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次の日の早朝、俺は教会を出てサツキさんの家へ向かった。ひっそりと出かけようと思っていたけど、教会の入り口でマイが待っていてくれた。なんとなく言葉はもう必要ない感じがして、黙ったままで俺はマイを抱きしめた。腕の中でマイは眼をつむって、鼻の先を俺の胸に押し付けるようにした。今のこの瞬間が、なんだか人生のハイライトのような感じがする。これまた、すごい死亡フラグっぽいよな……。
まだ人気の少ないスラムの道を歩いて、俺はサツキさんの家に到着した。サツキさんは朝ごはんを用意して待っていてくれた。目玉焼きとベーコンと、バターがたっぷりと塗られたトースト。それに紅茶をごちそうになった。……美味い。こんな朝食、スラムでは相当金持ちじゃないと食べられない。サツキさんがマフィアのボスだということを、俺はいまさらだけど実感した。
「これがマイさんの書類。タクヤが帰って来なかった場合、マイさんは生涯、一ヶ月に1万円の支払いを受ける。銀行に口座を開設したから、お金はそこに振り込まれる。本人が望むなら無償で学校にも通わせる。まっとうな仕事の斡旋もする。弁護士に作らせたから、一応公的な書類になるわ。これでいいかしら?」
サツキさんがそう言って書類を俺に見せてくれた。俺は頭を下げて書類を受け取った。
「このスラムで公的な書類なんて、意味が無いかもしれないけどね。でも私を信用して頂戴。こんな仕事をしてるけど、契約を破ったことは一度も無いから」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
俺はもう一度深々と頭を下げて言った。
サツキさんが小さく頷いて、それから机の上に発電所の地図を広げた。
「早速だけどね、地下10階へはエレベーターで直接行けるの。ただしセキュリティが厳重で、生体認証が必要になる。その対策として、エレベーターに乗る前にこのカプセルを飲んでね。これで一時的に、体から外に出る物質をコントロール出来る。息とか、体臭とか。これで生体認証はパスできるはず」
サツキさんが、ケースに入った青いカプセルを机の上に置いた。
「これだけで大丈夫なんですか? 見た目とか、体重とかは?」
俺はちょっと驚いて訊いた。
「発電所のセキュリティは今もAIが管理してるけど、大部分はハッキング済みなの。ただ、地下の深い階層に関しては、部分的にセキュリティが生きてる。つまりカメラとか体重計はハッキング済みだから、生体認証さえクリアすればあとは問題無い……はずなんだけどね」
「はず?」
「うん。調べた限りはこれで大丈夫なはず。ただ、地下10階は未知の領域で、ここ100年以上人が中に入っていない。強烈な放射能の影響下で、なぜかAIが故障もせずに融合炉を今も可動させている。だから、なにかイレギュラーなことがあってもおかしくない。この特殊な状況で、AIが考えることを予想するのはすごく難しいのよ」
サツキさんが困った顔で言った。
「簡単には行かないかもですね……」
俺は言った。
「ただ、AIは基本的に人命を守ろうとするから、直接の脅威にはならないはず。やっぱり怖いのはゴキブリよね。巨大な変異種と出くわすかどうかが鍵でしょうね」
「自分の運にかけてみます」
俺は笑って言った。もう、笑って行くしか無い。
餞別として、サツキさんが俺に3万円をくれた。これで装備を整えて、ということだった。とはいえ新たに必要なものは特に無い。今回も紗季さんに物資をたっぷりともらっている。それで食料の心配はないし、物資はゴキブリ対策の餌としても使える。まあ……できれば出会わないのが一番いいんだけれど。
スラムを出て、八王子方面に向かって俺は歩き始めた。前回と同様、線路沿いの道を行く。一度歩いたことがある道なので、少し安心して進むことが出来る。3時間ほど歩いたところで休憩することにした。柑橘類の木の下に座って、小分けにした物資をリュックから取り出す。それを食べていたら、俺は少しうとうとしてしまった。
ハッと目が覚めたら周囲をゴキブリに囲まれていた。小さいのから1メートル級まで、全部で10匹以上はいる。物資をリュックから出したまま、俺は眠ってしまったのだ。その匂いにつられて来たんだろう。柑橘類の木があるにも関わらず、ゴキブリ達がこちらへ向かって、ジリジリと距離を詰めて来ている。
俺は物資を思い切り投げてみた。すると、地面に落ちた物資にゴキブリ達が一斉に群がった。小型のやつは特にスピードが早い。あれから走って逃げるのは難しいだろう。1分もせずに物資は食い尽くされて、再び俺は取り囲まれた。この感じだと、リュックの物資を全部投げたとして、たいして時間は稼げないだろう。……これ、どうすればいいんだ。
一番大きな1メートルぐらいのゴキブリが、先頭に立って距離を詰めて来ている。それに引っ張られる感じで、他のゴキブリも近づいて来る。俺は何回か物資を投げたけど、もう、小さなゴキブリ以外はあまり反応しなくなった。どうやらみんな、俺とリュックを直接狙い始めたようだ。……やばい、詰んだかも。うっかり寝たせいで、また死ぬのか俺は。それにゴキブリにかじられて死ぬとか、めちゃくちゃ痛くて苦しいんじゃないか? マジかよ……。
ついにゴキブリが数匹、意を決した感じで俺の目の前に突進してきた。俺は片手に釘打ちマシーンを持ってるけど……数が多すぎる!
