結婚したら、愛する夫が前世の憎い婚約者だったことに気付いてしまいました

せいめ

文字の大きさ
上 下
7 / 55
記憶が戻る前の話

07 出会い

しおりを挟む
 私の行儀見習い先は、我が国の筆頭公爵家であるアンダーソン公爵家だった。伯爵家とは比べ物にならないほど広大な敷地には豪華で大きな邸が見える。一体、部屋はいくつあるのだろう?
 邸の入り口では家令とメイド長が出迎えてくれた。

「ベント伯爵令嬢。公爵閣下は大変忙しい方ですので挨拶は手短なものになると思いますが、気になさらないで下さい」

 初老の家令は、緊張する私を気遣ってくれているのか、優しく声を掛けてくれた。

「公爵様は女性があまり得意ではないので、口調が冷たく感じると思います。悪気はありませんので、気にされなくて大丈夫ですわ」

 40代くらいのメイド長も優しそうな人で、私は無意識にホッとしていた。
 二人の話を聞くと、公爵様は女嫌いでそっけない態度を取られるけど気にしなくていいよってことかしら?
 それくらい平気よ。ベント伯爵家での酷い扱いを考えたら、少し冷たい態度を取られるくらい何ともないわ。
 こんなに大きな邸で公爵様とは滅多に顔を合わせないだろうし、一緒に働く他の使用人達とは仲良く出来たら嬉しいな……

「全く気にしませんので大丈夫ですわ。
 お気遣いありがとうございます」

 その後、家令は公爵様に挨拶をするために執務室へと案内してくれた。
 執務室の中では、目の覚めるような美丈夫が仕事をしている。
 国王陛下も美しいと思ったけど、公爵様も凄く美しいわ。顔が整いすぎて芸術品みたい……

「閣下、明日から行儀見習いとして働くベント伯爵令嬢でございます」

 家令が私を紹介してくれたが、忙しそうな公爵様は視線を私に向けることなく、書類を見たままの状態で口を開く。

「ああ……、陛下と王妃殿下からの紹介で行儀見習いに来ると聞いていたな。
 うちは基本的に貴族令嬢の行儀見習いは受け入れていなかった。大した仕事もせず、貴族令嬢だからと他の使用人を見下したり、仕事より男漁りの方に興味があるような女が多かったからだ。
 陛下と王妃殿下から頼まれて仕方なく受け入れただけだ。仕事をする気がないならすぐに去ってもらう」

 公爵様は書類だけを見つめて淡々と話をしている。まるで書類と会話をしているようだ。
 家令とメイド長は、公爵様のこの冷たい態度を心配して私に声を掛けてくれたのだと理解できた。

 これくらい大したことないわ。
 今までの行儀見習いの令嬢は、この美しい公爵様を狙ってここに来たのかも。未婚の美しい公爵様に憧れる令嬢は沢山いそうだし、しつこく言い寄られて女嫌いになってしまったのかもしれない。
 私は生きていくことに精一杯で、美しい公爵様に興味はないから安心して欲しいわ。
 ここで認められたら長く働かせてもらえるかもしれないし、上司になる家令やメイド長はいい人だから、行儀見習いではなく使用人として正式に雇って欲しいくらいなんだから。

「心得ております。どうぞよろしくお願い致します」

 最低限の挨拶をしてすぐに退室するつもりでいたが、私の言葉を聞いた公爵様は、ピタッと仕事の手を止める。
 何かあったのかしら? 大切な書類の不備でも見つけた? でも、私には関係ないわね。

「閣下は多忙ですので、私達はこれで退室させていただきます」

「失礼いたします」

 家令に退室を促された私が部屋から出ようとした時、後ろから声が掛かる。

「待て!」

「閣下、どうされました?」

 慌てた様子の公爵様に家令と私が振り返る。
 その瞬間、公爵様と初めて目が合った。

「……君は?」

 驚愕の表情を浮かべて私を見つめる公爵様を見て、こっちがビクッとしてしまう。
 美形の真顔は迫力があるし、公爵様という高い身分の方に穴が開きそうなほど見つめられたら恐怖しかなかった。

「閣下、ベント伯爵令嬢が怯えております。どうかされましたか?」

 家令の落ち着いた声は、公爵様を冷静にさせた。

「……何でもない。呼び止めて悪かった」
 
 これが後に私の夫となる公爵様との出会いだった。
 驚くほどの美丈夫だけど、近寄りがたくて何を考えているのか分からない人というのが第一印象で、特別に何かを感じたりはしなかった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

処理中です...