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記憶が戻る前の話
03 生まれ変わってからの私
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私、アリシアはベント伯爵家の私生児として生まれた。
産みの母は産後すぐに亡くなり、父の伯爵に引き取られる。
しかし、義理の母になる伯爵夫人が私を育てることを強く拒否し、伯爵家の領地にある小さな別荘を管理していた使用人夫婦に預けられた。伯爵夫人の目に入らない場所に私を置きたかったのだろう。
そこで私は平民と同じ生活をさせられて育つ。愛人だった私の生みの母は平民だから、母と同じように育てろと義母の意向らしい。
私を育ててくれた使用人の夫婦は、私を自分達の子供と同じように育てたので、掃除や洗濯、針仕事に料理、畑仕事など何でもさせられた。でも理不尽な虐めのようなことはなく、家族と同じように接してくれたので、それなりに幸せに過ごしていた。
しかしそれは15歳になるまでだった。私生児とはいえ、伯爵家の娘として籍がある私は16歳で社交界にデビューしなくてはいけなくなり、王都にある伯爵家のタウンハウスに行くことになったからだ。
「アリシア、王都で辛い時はいつでも帰ってこい。
俺はいつでも迎えに行ってやるからな」
「エドガー、本当の家族のように優しくしてくれてありがとう。
エドガーとおじさんやおばさんがいたから全然寂しくなかったよ。元気でね」
エドガーは私を育ててくれた使用人の息子で、私にとっては大好きな兄のような存在だった。
王都には行きたくなかったし、エドガーとの別れは寂しかったが、私に拒否権があるはずもなく、涙を堪えながら王都に旅立つ。
私の地獄は王都に来てから始まった。
父親譲りのブルーアイとホワイトブロンドの髪に、亡くなった母に似た顔立ちをした私は、義母や姉から見たら憎い存在でしかなく、嫌がらせを受ける毎日だったのだ。その様子を見たタウンハウスの使用人達も私を見下していない者として扱い、父はそれを傍観したので、義母・姉・使用人から虐められる日々だった。
「アリシア、みすぼらしい貴女も一応はこの伯爵家の令嬢。来月には社交界にデビューしてもらうわ。いずれは政略結婚してもらうから、そのつもりでいなさいね」
「はい、奥様」
義母と呼ぶことを許されていなかった私は、奥様と呼んでいた。同じような理由で姉のことはお嬢様と呼んでいた。
「ねぇ、アンタみたいな貧相で学も教養もない女が私の家族だって思われるのは恥ずかしいから、社交の場では私には近づかないでね。
学園に進学せず、まともな教育も受けていないアンタはうちの恥なんだから」
クスクス……
腹違いの姉は私と顔を合わせる度に蔑む言葉を投げかけ、突き飛ばしてきたりお茶をかけたりと、毎日何かしらの嫌がらせをしてきた。そして、その様子を姉のメイド達は笑って見ているのだ。
この邸には私の味方は誰もいなかった。何度、エドガーの所に帰りたいと思ったか分からない。でも、それは出来なかった。そんなことをしたら、エドガーやおじさん達に迷惑をかけてしまう。
義母や義姉の理不尽な虐めも、反抗したいくらいに悔しかった。でもそんなことをしたら、私を育ててくれたおじさんとおばさんが悪く言われてしまう。それだけは嫌だった。
虐めに耐える日を過ごしていたら、社交界にデビューする前日になっていた。
我が国では16歳で社交界にデビューするのが一般的で、デビュタントの夜会が王宮で開かれるらしい。
しかし、そんな夜会に行くのに私はダンスレッスンすらしてもらえなかった。
デビューする令息と令嬢は国王陛下に挨拶をしなくてはならないからと、王族にする挨拶やカーテシーのやり方だけを最低限に教えてもらっただけ。
ドレスやアクセサリーなどは、伯爵家や義母の名誉に関わるからと人並みの物を用意してもらえた。
「アリシアのことは、生まれた時から体が弱くて領地で療養生活を送り、まともに学ぶことすら出来なかった可哀想な娘だということにしてあるわ。
ダンスも踊らなくていいから、陛下への挨拶が終わったら目立たない場所にでも隠れてなさい」
「はい、奥様」
「お母様ったら……ダンスを踊らなくていいのではなく、アリシアは踊れないの。ハッキリ言ってあげないとこのバカには分からないわよ。
無理に踊ろうとしたら恥をかくから、挨拶が済んだら先に馬車に戻ってなさい! 約束を破ったら鞭打ちよ」
「はい、お嬢様」
デビュタント当日、義母はメイド達に私をしっかりと磨いて見た目だけは美しくするようにと命令する。
「卑しい私生児でも、若くて綺麗なら嫁の貰い手が見つかるかもしれないでしょう?
