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第2章 変動

第14話ー① ほんとうのじぶん

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『いい子にして待ってるのよ?』

 そう言ってから、その女性は扉を閉める。

 扉の前で一人取り残される幼い少女。

 そして少女はじっとその扉を見つめて、それが開くのを待っていた。

『いい子にしてたら、ママがすぐに帰ってくる。ユウがいい子じゃないと、ママは帰ってこられないんだ。ユウがもっといい子にならなくちゃ……ママに嫌われちゃう……』

 少女はずっとその扉が開くのを待ち続ける……。

 しかし待てども、待てどもその扉は開かない。

『ママ、ママ……いつ帰ってくるの? ユウがまだ悪い子だから帰ってこないの? ママ……』

 そして少女の目から、涙がこぼれる。

『一人は、嫌だよ……』



「!?」

 布団から飛び起きる優香。

 目から零れた水滴が枕を濡らしていた。

「……なんであんな夢。もうあの時の私じゃないんだ。今の私はもう大丈夫……」

 そう自分に言い聞かせるように呟く優香。

 それから優香は身体を起こして、ロッカーから制服を取り出して着替え始める。

 着替えを終えた優香がふと窓の外を見ると、そこには朝焼けがとてもきれいな空が広がっていた。

「朝食にはまだ少し早いかな。ちょっと散歩しよう」

 そして優香は部屋を出たのだった。

 それから優香は誰もいない静かな廊下を歩きながら、今日見た夢のことを考えていた。

「なんでまたお母さんの夢を……」

 優香はその場で足を止めて、朝日が差す窓の方に向かう。そしてそこから見える空を見ながら、今までのことを思い出していた。



 私の母は私が幼いころに、父と離婚をしたらしい。

「ユウちゃん、ごめんね……。ママがちゃんとしなかったから……。ごめんね、ごめんねユウちゃん……」

 母はそう言って泣きながら、私をそっと抱きしめた。

 この時の私は母の涙の意味なんてわからなかったけれど、たぶん母に悲しいことがあったのだろうと思い、ただそっと母の胸に顔をうずめた。

 そしてそれから母は、私を一人で育ててくれた。

 母は私を育てるために朝から晩まで働き詰めだったようで、心と身体はぼろぼろになっていたそうだ。

「ママ、頑張るね。ユウがちゃんと生きていけるように、ちゃんとした親になるから」
「うん! ユウも頑張ってママのことを応援する!」
「ありがとう、ユウちゃん……」

 そう言って微笑む母。

 しかしその微笑みは心からの笑いではなく、無理やりつくられたものだった。当時の私はそんなことにも気が付かず、暢気に過ごしていたのだった。

 そして追い詰められていた母は、ある日を境に壊れてしまった。

 壊れた母はお酒の量が増え、いろんな男の人と夜遊びをするようになり、私を家に置いたまま何日も帰らないこともあった――。

「じゃあユウ。良い子で待てるわね?」

 派手な服に身を包んだ母が、私の顔を見ながらそう告げる。

「おーい、まだか??」

 そして知らない男の人が、今日も家に来ていた。

「ちょっと待ってよー! 今行くわ! じゃあね、行ってきます」

 そう言って、母はその知らない男と共に家を出た。

 私は家に一人取り残され、ぽつんとその場に佇んでいた。

 この時の私は、自分が悪い子のせいで母が私を嫌っており、家にいたくないのだと思っていた。

 それから母にこれ以上嫌われたくない私は、必死に良い子を演じるようになった――。

「じゃあ、優香。ママは出かけるわね。いい子にしているのよ」

 今日も母は知らない男と出かけるらしい。香水のきつい香りと厚化粧を見た私はそう察した。

「うん。いってらっしゃい! 気をつけて行ってきてね!」

 私は母を笑顔で送り出すと、母は嬉しそうに家を出て行った。

 私は母が出て行ったあと、またいつものようにぽつんとその場に佇んだ。

「これでよかったんだ」

 良い子でいなくちゃ、私は嫌われる。これ以上、ママに嫌われたくない……ママが好きって言ってくれる子にならなくちゃ。

 母に嫌われたくない私は、この頃から必死に自分の気持ちを殺して生きるようになった。

 どんな言葉に母が喜ぶのか、どんな行動が母にとってベストなのか――私は常にそんなことを考えるようになっていた。


 ――そして私は母にとって、とても『都合の』良い子に育つ。


 都合の良い子に育った私を見た母は、私のことを『自分の誇り』だと言ってくれた。

 どんな形であろうと私は母に初めて褒めてもらえたことがとても嬉しくて、もっともっと良い子であるために身を削りながら頑張った。

 テストはいつも満点を取り、かけっこはクラスで一番早く、誰にでも好かれるように努めた。

 どれもこれも母から言ってもらえる『自分の誇り』という言葉のためだった。

 そして私はこの生活を続けるうちに、黙っていてもクラスメイトがいつも集まるくらいの人気者になっていた。

 そんな私の活躍を耳にするたびに、

「私の子でいてくれてありがとう」

 母は私にそういってくれた。

「よかった。これでよかったんだ……」

 このままの私でいれば、もう私は一人じゃなくなる。

 みんなに……ママに愛してもらえる。

 そしてそれからの私は自分の本当の気持ちを出すことが怖くなった。

 きっと本当の私は嫌われる……みんなに嫌われて独りぼっちになるくらいなら、このまま本当の気持ちは隠していたほうがいいんだ。

 そしてそれでいいと思っていた私は、まさか自分が『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の能力が覚醒するとは思いもしなかった。



 中学1年生の冬。学校で行われた定期検診で、私は能力が覚醒したことを伝えられる。

「あの、私のクラスって……」

 私は検査員の人に恐る恐る尋ねる。

「心配しなくても大丈夫ですよ。糸原さんはC級です」
「そうですか……。よかった」

 私は検査員さんの話を聞いて、安堵した。

 C級クラスは日常生活に支障をきたさないレベルの能力。

 もしもS級クラスだったら、今まで積み上げたものがすべて無駄になってしまうところだった。

「これで私はまたお母さんのために頑張れる……」

 そして私は、いつも通りの日常に戻っていった。
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