珈琲ガレット調布店 不器用な神さまたちの戯れ

谷村にじゅうえん

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番外編 メリークリスマスの牛

4,イケないピンクの刺繍糸

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 またしばらく経ち、牛のぬいぐるみは着々とできあがっていったが……。

「うう、右手の中指が……」

 ソンミンが赤くなった指に息を吹きかける。

「ミンくん、この指ぬき使って」
「すいません店長……。今誰が一番ですか?」
「今はミンくんも少名毘古那さんも3つ目、僕も同じだよ」
「なるほど……一進一退ですね」

 ソンミンは自分の作ったものと、他のものとを見比べる。

「ミンくんも少名毘古那さんも頑張ってるし、そろそろ休憩にしようか。僕ホットドッグでも作るよ」
「わあ、ありがとうございます!」
「あ、そこにあるりんごジュース飲んでていいからね」

 詩は裁縫の手を止めてキッチンに向かった。
 ソンミンは隣に座っている少名毘古那の手元を覗き込む。

「わ、なんですか、それ!?」

 少名毘古那の牛のぬいぐるみは、貫禄たっぷりの顔をしていた。

「なんかこの顔になっちゃうんだよねー」
「さっき言ってた布田天神の御神牛ですか?」
「うん」

 少名毘古那は、妙にリアルな牛の目元のしわをなでる。

「そうだ、この際だから米俵でも背負わせちゃおっか。……いや、むしろ小判かな? 小判背負っちゃお♪」

 見ていると彼は牛のぬいぐるみに改造を施し始めた。

「いや、その小判どこから出てきたんですか……」

 少名毘古那は何もない空間から小判を取りだしている。

「"神さまスキル”ずるいです!」
「ずるいって、ずるくなんかないでしょ。これまでの努力の積み重ねだもん」
「じゃあ僕は……」

 ソンミンは何やら思案したあと、刺繍糸を手に取り、牛の顔に刺繍を始めた。
 少名毘古那が感心した顔で覗き込む。

「へえ、バイトくんも器用だね」
「これでも店長の一番弟子ですからね!」

 そして。

「じゃーん! 前髪とヘアピンつけて店長にしました! 我ながら会心の出来!」

 ソンミンが刺繍を施した牛のぬいぐるみを持ち上げてみせた。

「わぁお! オニーサンが牛に……」

 少名毘古那は感嘆の声を漏らす。
 確かにそのぬいぐるみは、詩の特徴を捉えているようだった。

「えへへ。これで技術点加算かな?」
「ええっ、作ったぬいぐるみの数で競うんじゃなかった?」
「かわいい“詩くん牛”と普通の牛が同じ1ポイントなわけないじゃないですか!」

 ソンミンは自信たっぷりに力説する。

「だったら僕の“神さま牛”の方が高得点でしょ!」
「いえ、僕に言わせれば店長は神さまなんかより尊いです! よし、もうちょっと手を入れてさらに店長に似せよう!」
「だったら僕も!」

 詩がホットドッグを作っている間に、二人は別の方向に突き進んでいく。

「ああ、僕の詩くん牛が可愛すぎる!」

 ソンミンができあがったぬいぐるみを抱きしめた。

「バイトくん、僕にも見せて」
「ちょっとだけですよ」

 詩くん牛を受け取った少名毘古那が頬を赤らめる。

「……うわ、マジでくりそつ! 連れて帰りたい!」
「ああっ、少名毘古那さんチューはダメです! 店長のファーストキスは僕のもの――」
「ごめん、勢い余ってチューしちゃった……」
「本当にあなたって人は!」

 ソンミンは詩くん牛を奪い返し、その口元をぐいぐいとそでで拭いた。

「そういえば少名毘古那さん、テニスデートの時も店長にキスしてましたよね……!? なんでそんなこと気軽にできるかなー?」

 思い出し、ソンミンは悔しそうに口をとがらせる。

「ごめんね? でももらったキスは返せないもんね」

 少名毘古那がヘラヘラと笑って返した。
 するとソンミンは思い詰めた顔で、詩くん牛をひっくり返す。

「……だったら店長の処女は僕がもらう……」
「処女って……」

 彼はピンクの刺繍糸を取ると、ぬいぐるみのお尻にアスタリスクを器用に描いた。

「……店長のお尻は僕のものだ……」

 彼は縫いたてほやほやのアスタリスクにキスをする。

「ええっと……オニーサン! この子童貞こじらせてるからどうにかしてあげた方がいいと思うけど!」

 少名毘古那がキッチンに向かって声をかけた。

「……え、なに?」

 詩がコンロの前から戻ってくる。

「ミンくん何してるの?」
「……!」

 ぬいぐるみのお尻に顔を埋めていたソンミンは目を逸らした。

「えっちな妄想だよね♪」

 少名毘古那がニヤニヤと告げ口する。

「ミンくん、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないかも……」
「え……?」
「なんか、具合悪……」
「???」

 それで詩はテーブルの上の異変に気づく。

「あああっ! ミンくんそれっ、ジュースじゃなくて疱瘡さんのラム酒!」

 ソンミンは間違って、りんごジュースの隣に置いてあったラム酒のボトルを開けていた。

「なるほど、バイトくんが変なテンションなのはそのせいか」

 少名毘古那はひとり納得する。

「はい、ミンくんお水飲んで!」
「てんちょーぼく! おとななのれ、おさけのんれもだいじょうぶれす!」
「えーと、全然大丈夫じゃないよね……?」

 それから少し水を飲んだり、ホットドッグをかじったりしていたけれど、結局ソンミンはそのままカウンターに突っ伏して眠ってしまった。

「詩くん牛を抱きしめて寝ちゃったか」

 少名毘古那が隣から頬をつつく。

「詩くん牛?」

 詩が首を傾げた。

「ううん、こっちの話。それよりオニーサン、僕たち二人っきりになっちゃったね」

 少名毘古那の瞳がキラリと光る。
 確かに祓戸は奥へ行ってしまいソンミンは寝てしまったから、実質二人きりだ。

「となるとぬいぐるみ作りは僕の不戦勝かな? ねえ、今夜のデートどこ行こっか? 僕はオニーサンとならどこでも嬉しいけど、どうせなら朝まで一緒に過ごせるところがいいな」
「朝まで?」

 少名毘古那の流し目攻撃を受けながら、詩は頭を悩ませる。

「今は時短営業で、朝まで開いてる店なんてほとんどないし……」
「やだなあオニーサン、分かってて言ってるでしょ。はいスマホ貸して?」

 詩の手にしたスマホを少名毘古那が取り上げた。

「ケンサクケンサク……あったここ、僕オススメのホテル♪ やった、空いてる! 今のうちに予約しちゃお♪」
「ええっと? 少名毘古那さん!?」
「はい、予約かんりょー! チェックインは3時からだから、それまでにぬいぐるみ作り頑張ろうねっ☆」

 笑顔の少名毘古那にスマホを返される。

「えええ、ほんとに予約しちゃったの?」

 詩は予約完了画面を呆然と見つめた。

「ちなみに当日予約ってキャンセル料何パーセント……?」
「なんでキャンセルのこと考えてるの!? 僕と行ってくれるよね? 約束したんだから」
「う……」

 約束はしていない気がするが、ぬいぐるみを一番たくさん作った人にご馳走するとは言っていた。ホテルに泊まるかどうかは置いておいて、少なくともディナーはご一緒するべきだろう。
 でも……。

(少名毘古那さんとホテルになんか行ったら、いい確率で流されてしまう気がする……)

 詩の心は揺れていた。
 少名毘古那は眠っているソンミンを横目に見てほくそ笑む。

「ごめんねえ、バイトくん。オニーサンのアレはやっぱり僕のものみたい」
「アレって何?」
「ピンクの刺繍糸」
「ピンクの刺繍糸??」

 当然、詩にはさっぱり分からない。
 少名毘古那は手を伸ばし、詩の腰の後ろを撫でた。

「……っ!?」

 詩は反射的にびくんとなる。

「あはは、大丈夫だよオニーサン! 僕、ちゃんと優しくするから」

 そんな時、店のガラス戸に黒い何かがぶつかった。

「……えっ、今の何!?」
「あれはっ……」

 少名毘古那の表情が固まる。
 詩の目にはからすか何かに見えたが……。
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