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29 無自覚
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ダイアー子爵家で生活をするようになってから、あっという間に三ヵ月が経過した。
マリアは当初、子爵家でお世話になるのは一か月くらいを予定していたが、思っていた以上に学ぶことが多く、完璧主義のカミラがマリアの普段の身のこなしや立ち振る舞いなどの所作までもを美しく矯正しようとしたために時間がかかってしまったのだ。
そろそろ子爵家から公爵家の寮に戻りたいと思っているが、カミラはまだダメだと言う。貴族令嬢が何年もかけて身に付けることを簡単に身につけられないのだからと。
そのカミラの熱心な指導の甲斐があって、マリアは初対面の人から下位の貴族令嬢に間違われるほどに成長していた。
専属メイドの仕事に慣れてきたある日、マリアはクレアお嬢様と王宮の図書館にやってきた。
「マリア、私は調べ物をしてくるからケイヒル卿と待機室で待っていてちょうだい」
「畏まりました」
お嬢様の専属メイドになってから、ほぼ毎日のように護衛騎士のケイヒル卿やダレル卿と顔を合わせるようになる。
仕事中に彼らと個人的な話をすることはないが、ケイヒル卿は何か言いたげな目を向けてくるのでどことなく気まずかった。
先輩メイドにどう思われるか分からないから、彼とは一定の距離を取り、必要以上に親しくするつもりはない。今の自分にとって、モテる人と仲良くするのはリスクしかないのだから。
王宮図書館の警備は厳重で、許可証を持つ人しか入れない。付き添いのメイドや護衛騎士は図書館の入り口の近くにある待機室で待つ決まりがある。
待機室には他の貴族の付き添いのメイドや護衛騎士が沢山いて、ケイヒル卿は待機室に入ってすぐ、知り合いの騎士に呼ばれて行ってしまった。マリアはケイヒル卿と二人きりでいるのは嫌だったので、知り合いが彼を呼んでくれたことに安堵した。
待機室では他のメイドや騎士達が会話をしている。知り合いのいないマリアは、こういう場所に慣れていないこともあって、部屋の隅にある椅子に腰掛けた。
目立たないように静かにしていよう……
しかし、マリアの気持ちとは裏腹に他の貴族の護衛騎士に話しかけられてしまう。
「失礼します。どちらの御令嬢か名前を伺っても?
行儀見習いで働いているのでしょうか?」
初対面の騎士は、マリアがどこかの貴族令嬢だと勘違いしているらしい。
お嬢様のメイドとしての勉強はしていたが、こんな時の男性のあしらい方は分からない。マリアを貴族令嬢と勘違いして話しかけてきた騎士も恐らくはどこかの貴族令息だろう。失礼にならないように言葉を選んで話をしなければ……
「私は……」
マリアが話をしようとしたその時、視界の中に美しい銀髪の騎士が入ってきた。
「失礼! 私達はベインズ公爵家で働く者だが何か?」
「ベインズ公爵家? 貴方はケイヒル卿……?
