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結婚相手は俺?!
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セントル王国王太子、ラステアード・シルヴェスターと冒険者のヴォルフは顔馴染みである。
冒険者のヴォルフがなぜ一国の王太子と知り合いなのかと言えば、15年前に起こったスタンピードで魔物に襲われていたところを助けたことがきっかけだ。
スタンピードが収まった後、王子を助けたことへの褒賞を授かることになり、その場で再会したときからの付き合いだ。
ラステアードはヴォルフを慕ってくれていて、出会ってから今に至るまで何かと城に呼んでくれたり、城下に来て交流を深めてくれている。
ヴォルフは礼儀なんてものは必要最低限しか知らない。そのため王子相手に何かあると大変だ、とはじめは交流をためらっていた。王子と冒険者なんて立場が違いすぎる。
けれど、半ば強引にラステアードはヴォルフと交流を持とうとしてきた。そのラステアードにヴォルフは悪い気はせず、遠慮し続けることはできなかったのだ。
またこの国の王族は、ラステアード以外も王子と冒険者が仲良くなることに嫌な顔をすることはない。むしろラステアードはあまり誰かと付き合うようなタイプではなかったようだ。その彼が楽しそうにしているのを見て、王子と仲良くしてくれてありがとう、と礼を言われたぐらいだった。
王から直々にそんな言葉をかけられて、恐縮してしまったのだが。それ以来、懸念はなくなったので、ヴォルフはラステアードと交流を深めていった。
そんなヴォルフは現在、37歳だ。
周りの同年代は皆、結婚して家庭を持っているものばかりだが、彼は独身である。
結婚を考えた相手も昔いたにはいたが、相手に他好きな奴ができたり、やりたいことができたり、で結婚話は消えた。
その結果、今もなお独り身である。
己の状況を思わず振り返ってしまったのは、ラステアードからのある招待を受け取ったからだ。
「ラスも20歳で結婚か……」
この国の王族はたいてい20歳に結婚をする。
結婚相手は数年前から婚約者として発表されている場合と、結婚と同時に発表の場合と半々だ。稀に例外はあるものの、ラステアードはその例外にあてはまることなく、きたる20歳の誕生日に結婚をするという。結婚相手はその時に、大々的に発表されるとのことだ。
普通ならヴォルフは他の国民と同じように、結婚式の前か後に行われるの 民へのお披露目の場でラステアードとその相手を祝うことになっただろう。
しかし、ラステアードは当日、城へ招待をしてくれたのだ。
かわいがっていた弟分の結婚を直接お祝いできるのは単純に嬉しかった。
「祝いに何持ってくかな」
祝いの品についてヴォルフは考える。急なので、貴重な品を手に入れる時間はないのが残念だが、ヴォルフはそこそこに実力の高い冒険者だ。そのため急な出費にも耐えられる蓄えはあるので、多少無理をしてでも良いものを渡したいと考えていた。
「そういや守りの宝石で良いものが入ったってダレンが言ってたか。相手の性別はわからないから、装飾にするのはやめてそのまま渡すのが良いかもな……」
国によっては、異性同士しか結婚できないところもあるが、この国では性別の制限はない。制限がある国ではまだ魔法が未発達で、同性同士だと子供をもうけることができないとかでそうなっている。しかしこの国は魔法に関してはかなり先進的で、問題はないのだ。
「どんな子と結婚するんだろ、ラスは」
これまでラステアードと接してきて、結婚を決めた相手がいるなんて気配は少しもなかった。
ここ数年は特に頻繁にラステアードと会っていたにも関わらず、ヴォルフは気づかなかったのだ。招待状をもらってはじめて、もうそんな年頃になったと思い至ったぐらいである。
さらにいえば、ラステアードは最近でもずっと、ヴォルフに対して好意を示してきていた。
『ヴォルフ、大好き』
『ヴォルフと一緒に暮らせたら楽しいだろうなぁ』
そんなことを言ってくるのだ。加えて、日に日にスキンシップも多くなっている、気がする。
自分へそのようにひっついてくるラステアードに、結婚を考えている相手がいたなんて驚きだった。
恋愛と友情は異なるものといえばそうとヴォルフは思うけれど。
「あんま会わないようにしたほうが良いかもな」
数日前も顔を合わせたラステアードの様子を思い出し、ヴォルフはそう考えた。
ラステアードの結婚相手からしてみれば、伴侶が自分ではない、一回り以上も離れたおっさん……まだヴォルフとしてはお兄さんでいたいが……にひっついて『好き』と言っている姿は見たくないと思う。たとえそれが年上の友人への友愛ゆえの言葉だとしても。
あまり会えなくなるのは寂しいが、仕方がないだろう。
ただ、それはあくまで、結婚後もラステアードが変わらないということが前提の予想でしかない。もしかしたら、結婚したら思いの外あっさりと、ラステアードはヴォルフではなく、結婚相手を構うようになるかもしれない。そうなれば、ヴォルフが気をかけずとも、疎遠になる可能性は十分あるのだ。
それはそれで寂しいところではあるのだが、幸せを邪魔するわけにはいかない。
そこまで考えたところで、ヴォルフはひとまず祝いの品を準備することが最優先だと考え、そちらに意識を傾けたのだった。
***
結婚式当日。
ヴォルフは城へとやってきた。
招待状を顔見知りの門番に見せれば、これまたよく知っているラステアード付きの侍従がやってくる。名前はジル・スペンサーといった。
「ようこそいらっしゃいました。ラステアード様から案内をするよう仰せつかっております」
ジルはラステアードからヴォルフが城を訪れたらとある部屋に案内するように言われているようだ。それに従い、ヴォルフはその場所へと向かった。
何度も何度も城には来ているので、城内の人々のほとんどをヴォルフはよく知っている。それは人々からも同じで、ヴォルフの事を知っているので、一冒険者の彼が城の中を歩いていても怪訝な顔をするものはいなかった。
それにやはり王太子の結婚式当日ということで、城内は準備で慌ただしいようだ。すれ違うものの中には、会えば世間話をするような仲の者もいたが、皆その余裕はなさそうで、慌ただしくどこかへ行ってしまった。
ジルにも「ラスの結婚相手に会ったことはあるか?」と話を振ってみるが、こちらは「ご結婚される相手に関して、ラステアード様から何もお伝えしないように言われているので」とすげなく会話を拒まれてしまう。
そのため、ヴォルフにしては珍しく、ほぼ無言で、目的の部屋へとたどり着いた。
部屋に着くなり、ジルはヴォルフに部屋の中央に置いている服を示しながら話してくる。
「ラステアード様から、ヴォルフ様にこちらの衣装をお召しいただくよう仰せつかっております」
それは、煌びやかな白い正装服だった。
これを結婚式の場で着ても良いのは、今日の主役であるラステアード、もしくは結婚相手が男だった場合その子、の二人だけではないか。ヴォルフはそう思ってジルに尋ねる。
「俺が着ていいのか?」
「はい。ラステアード様は後ほどこちらに来られるので、着用してお待ちください」
「……わかった」
ヴォルフに説明をするジルの表情はラステアードから余程言われているようで、着ると言わない限りはどこにも行かせないというような、鬼気迫るものだった。
ラステアードがどうしてヴォルフにこの服を着せたいのかの意図はまったく分からない。しかしながら、別に着ても困るものではなかった。
ゆえにヴォルフは着用を了承したのだ。その瞬間、ジルの表情が若干安堵したように和らぐ。
「ありがとうございます。こちらの衣装はお一人でも着用可能な服となっておりますので、私はこれで退出させていただきます」
「案内ありがとうな」
「いえ。失礼いたします」
ジルがささっと部屋を出て行く。
立場的にジルもまた、城内の人々と同じように、いや下手したらそれ以上に忙しいのだろう。
閉じた扉を見てそんな考えをしながら、ヴォルフは用意された正装服へと手を出した。
コン、コン、と扉を叩く音がする。
正装服という、いつも着ている服とは異なるかしこまった服装に窮屈さを覚えながら、部屋にあった椅子に腰掛けていたヴォルフはその音に応えた。
「どーぞ」
すると扉が開き、そこには男がひとり立っている。
目映いばかりの金髪に、碧い瞳をした男の顔はとても端正だ。そしてその体躯は適度に鍛えられ引き締まっており、均整がとれている。
文句の付けようがないその男こそ、この国の王太子、ラステアード・シルヴェスターだ。
彼は部屋に入るなりヴォルフの姿を見て、ぱっと表情を明るくする。
「ヴォルフ!とても似合うね!」
「ありがとさん。……しかしなんだってこんなものを俺に着せたんだ?」
「それは……、すぐに分かるよ」
「?」
回答が返ってこなくて、ヴォルフはぱちぱちと瞳を瞬かせた。そのヴォルフの反応を見てラステアードは楽しそうに笑う。
何だというのか、とヴォルフが頭に?を思い浮かべながら、更に追求しようとした……が、そのとき。
ゴーン、ゴーン
大きな鐘の鳴る音が外から聞こえた。それはよく式典等がはじまるときに鳴らす鐘の音だ。ヴォルフはびっくりして目を見開く。
「式が始まった……?ラス、こんなとこいていいのか?!」
「大丈夫。ヴォルフ、一緒にこっちにきて」
「大丈夫って……本当かよ……」
鐘が鳴り終わったと思えば、軽快な音楽が流れ始める。それはどう考えても何かが始まるような音楽で、結婚式なり、国民へのお披露目なりがはじまるであろうものだ。
しかし、それらの主役の片割れは今、ここにいる。
ラステアードはなぜここにいるのか。いていいのか。そうヴォルフは困惑しっぱなしではあったが、何ひとつ分からない。今の彼はラステアードの言うままに動くしかなかった。
連れられたのは着替えをした部屋の隣の部屋だ。そしてその部屋はどうやら、バルコニーへと通じているらしい。
ますますラステアードがすることがわからなくて、ヴォルフは首を傾げる。その彼の手をぎゅ、っと握り、引いて。ラステアードはバルコニーへとヴォルフを連れ出した。
「ーーーは?」
そのバルコニーから見下ろした景色にヴォルフは驚く。
バルコニーから見えるのは城の中庭。そして中庭はたくさんの人で埋め尽くされていた。
人々はラステアードとヴォルフの方を見上げている。ラステアードはともかく、ヴォルフが彼らの視線の先にいるのはおかしいと思った。
ヴォルフが事態を飲み込めないでいると、結婚式などの式典を取り仕切る役職者らしき者の声が聞こえ始める。拡声魔法を使っているのか、中庭の人々がざわざわとしていても、その声はよく響いた。
『皆様、お待たせいたしました。これより、セントル王国王太子、ラステアード・シルヴェスター様のご結婚相手をお披露目させていただきます!』
どうやら、今回は結婚式の前に集まった民たち結婚相手を知らせるようだ。
『ラステアード様のお隣にいますのが、ご結婚相手である、冒険者のヴォルフ氏です』
「はぁ?!」
唐突に自分の名前が出てきて、驚きと言ったら無い。
ヴォルフは思わずラステアードを見た。彼はにっこりと微笑んでいる。
「いや、何笑ってんだ」
「やっとお披露目ができたのが嬉しくって」
「???」
『ヴォルフ氏は、15年前のスタンピードで活躍され、ラステアード様を含めたくさんの人々を助けてくださった冒険者です。ラステアード様と親交を重ね、この度ご成婚となりました』
ヴォルフの困惑をよそに、話が進んでいく。あまりのわからなさに意識が遠のきそうだったが、なんとか踏ん張って、ヴォルフは再度ラステアードに尋ねた。
「……ラス、これはどういうことだ」
「みんなお祝いしてくれているから、応えてあげよう」
「それよりも説明をしてくれ!」
「ほら、ダレン達もあそこにいる」
「本当だ、ってだから、説明を……」
ラステアードが指差した場所を見れば、ヴォルフと彼の共通の友人たちや冒険者仲間がいる。彼らは、というか彼ら以外も中庭にいる人々は、口々にラステアードとヴォルフの2人に言葉を向けていた。
『おめでとうございます!』
『ラステアード様!ヴォルフ様!お幸せにー!』
それは祝いの言葉だ。今の状況を飲み込めていないヴォルフだったが、人々がせっかくかけてくれる言葉を無下にすることは、彼の性格上できない。
「……後でしっかり説明してもらうからな」
そのためヴォルフはラステアードを追求することをひとまず諦めた。そしてこの場は彼らに応えることに専念することにして、中庭の方に顔を向けたのだ。
***
ひとしきり人々に応えて、その場は終わりとなった。バルコニーからの退出を促されたので、ラステアードとヴォルフは城の中へと引っ込み、先ほど着替えを行った部屋へと戻った。
そこにはいつの間にか軽食が準備されている。それに一瞬心惹かれたが、今はもっと重要なことがあるので、そちらに気を戻した。
「説明してもらうぞ、ラス!」
「式まではまだ時間があるし、とりあえず座ってゆっくり話すよ」
ラステアードはソファに座るようヴォルフを促す。腰を据えて話したほうが良いとも思うので、おとなしくヴォルフは座った。
「……それでこれはどういうことなんだ」
「僕とヴォルフが結婚することを皆にお披露目したんだ。このあとは結婚式だね」
「それは分かる。聞きたいのはそもそもなんで俺とラスが結婚することになってるんだって話だ」
ヴォルフは何も聞かされていないのだ。ただラステアードが結婚式をする、というので祝いに来たのに、まさかそれが自分の結婚式でもあるとは思わないだろう。
確かに、結婚式の主役が着るであろう正装服を身につけるように言われた時点で何かしら勘づくべきところはあった。これが自分でなかったら、ヴォルフも思うところはあったはずだ。
しかしラステアードとヴォルフは一回り以上年齢が離れている。
ラステアードはこの国の王太子で、美しい容姿を持ち、頭脳も明晰で、剣の腕も立ち、それ以上に魔法は国一番と言うぐらいの実力だ。そんなラステアードにとって結婚相手は選びたい放題だろう。わざわざヴォルフを選ぶとは思えなかった。
ーーー実際は選ばれているのだけれど。
「結婚までしたら流石にヴォルフも僕の気持ちをわかってくれるでしょ?」
「ラスの……気持ち……?」
思わず首を傾げてしまう。ヴォルフの反応に、ラステアードは苦笑した。かと思えば、真剣な表情でじっとヴォルフを見つめてくる。
「前からずっと伝えてるけど、僕はヴォルフのこと大好きなんだよ」
ずっと聞いていた言葉だ。しかしそれは友愛のものだとヴォルフは思って……いた。
「それこそ結婚したいぐらい、愛してる」
「っっ!」
けれど、そうではないということが、今のラステアードの言葉で分かってしまう。途端、ヴォルフは体がかっと熱くなるのを感じた。
「あ、ようやく通じた?」
体温上昇に伴い、ヴォルフの顔が赤くなる。その変化から、ヴォルフが己の気持ちを理解したことがラステアードに伝わったのだろう。ラステアードは嬉しそうに笑った。
王族だからと言って政略結婚をする、というのはこの国では今はない。
というより、この国の王族は伴侶を見つけたらその相手にとことん執着し溺愛するのだ。結婚できる年齢の20歳にほぼすべての王族が結婚を決める。それは早く伴侶を自分のそばに置きたいということの現れだった。
その執着をぞんざいに扱い、捻じ曲げて政略結婚させようとしたことははるか昔にあったらしいが、そのどれもが良くない結果に終わっている。政略結婚をさせようとした側が。
そんな王族のひとりであるラステアード。
彼からこれまで伴侶に関わる話は聞いてこなかったが、結婚というからにはその相手を見つけたのだと思っていた。
まさかそれが自分のことだったなんて。驚きでヴォルフはひどく混乱している。
「ヴォルフ、全然気づいてくれないんだもん。たまに結婚のことも話してたけど、冗談扱いされるし」
「それは……悪かったよ。でも俺の意思を無視して結婚ってのはダメだろ」
「……ごめん」
シュンっとしょげながら、ラステアードは謝ってくる。ラステアードは基本素直なのだ。素直すぎて、思いもよらないことをしでかす。
「もうさっき宣言しちまったからなぁ」
「ヴォルフは僕と結婚するのはイヤ?」
「イヤというか、急すぎて何も考えられねぇ」
「イヤじゃないんだね?」
「まぁ……」
ヴォルフの回答に、ラステアードはそれはもう嬉しそうにとろけるような笑みを向けてきた。
その表情に心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えていると。ラステアードはヴォルフの片手をギュッと握り、じっと見つめてくる。
「……順番が逆になっちゃったけど、ヴォルフ……僕と結婚してください」
そう言いながら、ラステアードはヴォルフに迫った。その顔はやはりとても端正だ。
正直顔だけでいうならラステアードはヴォルフの好みである。
それでもこれまでヴォルフにとって、ラステアードは対象外だった。それは王子と冒険者という立場の違いや、年齢差ゆえにラステアードがまだ子供だと思っていた、などあるが。何よりラステアードにとって自分が恋愛対象に入ると考えもしていなかったということが、大きい。
それが今、恋愛対象に入れられていることが判明したのだ。
「っ、近いっ」
ヴォルフは途端に跳ねる心臓をなんとか無視しつつ、思わず頷いてしまいそうになる己を叱咤した。これで受け入れるのはあまりにもちょろすぎる。そう、ヴォルフの中にあるプライドが拒んだ。
しかしラステアードの押しは強い。
また、彼はとても用意周到だったようで、もうこの時点でヴォルフの逃げ道はなくなっていたことを、彼は少し先の未来で知ることとなるのだ。
冒険者のヴォルフがなぜ一国の王太子と知り合いなのかと言えば、15年前に起こったスタンピードで魔物に襲われていたところを助けたことがきっかけだ。
スタンピードが収まった後、王子を助けたことへの褒賞を授かることになり、その場で再会したときからの付き合いだ。
ラステアードはヴォルフを慕ってくれていて、出会ってから今に至るまで何かと城に呼んでくれたり、城下に来て交流を深めてくれている。
ヴォルフは礼儀なんてものは必要最低限しか知らない。そのため王子相手に何かあると大変だ、とはじめは交流をためらっていた。王子と冒険者なんて立場が違いすぎる。
けれど、半ば強引にラステアードはヴォルフと交流を持とうとしてきた。そのラステアードにヴォルフは悪い気はせず、遠慮し続けることはできなかったのだ。
またこの国の王族は、ラステアード以外も王子と冒険者が仲良くなることに嫌な顔をすることはない。むしろラステアードはあまり誰かと付き合うようなタイプではなかったようだ。その彼が楽しそうにしているのを見て、王子と仲良くしてくれてありがとう、と礼を言われたぐらいだった。
王から直々にそんな言葉をかけられて、恐縮してしまったのだが。それ以来、懸念はなくなったので、ヴォルフはラステアードと交流を深めていった。
そんなヴォルフは現在、37歳だ。
周りの同年代は皆、結婚して家庭を持っているものばかりだが、彼は独身である。
結婚を考えた相手も昔いたにはいたが、相手に他好きな奴ができたり、やりたいことができたり、で結婚話は消えた。
その結果、今もなお独り身である。
己の状況を思わず振り返ってしまったのは、ラステアードからのある招待を受け取ったからだ。
「ラスも20歳で結婚か……」
この国の王族はたいてい20歳に結婚をする。
結婚相手は数年前から婚約者として発表されている場合と、結婚と同時に発表の場合と半々だ。稀に例外はあるものの、ラステアードはその例外にあてはまることなく、きたる20歳の誕生日に結婚をするという。結婚相手はその時に、大々的に発表されるとのことだ。
普通ならヴォルフは他の国民と同じように、結婚式の前か後に行われるの 民へのお披露目の場でラステアードとその相手を祝うことになっただろう。
しかし、ラステアードは当日、城へ招待をしてくれたのだ。
かわいがっていた弟分の結婚を直接お祝いできるのは単純に嬉しかった。
「祝いに何持ってくかな」
祝いの品についてヴォルフは考える。急なので、貴重な品を手に入れる時間はないのが残念だが、ヴォルフはそこそこに実力の高い冒険者だ。そのため急な出費にも耐えられる蓄えはあるので、多少無理をしてでも良いものを渡したいと考えていた。
「そういや守りの宝石で良いものが入ったってダレンが言ってたか。相手の性別はわからないから、装飾にするのはやめてそのまま渡すのが良いかもな……」
国によっては、異性同士しか結婚できないところもあるが、この国では性別の制限はない。制限がある国ではまだ魔法が未発達で、同性同士だと子供をもうけることができないとかでそうなっている。しかしこの国は魔法に関してはかなり先進的で、問題はないのだ。
「どんな子と結婚するんだろ、ラスは」
これまでラステアードと接してきて、結婚を決めた相手がいるなんて気配は少しもなかった。
ここ数年は特に頻繁にラステアードと会っていたにも関わらず、ヴォルフは気づかなかったのだ。招待状をもらってはじめて、もうそんな年頃になったと思い至ったぐらいである。
さらにいえば、ラステアードは最近でもずっと、ヴォルフに対して好意を示してきていた。
『ヴォルフ、大好き』
『ヴォルフと一緒に暮らせたら楽しいだろうなぁ』
そんなことを言ってくるのだ。加えて、日に日にスキンシップも多くなっている、気がする。
自分へそのようにひっついてくるラステアードに、結婚を考えている相手がいたなんて驚きだった。
恋愛と友情は異なるものといえばそうとヴォルフは思うけれど。
「あんま会わないようにしたほうが良いかもな」
数日前も顔を合わせたラステアードの様子を思い出し、ヴォルフはそう考えた。
ラステアードの結婚相手からしてみれば、伴侶が自分ではない、一回り以上も離れたおっさん……まだヴォルフとしてはお兄さんでいたいが……にひっついて『好き』と言っている姿は見たくないと思う。たとえそれが年上の友人への友愛ゆえの言葉だとしても。
あまり会えなくなるのは寂しいが、仕方がないだろう。
ただ、それはあくまで、結婚後もラステアードが変わらないということが前提の予想でしかない。もしかしたら、結婚したら思いの外あっさりと、ラステアードはヴォルフではなく、結婚相手を構うようになるかもしれない。そうなれば、ヴォルフが気をかけずとも、疎遠になる可能性は十分あるのだ。
それはそれで寂しいところではあるのだが、幸せを邪魔するわけにはいかない。
そこまで考えたところで、ヴォルフはひとまず祝いの品を準備することが最優先だと考え、そちらに意識を傾けたのだった。
***
結婚式当日。
ヴォルフは城へとやってきた。
招待状を顔見知りの門番に見せれば、これまたよく知っているラステアード付きの侍従がやってくる。名前はジル・スペンサーといった。
「ようこそいらっしゃいました。ラステアード様から案内をするよう仰せつかっております」
ジルはラステアードからヴォルフが城を訪れたらとある部屋に案内するように言われているようだ。それに従い、ヴォルフはその場所へと向かった。
何度も何度も城には来ているので、城内の人々のほとんどをヴォルフはよく知っている。それは人々からも同じで、ヴォルフの事を知っているので、一冒険者の彼が城の中を歩いていても怪訝な顔をするものはいなかった。
それにやはり王太子の結婚式当日ということで、城内は準備で慌ただしいようだ。すれ違うものの中には、会えば世間話をするような仲の者もいたが、皆その余裕はなさそうで、慌ただしくどこかへ行ってしまった。
ジルにも「ラスの結婚相手に会ったことはあるか?」と話を振ってみるが、こちらは「ご結婚される相手に関して、ラステアード様から何もお伝えしないように言われているので」とすげなく会話を拒まれてしまう。
そのため、ヴォルフにしては珍しく、ほぼ無言で、目的の部屋へとたどり着いた。
部屋に着くなり、ジルはヴォルフに部屋の中央に置いている服を示しながら話してくる。
「ラステアード様から、ヴォルフ様にこちらの衣装をお召しいただくよう仰せつかっております」
それは、煌びやかな白い正装服だった。
これを結婚式の場で着ても良いのは、今日の主役であるラステアード、もしくは結婚相手が男だった場合その子、の二人だけではないか。ヴォルフはそう思ってジルに尋ねる。
「俺が着ていいのか?」
「はい。ラステアード様は後ほどこちらに来られるので、着用してお待ちください」
「……わかった」
ヴォルフに説明をするジルの表情はラステアードから余程言われているようで、着ると言わない限りはどこにも行かせないというような、鬼気迫るものだった。
ラステアードがどうしてヴォルフにこの服を着せたいのかの意図はまったく分からない。しかしながら、別に着ても困るものではなかった。
ゆえにヴォルフは着用を了承したのだ。その瞬間、ジルの表情が若干安堵したように和らぐ。
「ありがとうございます。こちらの衣装はお一人でも着用可能な服となっておりますので、私はこれで退出させていただきます」
「案内ありがとうな」
「いえ。失礼いたします」
ジルがささっと部屋を出て行く。
立場的にジルもまた、城内の人々と同じように、いや下手したらそれ以上に忙しいのだろう。
閉じた扉を見てそんな考えをしながら、ヴォルフは用意された正装服へと手を出した。
コン、コン、と扉を叩く音がする。
正装服という、いつも着ている服とは異なるかしこまった服装に窮屈さを覚えながら、部屋にあった椅子に腰掛けていたヴォルフはその音に応えた。
「どーぞ」
すると扉が開き、そこには男がひとり立っている。
目映いばかりの金髪に、碧い瞳をした男の顔はとても端正だ。そしてその体躯は適度に鍛えられ引き締まっており、均整がとれている。
文句の付けようがないその男こそ、この国の王太子、ラステアード・シルヴェスターだ。
彼は部屋に入るなりヴォルフの姿を見て、ぱっと表情を明るくする。
「ヴォルフ!とても似合うね!」
「ありがとさん。……しかしなんだってこんなものを俺に着せたんだ?」
「それは……、すぐに分かるよ」
「?」
回答が返ってこなくて、ヴォルフはぱちぱちと瞳を瞬かせた。そのヴォルフの反応を見てラステアードは楽しそうに笑う。
何だというのか、とヴォルフが頭に?を思い浮かべながら、更に追求しようとした……が、そのとき。
ゴーン、ゴーン
大きな鐘の鳴る音が外から聞こえた。それはよく式典等がはじまるときに鳴らす鐘の音だ。ヴォルフはびっくりして目を見開く。
「式が始まった……?ラス、こんなとこいていいのか?!」
「大丈夫。ヴォルフ、一緒にこっちにきて」
「大丈夫って……本当かよ……」
鐘が鳴り終わったと思えば、軽快な音楽が流れ始める。それはどう考えても何かが始まるような音楽で、結婚式なり、国民へのお披露目なりがはじまるであろうものだ。
しかし、それらの主役の片割れは今、ここにいる。
ラステアードはなぜここにいるのか。いていいのか。そうヴォルフは困惑しっぱなしではあったが、何ひとつ分からない。今の彼はラステアードの言うままに動くしかなかった。
連れられたのは着替えをした部屋の隣の部屋だ。そしてその部屋はどうやら、バルコニーへと通じているらしい。
ますますラステアードがすることがわからなくて、ヴォルフは首を傾げる。その彼の手をぎゅ、っと握り、引いて。ラステアードはバルコニーへとヴォルフを連れ出した。
「ーーーは?」
そのバルコニーから見下ろした景色にヴォルフは驚く。
バルコニーから見えるのは城の中庭。そして中庭はたくさんの人で埋め尽くされていた。
人々はラステアードとヴォルフの方を見上げている。ラステアードはともかく、ヴォルフが彼らの視線の先にいるのはおかしいと思った。
ヴォルフが事態を飲み込めないでいると、結婚式などの式典を取り仕切る役職者らしき者の声が聞こえ始める。拡声魔法を使っているのか、中庭の人々がざわざわとしていても、その声はよく響いた。
『皆様、お待たせいたしました。これより、セントル王国王太子、ラステアード・シルヴェスター様のご結婚相手をお披露目させていただきます!』
どうやら、今回は結婚式の前に集まった民たち結婚相手を知らせるようだ。
『ラステアード様のお隣にいますのが、ご結婚相手である、冒険者のヴォルフ氏です』
「はぁ?!」
唐突に自分の名前が出てきて、驚きと言ったら無い。
ヴォルフは思わずラステアードを見た。彼はにっこりと微笑んでいる。
「いや、何笑ってんだ」
「やっとお披露目ができたのが嬉しくって」
「???」
『ヴォルフ氏は、15年前のスタンピードで活躍され、ラステアード様を含めたくさんの人々を助けてくださった冒険者です。ラステアード様と親交を重ね、この度ご成婚となりました』
ヴォルフの困惑をよそに、話が進んでいく。あまりのわからなさに意識が遠のきそうだったが、なんとか踏ん張って、ヴォルフは再度ラステアードに尋ねた。
「……ラス、これはどういうことだ」
「みんなお祝いしてくれているから、応えてあげよう」
「それよりも説明をしてくれ!」
「ほら、ダレン達もあそこにいる」
「本当だ、ってだから、説明を……」
ラステアードが指差した場所を見れば、ヴォルフと彼の共通の友人たちや冒険者仲間がいる。彼らは、というか彼ら以外も中庭にいる人々は、口々にラステアードとヴォルフの2人に言葉を向けていた。
『おめでとうございます!』
『ラステアード様!ヴォルフ様!お幸せにー!』
それは祝いの言葉だ。今の状況を飲み込めていないヴォルフだったが、人々がせっかくかけてくれる言葉を無下にすることは、彼の性格上できない。
「……後でしっかり説明してもらうからな」
そのためヴォルフはラステアードを追求することをひとまず諦めた。そしてこの場は彼らに応えることに専念することにして、中庭の方に顔を向けたのだ。
***
ひとしきり人々に応えて、その場は終わりとなった。バルコニーからの退出を促されたので、ラステアードとヴォルフは城の中へと引っ込み、先ほど着替えを行った部屋へと戻った。
そこにはいつの間にか軽食が準備されている。それに一瞬心惹かれたが、今はもっと重要なことがあるので、そちらに気を戻した。
「説明してもらうぞ、ラス!」
「式まではまだ時間があるし、とりあえず座ってゆっくり話すよ」
ラステアードはソファに座るようヴォルフを促す。腰を据えて話したほうが良いとも思うので、おとなしくヴォルフは座った。
「……それでこれはどういうことなんだ」
「僕とヴォルフが結婚することを皆にお披露目したんだ。このあとは結婚式だね」
「それは分かる。聞きたいのはそもそもなんで俺とラスが結婚することになってるんだって話だ」
