こっぴどく振られたこともあったけど、今はけっこう幸せです

せいめ

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28 ダイアー子爵家

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 翌週、マリアは公爵家の親戚であるダイアー子爵家に来ていた。

「貴女がマリアね。話は公爵夫人とメイド長から聞いているわ。
 私は公爵閣下の乳母をしていたカミラ・ダイアーよ。カミラって呼んでちょうだい」

 マリアの目の前には、六十代くらいのお上品な奥様がいる。穏やかそうに微笑んでいるが、お手本のような美しい姿勢ときっちりと整えられた髪型や服装から、貫禄のようなものを感じてしまった。

「マリアと申します。平民出身ですので、家名はありません。
 どうぞよろしくお願い致します」

 マリアから相談を受けたメイド長の動きは早かった。
 メイド長は、お嬢様のメイドとして必要なことをきちんと学びたいというマリアの気持ちに理解を示すと、かつての自分の上司であり公爵閣下の乳母としての経験もある、先代のダイアー子爵夫人であるカミラにマリアの教育をお願いしてくれたのだ。
 カミラは公爵家の仕事はすでに退職していたが、まだまだ元気で暇を持て余していたということもあり、マリアの教育係を快く引き受けてくれたらしい。

「マリアには、休日と仕事が終わった後の時間を中心に専属メイドとして必要なことを学んでもらいます。
 しばらくはこの邸に住み込んでもらうことになるけど大丈夫かしら?」

「大丈夫です。よろしくお願い致します」

 メイド長から事前に住み込みの話は聞いていたので、マリアなりに心の準備はしてきた。
 寝る前、アンに話を聞いてもらっていたあの大好きな時間がしばらくは取れなくなってしまうが、今は耐えて頑張るしかないと思っている。

 挨拶を終えた後、早速、カミラと一緒にお茶をすることになった。
 子爵家での生活では、カミラがマリアと一緒に過ごしながらマナーを見てくれるらしい。
 平民であるマリアが作法を学ぶためとはいえ、貴族のカミラと食事やお茶を一緒にすることがあり得ないことだが、時間がないから特例だと言われた。

「マリア。私はね、貴女に教えられることは何でも教えてあげたいと思っているの。それが公爵家やクレアお嬢様のためだと思っているからよ。マリアもお嬢様のためにとここまで来たのでしょ?
 だから、その場しのぎの付け焼き刃になるような中途半端な指導はしたくないと思っているわ」

 マリアを真っ直ぐに見つめて話をするカミラの目からは、強い意志のようなものを感じる。
 その様子から、ダイアー子爵家やカミラがベインズ公爵家の忠臣だということがひしひしと伝わってきた。

「お嬢様の専属メイドになるということは、お嬢様と外に出る機会が沢山あるし、公爵家にいらしたお嬢様のお客様をもてなすこともある。
 自分はただの一介の使用人だと思わないことね。お嬢様と一緒にいる貴女は、公爵家の使用人の顔になるのだから。
 厳しい指導になると思うけど、しっかりやってちょうだい」

「カミラ様。ご指導、よろしくお願い致します」

 子爵家で寝泊まりはするが、日中は公爵家の仕事に行かなくてはならない。そんなマリアを、カミラは公爵家で文官をしている孫のギルバートが出勤する馬車に乗せて貰えるように頼んでくれた。マリアは歩いて出勤するつもりでいたが、歩く時間があるなら勉強するようにと言われてしまったのだ。
 ギルバートはピシッとしたカミラとは違っていて、柔らかな雰囲気を持つ令息だった。

「マリア。うちではお祖母様が一番強いからね。
 お祖母様の命令は絶対なんだ。だから、私と一緒に馬車で行こう」

「はい。よろしくお願い致します」

 ギルバートは、クレアお嬢様や祖母のカミラが気にかけているマリアをぞんざいに扱うことはせず、いつも親切にしてくれた。だが、本心はどうなのかは分からない。程々の距離で迷惑だけは掛けないように気を付けようと思った。

 カミラと一緒の食事やお茶では、作法を細かく指導され、一人で過ごす時間がある時は読み書きの練習をして過ごしていたので、毎日がとても忙しく、余計なことを考える暇すらなかった。
 カミラはマリアを見下すようなことはせず、丁寧に指導してくれた。熱心でとても厳しいが、公爵家で働きながら先輩のエリザ達に仕事を教えてもらう時よりも全然いい。
 カミラは、分からないことはどんなに下らないことであっても何でも答えてくれる。〝そんなことも知らないの?〟なんて言ってくることは絶対になかったから、質問がしやすかった。

「マリア。時々、自信のなさそうな表情をしている時があるけど、それはおやめなさい。
 貴女はお嬢様が選んで下さったから、専属メイドとして側にいることを許されたのよ。自信を持ちなさい。
 貴女の弱みはお嬢様の弱みにもなるわ。貴族は相手の弱みや粗を探すのが大好きだから気を付けなさいね」

「はい、カミラ様」

 カミラは熱心に学ぶマリアをよく可愛がるようになり、マリアもそんなカミラを信頼するようになっていた。


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