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襲撃

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 星が瞬きだした中、1台の馬車が隣国へと向けて走っていた。
乗っているのは私と見届け人としている兄のチェーザレ、あとは御者のみ。

馬車の中は静かだった。

どれ程進んだのか、ずっと無言を貫いていた兄が少し気遣うように言う。
「傷は大丈夫か?」
「はい」

「……本当はどちらなのだ?ビビアナに嫌がらせはしていないのか?」
「しておりません。調べて頂ければわかることです。そもそも彼女と会話を交わしたこともありませんのに嫌がらせをするなどありえません」

「だが、バイアルド殿下がビビアナと親密になるのを見て嫉妬したのではないのか?」
「全くしなかった、といえば嘘になります。多少の好意はありましたもの。ですが、人の気持ちはどうにもならないでしょう。それに国の第二王子ともあろう方が、我を忘れて溺れていく様を見ればそんな想いはあっという間に消え去ってしまいました」
「……そうか」

「お兄様こそ、婚約者の方をないがしろにするほどビビアナ様に心酔して……どうしてあんなに殿方を侍らせていた彼女を受け入れていたんですか?本当に好きならば、自分だけを見て欲しいと思わなかったのですか?」
「始めは思っていたさ。それなりにアピールもした。だが、いつからか感覚がマヒしていた。あの状況を当然と思っていたんだ」

まるで魅了の魔法にかけられたかのような物言い。彼女は魅了を使うほど、優れた魔法使いであったのだろうか?そんな風には感じられなかったが。

「それよりも、お兄様はこの事をお父様たちにどう説明なさるおつもりですか?」
「……」
「第一王子殿下の側近であり聡明なはずのお兄様が一体どうしたというのです?こんな事、国王様や第一王子殿下がいらっしゃらない状況で実行してしまって、許される事ではないと考えなくてもわかるでしょう」

「あの時は、全て正しい事であると信じていたんだ。どうしてなのかと問われてもわからないが……」

再び馬車の中に静寂が訪れる。

「……帰ろう」
チェーザレが真っ直ぐ私を見て言った。
「え?」
「やっぱり間違っている。あの時はどうかしていた。一度、屋敷に帰ろう。そして父上や陛下に話して正式に調べてもらう」

そう言うと馬車の窓を開け、御者に戻るように伝えようとしたチェーザレが固まった。
「どうしたんですの?」
「御者が死んでる」
反対の窓を開け外を覗く。

馬車はいつの間にか停まっており、御者台には暗闇でもわかるほど、どす黒い染みが拡がり滴っていた。

「リーザ、馬車から出るな」
数か月ぶりに昔の呼び方で呼ばれた私は嬉しくなり素直に
「はい」
と答えた。

お兄様が外に出てすぐ、剣がぶつかり合う音が聞こえた。お兄様は学園で一二位を争うほど強い。そんじょそこらの盗賊が束になっても敵わないほどの実力だ。だから私は安心しきっていた。

剣の音が聞こえなくなる。もう終わったのかと思ったが、さすがに早過ぎる気がした。
窓からそっと覗こうとした矢先
「リーザ!逃げろ!!」
お兄様が叫んだ。同時に馬車の扉が開けられる。

見知らぬ男たちがたくさん見えた。その中の一人に腕を掴まれ外へ引っ張り出される。
明らかに盗賊風の男たちが下卑た目で私を見て言った。
「あんたに恨みは何もねえんだけどよ。聖女様があんたとそこのにいさんを殺せって言うんだよ。失敗したら聖なる力で全員殺すって脅されちゃあこっちもやるしかないんでねえ」

お兄様を見るとゼイゼイと肩で息をしている。大量の汗をかいて具合が悪そうだ。
「お兄様」
駆け寄ろうとすると腕を掴まれる。

「そこのにいさんはな、神経毒を飲まされてるんだよ。聖女様が神経毒で動けないようにしておくって言っていたからなあ」
ガハハハと下品に笑う盗賊たち。
何故聖女がお兄様まで殺そうとするの?疑問が湧くがそれどころではなかった。

「せっかくこんな綺麗な嬢ちゃんだ。ただ殺すってのも面白くないなあ。死ぬ前に天国見せてやるよ」
そう言われた途端、ドレスを引き裂かれた。これから身に起こる恐怖に身体が震える。

「止めろ!!」
お兄様が叫ぶ。傍にいた男にガッと殴られる。
「あんたはまあ、黙って見てろよ。その後で殺してやるから」

「嫌!やめて!」
叫ぼうが暴れようが全く歯が立たない。
「ちとうるせえな」
猿轡を噛まされる。
数人の男たちに身体を押さえつけられ、何も準備のなされていないそこを思い切り貫かれた。

痛みでどうにかなりそうだった。
「んんーっ」
どんなに叫んでも声にならない。涙が次から次へと流れる。

「やめろーっ!!」
お兄様が叫ぶ声が辛うじて聞こえる。が、次の瞬間目の横で血しぶきが舞った。明らかにお兄様のいた辺りだった。
「うるせえからもう切っちまったよ」
赤く染まった剣を振りながら、その辺の石でも蹴飛ばしたくらいの軽さで言う男。

私は恐怖と絶望で胸が張り裂けんばかりに苦しくなった。そして、何人目かわからない男に貫かれた時、命の終わりを迎えた。
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