これは失礼しました」
ケイヒル卿が来てくれた途端、話しかけてきた騎士はささっとどこかに行ってしまった。
「こんな時はベインズ公爵家の使用人であることを伝えた方がいい。
ベインズ公爵令嬢の専属メイドである君に手を出す者はいないだろう」
ケイヒル卿は周りに聞こえるくらいの大きな声で話をする。
マリアはテレサからベインズ公爵家について色々と教えてもらっていた。敵対する貴族、友好関係にある貴族のことなど、お嬢様をお守りするために必要なこと全て。
王族に次ぐほどの力を持つベインズ公爵家の令嬢のメイドには、迂闊に手出しは出来ないとケイヒル卿は言いたいのだろう。
彼とは何となく気まずいと思っていたから、待機室で一緒にいるのは嫌だったはずなのに、助けにきてくれたことは嬉しいと感じてしまった。
ホッとしたマリアは無意識に笑みが溢れる。
「はい。ありがとうございます」
「私こそ……、まだこういう場に慣れていない君を一人にして悪かった」
本人は無自覚だったが、運良く王都デビューしていたマリアのその笑顔は、目の前にいるケイヒル卿だけでなくその場にいた他の護衛騎士や従者にもインパクトを与えていた。
マリアは当初、子爵家でお世話になるのは一か月くらいを予定していたが、思っていた以上に学ぶことが多く、完璧主義のカミラがマリアの普段の身のこなしや立ち振る舞いなどの所作までもを美しく矯正しようとしたために時間がかかってしまったのだ。
そろそろ子爵家から公爵家の寮に戻りたいと思っているが、カミラはまだダメだと言う。貴族令嬢が何年もかけて身に付けることを簡単に身につけられないのだからと。
そのカミラの熱心な指導の甲斐があって、マリアは初対面の人から下位の貴族令嬢に間違われるほどに成長していた。
専属メイドの仕事に慣れてきたある日、マリアはクレアお嬢様と王宮の図書館にやってきた。
「マリア、私は調べ物をしてくるからケイヒル卿と待機室で待っていてちょうだい」
「畏まりました」
お嬢様の専属メイドになってから、ほぼ毎日のように護衛騎士のケイヒル卿やダレル卿と顔を合わせるようになる。
仕事中に彼らと個人的な話をすることはないが、ケイヒル卿は何か言いたげな目を向けてくるのでどことなく気まずかった。
先輩メイドにどう思われるか分からないから、彼とは一定の距離を取り、必要以上に親しくするつもりはない。今の自分にとって、モテる人と仲良くするのはリスクしかないのだから。
王宮図書館の警備は厳重で、許可証を持つ人しか入れない。付き添いのメイドや護衛騎士は図書館の入り口の近くにある待機室で待つ決まりがある。
待機室には他の貴族の付き添いのメイドや護衛騎士が沢山いて、ケイヒル卿は待機室に入ってすぐ、知り合いの騎士に呼ばれて行ってしまった。マリアはケイヒル卿と二人きりでいるのは嫌だったので、知り合いが彼を呼んでくれたことに安堵した。
待機室では他のメイドや騎士達が会話をしている。知り合いのいないマリアは、こういう場所に慣れていないこともあって、部屋の隅にある椅子に腰掛けた。
目立たないように静かにしていよう……
しかし、マリアの気持ちとは裏腹に他の貴族の護衛騎士に話しかけられてしまう。
「失礼します。どちらの御令嬢か名前を伺っても?
行儀見習いで働いているのでしょうか?」
初対面の騎士は、マリアがどこかの貴族令嬢だと勘違いしているらしい。
お嬢様のメイドとしての勉強はしていたが、こんな時の男性のあしらい方は分からない。マリアを貴族令嬢と勘違いして話しかけてきた騎士も恐らくはどこかの貴族令息だろう。失礼にならないように言葉を選んで話をしなければ……
「私は……」
マリアが話をしようとしたその時、視界の中に美しい銀髪の騎士が入ってきた。
「失礼! 私達はベインズ公爵家で働く者だが何か?」
「ベインズ公爵家? 貴方はケイヒル卿……?
これは失礼しました」
ケイヒル卿が来てくれた途端、話しかけてきた騎士はささっとどこかに行ってしまった。
「こんな時はベインズ公爵家の使用人であることを伝えた方がいい。
ベインズ公爵令嬢の専属メイドである君に手を出す者はいないだろう」
ケイヒル卿は周りに聞こえるくらいの大きな声で話をする。
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彼とは何となく気まずいと思っていたから、待機室で一緒にいるのは嫌だったはずなのに、助けにきてくれたことは嬉しいと感じてしまった。
ホッとしたマリアは無意識に笑みが溢れる。
「はい。ありがとうございます」
「私こそ……、まだこういう場に慣れていない君を一人にして悪かった」
本人は無自覚だったが、運良く王都デビューしていたマリアのその笑顔は、目の前にいるケイヒル卿だけでなくその場にいた他の護衛騎士や従者にもインパクトを与えていた。
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