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またもやイベントです

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 クリスマスイヴ。私たちは大教会へ祈りを捧げに行く支度に追われていた。王都ではイヴに貴族たち、クリスマスには貴族以外が祈りを捧げる事が通例になっている。白と銀を混ぜ込んで織り上げたような色合いのシンプルなドレスに、雪のように真っ白のフード付きのマントを羽織る。

特にドレスやマントの色の規制はないが、厳かな雰囲気の場において、ド派手な色のドレスやマントはタブーだという事は、暗黙の了解となっていた。
『まあ、知らない人間もいるのよね』
意気揚々と馬車に乗り込んだ母娘に驚きながら、そんな風に頭の中で突っ込んでいた。母親の方は真っ赤なマント、娘の方はピンクのマント姿だった。きっと中のドレスもさぞかし目に優しくない色味なのだろう。そんな二人の事が嫌なのか、クーは私のマントの中に隠れてしまった。そんなクーも今日はマントを着けている。私とお揃いの真っ白なマントだ。

 大教会に到着すると、司祭様に火の点いていないキャンドルを渡された。祈りを捧げた後にツリーに飾る為のキャンドルだ。渡されたキャンドルには貴族たちが魔力を使って、金貨や銀貨を封入し火を灯した後ツリーに飾るのだ。そして翌日、街の子供たちがツリーに飾られたキャンドルを持ち帰る。使い切る頃に中に封入されたコインを受け取る事が出来るという仕組みになっている。貴族たちからのささやかなクリスマスプレゼントという事になる訳だ。

祈りを終わらせ、早速、キャンドルを飾りにツリーの少し前まで行く。


【シシリーはキャンドルを両手で大事そうに持つと、ツリーの前に歩み寄った。軽くシシリーの4倍以上はあろうかという大きさのツリーに圧倒されながらも、どうせなら高い場所に飾りたいと設置されていた脚立に足をかけた。
「シシリー、気をつけるんだよ」
脚立を支えながら心配そうな顔をしてシシリーを見つめる義兄に笑みを返す。
「大丈夫よ、ゆっくり昇るから」
宣言した通りにゆっくりと昇って行く。ほぼ天辺まで来ると、シシリーはそっとキャンドルをツリーに飾った。
「ふふ、少し上過ぎたかしら?」
明日子供たちが来ても、ここまで高い位置に飾ってしまうと取れないかもしれない。一生懸命にキャンドルに手を伸ばす子供たちを想像して、思わず笑みが溢れてしまった。

その時だった。ぐらりと体勢を崩してしまったシシリー。まずいと思った時にはもう脚立から足は離れていた。
「シシリー!」
慌てたヴィートが脚立から手を離す。が、グラリと脚立が揺れたために離した手を元に戻さざるを得ない。するとそんなヴィートのすぐ横にスッと男性が現れる。

トサリと何かに受け止められたシシリー。恐怖で閉じていた目を恐る恐る開ける。
「……アルノルド様?」】


『そういえば、そうだったわね』
小説の内容を思い出した私は、懸命になってキャンドルにコインを閉じ込めようと奮闘しているシシリー嬢を見た。
『上の方に飾ろうと思ったけど、まずは彼女の行動を観察してからにしようっと』

ツリーの手前でシシリー嬢の行動を観察する。
「これを一番上に飾ればいいのよね」
彼女の独り言が聞こえた。やはり本の内容の通りにしようとしているようだ。
「お義兄じゃなかった、ヴィート様。脚立を支えてくれませんか?」
シシリー嬢が放った言葉に、キャンドルを飾り終わったお兄様が怪訝な顔をした。
「まさかシシリー嬢、脚立で上に?」
「はい、一番上に飾りたいんです」
ウフフと笑いながら答えるシシリー嬢を見て、お兄様の眉間に皺が寄る。
「落ちて怪我をしたら大変だよ。やめた方がいいんじゃないかな」
やんわりとやめさせようとしている。きっと周囲に面倒をかける事を予測しているのだろう。お兄様の中で彼女は、歩く災害扱いなのかもしれない。けれども彼女の捉え方は違っていた。

「私を心配してくれるんですね、嬉しい。でも大丈夫ですよ。落ちても受け止めてくれるので」
「落ちても受け止めてくれる?」
シシリー嬢と言葉を交わす度にお兄様の顔がどんどん険しくなる。しかし、彼女は全く気がついていないらしく楽しそうに笑っていた。
「ウフフ、なんでもありません」
「はああ、もういい。私が脚立を支えるから、本当に気を付けてね」
大きなため息と共に脚立をギュッと持つお兄様。
「ありがとう、ヴィート様」
満面の笑みでお礼を言ったシシリー嬢は、キャンドルを片手で持つと脚立をえっちらおっちらと昇り出した。
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