その瞬間、俺の体が宙に浮いた。と思ったら、誰かに抱きかかえられていた。そのまま、俺の体がものすごいスピードで移動をしている。あっという間に、柑橘類の木とゴキブリ達の姿が見えなくなった。
見上げたらクララさんだった。片手で軽々と俺を抱えて、涼しい顔で疾走している。反対側の手には俺のリュックが握られている。電車の窓から見ているみたいに、目の前の景色がびゅんびゅん流れていく。ぼんやりと、俺は夢を見ているような気分になった。
10分ぐらい走っただろうか。クララさんが俺を抱えたまま、道沿いの小さなビルに飛び込んた。階段を3段飛ばしぐらいで駆け上って、2階のフロアへ。小さなドアをこじ開けて、小さな事務所みたいな部屋に入った。そして部屋の中央にある古いソファーの上に、俺は優しく降ろされた。ソファーのカビ臭い匂いを鼻で吸い込みながら、俺はまだ呆然としている。
「お怪我は無いですか?」
クララさんが落ち着いた声で言った。
「……はい」
気が動転していて、まともに頭が回らない。
「ここは比較的安全です。少し休んでいきましょう」
そう言って、クララさんが俺の横に腰を下ろした。同時に俺はソファーにぐったりと横になった。死ぬところだったな。
「前に来た時、ゴキブリにまったく出会わなかったんです。今回、いきなりこんな感じになって……まいった」
俺は横になったままつぶやいた。
「スラムの襲撃以来、ゴキブリ達の活動が活発になっているみたいです。ですが、あれだけの数が日中に出るというのは、非常に珍しい事です」
クララさんが言った。俺はゆっくりと体を起こした。
「クララさん、俺の為に来てくれたんですか?」
「はい。ですが、そろそろ私も帰らなければならなかったんです。キタムラ医院の仕事が溜まっておりまして、コズエ先生にだいぶ催促をされていました。タクヤさんと一緒に帰るのは、タイミング的にちょうど良かったんです。シスター達に簡単に挨拶をしてきましたが、みなさんをがっかりさせてしまいました」
クララさんが申し訳なさそうにして言った。俺は姿勢を正す。
「クララさん、本当にありがとうございます。今助けてもらったのもそうだし、一週間以上も無償で働いてもらって。クララさんがいなかったら、今頃どうなってたか想像もつかないです。まあ……俺は確実に死んでたけど」
情けなくて笑えてきた。自分の無力さを実感してしまった。こんなんで、発電所の地下なんて行けるのかよ。
「私とコズエ先生は、タクヤさんのファンなんです。あなたはとても面白い。私達は、面白そうなことにはコストを惜しみません」
クララさんが微笑んで、俺の顔をじっと見た。
「面白いですか? 俺が?」
「ええ。放射能に耐性があるというのが、まず規格外です。それと、考え方も面白いですね。あなたは都市部で生まれたわけでもないのに、育ちが良い感じがします。振る舞いに余裕があります。貧しい人とは一風違った、助け合いの心もある。だけど宗教心があるわけでもない。そしてアンドロイドでもない。謎です。非常に興味深いです」
「まあ、俺も自分で謎だと思いますよ。なんで今、ここで、こんなことをしているのか。でも……スラムで周りの人が助けてくれて、その人たちと協力することが、生きがいになってたのかな。一人で飢えてる時より、精神的には凄いラクだったし。そういうのって人間の本質というか、本能的なものなのかも」
俺はつぶやくようにして言った。
「その人間の共同体意識みたいなものが、今の時代はだいぶ損なわれています。それが文明を衰退させる、大きな要因になっていると私は分析しています。……そうですね、タクヤさんは私に、100年以上前の人間達を思い起こさせます。私を作ってくれた人たち。あのころはみんな、もう少し未来に希望を持っていたんです」
「希望か……。確かに、希望がないと生きる気力が無くなるもんな。だからとにかく、前に進んだほうがいいのかも。……ということでじゃあ、そろそろ行きましょうか?」
俺はそう言って大きく息を吐いた。クララさんが微笑んで頷いた。ハッキリ言って、俺は今、かなり打ちのめされている。でも落ち込んでいる暇はない。考える前に動くべきだ。
