こっぴどく振られたこともあったけど、今はけっこう幸せです

せいめ

文字の大きさ
上 下
29 / 62

29 無自覚

しおりを挟む
 ダイアー子爵家で生活をするようになってから、あっという間に三ヵ月が経過した。
 マリアは当初、子爵家でお世話になるのは一か月くらいを予定していたが、思っていた以上に学ぶことが多く、完璧主義のカミラがマリアの普段の身のこなしや立ち振る舞いなどの所作までもを美しく矯正しようとしたために時間がかかってしまったのだ。
 そろそろ子爵家から公爵家の寮に戻りたいと思っているが、カミラはまだダメだと言う。貴族令嬢が何年もかけて身に付けることを簡単に身につけられないのだからと。
 そのカミラの熱心な指導の甲斐があって、マリアは初対面の人から下位の貴族令嬢に間違われるほどに成長していた。

 専属メイドの仕事に慣れてきたある日、マリアはクレアお嬢様と王宮の図書館にやってきた。

「マリア、私は調べ物をしてくるからケイヒル卿と待機室で待っていてちょうだい」

「畏まりました」

 お嬢様の専属メイドになってから、ほぼ毎日のように護衛騎士のケイヒル卿やダレル卿と顔を合わせるようになる。
 仕事中に彼らと個人的な話をすることはないが、ケイヒル卿は何か言いたげな目を向けてくるのでどことなく気まずかった。
 先輩メイドにどう思われるか分からないから、彼とは一定の距離を取り、必要以上に親しくするつもりはない。今の自分にとって、モテる人と仲良くするのはリスクしかないのだから。
 
 王宮図書館の警備は厳重で、許可証を持つ人しか入れない。付き添いのメイドや護衛騎士は図書館の入り口の近くにある待機室で待つ決まりがある。
 待機室には他の貴族の付き添いのメイドや護衛騎士が沢山いて、ケイヒル卿は待機室に入ってすぐ、知り合いの騎士に呼ばれて行ってしまった。マリアはケイヒル卿と二人きりでいるのは嫌だったので、知り合いが彼を呼んでくれたことに安堵した。
 待機室では他のメイドや騎士達が会話をしている。知り合いのいないマリアは、こういう場所に慣れていないこともあって、部屋の隅にある椅子に腰掛けた。
 目立たないように静かにしていよう……
 しかし、マリアの気持ちとは裏腹に他の貴族の護衛騎士に話しかけられてしまう。

「失礼します。どちらの御令嬢か名前を伺っても?
 行儀見習いで働いているのでしょうか?」

 初対面の騎士は、マリアがどこかの貴族令嬢だと勘違いしているらしい。
 お嬢様のメイドとしての勉強はしていたが、こんな時の男性のあしらい方は分からない。マリアを貴族令嬢と勘違いして話しかけてきた騎士も恐らくはどこかの貴族令息だろう。失礼にならないように言葉を選んで話をしなければ……

「私は……」

 マリアが話をしようとしたその時、視界の中に美しい銀髪の騎士が入ってきた。

「失礼! 私達はベインズ公爵家で働く者だが何か?」

「ベインズ公爵家? 貴方はケイヒル卿……?
 これは失礼しました」

 ケイヒル卿が来てくれた途端、話しかけてきた騎士はささっとどこかに行ってしまった。

「こんな時はベインズ公爵家の使用人であることを伝えた方がいい。
 ベインズ公爵令嬢の専属メイドである君に手を出す者はいないだろう」

 ケイヒル卿は周りに聞こえるくらいの大きな声で話をする。
 マリアはテレサからベインズ公爵家について色々と教えてもらっていた。敵対する貴族、友好関係にある貴族のことなど、お嬢様をお守りするために必要なこと全て。
 王族に次ぐほどの力を持つベインズ公爵家の令嬢のメイドには、迂闊に手出しは出来ないとケイヒル卿は言いたいのだろう。
 彼とは何となく気まずいと思っていたから、待機室で一緒にいるのは嫌だったはずなのに、助けにきてくれたことは嬉しいと感じてしまった。
 ホッとしたマリアは無意識に笑みが溢れる。
 
「はい。ありがとうございます」

「私こそ……、まだこういう場に慣れていない君を一人にして悪かった」

 本人は無自覚だったが、運良く王都デビューしていたマリアのその笑顔は、目の前にいるケイヒル卿だけでなくその場にいた他の護衛騎士や従者にもインパクトを与えていた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽りの愛に終止符を

甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

本日より他人として生きさせていただきます

ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

今更何の御用でしょう? ウザいので止めて下さいませんか?

ノアにゃん
恋愛
私は3年前に幼馴染の王子に告白して「馬鹿じゃないの?」と最低な一瞬で振られた侯爵令嬢 その3年前に私を振った王子がいきなりベタベタし始めた はっきり言ってウザい、しつこい、キモい、、、 王子には言いませんよ?不敬罪になりますもの。 そして私は知りませんでした。これが1,000年前の再来だという事を…………。 ※ 8/ 9 HOTランキング 2位 ありがとう御座います‼ ※ 8/ 9 HOTランキング  1位 ありがとう御座います‼ ※過去最高 154,000ポイント  ありがとう御座います‼

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

助けた青年は私から全てを奪った隣国の王族でした

Karamimi
恋愛
15歳のフローラは、ドミスティナ王国で平和に暮らしていた。そんなフローラは元公爵令嬢。 約9年半前、フェザー公爵に嵌められ国家反逆罪で家族ともども捕まったフローラ。 必死に無実を訴えるフローラの父親だったが、国王はフローラの父親の言葉を一切聞き入れず、両親と兄を処刑。フローラと2歳年上の姉は、国外追放になった。身一つで放り出された幼い姉妹。特に体の弱かった姉は、寒さと飢えに耐えられず命を落とす。 そんな中1人生き残ったフローラは、運よく近くに住む女性の助けを受け、何とか平民として生活していた。 そんなある日、大けがを負った青年を森の中で見つけたフローラ。家に連れて帰りすぐに医者に診せたおかげで、青年は一命を取り留めたのだが… 「どうして俺を助けた!俺はあの場で死にたかったのに!」 そうフローラを怒鳴りつける青年。そんな青年にフローラは 「あなた様がどんな辛い目に合ったのかは分かりません。でも、せっかく助かったこの命、無駄にしてはいけません!」 そう伝え、大けがをしている青年を献身的に看護するのだった。一緒に生活する中で、いつしか2人の間に、恋心が芽生え始めるのだが… 甘く切ない異世界ラブストーリーです。

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

処理中です...