化け猫姉妹の身代わり婚

硝子町玻璃

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縁談

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 いつも通りの下校時間。二人が正門に向かうと、藤木の姿があった。

「待たせたな。担任の話が長くての」
「おかえりなさいませ、お二人とも。今日はいかがでしたか?」
「いつもと変わらぬ。なぁ姉上」

 雅に話を振られ、霞も頷く。

「うん。藤木さんもご苦労様です」

 藤木は「そうでございますか」と言いながら、後部座席のドアを開けた。

「さあ、帰りましょう」

 そう促されて、二人は車に乗り込んだ。
 車が走り出して少し経った頃、

「……どうした、藤木」
「何でございますか?」
「具合でも悪いのか?」

 ミラー越しに藤木の様子を窺うように、雅が問いかける。

「……いえ。私はいつも通りでございますよ」
「そうか? ならばよいのだが……」

 車内が沈黙に包まれる。霞が隣に視線を向けると、雅はじっと藤木を見詰めていた。
 昔から勘の鋭い妹だ、何かを察したのだろう。妙な胸騒ぎを覚え、霞は無意識に膝の上に置いた手を組んだ。
 そして屋敷に戻ると、使用人が何故か小走りで車に駆け寄ってくる。いつもなら、こうして出迎えることなどないのに。霞と雅は顔を見合わせた。

「あの……何かあったんですか?」

 車から降りながら霞が尋ねる。

「おかえりなさいませ、霞お嬢様。旦那様に言いつかって、お二人がお帰りになるのをお待ちしておりました。お客
様がお待ちですので、客間の方にお急ぎください」
「そうか、挨拶をすればよいのだな。面倒だが行くぞ、姉上」

 雅が霞の腕を取って屋敷に入ろうとすると、使用人が慌てて呼び止める。

「そ、それが雅お嬢様だけでよいとのお話です」

 その言葉に、雅は訝しげに眉を顰めた。



 一人部屋に戻ろうとする霞だが、何やら使用人たちの様子がおかしいことに気付く。恐らく客人が関係しているのだろうが、雅だけ客間に呼ばれたことも気になる。
 自室に戻り、ふと窓の外を見れば、帰った時には気付かなかったが、見知らぬ高級車が数台停まっていた。その周囲には黒づくめの男たちの姿もある。
 まるで見張られているような、居心地の悪さを感じる。

 彼らから目を離せずにいると、客人らしき男が車に向かうのが見えた。それを見送る両親と雅の姿も。車に乗り込んでいく客人に、三人が深々とお辞儀をするのを、霞は複雑な思いで眺めていた。
 車が走り去った後、三人が家の中に入るのを見届けてから、急いで階段を駆け下りる。居間に向かっていると、薫の啜り泣く声が聞こえてきた。

 部屋の前には、使用人たちが集まっていた。

「霞お嬢様……」

 その内の一人が霞に気付き、他の使用人に目配せをしてその場を離れる。
 霞が恐る恐る中に入ると、慎太郎は険しい表情で腕を組み、薫はハンカチで目元を押さえながら、嗚咽を漏らしていた。
 通夜のような重苦しい雰囲気に、霞はしばし立ち尽くす。これほどまでに悲嘆に暮れる両親を目にするのは初めてだった。

「おお姉上。今晩の献立は何だ?」

 一方雅は、何事もなかったかのように涼しい表情で、茶請けのクッキーをかじっていた。そのあっけらかんとした物言いに、慎太郎が大きく溜め息をつき、薫が声を上げて泣き崩れる。

「雅……何をしたの?」
「人聞きの悪いことを言うな。もっとも、二人が悲しむのも無理はないがな」

 まったく状況が飲み込めず、視線を泳がせている時だった。

「よく聞いてくれ、霞」

 慎太郎が重い沈黙を破った。

「雅が嫁ぐことになった」
「えっ?」

 豆鉄砲を食らった鳩のような顔で呆然としていると、雅は声高らかに笑った。

「めでたい話じゃ、ワハハハ!」
「笑い事じゃないでしょ! どうしてこんなことに……」

 薫は勢いよく顔を上げて雅を叱り付けると、力なく項垂れてしまった。

「あ、相手は? 相手はどなたなんですか?」

 霞の問いに答えたのは慎太郎だった。

「鬼灯家の次期当主、鬼灯蓮だ」
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