ヴォルフは何も聞かされていないのだ。ただラステアードが結婚式をする、というので祝いに来たのに、まさかそれが自分の結婚式でもあるとは思わないだろう。
確かに、結婚式の主役が着るであろう正装服を身につけるように言われた時点で何かしら勘づくべきところはあった。これが自分でなかったら、ヴォルフも思うところはあったはずだ。
しかしラステアードとヴォルフは一回り以上年齢が離れている。
ラステアードはこの国の王太子で、美しい容姿を持ち、頭脳も明晰で、剣の腕も立ち、それ以上に魔法は国一番と言うぐらいの実力だ。そんなラステアードにとって結婚相手は選びたい放題だろう。わざわざヴォルフを選ぶとは思えなかった。
ーーー実際は選ばれているのだけれど。
「結婚までしたら流石にヴォルフも僕の気持ちをわかってくれるでしょ?」
「ラスの……気持ち……?」
思わず首を傾げてしまう。ヴォルフの反応に、ラステアードは苦笑した。かと思えば、真剣な表情でじっとヴォルフを見つめてくる。
「前からずっと伝えてるけど、僕はヴォルフのこと大好きなんだよ」
ずっと聞いていた言葉だ。しかしそれは友愛のものだとヴォルフは思って……いた。
「それこそ結婚したいぐらい、愛してる」
「っっ!」
けれど、そうではないということが、今のラステアードの言葉で分かってしまう。途端、ヴォルフは体がかっと熱くなるのを感じた。
「あ、ようやく通じた?」
体温上昇に伴い、ヴォルフの顔が赤くなる。その変化から、ヴォルフが己の気持ちを理解したことがラステアードに伝わったのだろう。ラステアードは嬉しそうに笑った。
王族だからと言って政略結婚をする、というのはこの国では今はない。
というより、この国の王族は伴侶を見つけたらその相手にとことん執着し溺愛するのだ。結婚できる年齢の20歳にほぼすべての王族が結婚を決める。それは早く伴侶を自分のそばに置きたいということの現れだった。
その執着をぞんざいに扱い、捻じ曲げて政略結婚させようとしたことははるか昔にあったらしいが、そのどれもが良くない結果に終わっている。政略結婚をさせようとした側が。
そんな王族のひとりであるラステアード。
彼からこれまで伴侶に関わる話は聞いてこなかったが、結婚というからにはその相手を見つけたのだと思っていた。
まさかそれが自分のことだったなんて。驚きでヴォルフはひどく混乱している。
「ヴォルフ、全然気づいてくれないんだもん。たまに結婚のことも話してたけど、冗談扱いされるし」
「それは……悪かったよ。でも俺の意思を無視して結婚ってのはダメだろ」
「……ごめん」
シュンっとしょげながら、ラステアードは謝ってくる。ラステアードは基本素直なのだ。素直すぎて、思いもよらないことをしでかす。
「もうさっき宣言しちまったからなぁ」
「ヴォルフは僕と結婚するのはイヤ?」
「イヤというか、急すぎて何も考えられねぇ」
「イヤじゃないんだね?」
「まぁ……」
ヴォルフの回答に、ラステアードはそれはもう嬉しそうにとろけるような笑みを向けてきた。
その表情に心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えていると。ラステアードはヴォルフの片手をギュッと握り、じっと見つめてくる。
「……順番が逆になっちゃったけど、ヴォルフ……僕と結婚してください」
そう言いながら、ラステアードはヴォルフに迫った。その顔はやはりとても端正だ。
正直顔だけでいうならラステアードはヴォルフの好みである。
それでもこれまでヴォルフにとって、ラステアードは対象外だった。それは王子と冒険者という立場の違いや、年齢差ゆえにラステアードがまだ子供だと思っていた、などあるが。何よりラステアードにとって自分が恋愛対象に入ると考えもしていなかったということが、大きい。
それが今、恋愛対象に入れられていることが判明したのだ。
「っ、近いっ」
ヴォルフは途端に跳ねる心臓をなんとか無視しつつ、思わず頷いてしまいそうになる己を叱咤した。これで受け入れるのはあまりにもちょろすぎる。そう、ヴォルフの中にあるプライドが拒んだ。
しかしラステアードの押しは強い。
また、彼はとても用意周到だったようで、もうこの時点でヴォルフの逃げ道はなくなっていたことを、彼は少し先の未来で知ることとなるのだ。
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