8 / 41
07 苦痛
しおりを挟む
結婚式当日に逃げることを決めた私は、そのことが周りにバレないように、表面上は今までと同じ生活を送ることにした。
今までと同じ生活を送るとなると、嫌でもリリアンやアストン様と顔を合わせなくてはならない。
リリアンは私に対して嫌味を言って絡んでくることが多くなっていた。相手にしても無駄だからとサラッと流すことにしていたら、そんな私達を見た義母がリリアンに激怒し、私の部屋に来ることを禁止にしてくれたので、同じ邸で生活していても殆ど顔を合わせることはなかった。邸の中では義母が目を光らせてくれたので、何とかなっていたのだ。
義母はきちんとした人なのに、どうしてリリアンはあんな感じなんだろう……?
そして何とかならなかったのは、アストン様の方だった。
結婚式まであと二ヶ月と少しくらいになっていたので、衣装合わせや、新婚生活で使う部屋の家具選び、アストン侯爵家でのお茶会など、彼と会う機会が沢山あって大変だった。しかも、結婚直前の仲の良い婚約者同士だった私達は、アストン侯爵家で彼の妻のような扱いになっていたので、当然のことのように二人きりにされる。それが苦痛で仕方がなかった。
「ローラが元気になってくれて本当に良かったよ。
早く君と夫婦になりたい。夫婦になれば、君が体調の悪い時に夫として一番近くで看病することが許されるだろう?
君が臥せっている間、ずっと会えなくて不安だったんだ。ローラに何かあったらどうしようと、気が気ではなかったんだよ」
ズキズキと胸が痛む。この人は何を思ってこんな嘘を口にしているのだろう。
裏切りを知った後にこんなことを言われる私は、なんて哀れなのかしら。
二人きりの部屋で愛を囁かれれば、そのままアストン様に抱き寄せられ……、彼の顔が近づき……、キスをされてしまうわ!
「ひっ! アストン様。……今日は天気がよろしいので、庭園の花でも見に行きたいですわ」
引き攣った笑顔でアストン様の胸を押し返し、ソファーから立ち上がって誤魔化す。
「……分かったよ。行こうか」
一瞬だけアストン様が驚いた表情をしていたように見えた。私がキスを避けるとは思わなかったのだと思う。
しかし、侯爵令息として厳しく躾けられてきたアストン様はすぐに元の表情に戻り、私をエスコートして庭園まで連れて行ってくれる。
アストン様とは結婚前だから体の関係はなかったけど、手を繋いだり抱きしめ合ったり、触れるくらいの軽いキスをすることはあった。
きっとリリアンにも同じことをしているに違いない。もしかしたら、あのリリアンのことだから、それ以上のことをしている可能性もある。
それを考えると、もうアストン様に触れられることは受け付けなくなっていた。
更に、リリアンに愛を囁いて抱き締めていた彼の姿を思い出してしまい、気分が悪くなりそうになる。
庭園ならば二人きりの部屋とは違って庭師がいるし、少し離れてメイドも付いてくるから、無理に抱き締めたりキスをされたりはしないはず。花を見るふりをして時間を稼いで、いい時間になったら疲れたことを理由にして帰ろう。
しかし……
「ローラ、帰りは私が送っていくよ」
「だ、大丈夫ですわ。アストン様がお忙しいのは分かっておりますから。一人で帰れます」
「途中で気分が悪くなったりしたら大変だ。
心配だから送らせてくれ」
「本当に大丈夫ですわ」
アストン様は私の話を笑顔で流し、馬車に乗り込んでしまった。そして、当たり前のように私の隣にピッタリとくっ付いて座る。
馬車みたいな狭い密室で二人きりにはなりたくないのに。
そんなアストン様は急に私の腰を抱いてきたので、驚いた私は、体がビクッとしてしまった。
「……ローラ?」
「あ、申し訳ありません」
ですよねぇ。今まで二人きりで馬車に乗っていて腰を抱かれた時の私は、アストン様に甘えてもたれ掛かったりしていましたからね。
そんな私がビクッとした反応をすれば、アストン様だって驚くに決まっている。
「ローラは何かあったのかい?」
「いいえ。特に何もないですわ」
「呼び方が……私を家名で呼んでいるよ。前みたいに呼んでくれないのかい?」
やってしまった……。無意識に〝レイ様〟から〝アストン様〟と呼び方を変えてしまっていたわ。
「……自分でも気づいていませんでしたわ。
特に深い意味はないのです。申し訳ありませんでした」
「私達はもうすぐ結婚するのだから、今更、家名で呼ばれると寂しい気持ちになるよ」
「レイ様、ごめんなさい」
「いいんだ。ただ、こんなことは言いたくないんだが……」
ゴクリ……。この男は真顔で何を言うつもり?
