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セリフまで一緒

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 え?いやだ、もしかして本当に暴漢やって来た?嘘でしょう。本当にアネリのいう通りの状況になっている。ああ、なんかもう笑えてきちゃうわ。
「アネリ、とっとと片付けちゃおう」
裏通りに誘い込まれる程の事でもない。アネリもクーも、勿論私も。こんな暴漢如きにどうこうされる私たちではない。まあ、アネリとクーは生かすって事を理解出来そうもないから、私が一人捕獲する事にしよう。成功すれば黒幕を突き止められるかもしれない。そう思って聞いたのに、アネリの返事は全く違っていた。
「何を言っているのですか、お嬢様。ちゃんと裏通りまで誘われてください。私は影で見守っておりますから、しっかり誘導されるのです」
アネリは私を見つめ、とってもいい顔で言った。どうしてそんなに嬉しそうなのか、主人が襲われる事をこんなに楽しみにする侍女がいる?
「面倒臭い」
私は助けてもらわなくてはいけない人間ではない。こんなの時間の無駄でしょ。そう思いながらムスッとする私を見るアネリの目は真剣だ。動機は不毛だけれど。
「何を言っているのです。これはお嬢様の命を守る為でもあるのです!」
もう既に本の通りになんて進んでないんだから、ここだけ本の通りにしても無駄でしょ。そもそも本来は私じゃないんだし。そうは思ってアネリを見つめ返すも、とっても楽しそうなアネリの顔を見ていると仕方ないって思ってしまうのも事実で。
「はあ、わかったわよ。ちょっと誘導されてくる」
そう言って私は、怯えるような演技をしながら裏通りへ誘われてあげる事にした。

裏通りに入るとすぐに、四方から男たちが出て来た。
「ミケーリア・ディガバルディだな。貴様に恨みはないがボロボロにして欲しいと言う依頼を受けてな。なあに、命を獲ったりはしない。ただ、少し俺たちにいい思いをさせてくれればいいんだよ」
名前以外はちゃんと本の通りのセリフだ。凄いなあと変なところで感心してしまう。しかし、ここで私は困った事になっしまった。私の中の怯える演技に限界がやって来たのだ。これ以上、どう怯えていいのかわからない。取り敢えず助けてって言えばいいかな?

「た、助けてー」
ああ。「ヤッホー」くらいのノリになってしまった。男たちは怖すぎて私がちょっと気が触れたようだと言っている。逆だよ、怖くなさすぎて気が触れそうなの。
「ま、まあ、気が触れたとしても別に構わないだろう。こんないい女を相手にするなんて事はそうそうないからな」
そう言った男の腕が、私に伸びて来た。
『え?ねえ?アネリちゃん。この場合、私ってどうするの?ぶっ飛ばしていいんだっけ?触られるのすっごく嫌なんだけど。なんか手がギトギトしてるっぽいんだけどぉ』
心の中で叫んでみる。クーにはきっと聞こえているはず。でもクーはアネリの腕の中だ。その間にも男の腕は私に近付いて来ている。下がろうにも後ろにも男が。

ああ、もうダメだ。耐えられない。私の手の中で魔力が膨らんだ。その時だ。
「そこで何をしている⁉︎」
私に手を伸ばしていた男が、私の真横を通って吹っ飛んだ。
「え?」
男が吹っ飛んだ事で、私の場所から彼の姿が露わになる。
「ルド様……」
見た事のない空気だった。魔力だけではない……覇気だ。魔力と覇気が融合して、とてつもない圧が男に当たって吹っ飛んだのだ。なんて凄まじい威力なのだろう。いつもの優しい雰囲気とは全く違った一面を目の当たりにして、呆けたように見つめてしまう。

「リア!」
私の元に走り寄ったアルノルド王子は、私を自分の背後に隠し他の3人の男たちと対峙する。
「おまえたち、彼女に指一本でも触れてみろ。その指からバラバラにしてやる」
真紅の瞳がギラリと光った。そして再び先ほどと同じような圧が男たちに浴びせられる。
「ひぃっ」
圧に負けた男たちは、立っていられないのか膝をついた。そんな男たちを見下ろしながらいつもより低い声音でルト様が言った。
「さっさと退け。俺に殺されたくなかったらな」
その声に、言葉に身体をびくつかせた男たちはなんとか立ち上がり、吹っ飛んで伸びている男を担いで逃げて行った。

「大丈夫か?」
私に向き直ったアルノルド王子の顔は、先程の荒々しさは何処へやら。一転して不安そうな表情をしている。たまに見るワンコの顔。そんな王子を安心させるように私は笑顔を見せた。どうもまた心臓がおかしな鳴動を始めているけれど、とりあえず無視だ。
「はい、ルド様のお陰で無事です。ありがとうございます」
私の返事にホッとした様子の王子。だが今度は少し険しい表情を見せた。
「何故、裏通りになど?」
わざとです、とは間違っても言えない。侍女が馬車に荷物を入れに行って離れている隙に、いつの間にか男たちが付き纏って来たので、逃げていたらここに踏み込んでしまったのだと答えた。
「リアを初めから狙っていたわけか」
そう言った王子は、私の手を取ると「送る」と言って馬車の所まで連れて行ってくれた。

馬車に到着するまで、ずっと私と手を繋いでいたアルノルド王子は私を馬車に乗せる直前、繋いでいた私の手をキュッと握りしめてから指先にキスを落とした。
「リアを守れて本当に良かった。偶然、あの場を通らなかったらと思うと……」
そう言って再び私の手をキュッと握り、自分の頬へ寄せた。
「そういえば以前も助けてくださいましたよね。殿下は何故あのような場所に?」
素朴な疑問だった。本の通りに動くためと言ってしまえばそれまでなのだけれど、それでもそれらしい理由はあるだろう。すると、王子は少し悪戯っ子のような顔つきになる。
「息抜きによく一人でウロウロするんだ。皆には内緒だ」
その表情が可愛らしく見えて、私は少し笑ってしまった。
「ふふ、内緒ですね」
「ああ」
そう言った王子は私を馬車に乗せると、名残惜しそうに最後まで手を振ってくれていた。ニヤニヤしているアネリを気にする余裕もなく、もう景色しか映していない窓を見つめ呆けていたのだった。
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