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第3章 完結編
第2話ー⑪ 湖畔の罠
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優香が民宿の入り口に向かおうと廊下を歩いていると、奥にある水場から明かりが漏れているのを見つけた。
「消し忘れ、かな?」
それから優香がその水場を覗くと、宿主が食材の仕込みをしていた。
「おはようございます。早いですね」
優香はついそう言って宿主に声を掛けていた。
「あらあら、おはようございます。老人になると、長い時間眠っていられないのよね。でもそう言うお嬢さんもお早いんですねえ」
お嬢さんって年齢でもないんだけどな――そんなことを思いながら、優香は宿主との会話を続けた。
「私も眠れなくて、こんなに早起きしてしまったのかもしれせんね」
「ふふふ、そうですか。――そういえば、今回は旅行か何かでこちらへいらっしゃったの?」
宿主はニコニコと優香にそう問いかける。
「いいえ、仕事で。一緒に来た彼は同僚なんですよ」
「あらぁ。そうだったの! てっきりデートか何かで来たのかと思っていたから。そうなのね。うふふふ」
「デ、デートなんて! それに私と彼じゃ釣り合いませんから」
そう言って肩を落とす優香。
「そんなことないわよ? とてもお似合いだと、私は思いました。だから婚前旅行か何かなのかなと」
そう言って楽しそうに笑う宿主。
「か、からかわないでくださいよ! 本当にただの仕事仲間なんです。彼と私は何でもなくて、そのうち一緒にはいられなくなるんですから……」
私、何言っているんだろう。お婆さんにこんなことを話したって、仕方ないことなのに――
そう思いながら、優香は悲しげな顔をした。
「……少し待っていて」
そう言って宿主はどこかへ行ってしまった。
「え、あの! 仕込みはいいんですか……?」
そして一人残される優香。
「どこ行ったのかな……すぐ戻って来るといいけど」
そう呟き、近くの椅子に座る。
「私とキリヤ君って、一緒にいると周りからはそんな風に見えているんだ」
――でも、この時間は永遠ではないから。キリヤ君の隣にいられる時間は、そう残されていない。
「なんでこんな能力を……いや。でも私はこの能力があったから、キリヤ君に出会えたんだよね」
優香は複雑に思っていた。
今自分を苦しめている力のおかげで、大切な人と出逢えた。失ったものは確かに大きかったけれど、それでも彼に出会えたことは自分にとって幸せなことなんだと思ったからだった。
「出会えただけでも感謝しなくちゃね。そして出会いがあれば、別れはつきものなんだから、仕方がなかったんだよ。これ以上を望むことは罰が当たる……ううん。もう当たっているんだよね。お母さんを殺した私が幸せでいるなんて、きっとあってはならないことだったんだ……」
優香はそう呟き、俯く。すると――
「すみませんねえ。お待たせしましした」
そう言いながら宿主が戻って来た。
「どこ、行っていたんですか?」
「うふふ。これを取りに行っていたの」
宿主はそう言って、小さな箱を優香にみせた。
「これは……?」
「これはね……ペアのバングル。私が昔、旦那さんのために作ったものでね。これをあなたにあげようかなって」
そう言って微笑む宿主。
「え、旦那さんのために作ったもの、なんですよね?」
「そうですよ。でももうあの人はもうこの世にはいない。私も身に着けることもない。だったら、未来ある若者に着けてもらいたいと思ったの」
未来ある若者――その言葉を聞き、胸が痛くなる優香。
「それは、受け取れません。それに私には、未来なんて……」
そう、私はもうすぐヒトではいられなくなる。だから――
「大丈夫。きっと大丈夫よ。この一つを同僚の彼に渡して。これはね、身に着けた男女がたとえ離れ離れになってもまた必ず再会できる……って気持ちを込めて作ったものだから。きっとあなたの背中を押してくれるものになるわ」
その言葉にはっとする優香。
さっきの私の言葉を聞いて、これを持ってこようと思ってくれたんだ――と宿主を見てそう思った。
「ありがとうございます……私を、励ますために」
「いいのですよ。恋する女の子は、応援したくなるものだから」
恋する女の子、か――
「嬉しいです。ありがとうございます」
そう言って優香は、その箱を受け取り、中からバングルを取り出した。
「でも、本当に再会する力はあるんですか?」
優香はそう言いながら、そのシルバー素材の少しだけ歪んだ形状をした正面に英字が彫られているバングルを見つめた。
――『♡REUNION♡』。再会って意味だったよね。直訳だなぁ。
そう思いながら、ふふっと笑う優香。
「ええ。私がそうだった。旦那さんと一度離れ離れになったんだけど、すごいキセキみたいなことがあって、再会できたの。顔を見て、すぐに気が付かなかったんだけどね。でもお互いのバングルを見たら、思い出したのよ」
「そうなんですね……それはご利益がありそう」
そう言って優香はバングルを左手にはめる。
「ふふふ。きっとあなたたちも、最後は一緒になれるから」
「そうだといいな」
優香は左手のバングルに優しく触れて微笑みながらそう言った
「……あら、もうこんな時間! 仕込みの続きをしなくちゃ」
「あ、私も手伝います」
優香がそう言って立ち上がると、
「いえいえ。お客様はゆっくりなさっていて?」
宿主は微笑みながらそう言った。
「私、バングルのお礼がしたいんです! だから」
