化け猫姉妹の身代わり婚

硝子町玻璃

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決意

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 そしてさらに数日後、いよいよ鬼灯家へ旅立つ日がやって来た。玄関の前では、両親や霞だけではなく、使用人たちも全員正装して、雅を見送ることになっていた。

「雅……」

 娘の嫁入り。本来なら喜ぶべき晴れの門出だというのに、慎太郎は沈痛の面持ちで娘を見詰めていた。

「雅お嬢様……お労しや……」

 薫と使用人たちもさめざめと涙を流している。そんな中、霞だけは笑顔で送り出そうと、拳を握り締めて懸命に涙を堪えていた。

「お前たち湿っぽいのぅ。姉上のようににこやかに出来んのか」

 この日のためにあつらえた桃色の振袖に身を包んだ雅は、腕を組みながら使用人たちを見回した。

「でも雅お嬢様があまりにもお可哀想で……」
「何を言うか。本当は私がいなくなって、内心喜んでいるのではないか?」
「それはまあ、そうですけど」
「正直な奴らめ。……お前たちにはずいぶんと世話になったな。姉上のことをよろしく頼むぞ」

 素直に首を縦に振る使用人たちに向かって、雅は軽く頭を下げた。そして顔を上げると、少し離れた場所に立っていた両親へと歩み寄る。

「父上、この十六年間お世話になりました。東條家の娘として、しっかり務めを果たしてまいります。母上、私のことは心配いらぬ故、そう袖を濡らさずに笑顔で見送ってくだされ」
「雅……このようなことになって本当にすまない」
「もし耐えきれなくなったら、いつでも戻ってくるのよ」
「分かりましたぞ、母上」

 そう頷き、雅が霞に向き合う。

「……その着物よく似合ってるね」

 何か言わないと。けれど霞の口から出たのは、ありきたりな言葉だった。

「孫にも衣装じゃな。ガハハ!」

 雅は高笑いすると、ふぅと息をついて静かに語り始めた。

「まさかこんなに早く嫁の貰い手がつくとは思わなんだ。そのせいで姉上とも離ればなれじゃ。まったく、世の中何が起こるか分からぬ……」
「鬼灯家の皆様にご迷惑をかけちゃダメだよ、雅」

 いつになくしんみりした様子の妹に、霞が冗談混じりに言う。その時、使用人の一人が「まもなく鬼灯家の方々がお見えになる時間でございます」と、一同を表に出るように促した。それを聞いた雅が「ということじゃ」と少し諦めたように呟く。

「それでは姉上、達者でな」

 雅は袖を大きく翻し、表へ向かって颯爽と歩き出す。その凜とした振る舞いを見て、両親や使用人たちも目元を拭って後に続く。
 しかし霞だけは、その場から動けずにいた。行かなければならないのに、まるで足から根が生えたかのように一歩も踏み出すことが出来ない。視界が滲み、徐々に遠ざかっていく妹の後ろ姿がぼやけて見える。

 ああ、あの子が行ってしまう。もう二度と会えなくなるかもしれない。
 何一つあの子にしてあげられなかったというのに。

「待って、雅……!」

 弾かれたように雅の下へ駆け寄る。突然走り出した霞に、一同は驚き立ち止まった。
 雅は振り返ると、不思議そうに眼を瞬かせた。

「どうしたのじゃ、姉上。そんなに急いで……」
「あのね、雅。あのね……」

 呼吸を整えながら、霞は胸元で手をぎゅっと握り締める。そして、ほんの少しだけ残っていた迷いを振り払うようにこうべを大きく横に振った。

「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
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