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この国に命を賭す、幸せになる覚悟
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ガータ。猫の王様が治める平和な国。
私は三度目の人生でこのガータに伝説のケイトとして生を受けた。生を受けたと言うと0歳から始めたような印象だが、そうではない。とは言え、その前の人生の姿のままと言う訳でもない。大いなる力の元では結構何でもアリなのだろう。竹を割ったような性格なのはどの人生でも共通していて、何事にもあっけらかんとしている。喜怒哀楽はそれなりに激しいが、どれもあまり長続きしない。良くも悪くもマイペース。一見傍若無人に感じるその特性もどの生においても、周りの環境や人に助けられた。最初の人生は猫のトムと幸せな40年を過ごした。終わりは突然だったけれど、それでもトムが私の人生を豊かなものにしてくれた。トムはあの後どうしただろう。どうか悲惨な最後を遂げていなければいいと思うも、私には幸せを願う事しかできない。次の人生に関してはまあアレだが、弟は大事にしていたし、大事にされた。結果はひどいものだったが、終われた今としてはもうどうこう思いもしない。ただ弟もどこかで幸せに新しい人生を送っていてほしいとは切に願う。三度目は大いなる力の意向があるからなのか、ほぼ全ての知識はそのままに18歳からのスタート。そして、その始まりに既に地位も名誉も人間性も全てを兼ね備えた婚約者までいた。人生三度目と言う経験値は今まで以上に私に度胸を与えていたし、色々な事にチャレンジする勇気も十分に備わっていた。これでもう流石に最後かもしれない。二度とチャンスがないのかもしれないのなら、人生の事きれがあまりにも突然に、そして無情におとづれる事を知っているから、ひとときも、どんな出会いであっても、何ひとつ無駄にしたくなかった。全てを引き受けて、その全てを幸せに、プラスに導いてやる。そんな気合さえあった。
伝説の相手として婚約から婚姻まで数日で成立してしまった夫のアンドルーはその歳まで仕事一筋、そして王族に支えるシー家長子であったから、自由な恋愛は何をどうしようが許されなかった。実のところ、その気もなかったようだが、それを知った時には心底ホッとした。私自身は何にでも挑戦する気で、どの運命もどんと来い!と構えてはいるが、その陰に泣いた人や悲恋があったと聞いては申し訳ないからだ。そうあってもその時にできる事を探して、全力は尽くしただろうが、そうでないならそれが一番だ。突然現れた伝説のケイトである私が全力でこの人を愛して、幸せにすればいいのだから。実際に王様から話を聞いて、一目見た時からこの人の全てに私の全てを賭けようと心から思えた。私が伝説の登場人物なら、相手に運命を感じて、一瞬で恋に落ちてもそれはそれで有り得るだろう。だって伝説が罷り通るのだから、一目惚れだって存在価値に遜色はない。彼は私が思う以上に私を愛して大切にしてくれる。ただ愛すだけではなく、その可能性をできる限り伸ばそうとあらゆる可能性を尽くしてくれる。お金持ちが妻をアクセサリーのように扱う世界観ではなく、皆が持ちうる力を無理なく存分に発揮できるよう私を尊重してくれている。伝説では確か私と夫が共に王国をより繁栄させ、栄光へと導くとあった。それでも私に想定外の知識がある時点で異端扱いし、時代や国、種族によっては魔女裁判のような状況にだって十分なり得た。二度目の人生を考えると、その可能性だって十分にある。人は脆|《もろ》く、その心はすぐに割れる。愛が形を変える事は知っているし、その結果命を落とした。もしかしたら、この先・・・。そう考える事が1秒もないかと問われるとそんな事はない。どうしてもたまにふとそんな深淵を覗いてしまいそうになる瞬間がある。ただどうしてか、その瞬間に誰かがふわっと私をそこから抱き上げてくれる。それは夫だったり、スカイだったり、夫の部下のカイだったり。トイレ砂開発で寝食を共にしたロロやキースだってそう。その度に私は言い尽くせないような温かい思いに心が満たされる。
何もせずに不安になるのはやめた。
私は私の持ちうる全ての力を、知識を、笑顔を、その全てを使って、私の大切な人たちを幸せにしたい。私を温かく包み込んでくれる大切な人たちをもっともっと笑顔にして、その人たちが暮らすこの国を、彼らが大事にする王様とその家族を、全力で支えると決めた。
だから今日私の思いを全て詰め込んだ大事な場所を、ここでスタートする。私を支えてくれる大切な仲間をこれからも支えるために、まだ出会っていない大切な人たちの生活をより良くするために。
*****
ケイトは”営業中”と書いた札を手に綺麗なステンドグラスのはまった大きい木のドアを開けた。カランコロンと小気味よいドアベルが朝の澄んだ空気を湛えながらも賑わい始めた街の通りに響いて馴染み、道ゆく人が足を止める。今やケイトの笑顔は城下でも人気で、誰もがその笑った顔を見ては心を温かくしていた。そのケイトがお店をオープンするとなれば、噂を呼ぶのは必至だった。
ドアに先ほどの札をかけると、一息大きく息を吸い込む。そして満面の笑みで呼びかけた。
「ケイトのよろず相談所、本日オープンです!どんなお悩みでも構いません。お話ししたいだけでも構いません。ぜひ覗いて行ってください!」
城下に食事処を兼ねた相談所をオープンさせたのは王様のアイデアでもあった。シャケリーベトポスの味に感動した王様が私だけでなく、皆にも是非味わってもらうべきだと言ってくれたのだ。加えて、今までは王室中心だったケイトの事業を国民にも向けてほしいとの事だった。国民の困った事が解決して、結果王室の利益になる事も大いにある。また、その事で王室と国民の距離を縮めたいとの意向も少しあったのは確かだ。憧れの存在であった王室は、その日を境に少しずつ国民と距離が縮まり始めた。時にはその相談所にフラッと王様がやってきては、じっと座っている事さえあったのだ。陽がよく当たる相談所の一角にはそのうち王様用の席が用意され、子どもたちがプレゼントを置いていく事さえあった。その距離感に最初は戸惑っていた王様も次第に楽しむようになり、頻繁に城下に行きたがるから執事のカイが眉間に皺を寄せているとの噂さえ立つほどだった。
アンドルーは執事長でありながらも、今回のこの相談所設立に関連して、一部の業務を配下のカイに引き継いだのだ。ケイトと過ごす時間を1秒でも増やしたい、その執念からカイを王様に少しでも慣れさせて、側を離れる時間を増やしたのだった。
「ケイト様。お花が届いていましたよ。でもどなたからかは書いていないようです。」
そう言って花束を抱えてきたのは、あの日街で砂を型にはめて遊んでいたケン。まだ少し年端がいかないから、正式には働かせていないのだが、たまにこうしてお手伝いをしてくれる。あと数年もすれば立派に事業を支えてくれるだろう、懐刀とも言える大事な存在だ。何より彼のおかげで事業は口火を切る事ができた。
「ケン。いつもありがとう。これからも私とアンディを支えてね。焼きたてのパンがあるからキッチンでもらっておいで。」
そう伝えて抱きしめた後、頬にキスをする。ケンは喜んで、また来ますと言ってキッチンへ走って行った。ふと渡された花束を見ると桔梗の花束だった。
「桔梗・・・。何だろう、何か覚えがあるような。」
ここでの思い出が増えていくと、それに呼応するかのように、ほんの少しずつ消えていっている記憶があった。桔梗も恐らくその中のひとつでどうしてかよく思い出せない。思い出せないけれど、そこには思い出があって、それが大事なモノであった事は分かる。もしかすると、もう私はその思い出を胸にしまっても、ちゃんと先に進めると言う事なのかもしれない。桔梗の花を見ながら、それでも思い出せないでいると、たづねて来たアンドルーが花束に添えられたメッセージカードに気がついた。
・・・あなたの幸せを祈っています・・・
「僕のケイトは人気者すぎて妬けちゃうよ。でもまあ幸せを祈られてるからいいか。はい、これは僕からだよ。花言葉は永遠の愛。ケイト、永遠に愛しているからね。」
体格のいいアンドルーが両手に抱えるほどのカスミソウの花束はケイトの顔が見えなくなる程の大きさで、早速遊びに来ていた陶器屋のポーは笑い声を上げた。
「全くアンドルー様の愛は大きすぎてケイト様も大変だな。よし、後でその花束が入る花瓶をプレゼントしよう。2人の愛がこの店を支えるだろうからな。」
ポーのその言葉に少し照れながらも、それでもケイトを大好きなアンドルーは花束ごとケイトを抱きしめて、スカイに引き剥がされる事になる。
「ほら、ケイト。新しい食べ物を研究仲間にもらったんだ。また2人で違う可能性を試してみよう!」
目を輝かせるケイトとそのやりとりを見て少しムッとするアンドルーはここのところスカイとよくケイトを取り合っていた。診療所の仕事はいいんですか?と言う牽制に、執事様はもう城に戻られては?と応戦して、その様子を見てケイトがまあまあと宥める。2人を抱きしめて、その頬にキスをしていると、ドアから勢いよくカイが飛び込んできた。
「アンドルー様、スカイ様!陛下が先日の報告についてお話を伺いたいとの事。もう部屋中飛び跳ねてらっしゃって手に負えません!さっさと帰って来てください!」
必死の形相で汗だくになっているカイをよそに、相談所の中は笑いで包まれた。タオルと水をカイに渡しながら、ケイトはまだ睨み合っている2人に声をかけて背中を押す。
「ほら、私の大事なアンディとスカイ。カイをこれ以上イジメちゃダメよ。さあ、城に戻って。私も陛下がお昼寝から起き出す頃にお土産を持って一度城に戻るから。さ、カイ。2人を連れて行って。いつもありがとう。」
そう言ってカイを抱きしめて、頬にキスをしたケイトを見て、アンディとスカイがカイに詰め寄ろうとするから、またその様子が面白くて、周囲は改めて温かい笑い声に包まれる。
入口に年配の女性がやってきた。家具職人のリンドだ。
「ケイト様、早速ですが、相談よろしいでしょうか・・・?」
「もちろんよ!このガータでお役に立てるよう、私はここにいるんだから。さあ、こちらにかけて。」
早々に明るい声が響く相談所はお休みの日も作れないほどに賑わう場所となった。それまでも十分に平和で過ごしやすい国だったガータは、ケイトとアンドルーが伝説を成就させてから、より笑顔が絶えない国となり、その噂は時を待たずして、近隣諸国にも、そしてはざまの世界にも届いた。
・・・あなたの幸せを祈っています。もう二度とあなたが悲しい思いをしないように。・・・
そう彼方から声が聞こえた。そんな気がして、ケイトは空を見上げた。
「私の幸せを祈ってくれたあなた。名前もわからないけれど、私もあなたの幸せを願います。皆に幸せがおとづれますように。どうかお見守りください。私はケイトとしてこの地で力を尽くします。」
ぽろっと目から涙がこぼれたのは空を見上げて太陽の光が眩しかったからなのか、偽りのない幸せを胸にしているからなのか、そのどちらもなのか、それは分からなかったけれど、素敵なものである事は確かだった。
全てに幸がありますように、私はその為にこの命を賭しましょう。
全てのあなたに幸せがおとづれますように。今日が素敵なものとなりますように。
ケイトは晴れ渡る空にそう願い、そしてその想いは風が遠くまで運んでゆく。
「ケイト様~!」
「はあい!今行くわ。」
パタパタと店に戻るケイトを空から伸びた天の梯子がキラキラと見守っていた。晴れ渡った空の元、たくさんの人に囲まれて、ケイトは今日も満面の笑みで誰かの役に立とうと奮闘する。
*****
猫の王様が治めるガータは今日も笑顔に包まれている。ふわふわの王様はその愛らしい顔に笑みを湛え、穏やかな日々に目を細めて窓の外を見やる。
「天使の梯子か。桔梗からケイトへの贈り物だな。」
そう呟いた王様の部屋には桔梗の絵が昔から飾られている。王様は王様だけの伝説を別に知っていた。
桔梗の加護。
誰にも話す事はないこの歴代の王様だけに伝わるお話は王様の気が向いた時に。もしくはあなたが王様に生まれ変わった時に・・・。
私は三度目の人生でこのガータに伝説のケイトとして生を受けた。生を受けたと言うと0歳から始めたような印象だが、そうではない。とは言え、その前の人生の姿のままと言う訳でもない。大いなる力の元では結構何でもアリなのだろう。竹を割ったような性格なのはどの人生でも共通していて、何事にもあっけらかんとしている。喜怒哀楽はそれなりに激しいが、どれもあまり長続きしない。良くも悪くもマイペース。一見傍若無人に感じるその特性もどの生においても、周りの環境や人に助けられた。最初の人生は猫のトムと幸せな40年を過ごした。終わりは突然だったけれど、それでもトムが私の人生を豊かなものにしてくれた。トムはあの後どうしただろう。どうか悲惨な最後を遂げていなければいいと思うも、私には幸せを願う事しかできない。次の人生に関してはまあアレだが、弟は大事にしていたし、大事にされた。結果はひどいものだったが、終われた今としてはもうどうこう思いもしない。ただ弟もどこかで幸せに新しい人生を送っていてほしいとは切に願う。三度目は大いなる力の意向があるからなのか、ほぼ全ての知識はそのままに18歳からのスタート。そして、その始まりに既に地位も名誉も人間性も全てを兼ね備えた婚約者までいた。人生三度目と言う経験値は今まで以上に私に度胸を与えていたし、色々な事にチャレンジする勇気も十分に備わっていた。これでもう流石に最後かもしれない。二度とチャンスがないのかもしれないのなら、人生の事きれがあまりにも突然に、そして無情におとづれる事を知っているから、ひとときも、どんな出会いであっても、何ひとつ無駄にしたくなかった。全てを引き受けて、その全てを幸せに、プラスに導いてやる。そんな気合さえあった。
伝説の相手として婚約から婚姻まで数日で成立してしまった夫のアンドルーはその歳まで仕事一筋、そして王族に支えるシー家長子であったから、自由な恋愛は何をどうしようが許されなかった。実のところ、その気もなかったようだが、それを知った時には心底ホッとした。私自身は何にでも挑戦する気で、どの運命もどんと来い!と構えてはいるが、その陰に泣いた人や悲恋があったと聞いては申し訳ないからだ。そうあってもその時にできる事を探して、全力は尽くしただろうが、そうでないならそれが一番だ。突然現れた伝説のケイトである私が全力でこの人を愛して、幸せにすればいいのだから。実際に王様から話を聞いて、一目見た時からこの人の全てに私の全てを賭けようと心から思えた。私が伝説の登場人物なら、相手に運命を感じて、一瞬で恋に落ちてもそれはそれで有り得るだろう。だって伝説が罷り通るのだから、一目惚れだって存在価値に遜色はない。彼は私が思う以上に私を愛して大切にしてくれる。ただ愛すだけではなく、その可能性をできる限り伸ばそうとあらゆる可能性を尽くしてくれる。お金持ちが妻をアクセサリーのように扱う世界観ではなく、皆が持ちうる力を無理なく存分に発揮できるよう私を尊重してくれている。伝説では確か私と夫が共に王国をより繁栄させ、栄光へと導くとあった。それでも私に想定外の知識がある時点で異端扱いし、時代や国、種族によっては魔女裁判のような状況にだって十分なり得た。二度目の人生を考えると、その可能性だって十分にある。人は脆|《もろ》く、その心はすぐに割れる。愛が形を変える事は知っているし、その結果命を落とした。もしかしたら、この先・・・。そう考える事が1秒もないかと問われるとそんな事はない。どうしてもたまにふとそんな深淵を覗いてしまいそうになる瞬間がある。ただどうしてか、その瞬間に誰かがふわっと私をそこから抱き上げてくれる。それは夫だったり、スカイだったり、夫の部下のカイだったり。トイレ砂開発で寝食を共にしたロロやキースだってそう。その度に私は言い尽くせないような温かい思いに心が満たされる。
何もせずに不安になるのはやめた。
