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香水
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コンコン。
扉をノックすれば、向こうからゆっくりと扉が開けられた。
「申し訳ないが、側妃殿はおられるか?」
「はい、少々お待ちください」
対応してくれた侍女は奥へと消えた。
「あらあ、第一王子殿下ではありませんか。こんな離れた所までわざわざ足をお運び頂くなんて、どういった御用件でしょう?」
ふわっとした濃い金髪に真っ青な瞳。小柄で昔はきっと可愛らしかったのだろうが、深く刻まれた皺は年齢以上に見せている。
「先触れもなく済まない。父上がお呼びだ」
途端に笑顔になった側妃。
「まあ、旦那様がですか?それは大変!なるべく早く向かいますので、支度の時間を頂いても?」
「ああ、構わない。彼を外で待機させるので、準備が整ったら謁見の間に来てくれ」
「謁見の間ですわね。わかりましたわ。急ぎます」
何か勘違いをしているようだが、まあほっておこう。
「じゃあ、あとは頼むぞ、チェーザレ」
「はい、1時間はかからないといいなあと、思いながら待ちますよ」
小一時間ほど後。
「申し訳ございません。支度に手間取りまして」
チェーザレにエスコートされて、側妃がやって来た。濃いピンク色のドレスに色取り取りの生花を髪に飾り立てた側妃は、ちょっと痛々しい。
「いや、構わん。呼び立てたのはこちらだ」
国王である父上が答えると、嬉しそうに微笑む側妃。その笑顔のままの性格であればもっと父上に愛してもらえたのだろう。
「呼び出したのは他でもない。お主【黒蠍】という組織を知っているか?」
「【黒蠍】ですか?いいえ、存じ上げませんが?その組織が何か?」
キョトンとした顔で首を傾げる。なんとなくあのチカチカを彷彿とさせる。
私の後ろに戻ってきたチェーザレも、それを感じたのが苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「そうか、知らぬか」
大きく溜息を吐いた父上。
「実はな、先日、夜中にラファエロが暗殺者たちに襲われたのだ」
「え?」
一瞬、素になった側妃。暗殺の実行日は特に知らされない為、まだだと思っていたのだろう。
「まあ、ラファエロは親の儂から見ても、文句なく強い。故に事なきを得たのだが」
軽く親バカが入った。後ろで肩を震わせているのがわかる。
「そ、それがその【黒蠍】だったと?」
必死に平静を取り繕っている側妃のこめかみに汗が流れたのが見えた。
「そうなのだ。奴らは今、地下牢に入っておる」
「それでな、依頼主は誰かと聞いたらとんでもない名前を出してきたのだ」
「さ、さようですか?一体、だ、誰だったというのです?」
緊張のあまりに言葉が引っかかり出している。
「……そなただ」
父上は真っ直ぐに側妃を見た。深い紺碧の瞳が側妃を睨むように見る。
「私?」
「そうだ。そなたが街外れにあるアジトまで依頼に来たと言っている」
「わ、私がそんな場所に行くなどありえません!」
「門番に確認した所、言っていた時刻に馬車が一台出入りしていた事が確認できた」
「それが、私であるという証拠でも?」
「いいや、御者も乗っていたのも黒いマントで全身を隠していたそうだ。女だったという事だけは分かったらしい」
「何故、全身が隠れていたのに女だとわかったのです?」
「香水の残り香」
父上の言葉に、側妃の肩が跳ねた。
「こ、香水でしたら女性だけが使う訳ではないでしょう」
「フローラル系の香水をつけるのは女性だけだろう?しかも門番は、その香りの持ち主を知っていた。月に数度、街へ買い物に行く側妃のものと一緒だったとな」
「同じ香水をつける人は他にもいるでしょう」
「あれは、おまえ以外誰もつけない香りだ」
父上は悲しそうだ。
「あれは、ここにお主が初めて来たときの印象をそのまま調香師に頼んで作らせた一点物だ。毎月、同じ物をお主宛に送るように手配していた。他につけている者がいる訳がないんだ」
「え?」
側妃が固まった。
「あの時のお主は、元気一杯で可愛らしかった。天真爛漫という言葉がふさわしかった。王妃を真剣に愛していた儂としては、最初のうちは申し訳ないという思いからなかなか上手くコミュニケーションが取れなかったが、少しずつ打ち解けていると思っていた。その時に作らせたのがあの香水だ」
父上が作らせたとは知らなかったのだろう。側妃は固まったまま、涙だけが頬を流れた。
「しかし、バイアルドを産んでからお主は変わった。王妃に嫌がらせをしたり、ラファエロを傷つけようとしたり……あの頃の可愛らしいお主は消えていた」
尚も続ける父上。
「王妃は少しずつ身体を壊していった。どんなに名医といわれる医者に見せても原因がわからなかった……酒場で元締めをしていた男が言っていた。側妃は昔からの顧客だと。遥か東にある国の薬をいつも買っていってくれたと……お主だったのだな……私の最愛を……」
それ以上は言葉にならなかった。
グアルティエロが父上に寄り添った。宰相も傍へ駆け寄る。
「父上、ここからは私に任せて頂いても?」
深紅の瞳で父上を見る。
「ああ、ああ、ラファエロ、頼む。おまえの母の真実を」
「はい!」
そうして父上は、二人に伴われて自室へと戻って行った。
扉をノックすれば、向こうからゆっくりと扉が開けられた。
「申し訳ないが、側妃殿はおられるか?」
「はい、少々お待ちください」
対応してくれた侍女は奥へと消えた。
「あらあ、第一王子殿下ではありませんか。こんな離れた所までわざわざ足をお運び頂くなんて、どういった御用件でしょう?」
ふわっとした濃い金髪に真っ青な瞳。小柄で昔はきっと可愛らしかったのだろうが、深く刻まれた皺は年齢以上に見せている。
「先触れもなく済まない。父上がお呼びだ」
途端に笑顔になった側妃。
「まあ、旦那様がですか?それは大変!なるべく早く向かいますので、支度の時間を頂いても?」
「ああ、構わない。彼を外で待機させるので、準備が整ったら謁見の間に来てくれ」
「謁見の間ですわね。わかりましたわ。急ぎます」
何か勘違いをしているようだが、まあほっておこう。
「じゃあ、あとは頼むぞ、チェーザレ」
「はい、1時間はかからないといいなあと、思いながら待ちますよ」
小一時間ほど後。
「申し訳ございません。支度に手間取りまして」
チェーザレにエスコートされて、側妃がやって来た。濃いピンク色のドレスに色取り取りの生花を髪に飾り立てた側妃は、ちょっと痛々しい。
「いや、構わん。呼び立てたのはこちらだ」
国王である父上が答えると、嬉しそうに微笑む側妃。その笑顔のままの性格であればもっと父上に愛してもらえたのだろう。
「呼び出したのは他でもない。お主【黒蠍】という組織を知っているか?」
「【黒蠍】ですか?いいえ、存じ上げませんが?その組織が何か?」
キョトンとした顔で首を傾げる。なんとなくあのチカチカを彷彿とさせる。
私の後ろに戻ってきたチェーザレも、それを感じたのが苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「そうか、知らぬか」
大きく溜息を吐いた父上。
「実はな、先日、夜中にラファエロが暗殺者たちに襲われたのだ」
「え?」
一瞬、素になった側妃。暗殺の実行日は特に知らされない為、まだだと思っていたのだろう。
「まあ、ラファエロは親の儂から見ても、文句なく強い。故に事なきを得たのだが」
軽く親バカが入った。後ろで肩を震わせているのがわかる。
「そ、それがその【黒蠍】だったと?」
必死に平静を取り繕っている側妃のこめかみに汗が流れたのが見えた。
「そうなのだ。奴らは今、地下牢に入っておる」
「それでな、依頼主は誰かと聞いたらとんでもない名前を出してきたのだ」
「さ、さようですか?一体、だ、誰だったというのです?」
緊張のあまりに言葉が引っかかり出している。
「……そなただ」
父上は真っ直ぐに側妃を見た。深い紺碧の瞳が側妃を睨むように見る。
「私?」
「そうだ。そなたが街外れにあるアジトまで依頼に来たと言っている」
「わ、私がそんな場所に行くなどありえません!」
「門番に確認した所、言っていた時刻に馬車が一台出入りしていた事が確認できた」
「それが、私であるという証拠でも?」
「いいや、御者も乗っていたのも黒いマントで全身を隠していたそうだ。女だったという事だけは分かったらしい」
「何故、全身が隠れていたのに女だとわかったのです?」
「香水の残り香」
父上の言葉に、側妃の肩が跳ねた。
「こ、香水でしたら女性だけが使う訳ではないでしょう」
「フローラル系の香水をつけるのは女性だけだろう?しかも門番は、その香りの持ち主を知っていた。月に数度、街へ買い物に行く側妃のものと一緒だったとな」
「同じ香水をつける人は他にもいるでしょう」
「あれは、おまえ以外誰もつけない香りだ」
父上は悲しそうだ。
「あれは、ここにお主が初めて来たときの印象をそのまま調香師に頼んで作らせた一点物だ。毎月、同じ物をお主宛に送るように手配していた。他につけている者がいる訳がないんだ」
「え?」
側妃が固まった。
「あの時のお主は、元気一杯で可愛らしかった。天真爛漫という言葉がふさわしかった。王妃を真剣に愛していた儂としては、最初のうちは申し訳ないという思いからなかなか上手くコミュニケーションが取れなかったが、少しずつ打ち解けていると思っていた。その時に作らせたのがあの香水だ」
父上が作らせたとは知らなかったのだろう。側妃は固まったまま、涙だけが頬を流れた。
「しかし、バイアルドを産んでからお主は変わった。王妃に嫌がらせをしたり、ラファエロを傷つけようとしたり……あの頃の可愛らしいお主は消えていた」
尚も続ける父上。
「王妃は少しずつ身体を壊していった。どんなに名医といわれる医者に見せても原因がわからなかった……酒場で元締めをしていた男が言っていた。側妃は昔からの顧客だと。遥か東にある国の薬をいつも買っていってくれたと……お主だったのだな……私の最愛を……」
それ以上は言葉にならなかった。
グアルティエロが父上に寄り添った。宰相も傍へ駆け寄る。
「父上、ここからは私に任せて頂いても?」
深紅の瞳で父上を見る。
「ああ、ああ、ラファエロ、頼む。おまえの母の真実を」
「はい!」
そうして父上は、二人に伴われて自室へと戻って行った。
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