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 約2週間ぶりにスラムに帰ってきた。ゴキブリの襲撃で破壊された町並みが、修復もされずにそのまま残っている。こういうのは早く片付けないと、見てるだけで暗い気持ちになってしまう。まあ、今は金が無いからどうしようもないんだけど。
 教会に戻ってマイと紗季さんの顔を早く見たい。でもそれ以上に、俺はサツキさんに会いに行きたい。サツキさんの顔をひと目見て安心したい。仕事の報告をして、これからの話もしたい。実は融合炉を2つ手に入れていることを、土下座をして謝らなければならないかもしれない。でもきっと、サツキさんなら俺の気持ちも分かってくれるだろう。自分の金が惜しいわけじゃなくて、スラムのためを思ってやったことだ。
 俺はサツキさんが住む建物までやってきた。いつものように外階段を上がって3階に向かう。窓のカーテンは閉まっている。俺は木のドアをこぶしでノックした。……返事がない。もう一度ノックした。やっぱり反応が無い。ちょっと緊張してきた。一度教会に戻ってから出直して来ようか。そう思いながらも俺は、ドアノブに手をかけていた。鍵がかかっていない。俺は思い切ってドアを開いた。
 部屋の中は前に来た時と変わっていないと思う。家具も荷物もそのまま。俺はソファに座る。テーブルの上にお皿が置いてある。これ、俺が持ってきたカレーの皿だ。皿の上に一枚、紙切れが置いてあった。言葉が書いてある。
『ごめんね』
 サツキさんの文字だよな、これ。マジか……。まいったな。俺はソファに倒れて天井を見つめる。呆然として10分位、何も考えないでいた。

 保険をかけていたことが役に立ってしまった。こうなるかもしれない、とある程度は予想をしていた。信用している人に裏切られたけど、そこまでツライ感じはしない。それよりも、寂しさとか虚しさみたいなものを強く感じる。なんだかドッと疲れたな。
 サツキさんの部屋を出て、トボトボと歩いて教会へ向かう。早く教会のみんなの顔を見て、元気を取り戻したい。ワクチンはすでに教会に届いているはずだ。融合炉はまだ一基残っているからお金の心配はない。だから別に落ち込むことはないんだ。先の見通しはたっている。やるべき仕事もたくさん残っている。

 俺は教会に到着した。久しぶりだ。顔見知りの病人やけが人はまだたくさんいて、俺が廊下を歩くとみんながおかえりと言ってくれた。患者さんを看病していたシスターの一人が俺に気がついて、大急ぎで紗季さんを呼びに行ってくれた。忙しいんだから別にそんなに急がなくてもいいのに。人の親切が心に沁みる。
 廊下の奥に紗季さんの姿が現れて、俺の姿を確認すると駆け寄って来てくれた。
「タクヤ君、おかえりなさい! 無事でよかった……」
 紗季さんが俺をぎゅっと抱きしめてくれた。ジーンとする。紗季さんは良い匂いがするなあ。しみじみと癒やされる。というか待てよ、俺はずっと風呂に入ってないからめちゃくちゃクサイはずだ。ヤバい。
「とりあえず私の部屋に行こう」
 紗季さんがそう言って、なぜか俺の手をひいて部屋に連れて行ってくれた。部屋に入って俺は椅子に腰を下ろした。この部屋はほんと落ち着くなー。だけど紗季さんの顔が暗い。何かあったのか?
「ワクチン、届きましたか?」
 俺は訊いた。
「うん、ついさっきコンテナで届いた。ありがとう。シスターたちが大喜びしてたよ。すぐに予防接種の準備をするって」
「よかった。これで一安心ですね」
 俺は明るく言った。しかし紗季さんは難しい顔をしている。
「取りに行った融合炉の件なんですけど、」
「あのね」
 紗季さんが俺の声を遮って言った。
「はい」
「いっしゅうか前に病院に強盗が入ったの」
「ゲ、まじですか!」
 俺は驚いて言った。世も末だな。
「犯人は麻薬の中毒者で、薬を買うお金が欲しかったらしいの。真夜中に病院に忍び込んで、お金になりそうなものを探してた。ここは今、いろんな人がいるからセキュリティなんて無いも同然でしょう? なんとなく気がついた患者さんもいたみたいだけど、まさか泥棒だとは思わなかったらしくて……それで……」
「被害は?」
 紗季さんが深刻な顔をしているので、俺も緊張してきた。
「……被害。お金とか物は取られなかった。タケル君の友達が気がついてくれて、それでタケル君も含めて数人で、犯人を取り押さえようとしたの。病院の中で追いかけっこみたいになって、犯人が……最後に小児病棟に逃げ込んだの」
「……」
「追い詰められた犯人が、子供を人質に取ろうとした。マイさんがとっさに子供を守ろうとして、揉み合いのようになって……。タケル君たちも気がつかなかったんだけど、犯人は銃を隠し持っていたの。それで犯人が発砲した。たぶん、人を撃つつもりはなかったんでしょう。でも、結果的には人に当たってしまった。……マイさんの腹部に弾が当たって、それと同時にタケル君たちが犯人に飛びついて抑え込んだ。マイさんはすぐに手術室に運ばれたんだけど、お医者さんがスラムの回診中だったから、処置がだいぶ遅れてしまったの。それでね、タクヤ君。マイさんは……マイさんは亡くなってしまったの。出血がひどくて血が止まらなかった。私もその場にいて、みんなで出来ることはしたつもり。でも内臓からも出血があって。お医者さんが来たときにはもう、手遅れだった」
「……ちょっとすみません」
 俺は言った。めまいがする。椅子に座ってても頭がグラグラする。紗季さんが俺の体を支えてベッドに寝かしてくれた。
 マイが死んだ? 銃で撃たれて……。
「私、ここにいてもいい? 一人になりたい?」
 枕元で紗季さんが俺に訊いた。
「……ここにいてください。あの、マイは苦しんでましたか?」
「それがね、マイさんはずっと笑顔だったの。たぶん、みんなを安心させたかったんだと思う。絶対に苦しかったはずなのにね。しゃべることはできなかったけど、ずっと微笑んでた」
 紗季さんが涙をこぼしながら言った。俺も涙が溢れて止まらない。マイが死んだって……嘘だろ。最後まで笑顔だったって、その時マイは何を考えていたんだろう。痛かっただろうし、辛かっただろうな……。

 俺はその晩、紗季さんのベッドで眠った。紗季さんが是非そうするようにと言ってくれたのだ。正直、それはすごく助かった。気が動転していて、何もまともに考えられない感じだ。俺が眠るまで、紗季さんはずっとベッドの横にいてくれた。俺は横になったまま、涙が枯れるまで何度も泣いた。
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