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月と王子
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後ろを振り返るのが怖い。聞こえなかったフリをして、そのままこの場を立ち去ってしまおうか。けれど、私が行動するよりも前に声の主が先に動いた。
「何に見つからないように気を付けるのか聞いても?」
目の前にはシャツの胸元をはだけさせた男性が立っている。どうしてそんなにセクシーな格好なのだろう?恥ずかしくて胸元から目線を外すと、金色の髪が風に靡いているのが見えた。月の光を受けて輝いている姿が美しくて、引き込まれそうになる。そのままもう少し目線を上げると、深紅の瞳とばっちり目が合ってしまった。
「何か見つかったらマズイものでもあるのか?」
呆けていつまでも答えない私に、再び問うてくる。いや、あなたに見つからないようにって事だったのだけど、バッチリ見つかってしまったよ。
「ああっと……侍女に、です。黙って出て来たので……」
「そうか」
思いついた言い訳をダメもとで言ってみたけど、どうやら誤魔化せたようだ。
『うわぁ』
ふっと笑みを浮かべたアルノルド王子のあまりの美しさに、逃げたい相手だという事も忘れて心の中で感嘆の声を上げてしまう。
「侍女に黙ってこんな時間に散歩か?」
王子の柔らかいテノールの声が優しく響く。
『本の印象とは少し違うみたい』
本の中のアルノルド王子は、もっと威圧的な雰囲気を持った印象が強かった。こんな甘やかな声は、終盤になってシシリー嬢に囁く時だけじゃないだろうか。
「はい、クーが……私のキツネが満月の月の光を浴びたいと言うので」
何故か素直に答えてしまう。どうやら彼の雰囲気が柔らかいせいで、こちらまで素直な気持ちになってしまうようだ。自分の行動に戸惑っていると、王子はクーのいる方を見ながら話を続けた。
「ああ、あの金色のキツネか」
「ええ」
「あのキツネの言っている事が理解出来るのか?」
「え?」
そうだった。あの子が聖獣である事は家族以外誰も知らない。あくまでも精霊のペットという事になっているのだ。
「あ、ええっと。なんとなくですが、わかるのです」
それ以上の上手い言葉が見つからない。動物と会話出来るのって言っている、夢見がちな馬鹿な娘とでも思ってくれればいい。
「そうか。羨ましいな」
しかしアルノルド王子は、馬鹿にした様子もなく普通に答えた。なんだかむず痒くなってしまう。それからはお互いに、無言でクーが走り回っている姿を見ていた。
『もうあと少しで月が一番高い位置になるわ』
そう思っていると、再びアルノルド王子が声を掛けて来た。
「ミケーリア嬢は……その……婚、約者の事をどう思っている?」
は?自分の事をどう思っているかって?一体どの面下げてそんな質問をしているのかと、チラリとアルノルド王子を盗み見る。彼はこちらを見ずに月を見ていた。
『正直に言っていいかな』
不敬罪とか言われないかと一瞬思ったが、なんとなく本当の気持ちを言った方がいい気がした。
「そうですね……婚約者と決まってからも、一度もお会いした事もありませんし、それはつまりそういう事なのだろうとこちらも気にしておりませんでした。父からもいざとなったらいつでも解消させるからと言ってもらっていましたし、どうやら婚約の話自体、公にはなっていないようですし……正直、婚約者などいないと思っております」
言ってしまった。思っていた事を丸っと包み隠さず。ちょっとスッキリしてしまった。気になってアルノルド王子を見ると目が合ってしまう。彼は、私を見つめていた。私を見つめて困ったような顔をしている。
『どうしてそんな顔になる?』
そちらから婚約を決めておいて、そのくせに交流を持つどころか一切会おうともしなかったくせに。それなのにどうして、そんな困ったような、悲しそうな顔をするのだろうか。
時が止まったかのように見つめ合っていると、クーが私を呼ぶ声が聞こえた。
『リア!来たよ。月が真上に来た!』
「クー?」
こちらに駆け寄って来たクーを抱きかかえる。クーは一瞬だけアルノルド王子の事を見たけれど、気にしていないようだ。
