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王都への道中編
愛情 / イン・ユア・アーム
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檻の中に戻ったけれど、さっきのように手を縛られたりはしなかった。もしかするとこの首輪をつけていれば、私が隙を見つけてどこに逃げようとしても、簡単に私のことを捕まえることができるのかもしれない。
そう考えると、逃げ出すことが怖くなった。
目の前では、彼女が私の入った檻の鍵を閉めている。私の檻を締め終わると、彼女は他の檻の中から子どもたちを連れ出し、私の時と同じように林の中に連れて行った。
――それにしても、さっきの彼女の動きは一体なんだったんだろう。
私があの男の頬を叩こうとする時まで、彼女は私の後ろにいたはずだ。それなのに、私の手のひらが後少しであの男の顔に届くというところで、彼女はいつの間にか私の横に現れ、手首を固く掴まれていた。
初めは、掴まれていることにさえ気付くことが出来なかったぐらいだ。
もしかすると彼女は神様が言っていたように、魔法とか、他の特別な力が使えて、コルストンの護衛もしているのかもしれない。とりあえず、私が彼女に勝てるとは1ミリも思えなかった。
そのコルストンは、相変わらず外でミエーラに料理をさせていて、自分は用意した簡易テーブルの上に靴のまま足を乗せ、くちゃくちゃと音を立てながら食事をしている。
どこまでも醜く歪んだ性格だ。あの声と、行動のその全てが私を不快にさせる。
するとコルストンへの怒りからなのか、頭に血がのぼった私の後頭部には痛みが走った。思わず、顔を歪ませ身体を丸めてしまう。肩や腕などの身体の痛みはだいぶ良くなったけれど、こうやって時々、後頭部がズキン、ズキン、と痛みだす。
――これも全て、あいつのせいだ。
痛みを楽にしたくて、たくさんの姿勢をためした結果、最終的には体育座りのような姿勢で頭を両膝に固定すれば、痛みもなく楽だということが分かり、私はしばらく目を閉じ、昂った感情を落ち着けることに集中した。
* * *
あれから、15分くらい経っただろうか。
顔を上げると、彼女が他の子どもの檻を開けようとしているところだった。コルストンに言われなくても、まるでマニュアルでもあるかのように黙々と作業をする彼女は、どうやらコルストンの奴隷として、他の奴隷たちの管理をしているのかもしれない。
おそらく、毎日同じように同じ時間帯に、この子たちを外へと連れ出し、トイレをさせているのだろう。
その時、私はコルストンが彼女を名前で呼んでいたことを思い出した。
――リータだ、あの女性《ひと》の名前は。
私は、改めてリータの顔を見つめた。
リータはとても綺麗な女性《ひと》だ。小顔で、健康的な肌色にスタイルも良く、もしも街で彼女を見かけることがあるなら、二度見をしてしまうほどの美貌を持っていると思う。きっと、モデルだってできるかもしれない。
――なんでこんな女性《ひと》が捕まっているんだろう。
いくら考えても、私には分からなかった。きっと、私と同じようにコルストンに襲われ、無理やり奴隷として働かされているのかもしれない。
そう考えると、せっかく落ち着かせた私の気持ちは、バクン、バクンと徐々に大きな音を立てながら強くなる心臓の鼓動に合わせて、怒りや憎しみとが複雑に絡み合い、しまいには何者かに支配されてしまいそうな予感がした。
――このままでは、危ない。
私はそう思い、気をそらすために荷台の中を見回し、私の視界のなかで最も大きな割合を占めている檻と子どもたちの数を数えることにした。
荷台の中には合計12個の檻があり、私とリータ、ミエーラの他に、4人の子どもたちが残っている。あとふたりいたはずだけれど、きっとトイレに言っているのかもしれない。
ここにいる子どもたちには、全員首輪と鈴がついていて、私のように感情的になっているような子どもはおらず、みんな大人しくリータの言うことを聞いていた。
あの時、神様はこの世界にたくさんの人種がいると言ってたけれど、この荷台の中にいるのはエルフである私とミエーラ、そして残り6人の子どもたちは、きっと獣人の子どもだと思う。それはあの子たちの頭の上に、大きな動物のような耳がついていたからだ。
ただひとつ、私には分からないことがあった。
リータだけは、何度見ても人間のようにしか見えなかったのだ。
「戻りました」
