2 / 40
襲撃
しおりを挟む
星が瞬きだした中、1台の馬車が隣国へと向けて走っていた。
乗っているのは私と見届け人としている兄のチェーザレ、あとは御者のみ。
馬車の中は静かだった。
どれ程進んだのか、ずっと無言を貫いていた兄が少し気遣うように言う。
「傷は大丈夫か?」
「はい」
「……本当はどちらなのだ?ビビアナに嫌がらせはしていないのか?」
「しておりません。調べて頂ければわかることです。そもそも彼女と会話を交わしたこともありませんのに嫌がらせをするなどありえません」
「だが、バイアルド殿下がビビアナと親密になるのを見て嫉妬したのではないのか?」
「全くしなかった、といえば嘘になります。多少の好意はありましたもの。ですが、人の気持ちはどうにもならないでしょう。それに国の第二王子ともあろう方が、我を忘れて溺れていく様を見ればそんな想いはあっという間に消え去ってしまいました」
「……そうか」
「お兄様こそ、婚約者の方をないがしろにするほどビビアナ様に心酔して……どうしてあんなに殿方を侍らせていた彼女を受け入れていたんですか?本当に好きならば、自分だけを見て欲しいと思わなかったのですか?」
「始めは思っていたさ。それなりにアピールもした。だが、いつからか感覚がマヒしていた。あの状況を当然と思っていたんだ」
まるで魅了の魔法にかけられたかのような物言い。彼女は魅了を使うほど、優れた魔法使いであったのだろうか?そんな風には感じられなかったが。
「それよりも、お兄様はこの事をお父様たちにどう説明なさるおつもりですか?」
「……」
「第一王子殿下の側近であり聡明なはずのお兄様が一体どうしたというのです?こんな事、国王様や第一王子殿下がいらっしゃらない状況で実行してしまって、許される事ではないと考えなくてもわかるでしょう」
「あの時は、全て正しい事であると信じていたんだ。どうしてなのかと問われてもわからないが……」
再び馬車の中に静寂が訪れる。
「……帰ろう」
チェーザレが真っ直ぐ私を見て言った。
「え?」
「やっぱり間違っている。あの時はどうかしていた。一度、屋敷に帰ろう。そして父上や陛下に話して正式に調べてもらう」
そう言うと馬車の窓を開け、御者に戻るように伝えようとしたチェーザレが固まった。
「どうしたんですの?」
「御者が死んでる」
反対の窓を開け外を覗く。
馬車はいつの間にか停まっており、御者台には暗闇でもわかるほど、どす黒い染みが拡がり滴っていた。
「リーザ、馬車から出るな」
数か月ぶりに昔の呼び方で呼ばれた私は嬉しくなり素直に
「はい」
と答えた。
お兄様が外に出てすぐ、剣がぶつかり合う音が聞こえた。お兄様は学園で一二位を争うほど強い。そんじょそこらの盗賊が束になっても敵わないほどの実力だ。だから私は安心しきっていた。
剣の音が聞こえなくなる。もう終わったのかと思ったが、さすがに早過ぎる気がした。
窓からそっと覗こうとした矢先
「リーザ!逃げろ!!」
お兄様が叫んだ。同時に馬車の扉が開けられる。
見知らぬ男たちがたくさん見えた。その中の一人に腕を掴まれ外へ引っ張り出される。
明らかに盗賊風の男たちが下卑た目で私を見て言った。
「あんたに恨みは何もねえんだけどよ。聖女様があんたとそこのにいさんを殺せって言うんだよ。失敗したら聖なる力で全員殺すって脅されちゃあこっちもやるしかないんでねえ」
お兄様を見るとゼイゼイと肩で息をしている。大量の汗をかいて具合が悪そうだ。
「お兄様」
駆け寄ろうとすると腕を掴まれる。
「そこのにいさんはな、神経毒を飲まされてるんだよ。聖女様が神経毒で動けないようにしておくって言っていたからなあ」
ガハハハと下品に笑う盗賊たち。
何故聖女がお兄様まで殺そうとするの?疑問が湧くがそれどころではなかった。
「せっかくこんな綺麗な嬢ちゃんだ。ただ殺すってのも面白くないなあ。死ぬ前に天国見せてやるよ」
そう言われた途端、ドレスを引き裂かれた。これから身に起こる恐怖に身体が震える。
「止めろ!!」
お兄様が叫ぶ。傍にいた男にガッと殴られる。
「あんたはまあ、黙って見てろよ。その後で殺してやるから」
「嫌!やめて!」
叫ぼうが暴れようが全く歯が立たない。
「ちとうるせえな」
猿轡を噛まされる。
数人の男たちに身体を押さえつけられ、何も準備のなされていないそこを思い切り貫かれた。
