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第4章 疱瘡の乱
9,1か月遅れのトリックオアトリート
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疱瘡の神がゆっくりと近づいてくる。
「1か月遅れの“トリックオアトリート”だな、詩」
(……あっ)
こちらへ伸ばした彼の腕から、蛆とへどろのようなものがぽつぽつとこぼれ落ちた。
ひざの上に少名毘古那の頭を抱えた詩は、その場から動くことができない。
このホラー的な状況を前に、できることは何もなかった。
「どうした? ずいぶん怯えた顔をしてる」
疱瘡の神が詩の目の前に片ひざを突く。
目の高さに来た口元は、薄い笑みを浮かべていた。
「俺が怖いのか?」
「……っ……」
汚れた手が詩の頬をなで、それから顔中をなで回す。
「俺がこんな格好だからイヤなんだよな? それとも元々あまり好きじゃなかったか?」
詩の顔を散々汚した手がゆっくりと離れていった。
それで詩はようやく息ができる。
「そんなことない……」
「ん……?」
「イヤなんじゃない。けど、疱瘡さんがわからないよ……」
詩はいつもと違う彼の中から、本心を探り出そうとする。
「どうしてこんなことしたの? それに少名毘古那さんは疱瘡さんが、病の神をたくさん持ち帰ったって言ってた」
その少名毘古那の神は気を失ってしまったのか、ぴくりとも動かなかった。
「どうしてだと?」
疱瘡の神が聞き返す。
「そんなこともわからないのか」
「え……?」
詩はどう答えていいのかわからない。
「罪だな、詩……。お前が俺に、無責任に“好き”だとか言うからだ」
――でも、僕は好きだよ?
人間に嫌われていると言う彼に、詩が言った言葉だった。
「お前みたいなやつに好きだなんて言われたら、こっちだってその気になる。けどお前を手に入れるためには、こいつを筆頭に、邪魔なやつらがいるだろう?」
疱瘡の神は、詩のひざの上にいる少名毘古那を目で示す。
「勝つためには力が必要だった。それで俺は黄泉の国に行き、自分の魂と引き替えに穢れの力を手に入れた」
「穢れの、力……?」
「ああ。この穢れを背負っている限り、俺は最強だ」
疱瘡の神が歪んだ笑みを浮かべる。彼の前髪の先を歩いていた蛆が落下した。
(あっ……)
それに気を取られているうちに、詩は顎をつかまれてしまう。
「だから、こんな姿だけど我慢しな」
顎を片手で固定され、強引に唇を奪われた。
ぬるい舌に唇の形をなぞられる。
「……っ、やぁっ……」
詩は少名毘古那を庇いながらも、疱瘡の神の胸を押し返した。
「イヤだよ、僕はこんなの望んでない……!」
「だったら何が望みだ! 俺がお前のひざにすり寄って、にゃーんと鳴いてやるとでも思ったか!?」
凶悪な顔をした彼にのどをつかまれる。
「言っただろう、首輪をはめられるのはそっちだって!」
締め上げられる。息が苦しい。
詩の腕をすり抜け、少名毘古那の頭が地面に落ちた。
(少名毘古那さん……!)
ハッとした瞬間。少名毘古那が目を開けて、疱瘡の神の足首をつかむ。
「疱瘡おまえ……いい加減にしろ、人間に乱暴は許さない……!」
「ハッ、死に損ないがッ!!」
疱瘡の神が少名毘古那の体を蹴り飛ばした。
「――グッ!!」
(少名毘古那さんっ!?)
さっきまで動けずにいた相手に何をするのか。
思わず疱瘡の神をにらむが、彼はそのまま詩の体を抱え立ち上がる。
「来い、詩。今日からお前は俺のものだ」
冷たい腕の中、体が宙に浮き上がった――。
「1か月遅れの“トリックオアトリート”だな、詩」
(……あっ)
こちらへ伸ばした彼の腕から、蛆とへどろのようなものがぽつぽつとこぼれ落ちた。
ひざの上に少名毘古那の頭を抱えた詩は、その場から動くことができない。
このホラー的な状況を前に、できることは何もなかった。
「どうした? ずいぶん怯えた顔をしてる」
疱瘡の神が詩の目の前に片ひざを突く。
目の高さに来た口元は、薄い笑みを浮かべていた。
「俺が怖いのか?」
「……っ……」
汚れた手が詩の頬をなで、それから顔中をなで回す。
「俺がこんな格好だからイヤなんだよな? それとも元々あまり好きじゃなかったか?」
詩の顔を散々汚した手がゆっくりと離れていった。
それで詩はようやく息ができる。
「そんなことない……」
「ん……?」
「イヤなんじゃない。けど、疱瘡さんがわからないよ……」
詩はいつもと違う彼の中から、本心を探り出そうとする。
「どうしてこんなことしたの? それに少名毘古那さんは疱瘡さんが、病の神をたくさん持ち帰ったって言ってた」
その少名毘古那の神は気を失ってしまったのか、ぴくりとも動かなかった。
「どうしてだと?」
疱瘡の神が聞き返す。
「そんなこともわからないのか」
「え……?」
詩はどう答えていいのかわからない。
「罪だな、詩……。お前が俺に、無責任に“好き”だとか言うからだ」
――でも、僕は好きだよ?
人間に嫌われていると言う彼に、詩が言った言葉だった。
「お前みたいなやつに好きだなんて言われたら、こっちだってその気になる。けどお前を手に入れるためには、こいつを筆頭に、邪魔なやつらがいるだろう?」
疱瘡の神は、詩のひざの上にいる少名毘古那を目で示す。
「勝つためには力が必要だった。それで俺は黄泉の国に行き、自分の魂と引き替えに穢れの力を手に入れた」
「穢れの、力……?」
「ああ。この穢れを背負っている限り、俺は最強だ」
疱瘡の神が歪んだ笑みを浮かべる。彼の前髪の先を歩いていた蛆が落下した。
(あっ……)
それに気を取られているうちに、詩は顎をつかまれてしまう。
「だから、こんな姿だけど我慢しな」
顎を片手で固定され、強引に唇を奪われた。
ぬるい舌に唇の形をなぞられる。
「……っ、やぁっ……」
詩は少名毘古那を庇いながらも、疱瘡の神の胸を押し返した。
「イヤだよ、僕はこんなの望んでない……!」
「だったら何が望みだ! 俺がお前のひざにすり寄って、にゃーんと鳴いてやるとでも思ったか!?」
凶悪な顔をした彼にのどをつかまれる。
「言っただろう、首輪をはめられるのはそっちだって!」
締め上げられる。息が苦しい。
詩の腕をすり抜け、少名毘古那の頭が地面に落ちた。
(少名毘古那さん……!)
ハッとした瞬間。少名毘古那が目を開けて、疱瘡の神の足首をつかむ。
「疱瘡おまえ……いい加減にしろ、人間に乱暴は許さない……!」
「ハッ、死に損ないがッ!!」
疱瘡の神が少名毘古那の体を蹴り飛ばした。
「――グッ!!」
(少名毘古那さんっ!?)
さっきまで動けずにいた相手に何をするのか。
思わず疱瘡の神をにらむが、彼はそのまま詩の体を抱え立ち上がる。
「来い、詩。今日からお前は俺のものだ」
冷たい腕の中、体が宙に浮き上がった――。
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