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1巻

1-3

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 育児の合間に新しいベビーグッズを考える日々を送っていたら、ティーナは四歳くらいになっていた。お姫様ごっこが大好きな可愛い女の子で、おしゃべりが大好きなおませさんに成長した。

「お姉ちゃん、今日もお母さんは来なかったね」
「そうだね。でも、お姉ちゃんと一緒にお母さんを待っていようね」
「うん! 早く会いたいなぁ。みんなお母さんがいるから、ティーナもお母さんに会いたいの」

 近所の子供達が当然のようにお母さんがいると知ったティーナは、自分にはどうしてお母さんがいないのか疑問を持つようになっていた。そのことを聞かれる度に、私の胸はズキズキと痛む。

「お姉ちゃんもティーナのお母さんに会いたいから、二人で待っていようね。ティーナ、明日はティーナの大好きなクッキーを焼こうか?」
「本当? 約束だよ!」
「うん。この後、材料のお買い物に行こうね!」

 ティーナを保護した時にまだ十五歳だった私は、ティーナに自分を〝お母さん〟とか〝おばちゃん〟と呼ばせることに非常に抵抗があり、無難に〝お姉ちゃん〟と呼ばせた。
 いつか本当のお母さんが迎えに来た時、前世のドラマや映画の話みたいに、知らないおばさん扱いしたら嫌だし、『アンタは私のお母さんじゃない!』とか言い出したら困るから、私はティーナのお姉ちゃんという立場に徹することにしたのだ。
 それに、ティーナが〝お母さん〟って呼ぶのは、ティーナの本当のお母さんのためにとっておきたかった。子供が母親を〝お母さん〟って呼ぶことは、当たり前のようで実は特別なことだと思うからだ。
 ティーナを保護した時、肌触りのよい上質な服を着ておくるみには名前が刺繍されていた。その刺繍は、ティーナのお母さんが愛情を込めて刺した物のように見えたので、ここに来る前はとても大切にされていたのではないかと思っている。
 だから、いつかティーナの本当のお母さんが迎えに来ると信じて待っていたい。
 その時にティーナから〝お母さん〟って呼んでほしい。
 お母さんに会いたがっているティーナには子供騙しだが、お母さんは遠くに出掛けているから、いつかお母さんが戻るまでは私と一緒にここで待っていようねと話をしている。
 まだ小さいからそれで納得しているが、大きくなるにつれて段々と誤魔化せなくなってくるだろう。今から憂鬱な気持ちになってしまう。
 もう少し大きくなったら置き去りにされていたことを正直に打ち明けるつもりだ。
 子育ては本当に難しいな……


 ある日、ティーナから誕生日について聞かれた私は焦った。

「お姉ちゃん、私の誕生会はしないの? 私もエマちゃんみたいに誕生日をお祝いしたいわ!」

 明るく社交的なティーナは近所の子供達とも仲が良く、お友達から家族と誕生日をお祝いした話を聞いたらしい。
 この国では平民で誕生日を祝うことは滅多になく、祝うのは裕福な家だけだと聞いていた。
 捨て子だったティーナの誕生日がわからず、今まではお祝いしていなかったが、ティーナから誕生日の話をされて、とても後悔した。
 子供にとって誕生日は特別な日だよね……
 前世で子持ちのおばちゃんだった頃は普通に娘の誕生日はお祝いしていたが、自分の誕生日は何もしていなかった。大人になってからはまた今年も誕生日がきてしまったーって感覚だったから。
 そんな私だって子供の頃は自分の誕生日が純粋に嬉しかったのに、どうして忘れていたのだろう?

「ティーナの誕生日はまだ少し先になるから、ちょっとだけ待っていてね。女将おかみさんや旦那さんと一緒にお祝いしよう!」
「やったぁ! 早くやりたいなぁ」

 後日、ティーナに内緒で女将おかみさんと旦那さんに相談した結果、ティーナを拾った日の三か月前の日を仮の誕生日にすることになった。
 そしてお誕生会の日、ティーナの大好きな食べ物とプレゼントとケーキを用意してお祝いした。

「ティーナ、お誕生日おめでとう! これはお姉ちゃんからティーナにプレゼントだよ」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「ティーナ、これは私達からだよ! お誕生日おめでとう」
「わー! 女将おかみさん、旦那さん、どうもありがとー」

 ティーナは、お誕生日が楽しみで昨夜はなかなか寝付けなかったようだ。それにもかかわらず、今日はお誕生日だからと張り切って早起きをした。それくらいティーナにとって特別な日らしい。
 女将おかみさんと旦那さんはウサギのぬいぐるみを、私からはぬいぐるみの服をプレゼントした。
 喜びすぎて疲れてしまったティーナは、食事をした後にぬいぐるみを持ったまま眠ってしまった。

「リーゼ、ティーナが喜んでくれて良かったね」

 寝てしまったティーナを寝室に運んだ後、私達はお茶を飲んでいる。誕生日会が無事に終わってホッとしていた。

「はい。女将おかみさん、旦那さん、今日はありがとうございました」
「私達も楽しかったよ。ここまで喜んでくれるんだから、また来年もお祝いできるといいね」
「そうですね。またよろしくお願いします」

 いつまで一緒にいられるのかはわからないけど、ティーナが喜んでくれる間はずっとお祝いしてあげよう。


 商会で売っているベビー服などの売り上げは相変わらず好調らしく、毎月結構な額の収入がある。
 これは商会長さんの手腕によるものだと思う。
 商会は他国にベビー用品の専門店を出店しており、かなり勢いに乗っているのだ。
 小金持ちになった私は、家事魔法で少しだけ豪華なディナーを作って食べることが毎日の楽しみになっていた。
 家事魔法は本当に便利で、食材や調理器具があれば自分が想像した料理がすぐにでき上がる。
 煮込み料理は短時間で食材が柔らかく仕上がるし、焼き物は焼き加減バッチリに仕上がるのだ。
 ティーナは包丁やフライパン、食材などが勝手に動いている様子を見るのが面白いらしく、ジーッと見つめている。
 私からしたら、ポルターガイストにしか見えないのだけど……
 ちょっぴり豪華なディナーは、ティーナに簡単なテーブルマナーを教えるのにちょうど良かった。
 フルコースの料理ほどではないが、ナイフとフォークの使い方、スープの飲み方くらいは身につけられる。
 ティーナは見れば見るほど気品あふれる容姿で、高貴な血を引いているようにしか見えない。いつか本当の家に帰る時に恥をかかないよう、最低限のマナーは身につけさせておきたい。
 見た目が天使のようなティーナに私は気合いを入れすぎて、可愛いフリフリの服を着せ、髪型は編み込みにしてリボンまで着けてしまう。
 前世で娘を育てたスキルがここで役に立つとは思っていなかった。ティーナ自身も女の子らしい服が大好きで、喜んで着てくれるから嬉しい。
 近所の大人達は、そんなティーナをお姫様と呼んでいる。

「リーゼ、お姫様は可愛いから絶対に一人で歩かせてはダメだよ! この子は可愛さのあまり人攫ひとさらいに遭う危険があるからね。私達もよく見ているようにはするけど、気を付けるんだよ」

 近所のおじさん、おばさん達に、そんな言葉を掛けられることが多くなっていた。ご近所さんは、みんなまともでいい人ばかりだったから助かった。

「はい。いつも心配してくれてありがとうございます」

 もちろん、こんな小さなティーナを一人で家の外に出さない。
 この世界では、子供が小さな年から野放しにされて町中を自由に遊んでいる姿をよく見るが、前世日本人の私からすれば、幼稚園児くらいの子を一人で外で遊ばせるなんて恐怖でしかなかった。
 ティーナとは、外には一人で行かない、知らない人にはついていかないと約束をしている。きちんと守ってくれる子だったから心配不要だ。
 小さなお姫様のティーナは本を読んだり字を書いたりすることにも興味を持ってくれたので、教育ママになりきって読み書きを熱心に教えた。
 ティーナは優秀な頭脳を持っているようで、あっという間に覚えてしまった。
 文字を覚えた後はお手紙を書くのが好きになり、女将おかみさんや旦那さんに手紙を書いて届けたり、簡単な絵本を私に読んでくれた。
 遊びの中でも大好きなのは、私が家事魔法で作ったドレスを着てお姫様ごっこをすること。
 商会長さんが質の良い高価な布のサンプルをたくさんくれるので、家事魔法を使ってティーナ好みの可愛いドレスを簡単に作ることができる。
 せっかくなので、カーテシーや歩き方、椅子の座り方、上品なお茶の飲み方に言葉遣いなど、お姫様ごっこ遊びの中に取り入れながら教えることにした。
 私が没落する前、毒親がお金を掛けて学ばせてくれたことが今頃になって役に立っている。そう思うと何だか複雑だった。
 二人で忙しくも楽しい日々を送っていたら、ティーナを育て始めて五年が経っていた。



