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55 意外な提案
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息を切らせて来てくれたケイヒル卿とダレルを見て、マリアは安堵していた。
「イームズ男爵令息、マリアさんをどこに連れて行く気だ?」
ケイヒル卿に強い口調で話しかけられた男爵令息は、その瞬間パッとマリアの手を離す。
平の文官である男爵令息よりも、お嬢様の筆頭護衛騎士をしている子爵令息のケイヒル卿の方が立場は上だ。また、ケイヒル卿と一緒にいるダレルの実家は平民とはいえ男爵家よりも裕福な大商会。その二人に不作法な態度をとれるはずがなかった。
「マリアに用事がありまして……時間がないので急いでいたんです」
「嫌がるマリアさんを強引に連れて行かなくてはいけない用事とは?」
「……大事な話があるんです」
ケイヒル卿は尋問するかのように高圧的な口調で話し、隣にいるダレルまで鋭い視線で見つめてきたので男爵令息はたじたじになる。
マリアは、いつも紳士的で優しいケイヒル卿のこんな姿を初めて目にした。
「マリアさん、イームズ男爵令息とはどんな関係か教えてくれるか? 大事な話をする親密な付き合いがあったのか?」
男爵令息に敵意丸出しで話しかけていたケイヒル卿は、マリアに対しては優しい口調だった。
「いえ、会話をしたのは今日が初めてです。急に声を掛けられました」
マリアの話を聞いたケイヒル卿は、キッと男爵令息を睨みつける。
「お嬢様からマリアさんに近づく者がいたら報告するようにと言われている。お前のことは私達からお嬢様に報告させてもらう。知り合いでもない彼女を強引に連れ去ろうとしていたとな!
マリアさん、そろそろ私達とお嬢様の所に戻ろう」
「は、はい!」
ケイヒル卿とダレルの迫力に圧倒されて固まる男爵令息を置いて、マリアは二人と一緒にその場を去る。
助けてもらえたことは嬉しかったが、マリアの心の中は少し複雑だった。
ダレルのことは普通に嫌いだから避けていたし、ケイヒル様とは身分が違うからあまり親しくしてはいけないと思って距離を置くようにしていたのに、まさか助けに来てくれるなんて思わなかった。二人にお礼を伝えないと。
「あの! 助けて下さってありがとうございました。
知り合いでもないのに急に呼び出しを受けましたが、あの方は貴族なので断ることが出来ずに困っておりました。
本当にありがとうございました」
勇気を出してお礼を伝えると、ケイヒル卿は穏やかに微笑み、ダレルはホッとした表情を浮かべる。
「マリアさんは私達の命の恩人だ。これくらいのことは気にしないで欲しい。
それより、さっきの男のように強引に近付いてくる者がいたら私やダレルに教えてくれないか?」
「私に近付いてくる人ですか?」
「公爵夫人やお嬢様からの信頼が厚い君を養子に迎え、公爵家に取り入ってやろうとする貴族がいるらしい。さっきの男以外にも君に近付く者がいたのではないか?」
ケイヒル卿の話を聞きマリアはハッとした。
あの時、美青年から声を掛けられたのは……
やはり美青年は信用出来ないわ!
「心当たりがあるという表情をしているな。今日は偶然、君が関わりのない文官に呼ばれて行ってしまったと仲間の騎士から聞いたから、こうやって駆けつけることが出来たんだ。
平民である君を脅して養子縁組をしようと企む貴族がいるかもしれない。気を付けてくれ」
「はい、気を付けます。本当にありがとうございました」
その後、あの文官をしていた男爵令息と顔を合わせることはなかった。どうやら王都のタウンハウスから公爵家の領地の邸に配置転換されたらしい。
ケイヒル卿やダレル、仲間の騎士達が目を光らせてくれたおかげで、あの男爵令息のように近付いてくる使用人はいなかった。しかし、公爵家の外では誰が近づいてくるか分からない。しばらくは休日の外出を控えることにした。
そんな日々が続いたある日、マリアはクレアお嬢様と公爵夫人から呼び出される。
何の話をされるのかと緊張しながら公爵夫人の執務室に向かうと、そこにはマリアにメイド教育をしてくれた先代のダイアー子爵夫人のカミラと、その息子であるダイアー子爵がいる。
なぜ二人がここにいるのかと不思議な気持ちでいると、公爵夫人がニコニコしながら口を開く。
「マリア、これからもここで働くという強い意志があるならば、私達から貴女にいい提案があるのよ。
ダイアー子爵家の養子にならない? これからのクレアを支えるためにも、貴女や家族を守るためにも、それが一番いいと思うの」