私の余所余所しい態度で全てがバレてしまったりして?
「ローラは、マリッジブルーなのかもしれないね」
マリッジブルー? 今の私にはちょうどいい理由になるかもしれない。
「そうかもしれません。
実は、レイ様と結婚することは楽しみなのですが……、私なんかが名門のアストン侯爵家に嫁いで上手くやっていけるのかと今更不安になりまして」
「ローラの不安に気付いてあげられなくて悪かった。
父上も母上も、ローラが侯爵家のことを一生懸命に学んでくれたことに対してとても喜んでいたんだ。沢山褒めていたよ。
うちの家族も使用人達も、みんなローラが嫁いでくることを楽しみにしている。
私もずっと好きだったローラと婚約出来て嬉しかったし、今では君なしでは生きていけないと思うほどに愛しているんだ。
ローラは一人じゃない。私が君を守るから、何も心配せずに嫁いできて欲しい」
「……っ!」
「ローラ、泣かないでくれ。
そんなに不安なんだね。大丈夫だよ」
何で心にもないことを平気で口に出来るのかしら?
私が何も知らないと思って馬鹿にしているのね……
私は何でこんな酷い人を好きになってしまったの?
「申し訳ありません……」
アストン様は泣く私を抱き締めようとしてきたが、涙で服を汚してしまうと悪いからと話して遠慮させてもらうことにした。
今までと同じ生活を送るとなると、嫌でもリリアンやアストン様と顔を合わせなくてはならない。
リリアンは私に対して嫌味を言って絡んでくることが多くなっていた。相手にしても無駄だからとサラッと流すことにしていたら、そんな私達を見た義母がリリアンに激怒し、私の部屋に来ることを禁止にしてくれたので、同じ邸で生活していても殆ど顔を合わせることはなかった。邸の中では義母が目を光らせてくれたので、何とかなっていたのだ。
義母はきちんとした人なのに、どうしてリリアンはあんな感じなんだろう……?
そして何とかならなかったのは、アストン様の方だった。
結婚式まであと二ヶ月と少しくらいになっていたので、衣装合わせや、新婚生活で使う部屋の家具選び、アストン侯爵家でのお茶会など、彼と会う機会が沢山あって大変だった。しかも、結婚直前の仲の良い婚約者同士だった私達は、アストン侯爵家で彼の妻のような扱いになっていたので、当然のことのように二人きりにされる。それが苦痛で仕方がなかった。
「ローラが元気になってくれて本当に良かったよ。
早く君と夫婦になりたい。夫婦になれば、君が体調の悪い時に夫として一番近くで看病することが許されるだろう?
君が臥せっている間、ずっと会えなくて不安だったんだ。ローラに何かあったらどうしようと、気が気ではなかったんだよ」
ズキズキと胸が痛む。この人は何を思ってこんな嘘を口にしているのだろう。
裏切りを知った後にこんなことを言われる私は、なんて哀れなのかしら。
二人きりの部屋で愛を囁かれれば、そのままアストン様に抱き寄せられ……、彼の顔が近づき……、キスをされてしまうわ!