   第二章 騎士のお迎えとオルダー伯爵家


 五歳くらいになったティーナは美しい天使に成長していた。
 輝くような金髪に澄んだ青い目が印象的な美少女のティーナは、町中を歩くと道行く人みんなが振り返るほどだ。
 私はそんな天使のティーナに可愛い服を作ることが生き甲斐になっていた。
 商会長さんがサンプルでくれる高級な布を使用して、リボンやフリルのたくさんついた服を作ることが楽しくて仕方がない。
 ティーナは私の作った服をいつも気に入ってくれるので、それがとても嬉しかった。


 ある日、宿屋の旦那さんと自警団のおじさんがやってきた。

「リーゼ、自警団に人を捜していると問い合わせがあった。赤ちゃんの時にさらわれてしまった女の子らしいが、その女の子の髪色と目の色がティーナと同じらしい。赤ちゃんがいなくなった時期と年齢もティーナと一致する」

 自警団のおじさんが私を訪ねてきた時点でそんな話をされる気がした。だから私は驚かない。

「そうですか……。いつかそんな日が来るのではと思っていました。ティーナをお捜しなのは、どちらの方ですか?」

 旦那さんと一緒に来てくれた自警団のおじさんに尋ねると、言いにくそうな表情をされる。

「お嬢さん、私達は何も言えないことになっているんだ。ただ、高貴な身分の方とだけ伝えておくよ」

 やっぱり……。ここまで容姿が整っていて、何を教えても物覚えが良くて優秀だったから、高貴な血筋なのではとずっと思っていた。
 ティーナのこの可愛さは普通じゃないもの。
 その数日後には、ティーナの家族かもしれない人が面会に来ることに決まった。

「お姉ちゃん。私のお母さんはいつ来るの?」

 ティーナはその面会が楽しみのようで、何度も何度も聞いてくる。ずっと会いたいと願っていたお母さんに会えるかもしれないという期待で、胸が膨らんでいるようだ。

「まだお母さんなのかわからないけど、その人もティーナくらいの歳の女の子を捜しているみたいよ。会ってみないとわからないの」
「そっかー。お母さんだといいなぁ」

 ……はっ! もしティーナのお母さんじゃなかったら、落ち込んでしまうかもしれない。
 余計なことは言わずに、ただお客様が来るとだけ言えばよかった。子供に大切な話をするタイミングは難しい。
 そして面会の日を迎えた。
 私はティーナがさらに可愛く見えるように、恥をかかないようにと、いつも以上に気合いを入れて可愛いワンピースを着させて凝った髪型にリボンも着け、面会にくる人を待っていた。
 うちのティーナがこの世で一番可愛いわーと仕上がりに満足していると、外がガヤガヤしていることに気付く。
 訪れたのは貴族のおじ様やおば様、執事のような人ではなく、白の騎士服を着た集団だった。
 ティーナは騎士の家門の御令嬢だったの?
 違う! 確か白の騎士服は……、近衛騎士だ!
 ――ティーナは王族なの?
 私は近衛騎士に驚いたが、ティーナはお母さんが来てくれるかもと期待していたので、ガッカリしてしまった。
 玄関前には、近衛騎士と思わしき煌びやかな騎士が十人程ズラッと並んでいる。
 これは外国人モデルが勢揃いしたような光景だわ……
 平民生活に慣れすぎた私は、長身で美形揃いのこの集団を前にして少しビビってしまった。
 ティーナと同じキラキラ金髪のイケメン騎士様が私達に挨拶をしてくれた後、家の中で話をすることになった。
 しかし、ティーナは近衛騎士の代表二人が家の中に入ってきたことをとても警戒し、無口になってしまった。
 近衛騎士は私がティーナを保護した日のことの聞き取りをした後、ティーナに優しく話しかける。

「お嬢さん、お名前は?」
「……」

 イケメンを警戒しているのか、いつもは社交的なティーナが無言だ。

「少し緊張しているようですわ。ティーナ、騎士様にお名前を教えてあげましょうね」

 ティーナは私に促されてしぶしぶ口を開く。

「……私の名前はクリスティーナです」

 クリスティーナと言った瞬間、騎士様の表情が変わる。

「クリスティーナですか……」
「ええ。保護した時に包まれていたおくるみに、〝クリスティーナ〟と刺繍が入っておりましたので、それがお名前なのかと思いまして。こちらがその時に身につけられていた服とおくるみです」

 こんな日が来ると考え、赤ちゃんのティーナが着ていた服とおくるみを大切に保管していた。

「これは一度持ち帰って確認してもよろしいですか?」
「もちろんですわ」

 騎士様はその後もティーナにいろいろ話しかけて帰った。
 騎士様が帰った後、ティーナはお母さんが来てくれなかったと落ち込んでしまい、ご機嫌取りが大変だった。
 しかしその翌日、アポなしでまた近衛騎士達がやってきた。

「このお方がクリスティーナ王女殿下だと判明しましたので、このまま王宮にお連れします」
「今からですか?」

 昨日も来たキラキラ金髪の近衛騎士から急なことを言われ、私もティーナも驚いて動きが止まる。

「はい。国王陛下と王妃殿下からの命令でございます」

 やはりティーナは王女殿下だったのね……
 国王陛下と王妃殿下が待っているなら、すぐに送り出してあげなくてはならない。
 これほど急なお別れになるなんて寂しいが、これは命令だから仕方がない。自分自身に言い聞かせ、何とか平静を装う。
 しかしティーナは納得していないようだった。

「騎士様、ティーナのお母さんはどこですか? 私はお母さんに会いたいの。お母さんに迎えにきてもらいたいわ」

 昨日は近衛騎士達を警戒して黙っていたのに、今日は顔を合わせるのが二度目だからか、ハッキリと自分のお母さんに迎えにきてもらいたいと話をしている。
 体の大きな近衛騎士達を前にして、小さなティーナが怯まずに自分の考えを伝える様子に驚いたが、同時に確信したのは、こんなに強い子であれば王宮に行っても大丈夫だろうということだった。
 私が今できるのは、ティーナが安心して旅立てるようにすることだわ……

「騎士様。王女殿下をお連れする前に、王女殿下が納得できる説明をしていただけませんか? そうすれば、見知らぬ場所に向かわれる王女殿下の不安が払拭され、お気持ちが楽になられると存じます」

 私の話を聞いたキラキラ金髪の近衛騎士様は少し考えた後、口を開く。

「……わかりました。重要な話になりますので人払いをさせていただきます」

 ドアを閉めた家の中で、近衛騎士様は神妙な面持ちで語り始める。

「クリスティーナ王女殿下は、国王陛下の妹君でラリーア国の王太子妃であられたマーガレット様の御息女です。ラリーア国でクーデターが起きた後、クリスティーナ王女殿下と侍女が行方不明になられ、我が国の国王陛下と王妃殿下はずっとお捜しになっておりました」

 想像以上に重い話で衝撃を受けてしまう。
 しかしティーナは話が難しいのか、キョトンとしている。

「……ラリーア国? どこにあるの?」
「船で何日もかかるほど遠くにある大きな島国です。ラリーア国を中心に捜しましたが、手がかりが掴めず、その後はずっと国内を捜していました。この港町で王女殿下が見つかったと考えると、王女殿下だけでも帰国させたいと考えた侍女が、船の乗船客に王女殿下を託して船に乗せてもらったのかもしれませんね。乳飲み子を連れた旅人にでも金目の物を渡して頼んだのではないかと思っています」

 クーデターが起き、追手から逃げるために船に乗りたかったが、船に空きがなくて侍女は乗船できなかったのか、それとも追手をまくために乗ることをやめたのか……。どちらにしてもティーナのお母様や侍女は命懸けでティーナを守ろうとしたのだろう。

「お母さんは? お母さんはラリーア国から帰っているの?」

 まだ約五歳のティーナにこの話は難しすぎたようで、質問をぶつけられた騎士様は苦痛に表情を歪める。
 その表情から、ティーナのお母様はすでにお亡くなりであると悟った。

「残念ながら……、王女殿下の産みのお母様はお帰りにはなられませんでした。しかし、王女殿下にはもう一人お母様がいます! それは我が国の王妃殿下です。王妃殿下は王女殿下が王宮に来ることをとても楽しみにされて、可愛い部屋にお人形やドレスをたくさん用意して待っていてくださっているのです。王女殿下にはお母様だけでなくお父様とお兄様もいて、みんなが王女殿下をお待ちしています。王女殿下が王宮に来られたら、みんなで食事をしたりお茶をしたいと話していました。きっと楽しいですよ」
「すごい! ティーナにはお母さんのほかに、お父さんとお兄さんがいるの? 知らなかったー!」

 悲しい真実を知り、暗く重苦しい雰囲気になってどうしようかと思っていたけれど、この騎士様はすごい!
 騎士様はティーナが悲しまないように上手く話をしてくれただけでなく、王宮に興味が持てるように話題を振ってくれている。この騎士様になら王宮に向かうティーナを託せると思った。

「私、お母さんとお父さんとお兄さんに会いたいな!」

 ティーナのその言葉を聞いた騎士様が安堵の表情を浮かべた。
 王宮行きを納得してくれて良かった。きっと亡くなったティーナのお母様も喜んでくれるはずだ。

「騎士様。今から出発の準備をいたしますので、少しだけお待ちいただけませんか? 二人でお別れする時間もいただきたく思います」
「わかりました。私達は外で待っております」

 騎士様が家の外に出ていった後、私達は急いでティーナの部屋に行く。

「ティーナ、どの服が着たい? お出かけ用のワンピースの中から好きな服を選んでいいわよ」
「これがいいわ!」

 ティーナが迷わず指を差したのは、フリルとリボンがたくさんついたお気に入りのピンクのワンピースだった。
 ティーナは、私が家事魔法で作った服をいつも喜んで着てくれた。
 でも、王宮に行けば王室お抱えのデザイナーやテイラーが素敵なドレスを作ってくれるだろうから、前世で専業主婦のおばちゃんだった私の趣味が色濃く出たデザインの服を着ることはもうないだろう。私の役割はもう終わりだ。

「ティーナ……、いつも私が作った服を着てくれてありがとう。可愛いティーナには、ついフリフリやリボンの多い服ばかり作ってしまったけど、いつも喜んで着てくれたから、お姉ちゃんは嬉しかったよ……っ」

 気を緩めると涙が流れてしまいそうだ。

「お姉ちゃんの作った服は可愛いから大好きなの! またフリフリとリボンのたくさんついた服を作ってね!」
「……そうだね」

 お気に入りの服に着替えて、髪も可愛く結い直したティーナはご機嫌だった。

「お姉ちゃん。私、お母さんに会えるんだよね? 楽しみだなぁ!」
「ええ。これからはお母様と一緒に生活するの。ティーナ、これからはお母様の言うことを聞いて頑張るのよ。私は大好きなティーナの幸せを祈っているからね。王女殿下になるのですから、言葉遣いはお姫様ごっこの時に話していた丁寧な言葉遣いにしましょう。……これからは王女殿下とお呼びしますね」
「はい! わかりました」

 嬉しそうに微笑むティーナは今日も天使だった。
 この可愛い天使と過ごした日々は、絶対に忘れないよ……
 その後、キラキラ金髪のイケメン騎士に馬車に乗せられたティーナは、静かに旅立っていった。


   ◇ ◇ ◇


 ティーナが王都に旅立った後、時間を持て余した私は女将おかみさんと旦那さんの店でまた手伝いを始めた。

「リーゼ、ティーナがいなくなって寂しいかもしれないけれど、これからは自分の幸せを第一に考えてやっていきな。リーゼをお嫁さんにしたいって、いろいろな家から声がかかっているんだ。まだ若いんだから、恋人でも作ってデートでもしてきな」

 さすが女将おかみさんだと思った。女性は気持ちの切り替えが早い。

「そうですね。いい人がいれば考えたいとは思っていますが、今はのんびりしたいです」
「八百屋の息子と花屋の息子に、肉屋の息子と自警団の若いのもいたね。リーゼはどの人がいい? ほかにもたくさんいるよ」

 ティーナがいなくなった途端、私はなぜかモテ期を迎えている。仕事中もデートや食事に誘われることが多くなったけれど、面倒でしかなかった。
 商店街の跡取り息子達か……
 買い物に行くと荷物を運んでくれたり、たくさんオマケをしてくれたりしていい人達だとは思う。しかし生活に困っていない上、前世で結婚も出産も経験している私としては、結婚に対しての夢がなかった。気楽な独身のままでいいと思っている。

「リーゼ、無理しなくていいんだ。アイツらにリーゼはもったいない。まだ若いんだから、焦ってもいいことはないぞ」
「はい。旦那さんが認めてくれそうな人が現れるまで待っています」


 日中は女将おかみさん達と話をしたり、宿屋と食堂の手伝いをしていたので何の不便もなかった。
 しかし、夜になると孤独のようなものが私を襲ってくる。
 ティーナの居ない家は静かで、無駄に広く感じ、何よりも一人で食べる食事は全然美味しくない。
 ティーナがいた頃は体のために栄養を考えて食事を用意していたのに、今は自分一人だから前ほど気にしなくなってしまった。
 私はティーナがいたから何でも頑張れたのね……
 夕飯の買い物に市場に行った時のことだ。


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