8 / 40
私は荷物ではないのだが
しおりを挟む
「ベニート様」
救世主と思って振り返ると、ベニート様だった。
「どうしたのです?可愛らしい顔を曇らせて」
いつものように近い距離で私の頬をサラッと撫でる。
「エルダに触るな」
アルド殿が無理矢理、間に入って来た。
「おや?魔術師団の副団長殿。何故こちらに?」
「エルダを口説くため」
「それは、それは。彼女はそう簡単には落とせませんよ」
「そんなの、関係ない」
「ですが、ここは騎士たちの訓練場。熟練の騎士たちであれば、気にもせずに訓練も続けられるでしょうが、まだ若い騎士たちもいるのです。気が散ってもし彼らが怪我でもしたら、どう責任を取るおつもりですか?」
流石、次期宰相殿。ド正論をかました。
「……わかった。今は戻る」
少し不貞腐れた様子だったが、素直に戻って行ってくれた。
「ありがとうございます、ベニート様」
お礼を言うと、もう一歩近づかれた。だから近いって。
「貴女はどうして私の敵を作るのですか?」
「敵、ですか?」
「そうですよ。王太子殿下だけでもお腹が一杯だというのに。アルセニオやアルド殿まで」
王太子殿下はわかる。良きライバルという所だろう。でも他は?イマイチ繋がりが見えない。思わず首を傾げてしまったのは仕方のない事だろう。
「そんな可愛らしく首を傾げて……本当に困った人ですね」
再び私の頬を撫でる。そのままその手を私の肩に置いた。そしてグイっと自分の方へ引き込む。
「あまり無自覚でいると、私も本気を出しますよ」
耳元で囁くように告げられる。首の後ろがゾクリとした。しかし、本気の意味がわからない。何に本気を出すのか教えて欲しいのだが。
「ふふ、今はまだ許してあげますよ」
わからないが許しを得た私は、そのまま事務所の方へ向かって行ったベニート様を見送った。
今日は学園は休日。ヴィヴィアーナ殿下の護衛も午後からなので、少しゆっくりと屋敷を出た。
「兄様、喜ぶだろうな」
普段はシュッとしてスキがなく、冷たそうに見える兄なのだが、実は屋敷で一番甘いものが好きだったりする。
そして、私は幼い頃から、そんな兄の為にお菓子を作っていた。こう見えてお菓子作りだけは出来るのだ。今日はクッキーを作ってきた。プレーンなものと、ココア風味のもの。あとはジャムを挟んだものだ。
しかし、王太子殿下の執務室へ行ってみると、扉の前の近衛騎士に会議中で留守だと言われてしまった。
『仕方がない。少し時間を潰してから来るか』
そのまま元来た道を引き返す。
開け放たれた窓から爽やかな風が吹いた。
「気持ちがいいな」
風と共に運ばれてきた花の香りを大きく吸い込む。二羽の小鳥が甘い匂いに誘われたのか飛んできた。
「ふふふ、運がいいな。少し分けてやろう」
袋から1枚出したクッキーを小さく割る。すると、柵に止まっていた二羽の小鳥は迷うことなく私の手に止まった。啄んで食べ始め、最後は大きめの欠片を咥えて飛んで行った。
「ふふ、可愛い」
小鳥を見送っていると、またもや腹回りに腕が巻かれた。
「可愛いのはおまえだ」
そのまま片腕で私は持ち上げられてしまった。慌てて見上げると王太子殿下だった。
「ヴァレンティーノ殿下!?」
「エッツィオがいなければ、このまま食ってしまうのに」
いやいや、私は食べ物ではない。
「殿下、あまりおふざけが過ぎますと叩き切りますよ」
私からは見えないが、きっと今の兄は恐ろしいほど美しい顔で笑ったのだろう。
「本当に、そういう時のおまえは恐ろしいよ」
「お褒め頂き、恐縮です」
「褒めたと思う所が怖いぞ」
「ふふ、そうでしょうか?」
王太子殿下は私を抱えたまま、兄との会話を楽しんでいる。兄もこの状況の私を助ける気は一切ないらしい。
「いや、あのちょっ、離してください」
「離さん。このまま拉致られろ」
片手で荷物のように抱えられたまま、執務室まで連れて行かれてしまった。
救世主と思って振り返ると、ベニート様だった。
「どうしたのです?可愛らしい顔を曇らせて」
いつものように近い距離で私の頬をサラッと撫でる。
「エルダに触るな」
アルド殿が無理矢理、間に入って来た。
