笑い方を忘れた令嬢

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笑顔

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 結局、竜たちがアリアンナを解放したのは1時間以上経ってからだった。
銀の竜の鼻先に乗せられたアリアンナが、二人の前に降ろされる。髪も服もすっかり崩れていたアリアンナだが、楽しそうに笑みを浮かべている。

「アンナ、大丈夫だったかい?」
王太子がアリアンナの乱れた服を直し、手櫛で髪を梳いてやる。
「ありがとう、ジョエル兄様」
整え終わると、王太子はアリアンナを抱きしめた。

「無事で良かった……それにアンナ、気付いたかい?君は声を上げて笑った。今もほら……微笑みを浮かべている……天使のようだ」
抱きしめる力を弱め、アリアンナの笑みを間近で見た王太子は、アリアンナの頬を優しく撫でた。
「はは、幼い頃と同じ笑みだ……良かった、アンナ」
「ジョエル兄様……」

王太子が再びアリアンナを抱きしめるとすぐ横から圧を感じた。目をやると銀の竜の顔が目の前にあった。
「!」
驚いた二人は、一瞬固まってしまう。

「ロワ」
ジルヴァーノが銀の竜の鼻先を手で押し退けた。
「申し訳ない、アリアンナ様。不快な思いをさせてしまった」
そう言ったジルヴァーノにアリアンナは首を振った。

「いいえ、とっても楽しかったです。皆とても懐っこくて可愛らしいです」
「……」
ジルヴァーノが驚いた顔をする。
「可愛らしい、ですか?」
「はい」
笑顔を取り戻したアリアンナは、満面の笑みをジルヴァーノに向けた。

「!」
まともに見たジルヴァーノの耳がうっすらと赤くなる。気付かないアリアンナは、ジルヴァーノから何も返事が帰って来ない事にキョトンとする。

「竜を可愛いという女性は、きっとアリアンナが初めてだと思うよ」
呆けているジルヴァーノの代わりに答えたのは王太子だった。
「どうして?皆、可愛くて美しいわ」
「普通はね、怖くて恐ろしいわって言うんだよ。アンナがそんな風だから、竜たちもアンナの事を気に入ってくれたのかもしれないな。ジルヴァーノもそう思うだろう?」

王太子の言葉に覚醒したジルヴァーノは「そうですね」と一言だけ答えた。
「さ、そろそろ戻ろうか?ドマニがハラハラしながら待っているよ、きっと」
「はい。またね、皆」
アリアンナが竜たちに手を振ると、まるでそれに応えているかのように、竜たちは首を垂れた。

 竜舎を出て一息つく。
「はあぁ、アンナのお陰で色々驚き過ぎて疲れたよ」
王太子が溜息を吐くと、ジルヴァーノも大きく溜息を吐いた。

事務所の入り口まで来るとアリアンナは事務所にいる騎士たちの方へ向く。
「お邪魔いたしました。もし許していただけるなら、また来たいと思います。よろしくお願いいたします」
そう言って裾を上げ、小さくお辞儀をして事務所を後にした。ジルヴァーノが扉を閉めたすぐ後には「うぉおおお」という雄叫びが聞こえた。

「結構な時間を取らせてしまってすまなかったね」
王太子がジルヴァーノに謝るとジルヴァーノが首を振る。
「いえ、とんでもないです。私も初めての現象を目に出来て良かったです」
「はは、そうだね。あの現象をどう受け取っていいかはわからないがね」

二人が話している横で、アリアンナがソワソワしていた。ふと二人の会話が途切れた時、すかさずアリアンナがジルヴァーノの前に立つ。
「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました。あの、事務所でも言った通り、出来たらまたここに来る事を許して頂けませんでしょうか?」
ジッとジルヴァーノを見つめながら言った。

数秒の見つめ合いの後、ジルヴァーノは小さく息を吐くと微笑んだ。銀の瞳が細められる。
「はい、アリアンナ様でしたらいつでもいらっしゃって構いません。竜たちも歓迎するでしょう」

今度はアリアンナが頬を染める番だった。
『初めて見た』
ジルヴァーノの笑った顔を初めて見たアリアンナの胸はドキドキと大きく鳴っている。なにより、また来る事を許してもらった事にも嬉しさを感じていた。

「ありがとうございます」
うっすらと頬を染め、はにかんだようなアリアンナの微笑みを見たジルヴァーノは、今日何度目になるのかまたもや固まってしまう。

そんな二人を見た王太子は、笑いたいのを堪えながらアリアンナの肩を抱いた。
「さ、そろそろ行くよ」
「はい」
そして後ろを向く直前、王太子はジルヴァーノの耳に口を寄せた。
「……」

何かを囁かれたジルヴァーノは、目をこれでもかという程見開く。
「ははは、じゃあな」
王太子はアリアンナを連れて、笑いながら去って行った。
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