化け猫姉妹の身代わり婚

硝子町玻璃

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霞の行方

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 雅からの連絡を受け、鬼灯家は物々しい雰囲気に包まれていた。屋敷に常駐しているSPが慌ただしく動き回っている。
 帰宅した雅は、脇目も振らず居間へと駆け込んだ。

「当主! 鬼ボン!」

 居間では、蔵之介と蓮がテーブルに広げた地図を睨み付けていた。

「雅さん……!」

 雅の呼びかけに、蓮が顔を上げる。

「この赤丸は何じゃ?」

 地図を覗き込んだ雅が、怪訝そうに問う。二人が通う学園の周辺には、赤ペンでいくつも印が付けられていた。

「丸で囲まれている地点に、警備は配置されていました」

 地図を見下ろしながら、蓮が説明する。

「これらの目を掻い潜り、霞さんを連れ去るのは容易ではありません。……内部の人間が情報をリークした可能性が高い」
「何だと!? ならばそいつを突き止めるのが先じゃ!」
「いや。すでにおおよその見当はついている」

 蔵之介はいつになく硬い表情で口を挟んだ。

「警備の陣頭指揮を執っていたのは黒田だ。そして彼からの定時連絡が、何故か数時間前から途絶えている」
「あいつが姉上を……?」

 にわかには信じがたい事実に、雅が訝しむ。そこへ八千流が数人のSPを引き連れ、居間に入ってきた。

「至急、黒田の着信履歴を調べてまいりました。あの男、どうやら政嗣と定期的に連絡を取り合っていたようですね」
「あやつら……繋がっておったのか!」
「……灯台下暗しとは、よく言ったものだな」

 雅が目を剥き、蔵之介が苦々しく呟く。

「こうしちゃおれん……早く姉上を助けに行くぞ!」
「待ってください、雅さん」

 居間から飛び出そうとする雅を、蓮が後ろから羽交い締めにする。

「闇雲に探しても、霞さんは見付かりません。それに今、一人で行動するのは危険です」
「放せ鬼ボン! 姉上は私が……!」

 雅の声を遮るように、部屋に飾られていた花瓶がガシャンッと砕け散った。

「お、奥様っ!?」

 SPの一人が怯えたように叫ぶ。八千流へと視線を向けた雅は、ぎょっと息を呑んだ。

「おのれ、政嗣……黒田……っ! 消し炭にしてくれるわ!」

 これまで押さえ込んでいた怒りが爆発したのだろう。赤い火花を纏わせながら、八千流が怒号を上げる。その額からは、二本の鋭い角が伸びていた。

「少し落ち着きなさい、八千流。熱くなっては、奴らの思う壺だ」

 蔵之介が宥めようとするが、火に油を注ぐだけだった。

「落ち着いてなどいられますか! 恐らく政嗣は、霞さんが神城家の生き残りであると気付いたのです! 一刻も早く、あの子を取り戻さなければ──」
「カミシロ?」
「っ!」

 雅の声で我に返り、八千流は口を噤んだ。腕の力を抜いて雅を解放すると、蓮は八千流に尋ねた。

「母上、カミシロとは何ですか? 霞さんが攫われたことと、何か関係しているのですか?」
「…………」

 黙ったままの母に、蓮は質問を変えた。

「……では、オボロという名はご存じですか?」

 その問いに蔵之介が目を見張る。

「蓮。その名前をどこで……」
「以前霞さんが、夢の中でそう呼ばれたと仰っていました。ただの夢ではないと思っていましたが……」
「ええい! カミシロだのオボロだの、さっきから何の話をしておるのじゃ! 私にも分かるように……むぐっ!?」

 突如雅の顔面に、ピトッと何かが張り付いた。蓮がそれをひょいと摘まみ上げる。

「……ネズミ?」
「お初にお目にかかります、ご子息」

 口元に食べかすを付けた子ネズミが、ぺこりとお辞儀をする。

「どうも初めまして。鬼灯蓮と申します」

 つられて蓮も頭を下げる。直後、天井の板がバキッと音を立てて、床に落下した。

「やっと見付けたーっ!!」

 そして、ぽっかりと開いた穴から降ってくる、大量のネズミ。

「ギャアアアアッ!」

 大の動物嫌いである八千流が悲鳴を上げ、蔵之介の背中にさっと隠れた。
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