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閑話 王弟アルベルト

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 クリフォード侯爵はリーゼを一目見て、自分の姪だと確信したようだった。

 自分がリーゼの母の兄であることや、リーゼとは養子縁組をしてあって、今は侯爵令嬢であるということを話し、王都に帰ろうと話すのだが、リーゼの反応を見ると貴族の生活に戻ることに対して、乗り気でないのが分かった。
 
 気がつくと私は、クリスティーナのためにリーゼには、王都に来て欲しいということを必死に伝えていた。


 その日は、簡単に話だけをして王都に帰ることにしたのだが、そのことをすぐに後悔することになる。


 リーゼにクリフォード侯爵を紹介した日から一週間後、私はまた彼女に会いに行くのだが、私の姿を見た近所のマダム達の様子がいつもと違うことに気付いてしまう。

 若干気になりながらも、リーゼの家のドアをノックするが、いくら待っても反応がない。


「騎士様、リーゼはいませんよ。」

 そんな私を見たマダム達から声を掛けられる。

「外出中ですか?」

「ハァー。何にも知らないんだねぇ。
 二日前に攫われていったよ!
 髪の赤い、性格の悪そうなお貴族様って感じの女だった。」


 攫われた…?

 
「リーゼが嫌がっているのに、頬を殴って護衛の騎士に拘束させていましたね。
 あの悪女は騎士様の婚約者の女ですか?随分と趣味が悪いねぇ。」

「酷い女だったね。私は伯爵令嬢で貴女はただの平民だから殺しても何とでもなるとか言って…。
 リーゼをアンタらの男女関係のトラブルに巻き込まないでおくれ!」


 赤い髪の伯爵令嬢で、こんな非常識なことをしそうな人間は、私の中では一人しかいなかった…。


 ジョアンナ・オルダー伯爵令嬢。
 何年もの間、私にしつこく付き纏ってくる性格の悪い女。

 あの女は偶然を装って、私の出向いた先に現れたりするストーカーのような女だ。だから、私が休日にいつも出かけると聞いて、行き先を調べたのかもしれない。
 しかし、王都から離れた港町まで調べるとは思っていなかった。

 これは甘く考えていた私の手落ちだ。


 リーゼ、どうか無事でいてくれ…



 急ぎで王都に戻り、王家の影にオルダー伯爵家を監視するように命じる。


 オルダー伯爵令嬢、どうしてくれようか…


「だから言ったではないですか…。
 成人した王族で殿下は唯一の未婚なのです。そしてその容姿…。
 社交界の令嬢が皆、殿下を狙っているのに、恋人が平民などと噂になれは、狙われないはずはないのですよ。」


 リーゼがオルダー伯爵令嬢に攫われたことを、急ぎでクリフォード侯爵に知らせに行くのだが、侯爵は私に冷ややかな目を向けるのであった。


「私の手落ちだった。本当に申し訳ない…。
 少数精鋭の護衛だけを連れて、誰にも追跡されないように単騎で飛ばして会いに行っていたから、平気だと思っていたのだ。
 すぐに騎士団を引き連れて、リーゼを助けに行きたいと思う。
 リーゼに何かあったらクリスティーナは悲しむだろうし、私は……どうすれば…。」

「殿下がそこまで取り乱すなんて驚きですね。
 実はリーゼが攫われた日に、ウォーカー商会の会長がすぐにそのことを知らせてくれたので、私の方ですでにオルダー伯爵家に影を送り、監視させているのですよ。
 影の報告によると、リーゼは上手くやっているらしく、今すぐに命の危険はなさそうだと判断しました。
 ですから、王家が主催の茶会までは、リーゼにはオルダー伯爵家にいてもらうことにしました。」

 侯爵は何を言っているんだ?
 私は今すぐにでもオルダー伯爵家を騎士で包囲したいくらいだというのに!


「私達、国王派閥からすれば、貴族派のオルダー伯爵を潰すには良い機会なのですよ。
 病弱で、ずっと港町で療養生活を送っていたクリフォード侯爵令嬢が、偶然お忍びで港町に来ていたオルダー伯爵令嬢に暴力を振るわれて、口封じのために攫われたということにしておきましょうか?
 それとも、気が触れたオルダー伯爵令嬢が、お忍びで港町にいた侯爵令嬢を平民と勘違いして、暴力を振るって、拉致監禁したということにしましょうか?
 他の貴族がいる前で断罪するのに、ちょうど良い話になりそうです。」

「しかし、リーゼが可哀想ではないか!
 あのオルダー伯爵令嬢は、性格は最悪だし、癇癪持ちだ。
 リーゼが怪我でもさせられたら…」

「命の危険がある場合は、影に救出を命じていますから大丈夫です。エリーゼはああ見えて、賢くて根性があるようですし…。
 それにオルダー伯爵は、殿下に近付くためにエリーゼを利用したいと考えているでしょうから、乱暴なことはしないはずです。」

 優しそうな紳士に見えて、策略家としての冷徹な一面を持つクリフォード侯爵は、今回の事件を上手く利用するつもりで動いているようだ。
 しかし…、すぐにでもリーゼを助けに行きたい私は、そのことを分かってはいても納得できなかった。

「侯爵の考えは理解した。
 しかし、あの女は可笑しいから危険だ。私の影にも監視させてもらう。
 リーゼがもし怪我でもさせられたら、私はすぐにリーゼの救出に向かわせてもらう。」

「ええ。もし怪我をするようなことがあれば、計画は中止で救出を優先して頂いて結構です。」



 その日から、リーゼの様子を影に報告させる。


 リーゼは、オルダー伯爵令嬢の嫌がらせを上手く交わして生活しているようだった。
 その報告を聞き安堵していた私だったが、ある日の報告から、苛つくようになる。


『御令嬢は、オルダー伯爵令息と二人で昼食を取っておられました。
 御令嬢の作った食事を令息はお代わりしていました。』

 離れで静かに生活しているからと安心していたのに。
 オルダー伯爵令息は、赤髪の貴公子と言われるほどの美形だった…。
 なぜあの男がリーゼの食事を一緒に食べているんだ?
 私だってリーゼの食事が食べたいのに。


 違う日の報告では…


『御令嬢は、毎日オルダー伯爵令息と二人で昼食を食べているようです。
 オルダー伯爵令息は、御令嬢の作った食事が好きだと話しておりました。』


 また違う日の報告では…


『オルダー伯爵令息は、御令嬢が王弟殿下の恋人でないなら、ずっとここにいて欲しいと話しておりました。』


 ボキっ!!


「で、殿下!ペンが折れておりますが、お怪我は…?」

「ああ…、無意識に手に力が入ってしまったようだ。
 大丈夫だ。」
 

 心がドロドロして、黒く染まっていくような感覚に襲われる…。
 こんなことは生まれて初めてのことだ。


 影の報告にイライラしていたある日…


「殿下、大変です。
 御令嬢が、オルダー伯爵令嬢から皿を投げつけられて、額に怪我を負ってしまったようです。
 オルダー伯爵令息が御令嬢を助けたらしいのですか…」


 もう、我慢の限界だった…
 



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