「おや?魔術師団の副団長殿。何故こちらに?」
「エルダを口説くため」
「それは、それは。彼女はそう簡単には落とせませんよ」
「そんなの、関係ない」
「ですが、ここは騎士たちの訓練場。熟練の騎士たちであれば、気にもせずに訓練も続けられるでしょうが、まだ若い騎士たちもいるのです。気が散ってもし彼らが怪我でもしたら、どう責任を取るおつもりですか?」
流石、次期宰相殿。ド正論をかました。
「……わかった。今は戻る」
少し不貞腐れた様子だったが、素直に戻って行ってくれた。
「ありがとうございます、ベニート様」
お礼を言うと、もう一歩近づかれた。だから近いって。
「貴女はどうして私の敵を作るのですか?」
「敵、ですか?」
「そうですよ。王太子殿下だけでもお腹が一杯だというのに。アルセニオやアルド殿まで」
王太子殿下はわかる。良きライバルという所だろう。でも他は?イマイチ繋がりが見えない。思わず首を傾げてしまったのは仕方のない事だろう。
「そんな可愛らしく首を傾げて……本当に困った人ですね」
再び私の頬を撫でる。そのままその手を私の肩に置いた。そしてグイっと自分の方へ引き込む。
「あまり無自覚でいると、私も本気を出しますよ」
耳元で囁くように告げられる。首の後ろがゾクリとした。しかし、本気の意味がわからない。何に本気を出すのか教えて欲しいのだが。
「ふふ、今はまだ許してあげますよ」
わからないが許しを得た私は、そのまま事務所の方へ向かって行ったベニート様を見送った。
今日は学園は休日。ヴィヴィアーナ殿下の護衛も午後からなので、少しゆっくりと屋敷を出た。
「兄様、喜ぶだろうな」
普段はシュッとしてスキがなく、冷たそうに見える兄なのだが、実は屋敷で一番甘いものが好きだったりする。
そして、私は幼い頃から、そんな兄の為にお菓子を作っていた。こう見えてお菓子作りだけは出来るのだ。今日はクッキーを作ってきた。プレーンなものと、ココア風味のもの。あとはジャムを挟んだものだ。
しかし、王太子殿下の執務室へ行ってみると、扉の前の近衛騎士に会議中で留守だと言われてしまった。
『仕方がない。少し時間を潰してから来るか』
そのまま元来た道を引き返す。
開け放たれた窓から爽やかな風が吹いた。
「気持ちがいいな」
風と共に運ばれてきた花の香りを大きく吸い込む。二羽の小鳥が甘い匂いに誘われたのか飛んできた。
「ふふふ、運がいいな。少し分けてやろう」
袋から1枚出したクッキーを小さく割る。すると、柵に止まっていた二羽の小鳥は迷うことなく私の手に止まった。啄んで食べ始め、最後は大きめの欠片を咥えて飛んで行った。
「ふふ、可愛い」
小鳥を見送っていると、またもや腹回りに腕が巻かれた。
「可愛いのはおまえだ」
そのまま片腕で私は持ち上げられてしまった。慌てて見上げると王太子殿下だった。
「ヴァレンティーノ殿下!?」
「エッツィオがいなければ、このまま食ってしまうのに」
いやいや、私は食べ物ではない。
「殿下、あまりおふざけが過ぎますと叩き切りますよ」
私からは見えないが、きっと今の兄は恐ろしいほど美しい顔で笑ったのだろう。
「本当に、そういう時のおまえは恐ろしいよ」
「お褒め頂き、恐縮です」
「褒めたと思う所が怖いぞ」
「ふふ、そうでしょうか?」
王太子殿下は私を抱えたまま、兄との会話を楽しんでいる。兄もこの状況の私を助ける気は一切ないらしい。
「いや、あのちょっ、離してください」
「離さん。このまま拉致られろ」
片手で荷物のように抱えられたまま、執務室まで連れて行かれてしまった。
15
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】
乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。
※他サイトでも投稿中
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

あなたを忘れる魔法があれば
美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる