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25 閑話 ケイヒル卿
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マリアとアンが自分達から離れて行ってしまった後、ケイヒル卿は無言で酒を飲んでいる。
周りのみんなは美味しいお酒と会話を楽しんでいるのに、ケイヒル卿だけは凍りつくような雰囲気を醸し出し、近くにいる者達は居心地の悪さや息苦しさを感じていた。
ケイヒル卿のいる場所から少し離れた席には、マリアが座って食事をしている姿がチラッと見える。
さっきは引き攣った表情をしていたのに、今のマリアは同席している男達と楽しそうに会話をしながら笑顔で食事をしていた。
私にもあんな風に接して欲しかった。
他の男に笑いかけたりしないでくれ……
……はっ! 私は一体何を考えているんだ?
ケイヒル卿は、普段はあまりこういう場には出てこない。こんな場に来ると、肉食の面倒な女達が寄ってくるからだ。
大抵、こんな場で近づいてくる女達は、一晩だけでいいから一緒に過ごしたいとか、二人でこの場を抜けて別の店に行かないかとか言って誘ってくる。
勿論、そんな女達を相手にはしないが、断っても断っても彼女たちはめげずに誘ってくるので、面倒でしかなかった。
そんな面倒な飲み会だが、今日だけは特別だった。もしかしたらマリアに会えるかもしれないからだ。ケイヒル卿は淡い期待を胸に飲み会に参加することにした。
飲み会の会場である店に入ると、すぐにマリアの姿が目に入ってくる。それと同時に気付いたのは、マリアを見つめる男が沢山いるということだった。
面白くないと思った。それと同時に焦りのような気持ちも出てきて、すぐにマリアに声を掛けに向かった。
久しぶりに話が出来て嬉しかったし、マリアが控えめに微笑んでいるのを見て心が温かくなった。
いつも自分に纏わりついてくる令嬢の下心の隠しきれていないギラギラした笑顔とは違って、マリアの純粋な笑顔を見ていると癒される気がする。ずっと見つめていたいと無意識に感じていた。
それなのに……、せっかく会えたマリアは自分の同僚の騎士の失礼な態度に傷付いたようで離れて行ってしまったのだ。
自分とは身分の違う平民の女性なのに、なぜかマリアに惹かれてしまう。
初対面のお嬢様を体を張って守ろうとしたマリアに対し、親切で大胆で、なんて面白い女性なのだろうと思った。
だが、公爵家では真面目で控えめに仕事をしていて、全く違った一面を見せられた。
貴族令嬢に絡まれた時には、静かに涙を流し、じっと耐えていて、そんな姿を見た瞬間に心に衝撃を受けてしまう。
マリアは日に日に美しくなって、公爵家で働いている男達が彼女の噂話をしたり、話しかけていると知った時、なぜかイライラが止まらなくなってしまった。
これが何なのか分からないが、今日は久しぶりに彼女と会えたことをとても嬉しく感じていたのに、ダレルのせいで彼女は離れて行ってしまい、気分は最悪になっている。
「アンドリュー。いつまで怒っているんだ。
周りがお前を気にして美味しく酒が飲めないから、そろそろ機嫌を直してくれないか?」
「ダレル……、お前のせいで最悪だ」
ダレルは裕福な商家の二男だ。子爵家の三男であるケイヒル卿とは騎士団の同期で、お互い身分を気にすることなく仲良く過ごしてきた。
この男の裏表のない性格が付き合いやすいと思っていた。纏わりついてくる女達を上手く追い払ってくれるので頼りになる友人だと思っていたのだが、今回はその性格が災いしたらしい。
「……あの子は平民だろう? しかも、田舎出身で裕福でもないみたいだし。
そんな力のない子がお前と仲良くしていたら確実に潰されるぞ。
子爵家の三男で継ぐ爵位がなくても、お前を婿に欲しがっている貴族令嬢は沢山いるんだろう?
彼女が珍しいタイプで惹かれる気持ちは分からなくもないが、もっと現実を考えることだな」
ダレルは何を言っているのか?
自分とマリアさんは、そんな特別な関係ではない。
ただ、私は彼女に会いたかっただけで……
「ダレルは何か勘違いをしているようだが、私達は特別仲が良いわけではない。
だが、頑張る彼女を馬鹿にするようなことは許さない!」
ケイヒル卿がダレルを見つめる目は、怒りを滲ませたものだった。
それを見たダレルはため息をつきたくなる。ケイヒル卿のその姿は、惹かれていることを通り越して、マリアに恋をしているように見えたからだ。
これは厄介なことになりそうだとダレルは感じていた。
周りのみんなは美味しいお酒と会話を楽しんでいるのに、ケイヒル卿だけは凍りつくような雰囲気を醸し出し、近くにいる者達は居心地の悪さや息苦しさを感じていた。
ケイヒル卿のいる場所から少し離れた席には、マリアが座って食事をしている姿がチラッと見える。
さっきは引き攣った表情をしていたのに、今のマリアは同席している男達と楽しそうに会話をしながら笑顔で食事をしていた。
私にもあんな風に接して欲しかった。
他の男に笑いかけたりしないでくれ……
……はっ! 私は一体何を考えているんだ?
ケイヒル卿は、普段はあまりこういう場には出てこない。こんな場に来ると、肉食の面倒な女達が寄ってくるからだ。
大抵、こんな場で近づいてくる女達は、一晩だけでいいから一緒に過ごしたいとか、二人でこの場を抜けて別の店に行かないかとか言って誘ってくる。
勿論、そんな女達を相手にはしないが、断っても断っても彼女たちはめげずに誘ってくるので、面倒でしかなかった。
そんな面倒な飲み会だが、今日だけは特別だった。もしかしたらマリアに会えるかもしれないからだ。ケイヒル卿は淡い期待を胸に飲み会に参加することにした。
飲み会の会場である店に入ると、すぐにマリアの姿が目に入ってくる。それと同時に気付いたのは、マリアを見つめる男が沢山いるということだった。
面白くないと思った。それと同時に焦りのような気持ちも出てきて、すぐにマリアに声を掛けに向かった。
久しぶりに話が出来て嬉しかったし、マリアが控えめに微笑んでいるのを見て心が温かくなった。
いつも自分に纏わりついてくる令嬢の下心の隠しきれていないギラギラした笑顔とは違って、マリアの純粋な笑顔を見ていると癒される気がする。ずっと見つめていたいと無意識に感じていた。
それなのに……、せっかく会えたマリアは自分の同僚の騎士の失礼な態度に傷付いたようで離れて行ってしまったのだ。
自分とは身分の違う平民の女性なのに、なぜかマリアに惹かれてしまう。
初対面のお嬢様を体を張って守ろうとしたマリアに対し、親切で大胆で、なんて面白い女性なのだろうと思った。
だが、公爵家では真面目で控えめに仕事をしていて、全く違った一面を見せられた。
貴族令嬢に絡まれた時には、静かに涙を流し、じっと耐えていて、そんな姿を見た瞬間に心に衝撃を受けてしまう。
マリアは日に日に美しくなって、公爵家で働いている男達が彼女の噂話をしたり、話しかけていると知った時、なぜかイライラが止まらなくなってしまった。
これが何なのか分からないが、今日は久しぶりに彼女と会えたことをとても嬉しく感じていたのに、ダレルのせいで彼女は離れて行ってしまい、気分は最悪になっている。
「アンドリュー。いつまで怒っているんだ。
周りがお前を気にして美味しく酒が飲めないから、そろそろ機嫌を直してくれないか?」
「ダレル……、お前のせいで最悪だ」
ダレルは裕福な商家の二男だ。子爵家の三男であるケイヒル卿とは騎士団の同期で、お互い身分を気にすることなく仲良く過ごしてきた。
この男の裏表のない性格が付き合いやすいと思っていた。纏わりついてくる女達を上手く追い払ってくれるので頼りになる友人だと思っていたのだが、今回はその性格が災いしたらしい。
「……あの子は平民だろう? しかも、田舎出身で裕福でもないみたいだし。
そんな力のない子がお前と仲良くしていたら確実に潰されるぞ。
子爵家の三男で継ぐ爵位がなくても、お前を婿に欲しがっている貴族令嬢は沢山いるんだろう?
彼女が珍しいタイプで惹かれる気持ちは分からなくもないが、もっと現実を考えることだな」
ダレルは何を言っているのか?
自分とマリアさんは、そんな特別な関係ではない。
ただ、私は彼女に会いたかっただけで……
「ダレルは何か勘違いをしているようだが、私達は特別仲が良いわけではない。
だが、頑張る彼女を馬鹿にするようなことは許さない!」
ケイヒル卿がダレルを見つめる目は、怒りを滲ませたものだった。
それを見たダレルはため息をつきたくなる。ケイヒル卿のその姿は、惹かれていることを通り越して、マリアに恋をしているように見えたからだ。
これは厄介なことになりそうだとダレルは感じていた。
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