痛みでどうにかなりそうだった。
「んんーっ」
どんなに叫んでも声にならない。涙が次から次へと流れる。
「やめろーっ!!」
お兄様が叫ぶ声が辛うじて聞こえる。が、次の瞬間目の横で血しぶきが舞った。明らかにお兄様のいた辺りだった。
「うるせえからもう切っちまったよ」
赤く染まった剣を振りながら、その辺の石でも蹴飛ばしたくらいの軽さで言う男。
私は恐怖と絶望で胸が張り裂けんばかりに苦しくなった。そして、何人目かわからない男に貫かれた時、命の終わりを迎えた。
乗っているのは私と見届け人としている兄のチェーザレ、あとは御者のみ。
馬車の中は静かだった。
どれ程進んだのか、ずっと無言を貫いていた兄が少し気遣うように言う。
「傷は大丈夫か?」
「はい」
「……本当はどちらなのだ?ビビアナに嫌がらせはしていないのか?」
「しておりません。調べて頂ければわかることです。そもそも彼女と会話を交わしたこともありませんのに嫌がらせをするなどありえません」
「だが、バイアルド殿下がビビアナと親密になるのを見て嫉妬したのではないのか?」
「全くしなかった、といえば嘘になります。多少の好意はありましたもの。ですが、人の気持ちはどうにもならないでしょう。それに国の第二王子ともあろう方が、我を忘れて溺れていく様を見ればそんな想いはあっという間に消え去ってしまいました」
「……そうか」
「お兄様こそ、婚約者の方をないがしろにするほどビビアナ様に心酔して……どうしてあんなに殿方を侍らせていた彼女を受け入れていたんですか?本当に好きならば、自分だけを見て欲しいと思わなかったのですか?」
「始めは思っていたさ。それなりにアピールもした。だが、いつからか感覚がマヒしていた。あの状況を当然と思っていたんだ」
まるで魅了の魔法にかけられたかのような物言い。彼女は魅了を使うほど、優れた魔法使いであったのだろうか?そんな風には感じられなかったが。
「それよりも、お兄様はこの事をお父様たちにどう説明なさるおつもりですか?」
「……」
「第一王子殿下の側近であり聡明なはずのお兄様が一体どうしたというのです?こんな事、国王様や第一王子殿下がいらっしゃらない状況で実行してしまって、許される事ではないと考えなくてもわかるでしょう」
「あの時は、全て正しい事であると信じていたんだ。どうしてなのかと問われてもわからないが……」
再び馬車の中に静寂が訪れる。
「……帰ろう」
チェーザレが真っ直ぐ私を見て言った。
「え?」
「やっぱり間違っている。あの時はどうかしていた。一度、屋敷に帰ろう。そして父上や陛下に話して正式に調べてもらう」
そう言うと馬車の窓を開け、御者に戻るように伝えようとしたチェーザレが固まった。
「どうしたんですの?」
「御者が死んでる」
反対の窓を開け外を覗く。
馬車はいつの間にか停まっており、御者台には暗闇でもわかるほど、どす黒い染みが拡がり滴っていた。
「リーザ、馬車から出るな」
数か月ぶりに昔の呼び方で呼ばれた私は嬉しくなり素直に
「はい」
と答えた。
お兄様が外に出てすぐ、剣がぶつかり合う音が聞こえた。お兄様は学園で一二位を争うほど強い。そんじょそこらの盗賊が束になっても敵わないほどの実力だ。だから私は安心しきっていた。
剣の音が聞こえなくなる。もう終わったのかと思ったが、さすがに早過ぎる気がした。
窓からそっと覗こうとした矢先
「リーザ!逃げろ!!」
お兄様が叫んだ。同時に馬車の扉が開けられる。
見知らぬ男たちがたくさん見えた。その中の一人に腕を掴まれ外へ引っ張り出される。
明らかに盗賊風の男たちが下卑た目で私を見て言った。
「あんたに恨みは何もねえんだけどよ。聖女様があんたとそこのにいさんを殺せって言うんだよ。失敗したら聖なる力で全員殺すって脅されちゃあこっちもやるしかないんでねえ」
お兄様を見るとゼイゼイと肩で息をしている。大量の汗をかいて具合が悪そうだ。
「お兄様」
駆け寄ろうとすると腕を掴まれる。
「そこのにいさんはな、神経毒を飲まされてるんだよ。聖女様が神経毒で動けないようにしておくって言っていたからなあ」
ガハハハと下品に笑う盗賊たち。
何故聖女がお兄様まで殺そうとするの?疑問が湧くがそれどころではなかった。
「せっかくこんな綺麗な嬢ちゃんだ。ただ殺すってのも面白くないなあ。死ぬ前に天国見せてやるよ」
そう言われた途端、ドレスを引き裂かれた。これから身に起こる恐怖に身体が震える。
「止めろ!!」
お兄様が叫ぶ。傍にいた男にガッと殴られる。
「あんたはまあ、黙って見てろよ。その後で殺してやるから」
「嫌!やめて!」
叫ぼうが暴れようが全く歯が立たない。
「ちとうるせえな」
猿轡を噛まされる。
数人の男たちに身体を押さえつけられ、何も準備のなされていないそこを思い切り貫かれた。
痛みでどうにかなりそうだった。
「んんーっ」
どんなに叫んでも声にならない。涙が次から次へと流れる。
「やめろーっ!!」
お兄様が叫ぶ声が辛うじて聞こえる。が、次の瞬間目の横で血しぶきが舞った。明らかにお兄様のいた辺りだった。
「うるせえからもう切っちまったよ」
赤く染まった剣を振りながら、その辺の石でも蹴飛ばしたくらいの軽さで言う男。
私は恐怖と絶望で胸が張り裂けんばかりに苦しくなった。そして、何人目かわからない男に貫かれた時、命の終わりを迎えた。
21
お気に入りに追加
3,486
あなたにおすすめの小説
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【完結】婚約破棄された公爵令嬢、やることもないので趣味に没頭した結果
バレシエ
恋愛
サンカレア公爵令嬢オリビア・サンカレアは、恋愛小説が好きなごく普通の公爵令嬢である。
そんな彼女は学院の卒業パーティーを友人のリリアナと楽しんでいた。
そこに遅れて登場したのが彼女の婚約者で、王国の第一王子レオンハルト・フォン・グランベルである。
彼のそばにはあろうことか、婚約者のオリビアを差し置いて、王子とイチャイチャする少女がいるではないか!
「今日こそはガツンといってやりますわ!」と、心強いお供を引き連れ王子を詰めるオリビア。
やりこまれてしまいそうになりながらも、優秀な援護射撃を受け、王子をたしなめることに成功したかと思ったのもつかの間、王子は起死回生の一手を打つ!
「オリビア、お前との婚約は今日限りだ! 今、この時をもって婚約を破棄させてもらう!」
「なぁッ!! なんですってぇー!!!」
あまりの出来事に昏倒するオリビア!
この事件は王国に大きな波紋を起こすことになるが、徐々に日常が回復するにつれて、オリビアは手持ち無沙汰を感じるようになる。
学園も卒業し、王妃教育も無くなってしまって、やることがなくなってしまったのだ。
そこで唯一の趣味である恋愛小説を読んで時間を潰そうとするが、なにか物足りない。
そして、ふと思いついてしまうのである。
「そうだ! わたくしも小説を書いてみようかしら!」
ここに謎の恋愛小説家オリビア~ンが爆誕した。
彼女の作品は王国全土で人気を博し、次第にオリビアを捨てた王子たちを苦しめていくのであった。
目を覚ました気弱な彼女は腹黒令嬢になり復讐する
音爽(ネソウ)
恋愛
家族と婚約者に虐げられてきた伯爵令嬢ジーン・ベンスは日々のストレスが重なり、高熱を出して寝込んだ。彼女は悪夢にうなされ続けた、夢の中でまで冷遇される理不尽さに激怒する。そして、目覚めた時彼女は気弱な自分を払拭して復讐に燃えるのだった。
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。
転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!
Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。
転生前も寝たきりだったのに。
次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。
でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。
何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。
病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。
過去を克服し、二人の行く末は?
ハッピーエンド、結婚へ!
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる