笑い方を忘れた令嬢

Blue

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一人の夜会

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 今夜もアリアンナは夜会へ来ていた。上部は黒のホルターネックで、下部はクジャクの羽をそのまま張り付けたかのような、美しい模様を形作っているドレスだ。髪にはクジャクの羽をあしらった髪飾りが、美しく存在を主張していた。

『いつも以上に見られているみたい』
会場の全ての視線が、アリアンナに向けられていると言っても過言ではなかった。なぜなら今日は、たまたま皆の予定が合わなかった為、アリアンナは一人で来ているのだ。

国王夫妻は公式行事に参列するため、近衛騎士十数人とドメニカと共に王都を離れていた。王太子とドマニは、国王の代わりにこなす通常の公務がある為に城に残っている。ジルヴァーノも、近衛騎士の精鋭が国王夫妻と共に行ってしまったために、王太子の護衛として残らざるを得なくなったのだ。一人で行くのは危ないと、皆から過剰なほど心配されたアリアンナだったが、夜会はもう何度も経験しているため、一人で来ても大抵の事は対処出来るようになっていた。今ではたくさんの男性に囲まれても、怯えることなく一人でいなす事が出来る。

今日も当然の如く、たくさんの男性に囲まれる。その中から、まだ踊った事のない人物を選んでダンスをする。変な勘違いを生ませないための処世術だ。
『これでまんべんなく踊る事が出来たかしら』
アリアンナが自身の成長に、満足感を感じている時だった。外で待機していたはずの近衛騎士が入ってくる。
「姫様、たった今王城から知らせが」
「何?」
真剣な表情の近衛騎士を見て、アリアンナの緊張が高まる。
「竜の生息地である北の岩山のすぐ近くの森が、火事だとの事です。竜騎士数人と王太子殿下が現場に向かったそうです」
「!」
驚いたアリアンナは、声が出てしまいそうになった口を手で塞ぎ、なんとか堪えた。

「竜たちは、竜たちは無事なのですか?」
「申し訳ありません。詳しい事はまだ入って来ておりません」
すまなそうに眉を下げた近衛騎士に、アリアンナの心が痛む。
『八つ当たりのように言ってしまった。この方に問いただしたところで、何もわからないのに』
アリアンナは一呼吸して緊張した顔を和らげた。
「ごめんなさい。すぐに城に戻ります。馬車の用意を」
「かしこまりました。馬車を呼んでまいりますので、姫様はこの場でお待ちください。決して動きませんように」
近衛騎士は、そう言うと外へと駆け出した。

『ここで待つよりエントランスの方に行った方が早いわ』
暫くして考えたアリアンナは会場の外へ出た。すると、既に馬車が横付けされている。
「姫様、どうぞお乗りください」
そう言った近衛騎士は、先程アリアンナに知らせを持って来た者とは違っていた。
「先程の近衛はどうしました?」
不審に思ったアリアンナが問うと、近衛騎士はニッと笑って答えた。
「馬車の手配をして、そのまま王城へと戻りました」
「そうですか」
なんとなく腑に落ちないながらも竜の事を考え、少しでも早く城に戻りたい気持ちが勝つ。しかし馬車に乗り込んだ瞬間、違和感を感じた。
『侍女がいない』
控え室で待っているはずの侍女が乗っていないのだ。アリアンナは後から乗り込もうとしている近衛に声を掛けた。
「ねえ、この馬車は本当に」

しかし、彼女の言葉は途中で途切れてしまう。布のような物で口と鼻を塞がれてしまったのだ。ツンとした薬品の匂いを最後に、アリアンナの意識は失われたのだった。

 どれ程時間が経ったのか。アリアンナは目が覚めた。
『まだ、馬車の中だわ』
馬車の揺れを感じる。窓の外は真っ暗だ。視線だけで車内を見渡すと、向かいに男性が座っている姿が見えた。
『あれは……さっきの』
アリアンナに布を押し付けた男性だった。しかし、白と赤と金を基調とした近衛の服は着ていない。代わりに白と濃いグリーンを基調とした騎士服を着ていた。
『あれって……』
上手く思考が固まらないながらも、なんとか思い出そうとするアリアンナは自分の頭が何かの上に乗っている事に気付いた。
『何?もしかして……膝枕?』

なんとか自分の頭上にいる人物を確認しようと、頭を動かした時だった。
「殿下、目覚められたようです」
「そう?早いね。まだ駄目なのに」
そんな会話が聞こえたかと思うと、また布で口と鼻を塞がれる。
『しまった……また』
再びアリアンナの意識は遠くなってしまった。
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