『リアも一緒に浴びよう、気持ちいいから』
「ふふ、わかった」
クーと一緒に月を見上げると、月が更に輝きを増したように見えた。
「何に見つからないように気を付けるのか聞いても?」
目の前にはシャツの胸元をはだけさせた男性が立っている。どうしてそんなにセクシーな格好なのだろう?恥ずかしくて胸元から目線を外すと、金色の髪が風に靡いているのが見えた。月の光を受けて輝いている姿が美しくて、引き込まれそうになる。そのままもう少し目線を上げると、深紅の瞳とばっちり目が合ってしまった。
「何か見つかったらマズイものでもあるのか?」
呆けていつまでも答えない私に、再び問うてくる。いや、あなたに見つからないようにって事だったのだけど、バッチリ見つかってしまったよ。
「ああっと……侍女に、です。黙って出て来たので……」
「そうか」
思いついた言い訳をダメもとで言ってみたけど、どうやら誤魔化せたようだ。
『うわぁ』
ふっと笑みを浮かべたアルノルド王子のあまりの美しさに、逃げたい相手だという事も忘れて心の中で感嘆の声を上げてしまう。
「侍女に黙ってこんな時間に散歩か?」
王子の柔らかいテノールの声が優しく響く。
『本の印象とは少し違うみたい』
本の中のアルノルド王子は、もっと威圧的な雰囲気を持った印象が強かった。こんな甘やかな声は、終盤になってシシリー嬢に囁く時だけじゃないだろうか。
「はい、クーが……私のキツネが満月の月の光を浴びたいと言うので」
何故か素直に答えてしまう。どうやら彼の雰囲気が柔らかいせいで、こちらまで素直な気持ちになってしまうようだ。自分の行動に戸惑っていると、王子はクーのいる方を見ながら話を続けた。
「ああ、あの金色のキツネか」
「ええ」
「あのキツネの言っている事が理解出来るのか?」
「え?」
そうだった。あの子が聖獣である事は家族以外誰も知らない。あくまでも精霊のペットという事になっているのだ。
「あ、ええっと。なんとなくですが、わかるのです」
それ以上の上手い言葉が見つからない。動物と会話出来るのって言っている、夢見がちな馬鹿な娘とでも思ってくれればいい。
「そうか。羨ましいな」
しかしアルノルド王子は、馬鹿にした様子もなく普通に答えた。なんだかむず痒くなってしまう。それからはお互いに、無言でクーが走り回っている姿を見ていた。
『もうあと少しで月が一番高い位置になるわ』
そう思っていると、再びアルノルド王子が声を掛けて来た。
「ミケーリア嬢は……その……婚、約者の事をどう思っている?」
は?自分の事をどう思っているかって?一体どの面下げてそんな質問をしているのかと、チラリとアルノルド王子を盗み見る。彼はこちらを見ずに月を見ていた。
『正直に言っていいかな』
不敬罪とか言われないかと一瞬思ったが、なんとなく本当の気持ちを言った方がいい気がした。
「そうですね……婚約者と決まってからも、一度もお会いした事もありませんし、それはつまりそういう事なのだろうとこちらも気にしておりませんでした。父からもいざとなったらいつでも解消させるからと言ってもらっていましたし、どうやら婚約の話自体、公にはなっていないようですし……正直、婚約者などいないと思っております」
言ってしまった。思っていた事を丸っと包み隠さず。ちょっとスッキリしてしまった。気になってアルノルド王子を見ると目が合ってしまう。彼は、私を見つめていた。私を見つめて困ったような顔をしている。
『どうしてそんな顔になる?』
そちらから婚約を決めておいて、そのくせに交流を持つどころか一切会おうともしなかったくせに。それなのにどうして、そんな困ったような、悲しそうな顔をするのだろうか。
時が止まったかのように見つめ合っていると、クーが私を呼ぶ声が聞こえた。
『リア!来たよ。月が真上に来た!』
「クー?」
こちらに駆け寄って来たクーを抱きかかえる。クーは一瞬だけアルノルド王子の事を見たけれど、気にしていないようだ。
『リアも一緒に浴びよう、気持ちいいから』
「ふふ、わかった」
クーと一緒に月を見上げると、月が更に輝きを増したように見えた。
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