金持ちの老人でいいから、早く嫁ぎ先を決めてさっさと出て行ってくれないと困るからね。
アリシア、しっかりやりなさい」
「はい、奥様」
しかし、ドレスを着てヘアメイクをした私を見た姉は不機嫌になってしまう。
姉は義母そっくりで、燃えるような赤髪に黒檀のような色をした目は吊り上がっていて、若いのにとても迫力がある。毎日のように嫌がらせを受けていた私にとって、姉は恐怖でしかなかった。
「死んだ母親に似て見た目だけは良いからって調子に乗らないことね。
貴族の世界はね、見た目だけでなく中身も求められるのよ。
アンタみたいな平民育ちで品位のかけらもない女は誰からも相手にされないから、変な期待を持たないようにね!」
「……はい。心得ております」
しかし、デビュタントの夜会で私の運命は大きく動き出す。
産みの母は産後すぐに亡くなり、父の伯爵に引き取られる。
しかし、義理の母になる伯爵夫人が私を育てることを強く拒否し、伯爵家の領地にある小さな別荘を管理していた使用人夫婦に預けられた。伯爵夫人の目に入らない場所に私を置きたかったのだろう。
そこで私は平民と同じ生活をさせられて育つ。愛人だった私の生みの母は平民だから、母と同じように育てろと義母の意向らしい。
私を育ててくれた使用人の夫婦は、私を自分達の子供と同じように育てたので、掃除や洗濯、針仕事に料理、畑仕事など何でもさせられた。でも理不尽な虐めのようなことはなく、家族と同じように接してくれたので、それなりに幸せに過ごしていた。
しかしそれは15歳になるまでだった。私生児とはいえ、伯爵家の娘として籍がある私は16歳で社交界にデビューしなくてはいけなくなり、王都にある伯爵家のタウンハウスに行くことになったからだ。
「アリシア、王都で辛い時はいつでも帰ってこい。
俺はいつでも迎えに行ってやるからな」
「エドガー、本当の家族のように優しくしてくれてありがとう。
エドガーとおじさんやおばさんがいたから全然寂しくなかったよ。元気でね」
エドガーは私を育ててくれた使用人の息子で、私にとっては大好きな兄のような存在だった。
王都には行きたくなかったし、エドガーとの別れは寂しかったが、私に拒否権があるはずもなく、涙を堪えながら王都に旅立つ。
私の地獄は王都に来てから始まった。
父親譲りのブルーアイとホワイトブロンドの髪に、亡くなった母に似た顔立ちをした私は、義母や姉から見たら憎い存在でしかなく、嫌がらせを受ける毎日だったのだ。その様子を見たタウンハウスの使用人達も私を見下していない者として扱い、父はそれを傍観したので、義母・姉・使用人から虐められる日々だった。
「アリシア、みすぼらしい貴女も一応はこの伯爵家の令嬢。来月には社交界にデビューしてもらうわ。いずれは政略結婚してもらうから、そのつもりでいなさいね」
「はい、奥様」
義母と呼ぶことを許されていなかった私は、奥様と呼んでいた。同じような理由で姉のことはお嬢様と呼んでいた。
「ねぇ、アンタみたいな貧相で学も教養もない女が私の家族だって思われるのは恥ずかしいから、社交の場では私には近づかないでね。
学園に進学せず、まともな教育も受けていないアンタはうちの恥なんだから」
クスクス……
腹違いの姉は私と顔を合わせる度に蔑む言葉を投げかけ、突き飛ばしてきたりお茶をかけたりと、毎日何かしらの嫌がらせをしてきた。そして、その様子を姉のメイド達は笑って見ているのだ。
この邸には私の味方は誰もいなかった。何度、エドガーの所に帰りたいと思ったか分からない。でも、それは出来なかった。そんなことをしたら、エドガーやおじさん達に迷惑をかけてしまう。
義母や義姉の理不尽な虐めも、反抗したいくらいに悔しかった。でもそんなことをしたら、私を育ててくれたおじさんとおばさんが悪く言われてしまう。それだけは嫌だった。
虐めに耐える日を過ごしていたら、社交界にデビューする前日になっていた。
我が国では16歳で社交界にデビューするのが一般的で、デビュタントの夜会が王宮で開かれるらしい。
しかし、そんな夜会に行くのに私はダンスレッスンすらしてもらえなかった。
デビューする令息と令嬢は国王陛下に挨拶をしなくてはならないからと、王族にする挨拶やカーテシーのやり方だけを最低限に教えてもらっただけ。
ドレスやアクセサリーなどは、伯爵家や義母の名誉に関わるからと人並みの物を用意してもらえた。
「アリシアのことは、生まれた時から体が弱くて領地で療養生活を送り、まともに学ぶことすら出来なかった可哀想な娘だということにしてあるわ。
ダンスも踊らなくていいから、陛下への挨拶が終わったら目立たない場所にでも隠れてなさい」
「はい、奥様」
「お母様ったら……ダンスを踊らなくていいのではなく、アリシアは踊れないの。ハッキリ言ってあげないとこのバカには分からないわよ。
無理に踊ろうとしたら恥をかくから、挨拶が済んだら先に馬車に戻ってなさい! 約束を破ったら鞭打ちよ」
「はい、お嬢様」
デビュタント当日、義母はメイド達に私をしっかりと磨いて見た目だけは美しくするようにと命令する。
「卑しい私生児でも、若くて綺麗なら嫁の貰い手が見つかるかもしれないでしょう?
金持ちの老人でいいから、早く嫁ぎ先を決めてさっさと出て行ってくれないと困るからね。
アリシア、しっかりやりなさい」
「はい、奥様」
しかし、ドレスを着てヘアメイクをした私を見た姉は不機嫌になってしまう。
姉は義母そっくりで、燃えるような赤髪に黒檀のような色をした目は吊り上がっていて、若いのにとても迫力がある。毎日のように嫌がらせを受けていた私にとって、姉は恐怖でしかなかった。
「死んだ母親に似て見た目だけは良いからって調子に乗らないことね。
貴族の世界はね、見た目だけでなく中身も求められるのよ。
アンタみたいな平民育ちで品位のかけらもない女は誰からも相手にされないから、変な期待を持たないようにね!」
「……はい。心得ております」
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