「わかりました。では、少しだけお願いしましょうか」
「ありがとうございます!」
そう言って優香は朝の仕込みの手伝いをしたのだった。
「消し忘れ、かな?」
それから優香がその水場を覗くと、宿主が食材の仕込みをしていた。
「おはようございます。早いですね」
優香はついそう言って宿主に声を掛けていた。
「あらあら、おはようございます。老人になると、長い時間眠っていられないのよね。でもそう言うお嬢さんもお早いんですねえ」
お嬢さんって年齢でもないんだけどな――そんなことを思いながら、優香は宿主との会話を続けた。
「私も眠れなくて、こんなに早起きしてしまったのかもしれせんね」
「ふふふ、そうですか。――そういえば、今回は旅行か何かでこちらへいらっしゃったの?」
宿主はニコニコと優香にそう問いかける。
「いいえ、仕事で。一緒に来た彼は同僚なんですよ」
「あらぁ。そうだったの! てっきりデートか何かで来たのかと思っていたから。そうなのね。うふふふ」
「デ、デートなんて! それに私と彼じゃ釣り合いませんから」
そう言って肩を落とす優香。
「そんなことないわよ? とてもお似合いだと、私は思いました。だから婚前旅行か何かなのかなと」
そう言って楽しそうに笑う宿主。
「か、からかわないでくださいよ! 本当にただの仕事仲間なんです。彼と私は何でもなくて、そのうち一緒にはいられなくなるんですから……」
私、何言っているんだろう。お婆さんにこんなことを話したって、仕方ないことなのに――
そう思いながら、優香は悲しげな顔をした。
「……少し待っていて」
そう言って宿主はどこかへ行ってしまった。
「え、あの! 仕込みはいいんですか……?」
そして一人残される優香。
「どこ行ったのかな……すぐ戻って来るといいけど」
そう呟き、近くの椅子に座る。
「私とキリヤ君って、一緒にいると周りからはそんな風に見えているんだ」
――でも、この時間は永遠ではないから。キリヤ君の隣にいられる時間は、そう残されていない。
「なんでこんな能力を……いや。でも私はこの能力があったから、キリヤ君に出会えたんだよね」
優香は複雑に思っていた。
今自分を苦しめている力のおかげで、大切な人と出逢えた。失ったものは確かに大きかったけれど、それでも彼に出会えたことは自分にとって幸せなことなんだと思ったからだった。
「出会えただけでも感謝しなくちゃね。そして出会いがあれば、別れはつきものなんだから、仕方がなかったんだよ。これ以上を望むことは罰が当たる……ううん。もう当たっているんだよね。お母さんを殺した私が幸せでいるなんて、きっとあってはならないことだったんだ……」
優香はそう呟き、俯く。すると――
「すみませんねえ。お待たせしましした」
そう言いながら宿主が戻って来た。
「どこ、行っていたんですか?」
「うふふ。これを取りに行っていたの」
宿主はそう言って、小さな箱を優香にみせた。
「これは……?」
「これはね……ペアのバングル。私が昔、旦那さんのために作ったものでね。これをあなたにあげようかなって」
そう言って微笑む宿主。
「え、旦那さんのために作ったもの、なんですよね?」
「そうですよ。でももうあの人はもうこの世にはいない。私も身に着けることもない。だったら、未来ある若者に着けてもらいたいと思ったの」
未来ある若者――その言葉を聞き、胸が痛くなる優香。
「それは、受け取れません。それに私には、未来なんて……」
そう、私はもうすぐヒトではいられなくなる。だから――
「大丈夫。きっと大丈夫よ。この一つを同僚の彼に渡して。これはね、身に着けた男女がたとえ離れ離れになってもまた必ず再会できる……って気持ちを込めて作ったものだから。きっとあなたの背中を押してくれるものになるわ」
その言葉にはっとする優香。
さっきの私の言葉を聞いて、これを持ってこようと思ってくれたんだ――と宿主を見てそう思った。
「ありがとうございます……私を、励ますために」
「いいのですよ。恋する女の子は、応援したくなるものだから」
恋する女の子、か――
「嬉しいです。ありがとうございます」
そう言って優香は、その箱を受け取り、中からバングルを取り出した。
「でも、本当に再会する力はあるんですか?」
優香はそう言いながら、そのシルバー素材の少しだけ歪んだ形状をした正面に英字が彫られているバングルを見つめた。
――『♡REUNION♡』。再会って意味だったよね。直訳だなぁ。
そう思いながら、ふふっと笑う優香。
「ええ。私がそうだった。旦那さんと一度離れ離れになったんだけど、すごいキセキみたいなことがあって、再会できたの。顔を見て、すぐに気が付かなかったんだけどね。でもお互いのバングルを見たら、思い出したのよ」
「そうなんですね……それはご利益がありそう」
そう言って優香はバングルを左手にはめる。
「ふふふ。きっとあなたたちも、最後は一緒になれるから」
「そうだといいな」
優香は左手のバングルに優しく触れて微笑みながらそう言った
「……あら、もうこんな時間! 仕込みの続きをしなくちゃ」
「あ、私も手伝います」
優香がそう言って立ち上がると、
「いえいえ。お客様はゆっくりなさっていて?」
宿主は微笑みながらそう言った。
「私、バングルのお礼がしたいんです! だから」
「わかりました。では、少しだけお願いしましょうか」
「ありがとうございます!」
そう言って優香は朝の仕込みの手伝いをしたのだった。
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