18 / 55
記憶が戻る前の話
18 記憶が戻る時
しおりを挟む
公爵様との結婚生活は幸せだった。
彼は私が実家との関係に悩んでいることを理解し、関わりが最低限になるように気を使ってくれた。
跡取りを急かすこともしないし、二人の時間を大切にしてくれる。風邪を少しひいただけで付きっきりで看病しようとしたり、出掛けることがあれば沢山のプレゼントを買って帰ってくるような人だ。
公爵夫人としての社交は好きになれなかったが、公爵様と結婚出来たことは私の人生での一番の幸福だと思えた。
しかし、公爵様への愛を自覚し始めた頃、その事件は起きる。
その日、私は王妃殿下の誕生日を祝う夜会に来ていた。
無事に王妃殿下に挨拶を済ませ、国王陛下との話が長引いている公爵様が戻って来るのを待っていると、私の苦手な人の声が聞こえる。
「アリシア、久しぶりね。
随分と変わってしまったから、誰だか分からなかったわ」
それは久しぶりに顔を合わせる腹違いの姉だった。
姉から散々虐めや嫌がらせを受けてきた私は、結婚して彼女より身分が高い立場になっても強い苦手意識はしっかりと残っており、言葉に詰まってしまう。
「あら……、公爵夫人になって伯爵令嬢の私よりも身分が高くなったからと口も聞いてくれないのかしら?
私達は姉妹なのに残念だわぁ」
私達のやり取りを周りにいる貴族が興味深そうに見ている。姉はそれを分かった上で、私が困ることを知りながら話しかけてきたのだろう。
「お姉様、ご機嫌よう。お元気そうで何よりですわ」
「私は可愛い妹の貴女を心配してずっと会いたいと思っていたの。
お父様とお母様がね、貴女と久しぶりに話がしたいと別室で待っているわ。
家族で積もる話もあるでしょう? 一緒に来て欲しいの」
嫌な予感がしたが、他の貴族達が見ている前で家族からの誘いを断る勇気はなかった。
「分かりました。では少しだけ……」
しかし、姉は夜会の会場からどんどん離れていき、すれ違う人すらいない場所まで来てしまった。
「お姉様、どちらまで行かれるのでしょうか?」
階段で私の前を行く姉は、その時になってくるっと振り返る。
階段の上から私を見下ろす姉は無表情で感情が読み取れなかった。
「ねえ……私、婚約の話がなくなりそうなの」
「えっ?」
姉の婚約者は騎士をしている侯爵家の次男の令息だった。見目麗しい方で姉が何年も片想いをしてきて、やっと婚約出来たと聞いた。半年後に伯爵家に婿入りしてくる予定だったはず。
「彼に言われたわ……。私生児だからと何の罪もない妹を虐めるような女とは結婚したくないって。
私も私生児だけど、育ての義母は子供には何の責任もないからと、他の兄弟と分け隔てなく大切に育ててくれたから感謝しているって……
そんな君と結婚しても幸せになれないし、義母は悲しむとまで言われたのよ!」
あの方も私生児……? 何の不自由もなさそう見えたから分からなかったわ。
「アンタでしょ? 私やお母様の嫌な噂を流したのは。
うちの伯爵家が裏で何と言われているか分かる? 私の友人達はみんな離れて行ってしまったのよ。
格上の公爵家に嫁いだからって、今更私達に復讐でもするつもり?」
最近は社交を控えていたので、そんな噂があったことすら知らなかった。
姉の顔が恐ろしいことになっている。何とか誤解を解かないと……
「誤解ですわ! 私は何も知りません」
「……愛されているんですってね。感情を失って氷のようになっていた公爵閣下が笑うようになったと評判よ。身につけている一流のドレスも宝石も、アンタには勿体ないわ。
本当に目障りね。私生児のくせに死んだ母親に似てちょっと美しいからって……
アンタなんて死ねばいいのよ!」
ドン!
