結婚したら、愛する夫が前世の憎い婚約者だったことに気付いてしまいました

せいめ

文字の大きさ
上 下
2 / 55
記憶が戻る前の話

02 前世の記憶

しおりを挟む
『アリス、お前には幼い頃からの婚約者としての情はある。公爵家に嫁ぐ者として努力していたことは知っているからな。だからお前とは時期がきたら結婚はする。
 だが……、私は真実の愛を見つけてしまった。正妻の立場はお前にくれてやるが、私の愛は永遠にオーロラだけのものだ』

 ゴミ屑でも見るような視線を私に向け、残酷な言葉を口にするのは、仲の良かった時期もあったはずの私の婚約者だ。
 ここは貴族の子女だけが通う貴族学園。今日は昼までの授業の日。急いで帰ろうと思っていた矢先、急に呼び出された私はこんな話をされている。
 婚約者としての情ですって……?
 憎悪しか感じない目で私を見つめておきながら、この男は何を言っているの?
 
『……っ!』

 私は拳を強く握り締め、唇をギュッと閉じることしか出来なかった。

『穏やかな淑女の仮面を被ったお前が、裏でオーロラを虐めていることなど知っている。
 嫉妬に狂った女の何と見苦しいことか!』

 ブチッ! その時、私の中で何かが切れた……

『はあ? 確かに私は淑女の仮面を被って本性は隠していたけど、あんな裏表のある尻軽女と関わりたくないから虐めなんてしないわ!
 あの女と顔を合わせたくないから避けまくって生活していたのに、いつ虐めるのよ?
 貴方のことも昔はそれなりに好きだったけど、今は大嫌いだから嫉妬で狂うことだけは絶対にないわ。
 貴方と結婚したくないから今すぐ婚約破棄してもいいわね。オーロラさんと不貞した貴方の有責で!』

 躾に厳しい母に育てられた私は、激しい本性を隠して淑女の仮面を被って生きてきた。このカスのような婚約者に何を言われてもひたすら耐えた。
 でも、もう我慢の限界……
 お母様、ごめんなさい。こんなカスに言われっぱなしでいるのはもう無理です。

 私が言い返してくると思っていなかったようで、カスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
 ふふっ……。石像のような完璧な顔って言われていたアンタのそんな表情が見れるなんて、ちょっとだけスッキリ!
 だけど相手は腐ってもカスでも高貴な身分の公爵令息。黙っているはずがなかった。

『ふん! やっと本性を出したか。
 私とお前の結婚は、うちの公爵家とお前の侯爵家の事業に関わるもので私達だけの問題ではない。
 幸いなことに、最愛のオーロラはそれを理解して第二夫人で我慢すると言ってくれている。
 優しいオーロラに感謝すべきだな』

 こっ、この男……、公爵家の面倒な執務を私に押しつけて、あの悪女オーロラは第二夫人として愛玩用にでもするつもりね。
 そんなの絶対に許さない!!

『貴方と結婚するくらいなら死んだ方がマシよ!
 ……はっ! そろそろ時間だわ。
 今後はくだらない話をするためにいちいち話しかけてこないでね。気分が悪くなるから顔も見せないで。
 では、永遠にサヨナラ!』

 これだけ生意気なことを言えば、今後この男が私に絡んでくることはないだろう。腹を立てて婚約破棄してくれたらいいのに。

 唖然とする婚約者を置いて、私は急ぎで自分の家の馬車に向かっていた。
 淑女たる者、いつでもどこでも微笑みを絶やさず、落ち着いて行動しなくてはいけないが、さっきのカスのつまらない話のせいで時間がなくなってしまった。今は淑女でいるのはお休みして、馬車までダッシュよー!
 今日は私の最推しの舞台俳優、ロミオの姿絵が発売される大切な日。なんと先着100名にロミオから直接サインを貰えるのだ。
 13時に発売開始だからギリギリ間に合うはず。念のため、私のメイド達には先に並んでもらっている。
 しかし馬車に乗り込んで数分後、道が混んでいるのか馬車はなかなか前に進まない。

『お嬢様、道が混んでいて店まで時間がかかってしまいそうです』

 御者からの言葉に私は迷わなかった。

『ここで馬車を降りて走って行くわ!』

 仲の良かった婚約者が心変わりして落ち込んだ時もあった。悪女オーロラが面倒な絡みをしてきて、イラッとした時もあった。でも、私は負けなかった。それはロミオという心の支えがあったから。
 どんなに辛いことがあっても、観劇のロミオを見るだけで元気になれた。寂しい時、ロミオのことを考えるだけで心が満たされた。
 ロミオは私の全てよ! 今日は絶対に会ってお礼を直接伝えたいの。
 馬車から降りた私は必死に走り続ける。今日はドレスではなく、学園の制服で走りやすいから助かった。
 頑張れ私! ロミオが待ってるわー!

『ハァ、ハァ……、やっと着いたわ』

 店の前にはロミオのファンらしき女性で混み合っていて、馬車の走る道のギリギリの所まで人でいっぱいだ。
 みんな私と一緒でロミオが大好きなのね。さすが私の最推しだわ。まだ若手なのに沢山の女の子を魅了して、なんて罪なお方なの……
 ところで私のメイド達はどこだろう?
 メイドを探すためにキョロキョロしていた私は、ドンっと誰かにぶつかって道の方に飛び出てしまう。

『……痛っ! 今、誰かに突き飛ばされた?』

 誰かに背後から押された気がしたが、人が多すぎてよく分からなかった。

『危ない!』

 誰かの声にハッとした時には遅かった。私の目の前には大きな馬車が……

 その後の記憶はない。私は馬車に轢かれて死んだのだと思う。
 最推しのロミオに会うためにあんなに頑張って走ったのに。


 これは私が階段から落ちて意識を失っている間に思い出した前世の最後の記憶だ。
 私は死んた後、すぐアリシアに生まれ変わったのだろう。前世で17歳で亡くなり、そのまま生まれ変わって今は18歳。
 前世の私を裏切り、一方的に嫌ってぞんざいに扱った憎きあの男は今は35歳だ。あの頃とは別人のような笑顔を見せて口調や態度も柔らかくなっているが、間違いなく同一人物だ。
 そういえば、あの男の愛した悪女オーロラはどこにいるんだろう? 私と結婚する時、あの男は初婚だって話していたけど……

 この記憶を思い出してしまった以上は、今までのような夫婦でいることは出来ない。
 このままではいられないわ。何とかしないと……
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

処理中です...