まだ２０歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか？

新しい生活

閑話 ブライアン・バーネット

　王都の町をスコット様と歩いていると、騎士達数人のグループに声を掛けられる。

　どうやら私は、騎士達の知り合いにそっくりらしい。
　もしかしたら私を知る者達なのかもしれないと思った私は、彼らに正直に話すことにした。

　私は怪我をした後に記憶を失くしていると…。

　騎士達の表情が一瞬で変わるのが分かった。

　騎士達が騎士服に着けているピンズに見覚えがあった。慌ててポケットのハンカチに包んで持っていた、ピンズを取り出して見てみる。


　私の持つピンズと同じだった…。


「やはり…、団長だったのですね。」

「い、生きていてくれた…。」

「うっ…。団長…。」

「い、急いでバーネット伯爵家と、騎士団本部に知らせよう！」


　その後は展開が早かった。


　私に似た顔立ちの弟だという人物が来てくれ、私を保護してくれた騎士達と何か話をした後に、実家だという伯爵家に連れて行かれた。

　弟は私がお世話になったからと、スコット様も邸に招待したいと言って、スコット様もしばらくは邸に滞在することになった。

　数日後には、私の両親だという夫婦が来て、私の体にある黒子や傷跡を見て、息子で間違いないと言って泣いていた。

　記憶を失っている私に、両親や弟、伯爵家の使用人達は親切に接してくれた。
　私は亡くなったと思われていたようだが、私の部屋は、何も手を付けずそのままの状態にしておいてくれたらしい。
　
　弟は、無理に過去を思い出さなくてもいいから、これからまた新しい人生を始めればいいと言ってくれた。兄上らしく生きて欲しいと…。
　私は弟のその言葉に助けられた。弟が記憶喪失の私を、ありのままに受け入れようとしてくれているのが分かったからだ。

　反対に両親は、私の失った記憶を何とか戻したいと考えているようだった。
　子供の頃の話や私の友人達の話、騎士団での活躍など、私の過去の話を沢山してくれる。
　更に家族や親族の肖像画などを見せて、一人ひとりどんな関係の人物だったのかを説明してくれたのだ。

　これからここで生活していくのに、人間関係は把握する必要はあるだろうから、私は両親の話に耳を傾けた。
　
　そんな私に両親は、私の元妻の話をするのであった。

　結婚生活はたった1年ほどであったが、仲の良いと評判の夫婦であったらしい。
　美しく聡明な妻を、私は誰が見ても分かるくらいに大切にしていたという。
　しかし、私達には子がいなかったため、元妻は喪が明けた後に実家に戻ったらしい。

　私の葬儀の後、見てられないくらいに落ち込んでいたと聞いて心が痛んだ。

　私は記憶を失くしていたから何も考えていなかったが、私の知らない所で、元妻には辛い思いをさせていたようだ。


「イアンとアメリアの夫婦の肖像画もあるのよ。」

　家族の肖像画の飾ってある部屋で、母がその肖像画の所に案内してくれる。
　そこに飾ってある肖像画を見た私は、言葉を失ってしまった。


「………！」


　私の元妻は、メアリー嬢にそっくりだったのだ。


「イアンどうかした？貴方の妻は美しいでしょ？社交界の花と言われるほどの御令嬢だったのよ。
　自慢の嫁だったの…。」

　寂しげに元妻の話をする母。母は元妻を可愛がっていたのかもしれない。

　私は元妻にそっくりだからと、無意識にメアリー嬢に惹かれていたのだろうか…？






「ブライアン様。お茶をお持ち致しました。」

　伯爵家のメイド長は、私は紅茶が大好きだったからと、紅茶を沢山淹れてくれる。

「この茶葉はマリレーのダージリンか？」

　前にメアリー嬢が淹れてくれた紅茶によく似た香りがすると思い、メイド長に尋ねてみた。

「覚えていて下さったのですか？
　この茶葉は、ブライアン様の奥様がよく淹れて下さっていた紅茶の茶葉ですわ。
　奥様は紅茶を淹れるのがとてもお上手で、ブライアン様は美味しいと言って、喜んで飲んでいらしたのです。」

　メイド長の声が弾むのが分かった。

　紅茶を淹れるのが上手な元妻と、元妻にそっくりなメアリー嬢。
　メアリー嬢は貴族の未亡人だと聞いた……
　メアリー嬢の淹れた紅茶は素晴らしく美味しかった……


　もしかして……



「父上・母上、前に元妻に会いたくないかと私に聞いてきましたよね？記憶は戻っていませんが、会ってみたいと思いました。
　元妻はどこに行けば会えますか？」

　気づくと私は、両親に元妻に会いたいと訴えていた。

「アメリアに会えば、イアンの記憶が戻るかもしれない。
　愛し合う夫婦だったのだから、きちんと会って話をすることくらいはいいと思うぞ。」

「そうね。アメリアは再婚はしていないし、会いたいとシャノン伯爵家にお願いしてみましょうか？」

　両親は私と元妻が会うことに前向きだった。


　しかし…


「いけません！兄上の元妻であるシャノン嬢はすでに新しい道を進んでいるのです。
　彼女は今や王妃殿下の最側近です。多忙な毎日を過ごしているそうですから、邪魔してはいけませんよ。」

　弟のアドルフは、元妻に会うことを反対するのであった。

　どうして……？