「……ひっ!」
取り乱した姉は私を突き飛ばし、私は勢いよく階段から転げ落ちてしまう。
頭も体も全身が痛くて体が動かず、助けを呼びたくても声が出てこない。
そんな私が意識を失う前に思い出したのは、自分の前世の記憶だった。
「ロ……ミオの……サイン……欲し……か……った」
涙がツーっと流れた。
私はまた死ぬのね。
彼は私が実家との関係に悩んでいることを理解し、関わりが最低限になるように気を使ってくれた。
跡取りを急かすこともしないし、二人の時間を大切にしてくれる。風邪を少しひいただけで付きっきりで看病しようとしたり、出掛けることがあれば沢山のプレゼントを買って帰ってくるような人だ。
公爵夫人としての社交は好きになれなかったが、公爵様と結婚出来たことは私の人生での一番の幸福だと思えた。
しかし、公爵様への愛を自覚し始めた頃、その事件は起きる。
その日、私は王妃殿下の誕生日を祝う夜会に来ていた。
無事に王妃殿下に挨拶を済ませ、国王陛下との話が長引いている公爵様が戻って来るのを待っていると、私の苦手な人の声が聞こえる。
「アリシア、久しぶりね。
随分と変わってしまったから、誰だか分からなかったわ」
それは久しぶりに顔を合わせる腹違いの姉だった。
姉から散々虐めや嫌がらせを受けてきた私は、結婚して彼女より身分が高い立場になっても強い苦手意識はしっかりと残っており、言葉に詰まってしまう。
「あら……、公爵夫人になって伯爵令嬢の私よりも身分が高くなったからと口も聞いてくれないのかしら?
私達は姉妹なのに残念だわぁ」
私達のやり取りを周りにいる貴族が興味深そうに見ている。姉はそれを分かった上で、私が困ることを知りながら話しかけてきたのだろう。
「お姉様、ご機嫌よう。お元気そうで何よりですわ」
「私は可愛い妹の貴女を心配してずっと会いたいと思っていたの。
お父様とお母様がね、貴女と久しぶりに話がしたいと別室で待っているわ。
家族で積もる話もあるでしょう? 一緒に来て欲しいの」
嫌な予感がしたが、他の貴族達が見ている前で家族からの誘いを断る勇気はなかった。
「分かりました。では少しだけ……」
しかし、姉は夜会の会場からどんどん離れていき、すれ違う人すらいない場所まで来てしまった。
「お姉様、どちらまで行かれるのでしょうか?」
階段で私の前を行く姉は、その時になってくるっと振り返る。
階段の上から私を見下ろす姉は無表情で感情が読み取れなかった。
「ねえ……私、婚約の話がなくなりそうなの」
「えっ?」
姉の婚約者は騎士をしている侯爵家の次男の令息だった。見目麗しい方で姉が何年も片想いをしてきて、やっと婚約出来たと聞いた。半年後に伯爵家に婿入りしてくる予定だったはず。
「彼に言われたわ……。私生児だからと何の罪もない妹を虐めるような女とは結婚したくないって。
私も私生児だけど、育ての義母は子供には何の責任もないからと、他の兄弟と分け隔てなく大切に育ててくれたから感謝しているって……
そんな君と結婚しても幸せになれないし、義母は悲しむとまで言われたのよ!」
あの方も私生児……? 何の不自由もなさそう見えたから分からなかったわ。
「アンタでしょ? 私やお母様の嫌な噂を流したのは。
うちの伯爵家が裏で何と言われているか分かる? 私の友人達はみんな離れて行ってしまったのよ。
格上の公爵家に嫁いだからって、今更私達に復讐でもするつもり?」
最近は社交を控えていたので、そんな噂があったことすら知らなかった。
姉の顔が恐ろしいことになっている。何とか誤解を解かないと……
「誤解ですわ! 私は何も知りません」
「……愛されているんですってね。感情を失って氷のようになっていた公爵閣下が笑うようになったと評判よ。身につけている一流のドレスも宝石も、アンタには勿体ないわ。
本当に目障りね。私生児のくせに死んだ母親に似てちょっと美しいからって……
アンタなんて死ねばいいのよ!」
ドン!
「……ひっ!」
取り乱した姉は私を突き飛ばし、私は勢いよく階段から転げ落ちてしまう。
頭も体も全身が痛くて体が動かず、助けを呼びたくても声が出てこない。
そんな私が意識を失う前に思い出したのは、自分の前世の記憶だった。
「ロ……ミオの……サイン……欲し……か……った」
涙がツーっと流れた。
私はまた死ぬのね。
77
お気に入りに追加
2,467
あなたにおすすめの小説

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。
iBuKi
恋愛
私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた婚約者。
完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど――
気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。
――魅了魔法ですか…。
国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね?
第一皇子とその方が相思相愛ならいいんじゃないんですか?
サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。
✂----------------------------
カクヨム、なろうにも投稿しています。

【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる