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ケイトと王様

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妙に飲み込みが早い海辺に落ちていたケイトと特に抵抗するでもない執事長のアンドルーは出会った翌日に役所で婚姻の手続きを行い、正式にガータで夫婦として認められた。どこか雰囲気の似る2人は周りが赤面してしまうほどに仲睦まじいもので、伝説をいぶかしげに思っていた連中もこの様子を見れば渋々納得する程だった。とても昨日今日会ったような間柄には見えないのだ。とても前からお互いを知っていて、こうなる事がわかっていたかのような、不思議な縁を誰しもが感じた。

2人の挙式は城の庭で王族とシー一族のみを招いて行われ、皆一様に祝福した。この伝説は関係者にしか知らされていないから、国民には特に触れを出す事はない。だが、普段から国民に慕われるアンドルーの元にはあちこちからお祝いの言葉や贈り物がその後ひと月は届き続けたものだった。その様子を見て、ケイトは微笑み、その微笑みに釣られてアンドルーも笑い、使用人にもまたその笑みが伝染する。ケイトと出会うまでは仕事一本だったアンドルーは人が変わったように時間ができるとケイトの顔を見に行き、街に出る事があれば同行させて意見を求めた。2人は公私共にお互いを認め合うパートナーになっていったのだ。

ある日、王様の身の回りの品を扱う商店に同行した際、ケイトが面白い事を言い始めた。

「ねえ、アンディ。私ね、その昔ケイトじゃない頃に全く別の場所で王族に似た猫と言う生き物のお世話をして一緒に住んでいたの。その世界ではね、社会的な地位とかはなかったのだけれど、でも皆それぞれのお家で王族のように扱われて大事にされていたわ。その時に流行っていたグッツをこちらではほとんど見かけないの。もしかしたら、王族の方々の琴線に触れるものが私の記憶の中にあるかもしれないわね。」
「ケイト。君はいつも面白くて私を驚かせるけれど、今回もまた驚いたよ。そんなに前の記憶があるんだね。歴代のケイトにも前世の記憶があるらしいと話を聞いた事があったけれど、本当だったとは。君は本当に生きる伝説なんだね。」

へへっと笑うケイトはその顔にまだ時折あどけなさを垣間見えさせ、その度に胸に募る愛しさが増す。まだ彼女が私の人生に正確に姿を現してから、そう時は経っていない。唐突に現れ、そして私の全てとも言える程に一瞬で全てを塗り替え、真っ逆さまに恋に落ちて、すぐにそれは替えの効かない愛に変わった。

伝説に関しては物心つく前からずっと話して聞かされていた。シー家の長子であれば代々そのようにされてきたのだ。今までも何人ものケイトが現れ、先代も先先代もその前も伝説に従ってその相手と添い遂げた。伝説は嘘をつく事はなく、その度に国は栄え、諸外国には一目置かれる存在となった。ただそのまま繁栄の一途を、となると恐らく侵略だったり、戦争だったり、ときな臭い展開を呼んでいたかもしれない。だが、そうなっていないのはひとえに王族あっての話だろう。彼らに諸外国のような欲がない事、そしてうまく王位継承権のない王族を近隣諸国に住まわせる事で俗に言うファンを増やした。策略を巡らせ、眉間に皺を寄せる権力者とて、彼らのもふもふを目前にしては抵抗できず、まあいいかと思ってしまう。それゆえに偏った愛も時に生まれてしまうが、それは全国的なファン組織が常にお互いを見張りあっているので、私の手を煩わせる事もない。確かに子どもの頃から一緒にいる私にしても、王の毛並みの癒し効果は非常に高い。王がわがままを通そうとする時にどれだけの理性を要求されているか、それは側近がよく知っている。

そんな無敵の王族にも悩みはあった。
とにかく面倒くさがりだし、外出を好んではしない。水に濡れたくないから雨の日は絶対予定をキャンセルするし、執務室にさえ来たがらない事さえある。城の屋根を延長して馬車に乗るまで絶対に濡れないようにしても、落ち着かないからずっとグルーミングを続けて酷いと皮膚炎になってしまう。そうなるともう無理強いはできない。そして一番の問題はトイレだった。人族は先先代のケイトが発案し、諸外国から集めた叡智を元に作り上げた上下水道のお陰でそれぞれの自宅で水洗トイレを使う事ができていた。このお陰で伝染病の類はめっきりなくなり、一般的な疾患でさえぐんと発症が減ったのだ。国民の寿命が伸びたのは言うまでもない。ただこの恩恵に王族はうまく乗り切れなかった。グルーミングによって大量に飲み込まれる毛を湛えた排泄物はどうしても詰まってしまい、人族と同じ設備を使う事が叶わなかったのだ。その時の王はまたのんびりとした方で、国民を優先しておれば良い、我々はそのままで良いぞ、と言ったものだから、王族だけはまだ同じ水準の設備を使えているとは到底言えなかったのだ。綺麗に掃除してくれれば別にいい、とのスタンスをその後も引き継いでいるから、人用は水洗なのにも関わらず、王族は広めに取られた専用トイレに紙や布をちぎったものをひいたりして、用を足した後に使用人が全てを取り替えていたのだ。ただその時々であまり好きでないひきものなどもあるようで、そうするとトイレの回数が減り、病気になってしまう事もあった。排泄物から毛を取り除く事も考えたが、それはやはり骨が折れる。王族のプライドを考えてもそれを改めて仕事とするのは執事長としても避けたかった。

そこでケイトのこの発言だ。もしかすると3世代に渡って解決できなかった問題が解決するかもしれない・・・。

「ケイト。そのグッツの中にトイレはあるかい?私たちはもうずっとこの問題を解決できずにいるんだよ。」
「トイレ?もちろんよ。猫様にとってトイレはとっても大事な問題だったわ。気に入らないと猫砂を部屋中に飛ばしてたわね。」
「猫砂?」
「あぁ、砂と言っても砂浜の砂ではないのよ。色々な種類があったけれど、私のトムが好きだったのは鉱石系のもので、そうね・・・。あ!まさにあれに近いわね。ねえあなたたち、それ何?ケイトにも見せてくれない??」

アンドルーとケイトは商店と住宅が入り混じるエリアを歩いていたところだった。そんな時、前方で子どもたちが泥遊びをしていたのだ。ケイトはそこに何かを見つけたらしく、その輪に飛び込んでいく。こうやって何かに飛び込んでいくと30分は夢中になってしまう事が最近はもうわかってきたから、後ろについていた部下にチェックが必要な書類を持って来させる。書類をパラパラとチェックしながら、ケイトがまた別のところに行ってしまわないようにチラチラと見ておく。興味があると走り出してしまうから、そこにいるはずだ、と言うのはこちらの都合でしかない。ケイトにその常識は通用しない。恐らく私が普通に次男か三男であれば、良家のお子との縁談が組まれていた。そのご縁の中でこのおてんばと出会うのは無理だっただろうと、いつも考えてはにやけてしまう。私はこのおてんばで面白い事ばかり言い出すケイトに首ったけなのだ。パパッとチェックを済ませるとそろそろ日が傾き始めている。ケイトはいいにしても、子どもたちはそろそろ家に帰る時間だろう。

「ケイト。そろそろもうこの子達は家に帰さないと。君は何を見つけたんだい?」
「アンディ。これよ。」

そう言って私の手に乗せてきたのは星の形の粘土のようなもの。何の事なのかさっぱり見当がつかない。

「アンドルー様。これはね、あのお砂に水を入れたら固まるんだよ。工事で残ったから、土木屋の親父がくれたの。それをケーキ屋のおばちゃんがくれた型にはめて作ってるの!」
「なるほど・・・。」

遊んでいた子供達の中で走り寄ってきて説明してくれたのは、天然パーマがかかったクルクルの髪を揺らしながら、目をキラキラさせている通りの角の花屋のケンだ。まだ10歳かそこらだが、周りの子の面倒をよく見て、街に来るとこうして声をかけてくる。会う度にちゃんと話ができるようになっていって、将来が楽しみになるくらいだ。

「この砂、少し貰っていってもいいかな?」
「いいよ!もっといっぱいあるって言ってたし。もっと欲しいなら親父に聞いてみたら?」
「ありがとう、ケン。これみんなで分けて持っておかえり。」

事前に部下に買ってきてもらっていたクッキーボックスを渡すと歓声が上がる。ケイトを呼び戻すと、先ほどのケンの話そのままだった。

「私が知っている猫砂はだいぶ小さい、そうね・・・。とうもろこしの粒の半分くらい・・・かな。それを猫様の体の1.5倍くらいの大きさのトイレに敷き詰めておくの。猫様が用を足したら、この砂の特性でその部分だけ固まるの。だからそれだけを取って捨てる感じ。それが私の知っている猫様トイレだけど、今ってどうしてるの?」
「今は新聞紙を切ってそれをトイレの床に撒いてるから、終わったらすぐに使用人が片付けてるんだ。でも何とも前時代的な気がしてならなくてね。実際年頃の王族には不評なんだよ。」
「それはそうでしょうねえ・・・。人のトイレはあんなに綺麗なのに、みんなが大好きな王族達のトイレがそれだなんて驚いたわ。猫様はみんなとってもトイレに厳しくて、少しでも掃除が遅れるともうそれはそれは抗議をされていたものよ?」
「そうだったのか・・・。王様をはじめとして、王族は基本的にみんなのんびりとしているから、そこまで声をあげられる事もなかったんだよ。2代前に改修を試みて頓挫して以来、私も気にはしていたもののどうすれば良いかわからなくてね。」
「それなら、私がこの砂でどうにかできないか試してみましょうか!私には時間とその時の知識があるわ。どうかしら?」
「じゃあとりあえずさっき教えてもらった砂は土木屋に話をつけておこう。後は何かいるかい?」
「そうね・・・。水が使えて机と窓がある部屋を一つ用意していただけると助かるわ。そこで色々試してみたいの。それとお手伝いできる人を2人くらいつけていただける?人とモノの調整ができたり、手先が器用だったりするとすごく助かるわ。」
「私でよければお手伝いするよ。部屋も用意しよう。」
「アンディはお仕事があるでしょう?私もお役に立てる事があるなら頑張りたいの。だからお願い、誰か私に合いそうな人を寄越してちょうだい。あ、あと、砂の扱いについて少し聞きたい事があるから、砂を引き取る時に私も一緒にいけないかしら?」
「君のお願いには逆らえないよ。全部承知した。引き取りはもしかしたら部下に頼むかもしれないけど、そうなっても一緒に行けるように手配はしておこう。それでいいかな?」
「ありがとう。他にも何かお役に立てないか、色々思い出してみるわね。楽しみだわ!」

*****

ガチャ・・・

ドアを開けると明るい笑い声が明るい雰囲気の中溢れている。アンドルーは手の空いた所でケイトの様子を見に来たのだった。

城の南にある離れにアンドルーとケイトは暮らしていて、ケイトの実験室はその隣の倉庫を改装して用意された。材料を置いておく土間と通常の板敷の部屋をひと繋ぎに大部屋にし、多少材料や道具を広げても苦にならないほどの広さは確保されていた。窓は壁一面に取り付けられているから、晴れた日には燦々と太陽が降り注いだ。雨の日でも窓にはめたガラスに当たる雨粒が光り輝いて、それはそれで美しいものだった。樋に雨が当たるとするトトンッと言う音がケイトのお気に入りでそれを耳にしてクスクス笑うから、周りにいる者たちも普段は嫌になる雨の日が少しだけ好きになるのだった。

最初はケイトのリクエストに応じて、城の使用人の中から手先が器用で、相性が良さそうな2人をアンドルーが選んで配置した。その名をロロとキースと言った。2人は城下町に住む従兄弟同士で、ロロは15歳の女の子、キースは17歳の男の子だった。見習いとして城で働いていたのだが、体力もあり、利発であったから、働き始めてそう経たないうちにアンドルーにスカウトされたのだった。実際にケイトとの親和性も高く、猫砂の開発には非常に役立っているようだった。ロロは城下町での顔も広く、材料の入手や加工に誰か他の知恵が必要なら、的確にその相手を見極められた。そしてキースはロロが入手してきた情報を元にケイトのアイデアをしっかりと形にする事ができたのだ。アンドルーが働いている間は少し寂しそうにしていたケイトもこの2人と出会ってからは毎日が楽しそうで、アンドルーに2人の事を話すのも日課になっていた。

「ケイト、調子はどうだい?」
「アンディ!お疲れ様。今日はキースがクッキーを作ってきてくれたの。とっても美味しいのよ。もしお時間あるならお茶でもいかが?少し進捗もお話ししたいの。」
「ああ、1時間くらいなら大丈夫だよ。今王様は陽だまりでお昼寝されているから。人族よりも夜型なんだよなあ。私も夜型だから助かってはいるけれど、普通は明るい時に起きて仕事をするから、結果長時間労働になっちゃうね。ケイト、寂しくないかい?なるべく食事は一緒に取れるようにするからね。」
「寂しくないと言ったら嘘になるけれど・・・。今は私にも出来る事があるから楽しいの。もしこれで王様のお役に立てるならとっても嬉しいし、やりがいがあるわ。だから夜は疲れてすぐ眠くなっちゃう。お仕事終わるまで待ってられない時もあるし・・・。」

ちょっと伏せ目になったケイトが愛おしくてたまらないのだろう。アンドルーはその髪を撫でておでこにキスをする。ロロとキースはこの2人のやり取りに毎日ほっこりしながらも、そのままにしておくといつまでもイチャイチャして仕事にならないのである程度で声をかけるようにしている。

「アンドルー様、お疲れ様です。」
「やあキース、ロロ。いつもケイトを支えてくれてありがとう。とても助かっている。感謝しているよ。」
「何をおっしゃいますか。私たちこそこちらでケイト様をお手伝いできる事に非常にやりがいを感じています。改めまして、トイレ砂に関してなのですが、今の試作品はこちらになります。子どもたちが遊んでいた通り、水を入れたら固まる粘土質の材料ですね。土木屋のピーターさんは掘削の際にこちらの砂を緩めに溶いて、掘った先の壁が崩れないように使っているとか。子どもたちは少しずつ水を足して、砂の方が多い配分でした。そうすれば型で抜けるほどの硬さになります。ケイト様のお話をベースにしますと、子どもたちの配分が近いだろうとの事でした。ただ、水を吸わせる必要があるので、形を作った後に焼き固めて水分を飛ばす必要があります。そこで陶器屋のポーさんに聞いてみました。砂を見せて話をしてみると、陶器の焼成に通じるものがあると言って試しに焼いてみてくれたんです。それがこちらになります。」

キースがアンドルーに差し出したトレーの中には1cmくらいの粒がコロコロと沢山転がっている。ひとつを摘み上げるとそれは軽く、硬さがあった。

「なるほど。一度水を加えて整形し、その後焼成する。そうするとこうなるわけだな。これはこの後どうなるんだ?」

よく聞いてくれました、とケイト、ロロ、キースがニヤリと笑う。ケイトが目配せをすると、ロロが油紙を、キースが水差しを持ってくる。先ほどの粒をトレーから油紙に一旦移すと、それごとトレーに戻して片隅に粒を寄せる。アンドルーがはて?と言う顔をしていると、そこに奇跡が起こった。

キースが皆の目線を集めたところでそっと水差しから水を注ぐ。食前酒の半分もない量くらいを注いだだろうか。そこで砂に目を向けて驚いた。パラパラに粒状だった砂がみるみる固まり、ボールのようになっていたのだ。とっさにつまんだら水のかかっていないところはそのままパラパラの粒が残っている。この塊だけを除去すれば全体を交換する必要はなく、衛生的だ。使う側も掃除をする側も今の新聞紙に比べたら格段に楽だし、早く済む。

「・・・すごい。」

イエーイ!と言って、3人が飛び跳ねて喜んでいる。3代解決できなかった問題が今大きくその歩みを進めた。多分この3人はそこまでの事態とは全く気がついていないだろうが、そうなのだ。

王様が私たちより国民を、とは言っても、王族には健やかに毎日を過ごしてほしい。それは家臣たちの思いだけではなく、国中のみならず、ひいては国外にもいるファン達の願いでもある。トイレ事情についてまで知るものは家臣や使用人のみだが、それにしても毎日の生活に関わる事だ。許容範囲だったとしてもそれが改善できるのであればそれに越した事はない。実際、これまでに現れたケイトが行った改革では国民の生活が大きく変わった。今回の研究開発だって主目的は王族のトイレの進化だが、水分を固める、と言う特質はここにとどまらずに他でも使える技術だ。実際に土木工事では使われている材料だし、陶芸の分野でも使える素材なのかもしれない。そうなると同じ切り口で今陶芸で使っている材料にも違う未来が見出せる可能性すらある。新しい世界を垣間見たような気がして、胸が躍った。

アンドルーは立ち上がると喜んでいた3人をそのままぎゅっと抱きしめた。

「すごいよ、3人とも。私は魔法を見たようだった。こんな風に歴史は動くんだね。本当に感動したよ。結果もそうだし、ケイトのチームをまとめる力、ロロの交渉力、キースの実行力。目を見張るよ。素晴らしいね。これはまだ始まりに過ぎない。君たちならもっと沢山の事をやってくれるだろう。すぐに陛下に報告しなければ。これは在庫はあるのかい?」
「まだ試作段階だったから、ボウルに一杯あるかないかくらいかしら。」

ケイトがゴソゴソと棚を確認をしながら答える。手渡されたボウルの中身を確認しながらアンドルーが言葉を継ぐ。

「これはもうひとまわり小さいものと大きいものをそれぞれ同じ量用意する事はできるかい?あと、ボウル一杯の量を作るのに必要な材料と時間、設備、関わった人をノートにまとめてくれるかな。それをまとめて陛下に見てもらうから。」
「現段階のものでいいなら私がメモにまとめているわ。これでどうかしら?」

アンドルーは差し出されたノートを確認すると、そこには細かい材料と何日の何時からどのくらいかかったのか、それぞれ3人がした作業の記録が細かく書かれていた。失敗した過程やその検証もされていて、このまま十分に資料となるものだった。

「その人生の時にね、私はデータをまとめる仕事をしていたの。だからその癖でついメモを取ってたんだけど、役に立つなら嬉しいわ。もっと細かいデータや切り込んでほしいところがあれば教えてちょうだい。書き方を工夫してみるわ。今はノートだけど、もし必要なら報告用に清書してもいいし。アンディが使いやすい方法があれば教えてちょうだい。」

すると部屋の土間で何かを探していたキースが油紙を手に戻ってきて、それをアンドルーに手渡す。包みを開いてみると、そこには少しサイズの大きいトイレ砂が入っていた。このサイズになると砂と言うよりももはや小石だが。

「先ほどアンドルー様がおっしゃっていたひとまわり大きいものはこのくらいでしょうか?それとももう少し大きい方がよろしいですか?ちなみに小さいものも一応ありはするんです。ただ一番綺麗に作れたのが最初にお見せしたサイズでした。他の試作品もまだまだあるんですが、形が大きくなると中まで焼き切るのに時間がかかったり、嵩張かさばったりもします。子ども達が遊んでいたように型にはめて可愛い形も試してはみたんですが、途中で割れてしまったり、何より成形までに時間がかかったりしてしまいまして。ただしっかりと工程を作り上げられれば、その後は形にこだわったものを作るのはありかもしれません。ただまずは基本的なものを完成させた方が良いかと。」
「ケイト。キースは私の部下にしたいんだが、ダメかな。」
「アンディ!それはダメよ。ロロとキースは私のチームです!」
「ははは、冗談だよ。あまりにも理路整然と話してくれるものだから、是非ともと思ってしまったよ。先に私の元で助手をさせるべきだったね。」
「そうしたら手放さなかったでしょう?全く、アンディったら。」
「アンドルー様。とても嬉しいお話ですが、私は今の仕事にとてもやりがいを感じています。できればこのままケイト様にお仕えしたいのですが。」
「やだなあ、キースにも振られちゃったよ!ケイトの方がいいかあ。それはそうだよね。私もケイトに仕えたいよ、常にね。」

そう言ってケイトの手を取り、その甲にキスをするアンドルーを見て、ロロがため息をつく。2人が仲良しなのはとてもいいのだが、気を抜くとこれだ。何もかもその方向にベクトルを切って、すぐに愛をささやき始めてしまう。

コンコン・・・

アンドルーの部下が戻ってこない上司を探しにきたようだ。王様がお昼寝から起きて、アンドルーを探しているから戻ってこいとの事だった。

「じゃあ私は戻るけれど。キース。先ほど教えてくれていた小さいものと大きいものに関するメリットデメリットをまとめておいてくれるかい?ロロ、今回協力してくれた人たちをリストにしておいておくれ。ケイト。先ほど見せてくれたノートを今後もお願いするよ。陛下には一報を入れておくけれど、ちゃんと説明をする前にもう一度詳細を確認させてほしい。」
「わかりました。では引き続き頑張りますわ。アンディ、今日のお帰りは?今晩はシチューよ。」
「いつもと同じくらいに帰れるかと思うよ。もし遅くなるような事があれば、使いを送るよ。じゃあ引き続きケイトをよろしくね、ロロとキース。」
「もちろんです。アンドルー様。」

足踏みをしながら待っていた部下をなだめながら、アンドルーは足早に王様の執務室へ向かった。執事長がいないと毛を逆立てて怒るんです、とぷんぷんしているこの部下はカイ。26歳だったか、私の少し下でもう長い付き合いになる。

「王様は撫でれば落ち着くだろう。」
「あのねえ、本来は一国の王様をなでなでしたりしないんです。反逆罪とかでもう爪でシャーってやられてサヨナラになりますよ!幼馴染だから王様だって許してるんです。僕にできるわけないじゃないですか。まだ死にたくないですよ!僕だってケイトさんみたいな可愛い奥さんと一緒に暮らすんです!」
「はは!ケイトは可愛いぞ。いいだろう。」
「本当に意地が悪い人ですねえ。顔はいい、背はある、仕事もできて、王様の信頼も厚い。その上可愛い奥さんまでいる。僕にはないものを全部持ってます。自信無くしますよ・・・」
「お前忘れてるようだから言っておくが、その私の腹心はカイ、君なんだよ。実質No.2なんだからもっと自信を持ってくれよ。私に何かあった時は君が私の後を継ぐんだよ。しっかりしてくれ。」
「・・・はい。でも不安は不安なんです!」
「全くなあ。あ、ロロはどうだ。少し若いか。とても利発で話ができる。交渉力は目を見張るほどだ。いや、お前にはもったいないか。」
「もうっ!そう言うところですよ!」

アンドルーとカイはとても仲が良く、傍目に見ても、アンドルーがカイをとても可愛がっていて、その能力を買っている事はわかる。それでも能力が高いが故に自信のないカイはこうして度々アンドルーに愚痴るのだった。それでもそれを込みで可愛がっているアンドルーは毎回笑いながら慰めている。お決まりのやり取りではあったが、その他愛もないじゃれ合いがカイを支えている事も確かで、その度にアンドルーへの忠誠心は高まるのだった。

アンドルーは面白い男だった。人たらし、とも言えるがそれは人族だけに止まらない。王族をはじめとする猫族はもちろんの事、隣国の犬族にだって、その他の獣族にも一目置かれていた。懐に入るのがうまく、相手の言わんとする事を汲む力が高い。王族に仕える事が生まれた時から決まっていた運命に逆らえない子どもだったにも関わらず、腐る事もなく、それどころか気まぐれで気難しい王様の信頼は誰よりも厚かった。生きる道も、それどころかもう伴侶すらも決められていた。しかも相手は名前以外わからない、伝説の人物。それまでにも定期的に現れてはいたのものの、その時によって性別も年代も違った。歴代のケイトは皆その時のシー家の長子とはとても仲睦まじく、幸せな生涯を遂げている。それだけでなく、それぞれ功績を残しているのだ。とは言え、全てが敷かれたレールの上。それでもアンドルーはそれを楽しんでいた。現に前触れもなく現れたケイトを特に疑いもなく伴侶とし、深い深い愛を注いでいる。それどころかケイトの持つ発想力や人間性を見抜き、早々に結果を出そうとしている。そこに割り切りや打算はなく、純粋に全てを受け入れ、全てに全力で向き合っている。だからこそケイトもすぐに打ち解け、心を開き、アンドルーに全てを委ねて、力になろうと尽くす。お互いに愛されている事が実感できるから、色々な事にチャレンジもできた。

だが、王様は少しやきもちを焼いていた。ケイトが現れるまでアンドルーはいつも一緒だった。猫の王族たちは面白いもので、家族で常に一緒にいると言うよりもそれぞれがお気に入りの人族と過ごす事が多かった。本能的に打算的と言うか、寒い日には体温の高いお互いで温め合う事はあっても、お気に入りの人族がいるのであればそちらと一緒に居たがった。ただだからと言ってその人族と婚姻を結んで子孫を作りたいわけではなく、あくまで一緒にいたいだけだった。だからこそ、どんなに人族にべったりでも子どもは猫族の中で作る。そこを超える事は歴史上もなく、この先もおそらくないだろう。つまり王様は独り占めしていたアンドルーがケイトに取られて少し寂しかった。ケイトが嫌いな訳ではない。ケイトもいい匂いがするから、最悪ケイトでもいいのだが、やはり慣れ親しんだアンドルーがよかった。

カイを連れて執務室に入ってきたアンドルーを見て、王様は分かりやすく喜んだ。報告をするアンドルーの周りをウロウロし、頭をすりすりと擦り付ける。たまに頭を撫でられてゴロゴロ言う王様に慣れたように報告を続けるアンドルーを見てカイはやはり不安になる。代が変わるならいざ知らず、この王様がカイにここまで心を許すとは到底思えなかったからだ。

「陛下。カイが不安になっているでしょう。あんまりくっつかないでください。今日はもう十分撫でたでしょう。」
「アンディ!それが王様に向かって言う言葉なのか!幼馴染が寂しがっているのに、お前はそんなに冷たい奴なのか!」
「全くもう・・・。昼寝から起きた時にいなかったからってそんなにヘソを曲げなくても。」

持っていた書類をカイに手渡すと、王様の脇を持って抱き上げる。子どもよりは少し大きいくらいの王様はこの持ち上げられ方をするとビヨーンと伸びたようにさながら1.5倍くらいの体長になる。そのままアンドルーに抱っこされると満足げな表情を浮かべている。とは言え、早い時は数秒で満足してアンドルーを踏みつけてスタスタと行ってしまったりする。本当に気まぐれなのだ。今日はそんな日で抱っこしたかと思ったら、数秒でぴょんっと飛び降りて、自分の椅子に戻って行った。やはりカイは自信を持つ事なんてできそうになかった。

「して、アンドルー。トイレ砂?猫砂・・・?これは一体?」
「はい、陛下。数代前のケイトと王が上下水道を整備して、国民のトイレを改善したのはご存知ですね。」
「もちろんだ。ちゃんと経緯も把握しているし、実際どんなものかも知っている。それと関係あるのか?」
「その時に本当は猫族のトイレも改修予定だったんです。ですが、体の構造や習慣などから同じようなトイレは使えませんでした。その時の王様が私たちはいいから国民の生活を優先して改善しなさいとの事で、猫族のトイレに関してはそのまま解決できずにいたんです。」
「なるほど。まあ確かに我々猫族が使うトイレと人族のトイレはだいぶ様相が違うよなあ。ただ我々は水が嫌いだからな。あのトイレは好まん。」
「音にもびっくりなさいますしね。同じものは無理でしょう。そこで今回のご報告です。ケイトが面白い知識を持っておりまして、それをこの度形にする事ができました。一度陛下にも実物を見ていただきたいのですが、いかがですか?」
「見るのは構わん。しかし、それは一体どう言うものなのだ?」
「ケイトの知る世界では、我々の世界の猫族よりもだいぶ小さい猫族が家族の一員として同じ家に住んで大事にされていたそうです。言語は共有しておらず、主にアイコンタクトや行動で人族が判断し、お世話をしていたとか。中でもトイレには特にこだわりが強く、そのトイレに使われていたのが通称猫砂だったそうです。犬族も同様に家族として過ごしていたそうですが、彼らは外で散歩の際に用を足していたから室内のトイレはあまり好まれていなかったとか。」
「あぁ、歴代のケイトも今ではない人生の記憶を持っていたと言うな。それが我々の生活を向上させてきた。手始めは我々のトイレ、という訳か。ふむ。続けて。」
「実際にどのように使っていたかの説明をします。まず猫族の体の1.5倍のサイズのトイレを用意し、その中にその砂を敷き詰めます。今と同じように掘るように穴を開けて用を足されたら、その部分の砂が固まります。その固まった部分のみを除去すれば、改めてトイレが使えるようになるのです。今までのように紙を全部取り替えたり、足元が不快になる可能性が限りなく低くできるかと思います。利用される猫族の負担も減り、使用人の掃除頻度も掃除に要する時間も少なくできます。」
「なるほど。確かに今のトイレでもいいはいいのだが、たまに足が濡れるのが不快でな。特に年頃の娘世代やなんかはそれでしょっちゅうシャーシャー言っておる。まだイマイチ実感が湧かんが、話を聞く限りでは我々の生活の質が分かりやすく向上しそうだな。実物はすぐに見れるのか?」
「今資料のまとめとサンプルを用意させていますので、近いうちにはお見せできるかと。」
「わかった。用意ができたら知らせてくれ。ケイトにも楽しみにしていると伝えておいてくれ。」
「承知しました。お食事はどうされますか?」
「今日のは何だ?」
「芋のグラッセと野菜サラダにスープです。」
「毎度同じメニューだな・・・。そうだ、ケイトに食事についても聞いておいてくれ。もしかしたら面白い話が出てくるやもしれん。」
「分かりました。では用意ができたら使用人に呼びに来させます。ケイトにも聞いておきます。もう一度なでましょうか?今日はもうよろしいですか?」
「そうだな、もう一度すりすりさせろ。今日はこれでいい。」

アンドルーが意向を汲み、王様に近づくとぴょんっと王様が飛び乗って肩にすりすりと頭をくっつける。数秒すりすりしたかと思うと、また椅子に戻って行った。

「陛下がお食事を終わられるまでは仕事を片付けておりますので、何かあればお呼びください。では。」
「わかった。」

部屋を出ると使用人に食事の用意を頼み、カイと執事室に戻る。アンドルーの服には王様の毛が沢山ついている。気になるものは指で摘んで取るものの、キリがない。王様の毛は黒いから黒いタキシードを着るアンドルーが毎回困る事はないものの、お客様を迎えるような時は新しいものに変える必要があった。

もしかしたらこれも解決できるのだろうか・・・?ケイトならできるかもな。

王様の食事のバリエーションを増やす事もそうだし、服につく毛の除去やその他にも地味に困る事はある。ずっと大変だとか、これは仕方ないとかで諦めていたところはあった。それでもあの砂が固まる瞬間を見た時、諦めていた事でも解決するかもしれないと希望が生まれたのだ。

*****

食事を終えた王様が自室に戻った事を確認すると、執事室の業務は終了だ。カイは城下町に住んでいるからそのまま乗合馬車で帰って行ったが、アンドルーは城内を歩いてケイトの待つ離れへと帰る。空には星が煌めき、今日は流れ星が多い。流れ星を多く見る時は良い事の前触れだとアンドルーの祖母がよく言っていた。アンドルーの祖母は男性のケイトと出会い、その人生を添い遂げ、昨年2人一緒に亡くなった。最後までとても仲がよく、子ども目に見ても胸焼けするほどだった事を思い出す。そう思っていたのに、こんなにもケイトの元に帰るのが嬉しくて楽しくてたまらないアンドルーは今になって祖父母や両親の気持ちが少しわかるのだった。

「アンディ!お帰りなさい!」

そう言ってドアのところまで走り寄ってきたケイトはアンドルーに抱きついて頭を擦り付ける。まるで王様と同じだ。

「ケイトも陛下も同じような抱きつき方だ。ただいま、ケイト。」

そう言ったアンドルーは頬を膨らますケイトに気がつき、なぜだろうと首をかしげる。

「本当にわかっていないわね!陛下にも同じような事を言ってるの?」
「そうだな、特に言わずにいる必要もないし。」
「全く!陛下も私もあなたの事が大好きだからそうするの!大好きな人が好かれているのはいいけれど、それを聞かされるのは少し嫉妬しちゃうのよ。陛下だってそうなんじゃないの?今まで独り占めしていたアンディが私に少なからず取られてるから。」
「陛下は・・・はは、そうだな。確かに。でも私が愛しているのはケイトだけだよ。」
「私も愛しているけど。陛下にわざわざ言わなくていいからね。大好きなもの同士、わかるのよ。気持ちが。」
「面白いな。2人は仲良くなれそうなのに。」

全くと言いながら、夕飯の用意に戻ったケイトが用意したシチューは今日もいい香りを漂わせている。料理人を雇うつもりだったアンドルーにもし良ければ自分で料理をさせて欲しいと言ったのはケイト本人だった。食材の扱いに違いがあるかもしれないとの事で数回頼みはしたものの、その後はケイトが1人でこなしている。料理をしながら得られるアイデアもあるようで、いつも楽しそうだ。しかもその時の料理人とはそのたった数回で仲良くなり、その後は友人として交流をしているらしい。たまにその料理人が持ってきてくれる郷土料理からインスピレーションを得て目を輝かせるケイトを毎度アンドルーは愛しくてたまらないと言う目で見つめるのだった。
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