笑い方を忘れた令嬢

Blue

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逢瀬

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 またもやコツンと音が鳴る。アリアンナはゆっくりと窓を開けた。テラスには小指の先くらいの小さな小石が数個落ちていた。急いでテラスの柵に手をかけ、下を見たアリアンナの青い瞳がキラキラと輝いた。

下に立っていたのはジルヴァーノだった。もう一度窓にぶつけようと思っていたのだろう。彼の手には小さな石があった。彼女に気付いたジルヴァーノは、石をその場に放ると指で木を指した。次にアリアンナの方を指で指す。
『木を伝ってここに来たいという事ね』
アリアンナが大きく頷くと、暗闇なのに彼がニコリとしたのがわかった。

あっという間に木に登るジルヴァーノは、瞬きする間にアリアンナの部屋の方に伸びている枝に乗り、軽々とジャンプをしテラスに飛び移った。そして、その勢いのままアリアンナを抱きしめた。
「アンナ。会いたかったです」
ジルヴァーノの腕の中に閉じ込められたアリアンナも、腕を回してジルヴァーノの背中にしがみついた。
「私もです、ジル」

「お身体の方はいかがですか?」
少し力を緩めたジルヴァーノにアリアンナが縋り付くように身体を密着させた。
「駄目。まだ離れたくない。私はもう大丈夫だから」
背中に置いていた手に力を込め、駄々をこねる。

「アンナ……」
アリアンナの可愛らしい我が儘に、ジルヴァーノの抱きしめる力が再び強まった。

暫く無言で抱き合っていた二人だが、ジルヴァーノが抱きしめる腕の力は緩めることなく、アリアンナの肩に沈めていた顔だけを離す。
「アンナ。夜風は身体に良くありません。そろそろ部屋にお戻りください」
しかし、アリアンナの力は全く緩まらない。
「アンナ、身体が冷えてしまいます」
「では、ジルも一緒に部屋に入ってください」
アリアンナの青い瞳が、ジルヴァーノの銀の瞳を見つめる。
「そ、それは……」
夜中に近い時間に、しかも扉からではなく窓から忍び込んだだけでも、真面目なジルヴァーノにとっては思い切った事をしている自覚があった。
『それに……』
愛しいアリアンナが夜着一枚と言う姿で、自分の腕の中にいる事も、なかなかに辛い状況だった。

しかし、そんな男心など露ほども知らないアリアンナは、ジルヴァーノを青い瞳でジッと見つめる。月の光に照らされた青は、極上の輝きを見せていた。
「やっと会えたのに……駄目なのですか?」
「うっ」
懇願する彼女の姿に、ジルヴァーノの頭上に白旗が上がった。
「では、少しだけ」
「ありがとうございます」
満面の笑みでお礼を言うアリアンナを見て、自分の理性を総動員しようと固く決意するジルヴァーノだった。

「ジルが、竜騎士団が助けてくれたのだと聞きました。本当にありがとうございます」
二人でベッドに腰掛けると、アリアンナがお礼を言った。繋がれた手の感触を感じるだけで、彼に会えなかった辛さが一気に消える。
「いえ……間に合って、本当に良かったです」
ジルヴァーノもまた、アリアンナの無事を確認するように、繋いでいた手に力を入れる。

「メアラーガの処分はお聞きになりましたか?」
「ええ」
アリアンナはジューリオから聞いた話を簡単に話した。
「フィガロ殿下……いえ、もう王族ではありませんでした。フィガロは常に吹雪いているという極地に送られたそうです。ぬくぬくと育ってきた人間にとっては地獄のような場所でしょう。そして……ピアですが、他国の王族に軍事の情報を漏らしたとして罪に問われる事になったのですが、王太子殿下が温情をかけるとおっしゃいまして……」
ここでジルヴァーノが口籠もる。どうやら言いづらい内容らしい。という事は、修道院行きとかではないのだろう。

「殿下がですね」
小さく息を吐いたジルヴァーノが続きを話し出した。



メアラーガ王国に抗議に行った翌日の王太子の執務室。
「ピア嬢の処分なのだけど」
国王に彼女の処罰を一任されていた王太子が、ニコニコと笑みを浮かべながら前に立つ二人の男性を見た。ピアは現在、学園の寮の部屋で謹慎処分を受けている。
「ピア嬢は罪人になってしまった。このままでは嫁ぎ先も無くなってしまうだろう。それでは彼女が可哀想だ。だから私が、彼女の嫁ぎ先を決めてあげる事にしたよ」
そう言った王太子は、ドマニに用意させた資料を鼻歌混じりに見ていた。
「んー、そうだなぁ……彼女の破天荒ぶりを笑って受け止めてくれる大らかさを持った男性がいいよね。それに行き過ぎた時は、しっかり躾けてくれる厳しさも必要だ。そうなるとそれなりに年上の方がいいだろうね。だからと言ってあまり年上過ぎてすぐに未亡人、なんて事にはさせたくないし」
楽しそうに資料を見ていた王太子の手が止まった。
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