「ひっ! アストン様。……今日は天気がよろしいので、庭園の花でも見に行きたいですわ」
引き攣った笑顔でアストン様の胸を押し返し、ソファーから立ち上がって誤魔化す。
「……分かったよ。行こうか」
一瞬だけアストン様が驚いた表情をしていたように見えた。私がキスを避けるとは思わなかったのだと思う。
しかし、侯爵令息として厳しく躾けられてきたアストン様はすぐに元の表情に戻り、私をエスコートして庭園まで連れて行ってくれる。
アストン様とは結婚前だから体の関係はなかったけど、手を繋いだり抱きしめ合ったり、触れるくらいの軽いキスをすることはあった。
きっとリリアンにも同じことをしているに違いない。もしかしたら、あのリリアンのことだから、それ以上のことをしている可能性もある。
それを考えると、もうアストン様に触れられることは受け付けなくなっていた。
更に、リリアンに愛を囁いて抱き締めていた彼の姿を思い出してしまい、気分が悪くなりそうになる。
庭園ならば二人きりの部屋とは違って庭師がいるし、少し離れてメイドも付いてくるから、無理に抱き締めたりキスをされたりはしないはず。花を見るふりをして時間を稼いで、いい時間になったら疲れたことを理由にして帰ろう。
しかし……
「ローラ、帰りは私が送っていくよ」
「だ、大丈夫ですわ。アストン様がお忙しいのは分かっておりますから。一人で帰れます」
「途中で気分が悪くなったりしたら大変だ。
心配だから送らせてくれ」
「本当に大丈夫ですわ」
アストン様は私の話を笑顔で流し、馬車に乗り込んでしまった。そして、当たり前のように私の隣にピッタリとくっ付いて座る。
馬車みたいな狭い密室で二人きりにはなりたくないのに。
そんなアストン様は急に私の腰を抱いてきたので、驚いた私は、体がビクッとしてしまった。
「……ローラ?」
「あ、申し訳ありません」
ですよねぇ。今まで二人きりで馬車に乗っていて腰を抱かれた時の私は、アストン様に甘えてもたれ掛かったりしていましたからね。
そんな私がビクッとした反応をすれば、アストン様だって驚くに決まっている。
「ローラは何かあったのかい?」
「いいえ。特に何もないですわ」
「呼び方が……私を家名で呼んでいるよ。前みたいに呼んでくれないのかい?」
やってしまった……。無意識に〝レイ様〟から〝アストン様〟と呼び方を変えてしまっていたわ。
「……自分でも気づいていませんでしたわ。
特に深い意味はないのです。申し訳ありませんでした」
「私達はもうすぐ結婚するのだから、今更、家名で呼ばれると寂しい気持ちになるよ」
「レイ様、ごめんなさい」
「いいんだ。ただ、こんなことは言いたくないんだが……」
ゴクリ……。この男は真顔で何を言うつもり?
私の余所余所しい態度で全てがバレてしまったりして?
「ローラは、マリッジブルーなのかもしれないね」
マリッジブルー? 今の私にはちょうどいい理由になるかもしれない。
「そうかもしれません。
実は、レイ様と結婚することは楽しみなのですが……、私なんかが名門のアストン侯爵家に嫁いで上手くやっていけるのかと今更不安になりまして」
「ローラの不安に気付いてあげられなくて悪かった。
父上も母上も、ローラが侯爵家のことを一生懸命に学んでくれたことに対してとても喜んでいたんだ。沢山褒めていたよ。
うちの家族も使用人達も、みんなローラが嫁いでくることを楽しみにしている。
私もずっと好きだったローラと婚約出来て嬉しかったし、今では君なしでは生きていけないと思うほどに愛しているんだ。
ローラは一人じゃない。私が君を守るから、何も心配せずに嫁いできて欲しい」
「……っ!」
「ローラ、泣かないでくれ。
そんなに不安なんだね。大丈夫だよ」
何で心にもないことを平気で口に出来るのかしら?
私が何も知らないと思って馬鹿にしているのね……
私は何でこんな酷い人を好きになってしまったの?
「申し訳ありません……」
アストン様は泣く私を抱き締めようとしてきたが、涙で服を汚してしまうと悪いからと話して遠慮させてもらうことにした。
136
お気に入りに追加
4,712
あなたにおすすめの小説
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる