ったの時のように褒められて不思議だった。

「こんなに素晴らしいお茶を淹れられるなら、すぐに閣下にお出ししても大丈夫でしょう。
 早速、今日の休憩時間に閣下にお茶を淹れてもらいます」

 お茶を味見してくれた家令まで褒めてくれるが、優しい人達だから気を遣ってくれたのではないかと思ってしまう。

「あの……、私がお茶を淹れて公爵様は怒りませんか?
 貴族令嬢がお嫌いのようでしたし、私のような者が淹れたお茶が美味しいとは思えません。
 私は気にしませんので、公爵様の目につかない下働きで構わないのですが……」

「ベント伯爵令嬢がそこまで心配なさるなら、令嬢がお茶を担当してもよいかを私から閣下に確認してきましょう」

 家令は穏やかな口調でそんなことを言ってくれるが、そこまでしてくれなくてもと思ってしまった。
 女嫌いの人に無理に関わるような仕事はしたくないのに……
 でも、あの公爵様ならキッパリと断ってくれそうだ。そしたら掃除や洗濯、調理場の食器洗いでもさせてもらえないかもう一度頼んでみよう。
 しかし、公爵様はなぜか私がお茶を担当することを許可してくれ、翌日から午前と午後のお茶を淹れることになってしまった。


◇◇

 コポコポ……

 静かな執務室にお茶を注ぐ音だけが響く。

「お茶を終えた頃に片付けに参ります。
 失礼いたします」

「……ああ」

 お茶を淹れ終えたら、最低限の会話だけをしてサッと部屋から退出する。
 令嬢が嫌いな公爵様に刺激を与えたくないから、一定の距離を置き余計なことはしないようにする。これは私が決めたルールだ。
 帰るところがない私は、ここを追い出されないように必死なのだ。
 執務室は空気が張り詰めていて、正直なところ雰囲気はよろしくない。
 公爵様は無愛想で何を考えているのか分からないけど、酷いことはされないから我慢しよう。でも、下働きでいいから、いつかは仕事内容を変えてもらいたいな。

 その後、私がお茶の片付けに行くと公爵様は仕事の手を止めて、私を見つめている。
 何だろう……? 
 こんな不味いお茶が飲めるか! ……なんて言われたりして。
 内心ビクビクしながらティーカップを片付ける。

「お茶が美味かった……
 ありがとう」

 今……、お礼を言ってくれたの?
 公爵様から話しかけてくれるとは思っていなかったので、私は驚いてしまった。

「……お褒めいただき恐縮です。
 失礼いたします」

 お礼を言われたからと調子に乗ったら、女嫌いの公爵様を怒らせてしまうかもしれない。どんな時でも一歩引いて関わろう。

 公爵様はその日以降、お茶を淹れ終えた後と飲み終わった後に必ず一言お礼を言ってくれるようになった。女嫌いで無愛想に見えるけど、根は良い人なのかもしれない。


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