貴族の養子になるなど考えたことがなかったので、公爵夫人の話は意外でしかなく、マリアは驚きのあまり言葉を失った。
「イームズ男爵令息、マリアさんをどこに連れて行く気だ?」
ケイヒル卿に強い口調で話しかけられた男爵令息は、その瞬間パッとマリアの手を離す。
平の文官である男爵令息よりも、お嬢様の筆頭護衛騎士をしている子爵令息のケイヒル卿の方が立場は上だ。また、ケイヒル卿と一緒にいるダレルの実家は平民とはいえ男爵家よりも裕福な大商会。その二人に不作法な態度をとれるはずがなかった。
「マリアに用事がありまして……時間がないので急いでいたんです」
「嫌がるマリアさんを強引に連れて行かなくてはいけない用事とは?」
「……大事な話があるんです」
ケイヒル卿は尋問するかのように高圧的な口調で話し、隣にいるダレルまで鋭い視線で見つめてきたので男爵令息はたじたじになる。
マリアは、いつも紳士的で優しいケイヒル卿のこんな姿を初めて目にした。
「マリアさん、イームズ男爵令息とはどんな関係か教えてくれるか? 大事な話をする親密な付き合いがあったのか?」
男爵令息に敵意丸出しで話しかけていたケイヒル卿は、マリアに対しては優しい口調だった。
「いえ、会話をしたのは今日が初めてです。急に声を掛けられました」
マリアの話を聞いたケイヒル卿は、キッと男爵令息を睨みつける。
「お嬢様からマリアさんに近づく者がいたら報告するようにと言われている。お前のことは私達からお嬢様に報告させてもらう。知り合いでもない彼女を強引に連れ去ろうとしていたとな!
マリアさん、そろそろ私達とお嬢様の所に戻ろう」
「は、はい!」
ケイヒル卿とダレルの迫力に圧倒されて固まる男爵令息を置いて、マリアは二人と一緒にその場を去る。
助けてもらえたことは嬉しかったが、マリアの心の中は少し複雑だった。
ダレルのことは普通に嫌いだから避けていたし、ケイヒル様とは身分が違うからあまり親しくしてはいけないと思って距離を置くようにしていたのに、まさか助けに来てくれるなんて思わなかった。二人にお礼を伝えないと。
「あの! 助けて下さってありがとうございました。
知り合いでもないのに急に呼び出しを受けましたが、あの方は貴族なので断ることが出来ずに困っておりました。
本当にありがとうございました」
勇気を出してお礼を伝えると、ケイヒル卿は穏やかに微笑み、ダレルはホッとした表情を浮かべる。
「マリアさんは私達の命の恩人だ。これくらいのことは気にしないで欲しい。
それより、さっきの男のように強引に近付いてくる者がいたら私やダレルに教えてくれないか?」
「私に近付いてくる人ですか?」
「公爵夫人やお嬢様からの信頼が厚い君を養子に迎え、公爵家に取り入ってやろうとする貴族がいるらしい。さっきの男以外にも君に近付く者がいたのではないか?」
ケイヒル卿の話を聞きマリアはハッとした。
あの時、美青年から声を掛けられたのは……
やはり美青年は信用出来ないわ!
「心当たりがあるという表情をしているな。今日は偶然、君が関わりのない文官に呼ばれて行ってしまったと仲間の騎士から聞いたから、こうやって駆けつけることが出来たんだ。
平民である君を脅して養子縁組をしようと企む貴族がいるかもしれない。気を付けてくれ」
「はい、気を付けます。本当にありがとうございました」
その後、あの文官をしていた男爵令息と顔を合わせることはなかった。どうやら王都のタウンハウスから公爵家の領地の邸に配置転換されたらしい。
ケイヒル卿やダレル、仲間の騎士達が目を光らせてくれたおかげで、あの男爵令息のように近付いてくる使用人はいなかった。しかし、公爵家の外では誰が近づいてくるか分からない。しばらくは休日の外出を控えることにした。
そんな日々が続いたある日、マリアはクレアお嬢様と公爵夫人から呼び出される。
何の話をされるのかと緊張しながら公爵夫人の執務室に向かうと、そこにはマリアにメイド教育をしてくれた先代のダイアー子爵夫人のカミラと、その息子であるダイアー子爵がいる。
なぜ二人がここにいるのかと不思議な気持ちでいると、公爵夫人がニコニコしながら口を開く。
「マリア、これからもここで働くという強い意志があるならば、私達から貴女にいい提案があるのよ。
ダイアー子爵家の養子にならない? これからのクレアを支えるためにも、貴女や家族を守るためにも、それが一番いいと思うの」
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