珈琲ガレット調布店 不器用な神さまたちの戯れ

谷村にじゅうえん

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番外編 メリークリスマスの牛

6,クリスマスディナー付き宿泊プラン

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「ミンくんが4つに少名毘古那さんも4つ。僕が7個作って、残り15個かあ……」

 カウンターに並ぶ牛のぬいぐるみを指折り数え、詩はため息をついた。
 あのあとソンミンが目を覚ましたけれど、これ以上働かせるのはよくないと思って帰ってもらった。

「まあ、お正月まではあと1週間あるし。なんとかなるよね?」

 他に誰もいない店内でひとりつぶやき、詩は次のぬいぐるみに取りかかろうとする。
 その時気づいた。

(あれ、干支ぬいぐるみキットが少なくない?)

 計算上は残り15個入っているはずの段ボール箱の中身が、2個だけになっている。
 考えてみると祓戸が作りかけのものがひとつあったはずだが、それを差し引いてもやはり足りなかった。

(どういうこと!?)

 詩は考えを巡らせる。
 それからもしやと思い店の奥にある自宅に向かうと、リビングから声が聞こえてきた。

「ホントお前上手いなあ」
「別にこんなの病の神でもできる。それよりお前も黙って手を動かせよ」
「へいへい」
「……はぁ、さっきから何見てる?」
「だってさ、お前が働いてるところなんて千年単位で見てねえぞ」
「詩のために働けって、そっちが言ったんだろうが……!」

 二人はリビングテーブルで向かい合い、ちまちまと針を動かしていた。

「祓戸、疱瘡さん……」

 廊下から声をかけると、二人がぱっとこっちを向く。

「……ああ、詩。牛のぬいぐるみできてんぞ」
「ありがとう。こっちで作ってくれてるって知らなくて、びっくりした……」
「ほとんど疱瘡が作ったんだけどな。疱瘡が8個で俺が3つか?」

 そんな祓戸の言葉を疱瘡の神が訂正する。

「こいつも完成した。俺の作った分はこれで9個だな」
「ありがとう、疱瘡さん」

 テーブルの上のものを手に取ってみると、出来映えも申し分なかった。

「疱瘡さんって器用だったんだね」
「酒飲んでなければな」

 祓戸がにやりと笑った。

「それであと何個作るんだ?」
「えーと……、あと3つ?」
「んじゃ、3人で1個ずつ作ってお終いか」
「うん……!」

 それならすぐだ。詩はほっと気持ちが軽くなるのを感じた。

「本当にありがとう! おかげでお正月までゆっくり過ごせるよ」
「ああ、よかった。けど、今夜のクリスマスデートは疱瘡のものなのか?」
「えーと、うん」

 数的に言えばそのはずだった。

「そうか。疱瘡お前、分かってると思うが、詩に変なことしようとしたら許さねえからな!?」

 祓戸が念押しする。でも行くなとは言わないみたいだ。
 この前は疱瘡の神のせいで、詩を黄泉の国まで助けに行くことになってしまったのに。
 それを考えると祓戸は優しい。
 ところが疱瘡の神は首を横に振った。

「俺はいい。疲れた」
「は……?」
「詩はお前の氏子だろ? お前が勝手におりすればいい」

 疱瘡の神は最後のぬいぐるみを作り終えると、欠伸あくびをしながら消えてしまった。

「えーと……、逃げられた?」
「いや、あれは俺に譲ったんだろ。疱瘡のくせにカッコつけやがって」

 そして今ここには、詩と祓戸だけが残されている。

「今日はにぎやかだと思ったが、なんかいつも通りだな」

 祓戸はすっかりリラックスした顔になっていた。

「ふふっ、そうだね」

 それから詩はふと気づいて切り出す。

「あ、それで今夜のデートなんだけど……」
「ああ、そうだな、どうする? どうせだからなんか食いに行くか? 俺はどっちでもいいが」

 祓戸の視線を受け、詩はポケットからスマホを取り出した。

「実は、少名毘古那さんが僕の名前で勝手にホテルを予約してて……」
「ホテル!? ん、でも少名毘古那は? あいつどこ行ったんだ?」
「大国主さんに呼ばれて行っちゃった。だからね、祓戸……」

 言葉が続かず視線で訴える。

「『クリスマスディナー付き宿泊プラン、カップルで過ごすスイートなひととき』……」

 画面の文字を読み上げ、祓戸がまた視線を上げた。

「もしかして行きたいのか? 詩は……」
「当日のキャンセル料は100パーセントなんだって」
「なるほど……」
「……というのは口実で、祓戸となら行きたいなって今思った。だって僕たち、その……」

 ずっと好き同士なのに曖昧な関係のままだ。
 こんな機会でもないと先に進めない。
 そもそも、住む世界が違う者同士だから……。
 でも、もっと近くに行きたい。
 それを伝えたいけれど、気恥ずかしくて上手く言葉にできなかった。

 祓戸が片手で口元を覆った。

「なあ詩……俺も二千年生きてるが、人間からホテルに誘われたのは初めてだわ!」
「僕だって25年生きてて初めてだよ! でも、祓戸と初めてのことがしたい」
「初めて、か……。お前なー、この無自覚が!」

 笑いながら乱暴に髪をなでられた。

「……いいんだよな?」
「いい」
「わかった、全部お前の望み通りにする」

 ふわっと抱きしめられる。それから頭の上にあたたかなキスが降ってきて……。

「祓戸……」

 見上げると、今度は唇同士が合わさった。

「詩……」
「うん」
「愛してる」

 それから甘いため息とともに、すっと体が離れる。

「……?」
「そんな目で見んなよ。くっついてるとこのまま押し倒したくなる……。けど、この先は夜までお預けだな。ぬいぐるみ作りの続きがある」
「続き……。うん、そうだね!」

 リビングのテーブルに向かい合って座った。
 二人で過ごす部屋の空気があったかい。

 そして生クリーム入りのカフェモカよりずっと甘い夜、二人はついに思いを遂げたのだった――。

<番外編:メリークリスマスの牛 おしまい!>
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