ビルを出て線路沿いの道に戻った。またゴキブリが出そうだけど、見通しの良い道はここしかないから他に選択肢が無い。実際、国分寺に到着するまで、大小50匹ぐらいのゴキブリに俺たちは遭遇した。
小さいやつはクララさんが瞬殺する。すばやく空に飛び上がったクララさんが、ゴキブリの上に正確に着地をする。その最初の一撃で怯ませて、続いて踏み潰しの連続攻撃が炸裂する。メキメキと金属がきしむような音がして、地面にはぺちゃんこになったゴキブリの死骸が残る。それが作業のように淡々と行われるので、ちょっとゴキブリが気の毒になった。
一メートル以上のはさすがに踏み潰せないけど、クララさんが重い蹴りを数発くらわせると、だいたいが逃げていった。それでも逃げないやつに関しては、クララさんが動きを止めて、その隙に俺が釘打ちマシーンで釘をめちゃくちゃに打ち込んだ。甲羅がない腹部の方に30発も打ち込むと、ゴキブリは動かなくなった。これも相当残酷な方法だと思うけど、まあ仕方がない。
そんな感じでゴキブリを虐殺しつつ、俺達は国分寺のキタムラ医院に到着した。もしゴキブリが経験値を落としてくれるなら、俺はこの機会に相当レベルアップしただろう。金とかアイテムも溜まって、ウハウハになってた場面だ。現実的には俺の手元に何も残っていない。そもそもゴキブリが金を持ってるはずがないし、ゴキブリの足を持ち帰って、市場で換金できるとかあるはずもない。転生先がファンタジーだったらなー、とつくづく思う。でもまあ、落ち込んでいた俺の心が、少し上向きになったという効果はあったようだ。大丈夫、まだ戦える。
まだ人気の少ないスラムの道を歩いて、俺はサツキさんの家に到着した。サツキさんは朝ごはんを用意して待っていてくれた。目玉焼きとベーコンと、バターがたっぷりと塗られたトースト。それに紅茶をごちそうになった。……美味い。こんな朝食、スラムでは相当金持ちじゃないと食べられない。サツキさんがマフィアのボスだということを、俺はいまさらだけど実感した。
「これがマイさんの書類。タクヤが帰って来なかった場合、マイさんは生涯、一ヶ月に1万円の支払いを受ける。銀行に口座を開設したから、お金はそこに振り込まれる。本人が望むなら無償で学校にも通わせる。まっとうな仕事の斡旋もする。弁護士に作らせたから、一応公的な書類になるわ。これでいいかしら?」
サツキさんがそう言って書類を俺に見せてくれた。俺は頭を下げて書類を受け取った。
「このスラムで公的な書類なんて、意味が無いかもしれないけどね。でも私を信用して頂戴。こんな仕事をしてるけど、契約を破ったことは一度も無いから」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
俺はもう一度深々と頭を下げて言った。
サツキさんが小さく頷いて、それから机の上に発電所の地図を広げた。
「早速だけどね、地下10階へはエレベーターで直接行けるの。ただしセキュリティが厳重で、生体認証が必要になる。その対策として、エレベーターに乗る前にこのカプセルを飲んでね。これで一時的に、体から外に出る物質をコントロール出来る。息とか、体臭とか。これで生体認証はパスできるはず」
サツキさんが、ケースに入った青いカプセルを机の上に置いた。
「これだけで大丈夫なんですか? 見た目とか、体重とかは?」
俺はちょっと驚いて訊いた。
「発電所のセキュリティは今もAIが管理してるけど、大部分はハッキング済みなの。ただ、地下の深い階層に関しては、部分的にセキュリティが生きてる。つまりカメラとか体重計はハッキング済みだから、生体認証さえクリアすればあとは問題無い……はずなんだけどね」
「はず?」
「うん。調べた限りはこれで大丈夫なはず。ただ、地下10階は未知の領域で、ここ100年以上人が中に入っていない。強烈な放射能の影響下で、なぜかAIが故障もせずに融合炉を今も可動させている。だから、なにかイレギュラーなことがあってもおかしくない。この特殊な状況で、AIが考えることを予想するのはすごく難しいのよ」
サツキさんが困った顔で言った。
「簡単には行かないかもですね……」
俺は言った。
「ただ、AIは基本的に人命を守ろうとするから、直接の脅威にはならないはず。やっぱり怖いのはゴキブリよね。巨大な変異種と出くわすかどうかが鍵でしょうね」
「自分の運にかけてみます」
俺は笑って言った。もう、笑って行くしか無い。
餞別として、サツキさんが俺に3万円をくれた。これで装備を整えて、ということだった。とはいえ新たに必要なものは特に無い。今回も紗季さんに物資をたっぷりともらっている。それで食料の心配はないし、物資はゴキブリ対策の餌としても使える。まあ……できれば出会わないのが一番いいんだけれど。
スラムを出て、八王子方面に向かって俺は歩き始めた。前回と同様、線路沿いの道を行く。一度歩いたことがある道なので、少し安心して進むことが出来る。3時間ほど歩いたところで休憩することにした。柑橘類の木の下に座って、小分けにした物資をリュックから取り出す。それを食べていたら、俺は少しうとうとしてしまった。
ハッと目が覚めたら周囲をゴキブリに囲まれていた。小さいのから1メートル級まで、全部で10匹以上はいる。物資をリュックから出したまま、俺は眠ってしまったのだ。その匂いにつられて来たんだろう。柑橘類の木があるにも関わらず、ゴキブリ達がこちらへ向かって、ジリジリと距離を詰めて来ている。
俺は物資を思い切り投げてみた。すると、地面に落ちた物資にゴキブリ達が一斉に群がった。小型のやつは特にスピードが早い。あれから走って逃げるのは難しいだろう。1分もせずに物資は食い尽くされて、再び俺は取り囲まれた。この感じだと、リュックの物資を全部投げたとして、たいして時間は稼げないだろう。……これ、どうすればいいんだ。
一番大きな1メートルぐらいのゴキブリが、先頭に立って距離を詰めて来ている。それに引っ張られる感じで、他のゴキブリも近づいて来る。俺は何回か物資を投げたけど、もう、小さなゴキブリ以外はあまり反応しなくなった。どうやらみんな、俺とリュックを直接狙い始めたようだ。……やばい、詰んだかも。うっかり寝たせいで、また死ぬのか俺は。それにゴキブリにかじられて死ぬとか、めちゃくちゃ痛くて苦しいんじゃないか? マジかよ……。
ついにゴキブリが数匹、意を決した感じで俺の目の前に突進してきた。俺は片手に釘打ちマシーンを持ってるけど……数が多すぎる!
その瞬間、俺の体が宙に浮いた。と思ったら、誰かに抱きかかえられていた。そのまま、俺の体がものすごいスピードで移動をしている。あっという間に、柑橘類の木とゴキブリ達の姿が見えなくなった。
見上げたらクララさんだった。片手で軽々と俺を抱えて、涼しい顔で疾走している。反対側の手には俺のリュックが握られている。電車の窓から見ているみたいに、目の前の景色がびゅんびゅん流れていく。ぼんやりと、俺は夢を見ているような気分になった。
10分ぐらい走っただろうか。クララさんが俺を抱えたまま、道沿いの小さなビルに飛び込んた。階段を3段飛ばしぐらいで駆け上って、2階のフロアへ。小さなドアをこじ開けて、小さな事務所みたいな部屋に入った。そして部屋の中央にある古いソファーの上に、俺は優しく降ろされた。ソファーのカビ臭い匂いを鼻で吸い込みながら、俺はまだ呆然としている。
「お怪我は無いですか?」
クララさんが落ち着いた声で言った。
「……はい」
気が動転していて、まともに頭が回らない。
「ここは比較的安全です。少し休んでいきましょう」
そう言って、クララさんが俺の横に腰を下ろした。同時に俺はソファーにぐったりと横になった。死ぬところだったな。
「前に来た時、ゴキブリにまったく出会わなかったんです。今回、いきなりこんな感じになって……まいった」
俺は横になったままつぶやいた。
「スラムの襲撃以来、ゴキブリ達の活動が活発になっているみたいです。ですが、あれだけの数が日中に出るというのは、非常に珍しい事です」
クララさんが言った。俺はゆっくりと体を起こした。
「クララさん、俺の為に来てくれたんですか?」
「はい。ですが、そろそろ私も帰らなければならなかったんです。キタムラ医院の仕事が溜まっておりまして、コズエ先生にだいぶ催促をされていました。タクヤさんと一緒に帰るのは、タイミング的にちょうど良かったんです。シスター達に簡単に挨拶をしてきましたが、みなさんをがっかりさせてしまいました」
クララさんが申し訳なさそうにして言った。俺は姿勢を正す。
「クララさん、本当にありがとうございます。今助けてもらったのもそうだし、一週間以上も無償で働いてもらって。クララさんがいなかったら、今頃どうなってたか想像もつかないです。まあ……俺は確実に死んでたけど」
情けなくて笑えてきた。自分の無力さを実感してしまった。こんなんで、発電所の地下なんて行けるのかよ。
「私とコズエ先生は、タクヤさんのファンなんです。あなたはとても面白い。私達は、面白そうなことにはコストを惜しみません」
クララさんが微笑んで、俺の顔をじっと見た。
「面白いですか? 俺が?」
「ええ。放射能に耐性があるというのが、まず規格外です。それと、考え方も面白いですね。あなたは都市部で生まれたわけでもないのに、育ちが良い感じがします。振る舞いに余裕があります。貧しい人とは一風違った、助け合いの心もある。だけど宗教心があるわけでもない。そしてアンドロイドでもない。謎です。非常に興味深いです」
「まあ、俺も自分で謎だと思いますよ。なんで今、ここで、こんなことをしているのか。でも……スラムで周りの人が助けてくれて、その人たちと協力することが、生きがいになってたのかな。一人で飢えてる時より、精神的には凄いラクだったし。そういうのって人間の本質というか、本能的なものなのかも」
俺はつぶやくようにして言った。
「その人間の共同体意識みたいなものが、今の時代はだいぶ損なわれています。それが文明を衰退させる、大きな要因になっていると私は分析しています。……そうですね、タクヤさんは私に、100年以上前の人間達を思い起こさせます。私を作ってくれた人たち。あのころはみんな、もう少し未来に希望を持っていたんです」
「希望か……。確かに、希望がないと生きる気力が無くなるもんな。だからとにかく、前に進んだほうがいいのかも。……ということでじゃあ、そろそろ行きましょうか?」
俺はそう言って大きく息を吐いた。クララさんが微笑んで頷いた。ハッキリ言って、俺は今、かなり打ちのめされている。でも落ち込んでいる暇はない。考える前に動くべきだ。
ビルを出て線路沿いの道に戻った。またゴキブリが出そうだけど、見通しの良い道はここしかないから他に選択肢が無い。実際、国分寺に到着するまで、大小50匹ぐらいのゴキブリに俺たちは遭遇した。
小さいやつはクララさんが瞬殺する。すばやく空に飛び上がったクララさんが、ゴキブリの上に正確に着地をする。その最初の一撃で怯ませて、続いて踏み潰しの連続攻撃が炸裂する。メキメキと金属がきしむような音がして、地面にはぺちゃんこになったゴキブリの死骸が残る。それが作業のように淡々と行われるので、ちょっとゴキブリが気の毒になった。
一メートル以上のはさすがに踏み潰せないけど、クララさんが重い蹴りを数発くらわせると、だいたいが逃げていった。それでも逃げないやつに関しては、クララさんが動きを止めて、その隙に俺が釘打ちマシーンで釘をめちゃくちゃに打ち込んだ。甲羅がない腹部の方に30発も打ち込むと、ゴキブリは動かなくなった。これも相当残酷な方法だと思うけど、まあ仕方がない。
そんな感じでゴキブリを虐殺しつつ、俺達は国分寺のキタムラ医院に到着した。もしゴキブリが経験値を落としてくれるなら、俺はこの機会に相当レベルアップしただろう。金とかアイテムも溜まって、ウハウハになってた場面だ。現実的には俺の手元に何も残っていない。そもそもゴキブリが金を持ってるはずがないし、ゴキブリの足を持ち帰って、市場で換金できるとかあるはずもない。転生先がファンタジーだったらなー、とつくづく思う。でもまあ、落ち込んでいた俺の心が、少し上向きになったという効果はあったようだ。大丈夫、まだ戦える。
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