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19 優しいお嬢様
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「マリア、泣いていたのかい?
助けてあげられなくて悪かったね。
でも、もう大丈夫だよ。メイド長がお呼びだから、私と一緒に行こう」
部屋に来てくれたのは、掃除の責任者であるリラだった。40代くらいの平民で、洗濯場で働くハンナ達とも仲がいい人らしい。そのこともあり、リラはマリアを色々と気にかけてくれていたのだ。
「リラさん、私はクビだって言われました……
せっかく仕事を教えてくれたのに、お役に立てなくてすみません」
「マリアは悪くないよ。あの二人のことはもう大丈夫だ。
それよりも、メイド長を待たせるわけにはいかないから早く行くよ」
「……はい」
リラは大丈夫って言っているが、あの二人はマリアに激怒していたから、引き下がるようには見えなかった。
メイド長の前でも、また理不尽に有る事無い事を言われるかもしれないと思うと、また不安になってしまう。
しかし呼ばれた場所に向かうと、そこはメイド長の部屋ではなく、豪華な執務室のような場所だった。
更にその部屋には、メイド長だけでなくマリアをここに連れてきてくれたクレアお嬢様と、マリアに仕事のクビを言い渡したシャーロットとレイチェルもいる。
シャーロットとレイチェルは、マリアに絡んで来た時のような自信に満ちた雰囲気がなくなっており、若干、顔色が悪くなっているように見えた。
その時、クレアお嬢様が口を開く。
「マリア! こうやって顔を合わせるのは、貴女に出会った日以来ね。しばらく見ないうちにとても綺麗になったわねー。
ふふっ……。騎士や従者達が可愛いって噂するだけのことがあるわ」
私が可愛い……? お嬢様まで、私を揶揄っているのね。それとも、誰か別の人と勘違いしている?
公爵家で働いている人は、平民であってもみんな綺麗にしていて品がある人が多いから、そんな人達と比べたら私なんて虫ケラと変わらないよ……
マリアは相変わらず自分に自信がなかった。
だが、そんなマリアに関係なくお嬢様の話は続く。
「あらっ……、マリアの目が腫れているわ!
誰かに酷いことでもされて泣いた後のようね。一体、何があったのかしらねぇ?
私がマリアを気に入ったから、ここで働いて欲しいと無理に頼んで来てもらったのに、そのマリアを勝手に追い出そうとしたのは誰なのかしら?」
「……」
「…………っ!」
クレアお嬢様は笑顔で話しているように見えたが、よく見ると鋭い眼差しでシャーロットとレイチェルを見つめており、二人は言葉を発することすら出来ないようだ。
マリアはその様子を見て悟った。クレアお嬢様はマジで怒っているのだと。
お嬢様の美しい笑顔からは殺気のようなものを感じるし、そんなお嬢様を見てあの態度の大きかったシャーロットとレイチェルが萎縮している。
「マリア、貴女は私の命の恩人なのよ。
貴女は私がどんな身分で誰なのかも知らないで、偶然会っただけの私を助けてくれたの。自らの身の危険も顧みずにね。
それが私にとってどれほど嬉しかったか分かる?
そんなマリアを、可愛くて気に食わないという私情だけで、自分の貴族という身分を笠に着て勝手に追い出そうとするなんてね……」
マリアはあの日、破落戸からお嬢様を助けるために、奇声を上げてベンチを振り回したことを、自分の醜態として忘れたいと思っていた。
それなのにお嬢様は、そんなマリアを〝命の恩人〟とまで言ってくれて、未だに感謝してくれている。
そのことはマリアにとって嬉しさしかなかった。
お嬢様はなんて素晴らしい方なのだろう!
私みたいな訳ありの芋娘を公爵家で働かせてくれただけでなく、こうやって温かい言葉をかけてくれて、私を認めてくれて……
許されるのなら、私はお嬢様のためにここでずっと働き続けたい……と、マリアは強く感じていた。
「……お嬢様っ!」
「マリア、泣かないでちょうだい。
貴女が仕事を真面目に頑張っていることは、メイド長やリラから報告を受けて知っていたのよ。
私は、マリアにはこれからもずっとここで働いて欲しいと思っているわ。
たとえ、身分以外に何の取り柄もない貴族令嬢に嫌がらせをされたとしても、そんな馬鹿な女に負けないで欲しいの。
マリアのことは私だけではなく、公爵夫人であるお母様も気に入っているの。貴女を追い出せる者がいたとするならば、この邸では公爵である私のお父様くらいよ。身の程知らずの馬鹿な女達の言ったことは無視して構わないわ。
だから……、明日からまた仕事をお願いしてもいいかしら?」
お嬢様のマリアを見つめる目は優しかった。
そして、その目を見たマリアは迷わなかった。
「はい! これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します」
「ふふ……。よろしくね。
マリアとリラは戻っていいわよ」
「「失礼します」」
◇◇
シャーロットとレイチェルは、マリアが男の使用人に色目を使って仕事をサボっているから、仕事をクビにした方がいいと嘘の報告をしたことで、メイド長から説教を受けていた。
メイド長は、マリアが真面目に働いている姿や男性の使用人に話しかけられても相手にせずに、真剣に仕事をしている姿をしっかりと見ていたのである。
更にその場に、マリアが二人から嫌がらせを受けて泣いているとケイヒル卿から報告を受けてやって来たお嬢様も合流したことによって、今回のお嬢様による断罪劇が行われることになったのだ。
シャーロットとレイチェルは元々評判が悪かったので、そのまま暇を出されることになり、マリアはその後、二人と顔を合わせることはなかった。
助けてあげられなくて悪かったね。
でも、もう大丈夫だよ。メイド長がお呼びだから、私と一緒に行こう」
部屋に来てくれたのは、掃除の責任者であるリラだった。40代くらいの平民で、洗濯場で働くハンナ達とも仲がいい人らしい。そのこともあり、リラはマリアを色々と気にかけてくれていたのだ。
「リラさん、私はクビだって言われました……
せっかく仕事を教えてくれたのに、お役に立てなくてすみません」
「マリアは悪くないよ。あの二人のことはもう大丈夫だ。
それよりも、メイド長を待たせるわけにはいかないから早く行くよ」
「……はい」
リラは大丈夫って言っているが、あの二人はマリアに激怒していたから、引き下がるようには見えなかった。
メイド長の前でも、また理不尽に有る事無い事を言われるかもしれないと思うと、また不安になってしまう。
しかし呼ばれた場所に向かうと、そこはメイド長の部屋ではなく、豪華な執務室のような場所だった。
更にその部屋には、メイド長だけでなくマリアをここに連れてきてくれたクレアお嬢様と、マリアに仕事のクビを言い渡したシャーロットとレイチェルもいる。
シャーロットとレイチェルは、マリアに絡んで来た時のような自信に満ちた雰囲気がなくなっており、若干、顔色が悪くなっているように見えた。
その時、クレアお嬢様が口を開く。
「マリア! こうやって顔を合わせるのは、貴女に出会った日以来ね。しばらく見ないうちにとても綺麗になったわねー。
ふふっ……。騎士や従者達が可愛いって噂するだけのことがあるわ」
私が可愛い……? お嬢様まで、私を揶揄っているのね。それとも、誰か別の人と勘違いしている?
公爵家で働いている人は、平民であってもみんな綺麗にしていて品がある人が多いから、そんな人達と比べたら私なんて虫ケラと変わらないよ……
マリアは相変わらず自分に自信がなかった。
だが、そんなマリアに関係なくお嬢様の話は続く。
「あらっ……、マリアの目が腫れているわ!
誰かに酷いことでもされて泣いた後のようね。一体、何があったのかしらねぇ?
私がマリアを気に入ったから、ここで働いて欲しいと無理に頼んで来てもらったのに、そのマリアを勝手に追い出そうとしたのは誰なのかしら?」
「……」
「…………っ!」
クレアお嬢様は笑顔で話しているように見えたが、よく見ると鋭い眼差しでシャーロットとレイチェルを見つめており、二人は言葉を発することすら出来ないようだ。
マリアはその様子を見て悟った。クレアお嬢様はマジで怒っているのだと。
お嬢様の美しい笑顔からは殺気のようなものを感じるし、そんなお嬢様を見てあの態度の大きかったシャーロットとレイチェルが萎縮している。
「マリア、貴女は私の命の恩人なのよ。
貴女は私がどんな身分で誰なのかも知らないで、偶然会っただけの私を助けてくれたの。自らの身の危険も顧みずにね。
それが私にとってどれほど嬉しかったか分かる?
そんなマリアを、可愛くて気に食わないという私情だけで、自分の貴族という身分を笠に着て勝手に追い出そうとするなんてね……」
マリアはあの日、破落戸からお嬢様を助けるために、奇声を上げてベンチを振り回したことを、自分の醜態として忘れたいと思っていた。
それなのにお嬢様は、そんなマリアを〝命の恩人〟とまで言ってくれて、未だに感謝してくれている。
そのことはマリアにとって嬉しさしかなかった。
お嬢様はなんて素晴らしい方なのだろう!
私みたいな訳ありの芋娘を公爵家で働かせてくれただけでなく、こうやって温かい言葉をかけてくれて、私を認めてくれて……
許されるのなら、私はお嬢様のためにここでずっと働き続けたい……と、マリアは強く感じていた。
「……お嬢様っ!」
「マリア、泣かないでちょうだい。
貴女が仕事を真面目に頑張っていることは、メイド長やリラから報告を受けて知っていたのよ。
私は、マリアにはこれからもずっとここで働いて欲しいと思っているわ。
たとえ、身分以外に何の取り柄もない貴族令嬢に嫌がらせをされたとしても、そんな馬鹿な女に負けないで欲しいの。
マリアのことは私だけではなく、公爵夫人であるお母様も気に入っているの。貴女を追い出せる者がいたとするならば、この邸では公爵である私のお父様くらいよ。身の程知らずの馬鹿な女達の言ったことは無視して構わないわ。
だから……、明日からまた仕事をお願いしてもいいかしら?」
お嬢様のマリアを見つめる目は優しかった。
そして、その目を見たマリアは迷わなかった。
「はい! これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します」
「ふふ……。よろしくね。
マリアとリラは戻っていいわよ」
「「失礼します」」
◇◇
シャーロットとレイチェルは、マリアが男の使用人に色目を使って仕事をサボっているから、仕事をクビにした方がいいと嘘の報告をしたことで、メイド長から説教を受けていた。
メイド長は、マリアが真面目に働いている姿や男性の使用人に話しかけられても相手にせずに、真剣に仕事をしている姿をしっかりと見ていたのである。
更にその場に、マリアが二人から嫌がらせを受けて泣いているとケイヒル卿から報告を受けてやって来たお嬢様も合流したことによって、今回のお嬢様による断罪劇が行われることになったのだ。
シャーロットとレイチェルは元々評判が悪かったので、そのまま暇を出されることになり、マリアはその後、二人と顔を合わせることはなかった。
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