私は私の持ちうる全ての力を、知識を、笑顔を、その全てを使って、私の大切な人たちを幸せにしたい。私を温かく包み込んでくれる大切な人たちをもっともっと笑顔にして、その人たちが暮らすこの国を、彼らが大事にする王様とその家族を、全力で支えると決めた。
だから今日私の思いを全て詰め込んだ大事な場所を、ここでスタートする。私を支えてくれる大切な仲間をこれからも支えるために、まだ出会っていない大切な人たちの生活をより良くするために。
*****
ケイトは”営業中”と書いた札を手に綺麗なステンドグラスのはまった大きい木のドアを開けた。カランコロンと小気味よいドアベルが朝の澄んだ空気を湛えながらも賑わい始めた街の通りに響いて馴染み、道ゆく人が足を止める。今やケイトの笑顔は城下でも人気で、誰もがその笑った顔を見ては心を温かくしていた。そのケイトがお店をオープンするとなれば、噂を呼ぶのは必至だった。
ドアに先ほどの札をかけると、一息大きく息を吸い込む。そして満面の笑みで呼びかけた。
「ケイトのよろず相談所、本日オープンです!どんなお悩みでも構いません。お話ししたいだけでも構いません。ぜひ覗いて行ってください!」
城下に食事処を兼ねた相談所をオープンさせたのは王様のアイデアでもあった。シャケリーベトポスの味に感動した王様が私だけでなく、皆にも是非味わってもらうべきだと言ってくれたのだ。加えて、今までは王室中心だったケイトの事業を国民にも向けてほしいとの事だった。国民の困った事が解決して、結果王室の利益になる事も大いにある。また、その事で王室と国民の距離を縮めたいとの意向も少しあったのは確かだ。憧れの存在であった王室は、その日を境に少しずつ国民と距離が縮まり始めた。時にはその相談所にフラッと王様がやってきては、じっと座っている事さえあったのだ。陽がよく当たる相談所の一角にはそのうち王様用の席が用意され、子どもたちがプレゼントを置いていく事さえあった。その距離感に最初は戸惑っていた王様も次第に楽しむようになり、頻繁に城下に行きたがるから執事のカイが眉間に皺を寄せているとの噂さえ立つほどだった。
アンドルーは執事長でありながらも、今回のこの相談所設立に関連して、一部の業務を配下のカイに引き継いだのだ。ケイトと過ごす時間を1秒でも増やしたい、その執念からカイを王様に少しでも慣れさせて、側を離れる時間を増やしたのだった。
「ケイト様。お花が届いていましたよ。でもどなたからかは書いていないようです。」
そう言って花束を抱えてきたのは、あの日街で砂を型にはめて遊んでいたケン。まだ少し年端がいかないから、正式には働かせていないのだが、たまにこうしてお手伝いをしてくれる。あと数年もすれば立派に事業を支えてくれるだろう、懐刀とも言える大事な存在だ。何より彼のおかげで事業は口火を切る事ができた。
「ケン。いつもありがとう。これからも私とアンディを支えてね。焼きたてのパンがあるからキッチンでもらっておいで。」
そう伝えて抱きしめた後、頬にキスをする。ケンは喜んで、また来ますと言ってキッチンへ走って行った。ふと渡された花束を見ると桔梗の花束だった。
「桔梗・・・。何だろう、何か覚えがあるような。」
ここでの思い出が増えていくと、それに呼応するかのように、ほんの少しずつ消えていっている記憶があった。桔梗も恐らくその中のひとつでどうしてかよく思い出せない。思い出せないけれど、そこには思い出があって、それが大事なモノであった事は分かる。もしかすると、もう私はその思い出を胸にしまっても、ちゃんと先に進めると言う事なのかもしれない。桔梗の花を見ながら、それでも思い出せないでいると、たづねて来たアンドルーが花束に添えられたメッセージカードに気がついた。
・・・あなたの幸せを祈っています・・・
「僕のケイトは人気者すぎて妬けちゃうよ。でもまあ幸せを祈られてるからいいか。はい、これは僕からだよ。花言葉は永遠の愛。ケイト、永遠に愛しているからね。」
体格のいいアンドルーが両手に抱えるほどのカスミソウの花束はケイトの顔が見えなくなる程の大きさで、早速遊びに来ていた陶器屋のポーは笑い声を上げた。
「全くアンドルー様の愛は大きすぎてケイト様も大変だな。よし、後でその花束が入る花瓶をプレゼントしよう。2人の愛がこの店を支えるだろうからな。」
ポーのその言葉に少し照れながらも、それでもケイトを大好きなアンドルーは花束ごとケイトを抱きしめて、スカイに引き剥がされる事になる。
「ほら、ケイト。新しい食べ物を研究仲間にもらったんだ。また2人で違う可能性を試してみよう!」
目を輝かせるケイトとそのやりとりを見て少しムッとするアンドルーはここのところスカイとよくケイトを取り合っていた。診療所の仕事はいいんですか?と言う牽制に、執事様はもう城に戻られては?と応戦して、その様子を見てケイトがまあまあと宥める。2人を抱きしめて、その頬にキスをしていると、ドアから勢いよくカイが飛び込んできた。
「アンドルー様、スカイ様!陛下が先日の報告についてお話を伺いたいとの事。もう部屋中飛び跳ねてらっしゃって手に負えません!さっさと帰って来てください!」
必死の形相で汗だくになっているカイをよそに、相談所の中は笑いで包まれた。タオルと水をカイに渡しながら、ケイトはまだ睨み合っている2人に声をかけて背中を押す。
「ほら、私の大事なアンディとスカイ。カイをこれ以上イジメちゃダメよ。さあ、城に戻って。私も陛下がお昼寝から起き出す頃にお土産を持って一度城に戻るから。さ、カイ。2人を連れて行って。いつもありがとう。」
そう言ってカイを抱きしめて、頬にキスをしたケイトを見て、アンディとスカイがカイに詰め寄ろうとするから、またその様子が面白くて、周囲は改めて温かい笑い声に包まれる。
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「ケイト様、早速ですが、相談よろしいでしょうか・・・?」
「もちろんよ!このガータでお役に立てるよう、私はここにいるんだから。さあ、こちらにかけて。」
早々に明るい声が響く相談所はお休みの日も作れないほどに賑わう場所となった。それまでも十分に平和で過ごしやすい国だったガータは、ケイトとアンドルーが伝説を成就させてから、より笑顔が絶えない国となり、その噂は時を待たずして、近隣諸国にも、そしてはざまの世界にも届いた。
・・・あなたの幸せを祈っています。もう二度とあなたが悲しい思いをしないように。・・・
そう彼方から声が聞こえた。そんな気がして、ケイトは空を見上げた。
「私の幸せを祈ってくれたあなた。名前もわからないけれど、私もあなたの幸せを願います。皆に幸せがおとづれますように。どうかお見守りください。私はケイトとしてこの地で力を尽くします。」
ぽろっと目から涙がこぼれたのは空を見上げて太陽の光が眩しかったからなのか、偽りのない幸せを胸にしているからなのか、そのどちらもなのか、それは分からなかったけれど、素敵なものである事は確かだった。
全てに幸がありますように、私はその為にこの命を賭しましょう。
全てのあなたに幸せがおとづれますように。今日が素敵なものとなりますように。
ケイトは晴れ渡る空にそう願い、そしてその想いは風が遠くまで運んでゆく。
「ケイト様~!」
「はあい!今行くわ。」
パタパタと店に戻るケイトを空から伸びた天の梯子がキラキラと見守っていた。晴れ渡った空の元、たくさんの人に囲まれて、ケイトは今日も満面の笑みで誰かの役に立とうと奮闘する。
*****
猫の王様が治めるガータは今日も笑顔に包まれている。ふわふわの王様はその愛らしい顔に笑みを湛え、穏やかな日々に目を細めて窓の外を見やる。
「天使の梯子か。桔梗からケイトへの贈り物だな。」
そう呟いた王様の部屋には桔梗の絵が昔から飾られている。王様は王様だけの伝説を別に知っていた。
桔梗の加護。
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