荷台の後方から声がしたので目をやると、ふたりの獣人の子どもたちが荷台に乗り込もうとしている。するとリータは、ふたりの方へ歩いて行き、何も言わずに手を差し出すと、身長が低くて乗り込めない子どもたちはリータの手を取り、荷台へと引っ張られるようにして乗り込むことに成功した。
リータは、そのままふたりの手を引くようにして、檻の前まで連れて行くと、扉を開けてふたりに中に入るよう促し、ふたりが中に入ったのを確認すると、鍵を閉めた。
そして、リータが最後の檻の中で横になっている子どもを外に出そうと、檻の鍵を開け始める。
すると突然、それまで無表情だったリータの表情が険しくなり、慌てるようにして檻を開けると、上半身を檻の中に入れ、中から子どもを引きずりだした。
そして、子どもを抱き寄せると、リータはその細い指で子どもの目を開け、何かを確認している。
私はその光景を、テレビで見たことがあった。
病室で心臓マッサージを続けたにも関わらず、患者さんが息を吹き返さなかった時、お医者さんが患者さんのまぶたを開き、ペンライトで瞳孔を確認するシーン――。
――まさか、あの子……。
その瞬間、私は最も最悪なパターンを想像してしまい、パニック発作を引き起こそうとしていた。
発作が始まると突然胸が苦しくなり、呼吸は荒く乱れていき、どれだけ息を吸っても肺の中にまで酸素が入っていかないのだ。
過去に一度、恵美梨《えみり》に制服を捨てられたあの時も、パニック発作を起こしてしまいそうになったことがある。あの時は誰にも助けてもらえず、お兄ちゃんがよく私に言ってくれた「大丈夫」という言葉を何度も何度も心の中で繰り返すことで、呼吸を取り戻すことができた。
――私には、お兄ちゃんがいる。だから大丈夫、大丈夫、大丈夫……。
私は、あの時と同じように、お兄ちゃんのことを頭に浮かべながら、心の中で何度もあの言葉を繰り返し続けることで、どうにか発作を起こさずに済んだ。
少しずつ落ち着きを取り戻し、恐る恐るリータの方を見ると、リータは手の中でぐったりとしている子どもの髪の毛を優しく撫でながら、その顔を眺めている。
その時のリータの表情は、これまでに見せていたマネキンのような無感情なものではなく、突然の死に深く心を傷つけながらも、最後の時をまるで深い愛情を与える母親と過ごしているかのように錯覚させるほど、優しく柔らかい笑顔をしていた。
――絶対にそんなはずはないのに……、なんで……。
ありえないと分かっていても、私の目にはリータの腕に抱かれ動かなくなった子どもが「この世に生まれてきたことが幸せだった」と、そう言っているようにさえ、感じた。
そう考えると、逃げ出すことが怖くなった。
目の前では、彼女が私の入った檻の鍵を閉めている。私の檻を締め終わると、彼女は他の檻の中から子どもたちを連れ出し、私の時と同じように林の中に連れて行った。
――それにしても、さっきの彼女の動きは一体なんだったんだろう。
私があの男の頬を叩こうとする時まで、彼女は私の後ろにいたはずだ。それなのに、私の手のひらが後少しであの男の顔に届くというところで、彼女はいつの間にか私の横に現れ、手首を固く掴まれていた。
初めは、掴まれていることにさえ気付くことが出来なかったぐらいだ。
もしかすると彼女は神様が言っていたように、魔法とか、他の特別な力が使えて、コルストンの護衛もしているのかもしれない。とりあえず、私が彼女に勝てるとは1ミリも思えなかった。
そのコルストンは、相変わらず外でミエーラに料理をさせていて、自分は用意した簡易テーブルの上に靴のまま足を乗せ、くちゃくちゃと音を立てながら食事をしている。
どこまでも醜く歪んだ性格だ。あの声と、行動のその全てが私を不快にさせる。
するとコルストンへの怒りからなのか、頭に血がのぼった私の後頭部には痛みが走った。思わず、顔を歪ませ身体を丸めてしまう。肩や腕などの身体の痛みはだいぶ良くなったけれど、こうやって時々、後頭部がズキン、ズキン、と痛みだす。
――これも全て、あいつのせいだ。
痛みを楽にしたくて、たくさんの姿勢をためした結果、最終的には体育座りのような姿勢で頭を両膝に固定すれば、痛みもなく楽だということが分かり、私はしばらく目を閉じ、昂った感情を落ち着けることに集中した。
* * *
あれから、15分くらい経っただろうか。
顔を上げると、彼女が他の子どもの檻を開けようとしているところだった。コルストンに言われなくても、まるでマニュアルでもあるかのように黙々と作業をする彼女は、どうやらコルストンの奴隷として、他の奴隷たちの管理をしているのかもしれない。
おそらく、毎日同じように同じ時間帯に、この子たちを外へと連れ出し、トイレをさせているのだろう。
その時、私はコルストンが彼女を名前で呼んでいたことを思い出した。
――リータだ、あの女性《ひと》の名前は。
私は、改めてリータの顔を見つめた。
リータはとても綺麗な女性《ひと》だ。小顔で、健康的な肌色にスタイルも良く、もしも街で彼女を見かけることがあるなら、二度見をしてしまうほどの美貌を持っていると思う。きっと、モデルだってできるかもしれない。
――なんでこんな女性《ひと》が捕まっているんだろう。
いくら考えても、私には分からなかった。きっと、私と同じようにコルストンに襲われ、無理やり奴隷として働かされているのかもしれない。
そう考えると、せっかく落ち着かせた私の気持ちは、バクン、バクンと徐々に大きな音を立てながら強くなる心臓の鼓動に合わせて、怒りや憎しみとが複雑に絡み合い、しまいには何者かに支配されてしまいそうな予感がした。
――このままでは、危ない。
私はそう思い、気をそらすために荷台の中を見回し、私の視界のなかで最も大きな割合を占めている檻と子どもたちの数を数えることにした。
荷台の中には合計12個の檻があり、私とリータ、ミエーラの他に、4人の子どもたちが残っている。あとふたりいたはずだけれど、きっとトイレに言っているのかもしれない。
ここにいる子どもたちには、全員首輪と鈴がついていて、私のように感情的になっているような子どもはおらず、みんな大人しくリータの言うことを聞いていた。
あの時、神様はこの世界にたくさんの人種がいると言ってたけれど、この荷台の中にいるのはエルフである私とミエーラ、そして残り6人の子どもたちは、きっと獣人の子どもだと思う。それはあの子たちの頭の上に、大きな動物のような耳がついていたからだ。
ただひとつ、私には分からないことがあった。
リータだけは、何度見ても人間のようにしか見えなかったのだ。
「戻りました」
荷台の後方から声がしたので目をやると、ふたりの獣人の子どもたちが荷台に乗り込もうとしている。するとリータは、ふたりの方へ歩いて行き、何も言わずに手を差し出すと、身長が低くて乗り込めない子どもたちはリータの手を取り、荷台へと引っ張られるようにして乗り込むことに成功した。
リータは、そのままふたりの手を引くようにして、檻の前まで連れて行くと、扉を開けてふたりに中に入るよう促し、ふたりが中に入ったのを確認すると、鍵を閉めた。
そして、リータが最後の檻の中で横になっている子どもを外に出そうと、檻の鍵を開け始める。
すると突然、それまで無表情だったリータの表情が険しくなり、慌てるようにして檻を開けると、上半身を檻の中に入れ、中から子どもを引きずりだした。
そして、子どもを抱き寄せると、リータはその細い指で子どもの目を開け、何かを確認している。
私はその光景を、テレビで見たことがあった。
病室で心臓マッサージを続けたにも関わらず、患者さんが息を吹き返さなかった時、お医者さんが患者さんのまぶたを開き、ペンライトで瞳孔を確認するシーン――。
――まさか、あの子……。
その瞬間、私は最も最悪なパターンを想像してしまい、パニック発作を引き起こそうとしていた。
発作が始まると突然胸が苦しくなり、呼吸は荒く乱れていき、どれだけ息を吸っても肺の中にまで酸素が入っていかないのだ。
過去に一度、恵美梨《えみり》に制服を捨てられたあの時も、パニック発作を起こしてしまいそうになったことがある。あの時は誰にも助けてもらえず、お兄ちゃんがよく私に言ってくれた「大丈夫」という言葉を何度も何度も心の中で繰り返すことで、呼吸を取り戻すことができた。
――私には、お兄ちゃんがいる。だから大丈夫、大丈夫、大丈夫……。
私は、あの時と同じように、お兄ちゃんのことを頭に浮かべながら、心の中で何度もあの言葉を繰り返し続けることで、どうにか発作を起こさずに済んだ。
少しずつ落ち着きを取り戻し、恐る恐るリータの方を見ると、リータは手の中でぐったりとしている子どもの髪の毛を優しく撫でながら、その顔を眺めている。
その時のリータの表情は、これまでに見せていたマネキンのような無感情なものではなく、突然の死に深く心を傷つけながらも、最後の時をまるで深い愛情を与える母親と過ごしているかのように錯覚させるほど、優しく柔らかい笑顔をしていた。
――絶対にそんなはずはないのに……、なんで……。
ありえないと分かっていても、私の目にはリータの腕に抱かれ動かなくなった子どもが「この世に生まれてきたことが幸せだった」と、そう言っているようにさえ、感じた。
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