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 マリアとケイヒル卿の恋を勝手に応援する令嬢達は、仕事中であっても二人を近づけるために気を回そうとする。マリアにとってそれは余計なお世話でしかなく、正直困っていた。
 私達はそんな関係ではない、恋はしていないと何度話しても「大丈夫よ。私達は分かっているから」と言われてしまう。
 やはり、お貴族様と必要以上に親しくするのは良くない。ケイヒル様には失礼な態度になってしまうけど、前のように関わるのは必要最低限にしようかな……

 マリアが悩んでいたある日、衣裳部屋でお嬢様の衣類整理をしていると、偶然部屋の前を通りかかったダレルに声を掛けられる。
 ダレルはケイヒル卿の同僚の護衛騎士で、仕事で顔を合わせることはあっても余計な会話をするような仲ではない。前にマリアを〝天パの田舎娘〟と言い放ったダレルは未だに苦手な存在でもあったからだ。

 ダレルに声を掛けられたマリアは仕事の手を止める。

「仕事中にすまない。最近、君とケイヒル卿が噂になっているようだが、身の程を弁えるべきだと思う。
 ケイヒル卿は貴族として政略結婚をしなくてはいけない立場で、君みたいな平民と噂になるなんてあってはならないことだ。
 美しくなったから貴族と恋愛できるだなんて勘違いしないように。貴族の愛人になりたいなら別だが、愛人はなかなか酷だぞ。
 君なら他にいい人が見つかるはずだから、ケイヒル卿のことは諦めてくれ。
 では、失礼!」

 ダレルは自分の言いたいことだけを言うと、サッとその場から居なくなってしまった。

「……私の話を聞こうとはしないのね」

 突然、厳しいことを言われてマリアは唖然としてしまう。そして、時間が経つにつれてダレルから言われたことに対してショックを受けていた。

 自分なりに気を付けていても、相手があの方だとこんな風に思われるのね……

 マリアは翌日から、ケイヒル卿と自然に距離を置くようにした。会話は業務のことを必要最低限にして、周りから勘違いされないように無駄に笑顔を作るのはやめた。ダレルに対しても、仕事に支障がない程度に前よりも更に距離を取るようにした。

 そんな日が続いたある日……

「マリアさん、私は君に何か失礼なことをしてしまっただろうか? もし、何かあったら教えてくれると助かる。私は昔から鈍感だと言われ続けてきたから、気付かずに君を傷付けていたかもしれないんだ」

 昼休み、一人で外の空気を吸いに来たマリアに声を掛けてきたのはケイヒル卿だった。

 ケイヒル様は何も悪くないのに、態度がぎこちなくなった私を心配してくれたのね。
 本当にいい人だわ。この人が貴族じゃなかったら、きっと私は恋をしていた。片想いで報われない恋であっても、この人なら恋をして良かったと思えそうだもの。
 こんな素晴らしい人の迷惑をかけるわけにはいかない。

「ケイヒル様が気にされるようなことは何もありません。誤解を招くような態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。
 そろそろ仕事に戻らせていただきます。失礼します」

 淡々と話すマリアに、ケイヒル卿は傷付いたような表情をしている。それを見て胸がズキズキしたが、何も考えないようにした。


◇◇


 天気のいい休日、マリアは久しぶりに出掛けることにした。
 テッドに会うことを恐れてずっと外出は控えていたが、あの日からしばらく経過しているし、ケイヒル卿のことで落ち込んでいたので、気分転換がしたいと思ったからだ。
 こんな時は、図書館でドロドロの恋愛小説でも読んで、お気に入りのカフェで美味しい紅茶とケーキを食べれば元気になれるわよね。

 小説を読み終え、小腹が空いてきたところでカフェに行こうと図書館を出た直後だった。

「マリア!」

 後ろから急に名前を呼ばれてビクッとしてしまう。その声は、自分が最も会いたくないテッドの声だったからだ。

「……どうしてここに?」

 この間、あんなに冷たく突き放したんだから、もう私に近付いてこないと思っていたのに。
 驚くマリアにテッドは笑顔で話しかけてくる。その姿に例えようのない恐怖を感じてしまった。

「マリアは休みの日に図書館に来るって前に話していたから、ずっと待っていたんだ。
 今日は休みだろう? 少し付き合って欲しい」

 テッドが騎士服を着ていないところを見ると、仕事は休みなのだろう。
 貴重な休みの日に自分に付きまとってくる意味が分からず余計に警戒してしまう。

「断るわ。私達は休みの日に会うような仲ではないはずよ。話があるなら今すぐここで話してくれる?」

 せっかく図書館で気分転換が出来たのに最悪だと思った。
 前に会った時も話を聞いて欲しいと訴えていたことを思い出したマリアは、今ここで話を聞けば全て終わると思ったのだが……

「……ここでは話せない。大切な話だから二人きりになれる場所で話したいんだ。
 謝罪をさせて欲しいと思っている」

 マリアはますます意味が分からなかった。

「謝罪は要らないわ。それに、私は貴方と大切な話をするような関係ではないし、二人きりで話をする関係でもないわよ。
 前に貴方は言ってたでしょう? 昔からの知り合いだからと、図々しく付き纏ってきたりするのは迷惑だからやめてくれと。だから私は貴方に付き纏わないようにしたわ。貴方も私に付き纏わないで」

 マリアがそのことを伝えた瞬間、テッドの表情が苦痛に歪むのが分かった。

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