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 アンはパーティーの最後にマリアの所に来ると、持っていたブーケをプレゼントしてくれる。

「マリアも早く素敵な人に出会えるといいね」

「アンさん……ありがとうございます。幸せになってくださいね」

 幸せそうなアンからそんなことを言われたら、『私は恋愛はしません~』なんて口が裂けても言えなかった。


◇◇


 その後、ケイヒル卿とは同僚として程よい関係でいれた。身分差がなくなったことで前よりは話しやすくなった気がする。カッコよくて優しく気遣いの出来るケイヒル卿は素敵だと思うが、好きになってはいけない人だという認識は変わらず、ただの憧れの人だと思うようにした。
 以前と違ってダレルが煩く言ってくることはないし、先輩のメイド達もマリアが仕事にしか興味がないことを知ってからは、恋愛について口を挟んでくることはなくなった。
 
 忙しい日々を送っていると、今度はクレアお嬢様の結婚式の日を迎える。
 最高のドレスを身にまとい、この日の為に磨き上げられたお嬢様は女神のように美しく、隣に立つ王子殿下と幸せそうに微笑み合っている。そんな二人を見て、マリアは喜びで胸がいっぱいになった。
 結婚式や初夜を無事に済ませた後に王子殿下は公爵位を引き継ぎ、クレアお嬢様は公爵夫人として夫を支え、穏やかな新婚生活を送る二人は仲の良い理想の夫婦そのものだった。

「マリアは結婚しないのかい? 実は心に決めた人がいるとか?」

 お茶の時間に、公爵様がマリアの結婚について急に尋ねてくる。

「結婚の予定はありませんわ。相手もいません」

「旦那様、私の言った通りでしょう。マリアは恋愛より仕事の方が楽しいって言ってるの。結婚願望がないみたいよ。勿体ないでしょう?」

「そうだな。実はクレアの命を守ってくれたマリアに結婚の世話をしてやりたいと私の母が言い出してね……
 相手がいないなら、その話を受けてもいいかい?」

 公爵様のお母様って……、王妃殿下!
 そんな高貴な人の勧める縁談なんて、胃に穴が開きそうだわ。

 マリアは知らなかったが、王妃殿下は自分の息子の婿入り先としてベインズ公爵家を強く望んでいた。あの時にクレアを守ったマリアは、ベインズ公爵家と王家の婚姻を守った功労者として、王妃殿下から高く評価されていたのだ。

「公爵様、私は元平民です。運良くお嬢様に出会えたことで、今の立場にいれるだけなのです。これ以上の幸せは望んでおりませんわ」

「マリアが元平民だと蔑む者がいたのか? その命知らずの者は誰だ? 私やクレア、私の母が許さないぞ」

「まあ! そんな者がいたの? 誰なのかしら?
 旦那様に言いにくいなら、後で私に教えなさい」

 二人の反応を見て、マリアは余計なことを言ってしまったと後悔した。
 公爵夫人と外出した時や茶会などで嫌な視線を感じたことはあったが、直接の嫌がらせを受けたことはなかったからだ。

「そんな人はいません。ただ私は、このままずっと奥様にお仕えしたいので、結婚を望んでいないだけなのです」

「マリア、このまま仕事をしたいと思うなら、結婚はしてちょうだい。私は貴女に幸せになって欲しいのよ。それに、貴女の尊敬するカミラやメイド長、アンはみんな結婚しているでしょう?」

「そうですが……」

 この夫婦からそこまで言われてしまったら断れなかった。
 そして、マリアがお見合いをするという噂は、すぐに公爵家で働く使用人達の間に広まる。


 ある日の休日、マリアはダイアー子爵から呼び出しを受け、久しぶりに子爵家にやって来た。

 縁談の話でもされるに違いないわ。本当に憂鬱ね。

 子爵家に到着したマリアを、義母である子爵夫人が笑顔で迎えてくれる。

「マリア、待っていたのよ。急いで着替えましょうね!」

「お義母様、何かあるのですか?」

「ふふっ……。マリアに婚約を申し込みたい殿方がいらっしゃるのよ」

 マリアは、そんな物好きがいるのかと信じられなかった。それと同時に気分はどんどん沈んでいく。

 会ったこともない人と結婚させられるのね。貴族ってこんな時は本当に大変だわ。

 そのままメイド達に連れて行かれ、綺麗なドレスに着替えた後、メイクまでされてしまった。今のマリアは美しい貴族令嬢にしか見えない。

「お相手の方がすでに到着して、旦那様と応接室で話をしているの。私達も行きましょうね」

「……よろしくお願い致します」

 ご機嫌な義母と一緒に応接室に向かう。今のマリアは、競りにかけられる家畜のような気分になっていた。
 



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